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柏崎事件

●東京 首相官邸災害対策本部


海軍の阻止戦失敗の報告に、

「無様だな」

 岡山首相はそう呟いた。

「軍艦というのは―――高いのだろう?」

「その通りです」

 鈴木は深く頷いた。

「結局は無駄な犠牲に過ぎませんでしたな。首相、やはり海軍向けの予算は、我が陸軍へ」

「検討しよう。柏崎の様子は?」

「現地に展開した米軍メサイア部隊も撤退しました。柏崎原発は魔族軍によって占領されます」

「安全対策は大丈夫なんだろうな」

「新潟放棄の時点で、原子力発電所の火は消してあります」

「新潟選挙区選出の議員は、我が党にはいない。問題ないだろう」

「はっ」




●新潟県柏崎原発付近

 長弓兵達の矢襖やぶすまを浴びた人間達の船が煙を上げながら逃げていく。

 何隻もの船が無惨に焼けこげて海に沈んでいく。

 その光景を後目に、魔族軍は原発施設内に侵入することに成功した。

 コンクリートで作られた原発施設に妖魔達は何の感心も示さない。

 放射線警告も、彼らには関係ない。

 ただ、その一角にいる一団だけは違った。

 黒い西洋甲冑を着込んだ、中世の騎士然とした一団。

 絵画から抜け出してきたような一団が、原発を睨んでいた。

「……ここか?」

「はい」

「この地下に―――公爵様が?」

「結論として」

 一人が答えた。

「そう判断するしかありません」

「……天界軍もしでかしてくれたな」

 甲冑の中から、苦々しげな声が響いてくる。

「ムシュラ卿―――妖魔に地下を掘らせますが」

「わかってる」

 “ムシュラ卿”と呼ばれた甲冑姿の騎士は、悠然と頷いた。

「封印を解除するから撤退しろというのだろう?」

「はい」

「―――作業担当部隊を除き、すべての部隊を下げろ」

 ムシュラ卿は、施設の残骸を一瞥した。

「公爵様を出迎えるのだ。すでに周辺に敵はおらん」


 原発の地下

 約100メートル。


 地下を活動拠点とする妖魔達が、目標にたどり着いた。


 妖魔達の前には、封印を意味する巨石が立ちふさがっている。


 一匹が、その封印に触れた―――





●東京都 気象庁防災監視センター


 ―――ズズンッ


「うわっ!?」

 突然の激しい揺れに、職員達の何人かが足下をすくわれた。

「な、何だ!?」

 イヤという程、床にキスを余儀なくされた職員の一人が怒鳴る。

「何だ!?」

「地震です!」

 事態が一瞬、把握できなかった職員は、自分の勤め先を思い出し、赤面した。

 棚に置かれたファイルは軒並み床に散乱し、固定されていなかったパソコンが床の上で無惨な姿をさらしている。

「M5クラス!」

「震源は!?」

「新潟!柏崎!震源の深さは―――ほぼ地表!」



 ●横須賀 帝国海軍衛星監視センター

「……」

「……」

 スタッフの全員が、その光景を呆然と見つめていた。

 人工衛星が映し出しているのは、高さ数千メートルに達するキノコ雲だ。

「核……か?」

 職員の一人の乾いた声に、誰かが答えた。

「放射線の反応は―――基準値以下だ」

「原発は!?」

「待て。今、計測中だ」

 コンピューター相手に格闘する別の職員が結論づけたのは、意外な答えだった。



 ●東京都 統合参謀本部

「消滅?」

「はい」

 居合わせた将官を前に、スタッフが答えた。

「観測結果を精査しました―――あの爆発の結果」

 スタッフは、言葉を一瞬、飲み込んだ後、続けた。

「柏崎原発、そして刈羽村地一帯が、物理的に消滅しました」

 スタッフの操作でプロジェクターに写真が映し出される

 軍事衛星の写真だ。

 柏崎原発付近の写真が二枚。

 最新の写真は、それまでの陸地が海に変わっていた。

「一体、何が起こったんだ?」

「原発の……いや、周辺一帯の質量がどの程度の代物かわかった上での発言か?」

「空間がねじ曲がりました。未だに周辺には空間異常が発生しております」

「敵は、目的を果たしたというのか」

「敵の目的が原発の制圧なら―――正直、失敗なのか成功なのか、その判断さえ出来ません」

海軍われわれがあれほどの損害を被ったオチがこれか」

「派遣艦隊の被害は?」

「大損害だ」

 海軍参謀の一人が、近衛側参謀に答えた。

「小型艦艇は半数近くが戦没。小沢提督の決断が遅ければ、全滅さえありえた。とにかく、生還できた艦も、津波と衝撃波で艦構造物のかなりに損害が出ている。放射線に備え、艦の内部に乗組員を避難させていたおかげで、人的損害だけは最小限度に抑えられたものの……」

「フム―――周辺地区への被害は?」

「私的見解では―――最悪です」

 スタッフが答えた。

「原発から半径3キロが消滅。約30キロ以内は焦土と化し、爆風は北陸どころか、大陸にまで届きました。日本海沿岸の広い範囲で、熱を含んだ衝撃波と津波により壊滅的損害が生じています」

「魔族軍の動きは?」

「不幸中の幸いは―――そこです」



●長野県小県郡日村跡 魔族軍幕営

「全滅?」

 ガムロはマリーネの報告に目を剥いた。

「どういうことだ!20万近い大兵力だぞ?」

ゲートの封印解除まではモニターされています」

 マリーネは答えた。

「現在、情報部が解析中ですが、全部隊が爆発に巻き込まれたことは間違いない模様。続報をお待ち下さい」



●東京都 首相官邸 災害対策本部

「魔族軍を吹き飛ばしたのは事実何だな?」

「はい。その通りです首相」

「我が軍の勝利、か」

「我が陸軍の、です」

 鈴木は頷いた。

「加茂付近に展開した我が陸軍のMLRS部隊の一斉射撃により、原発付近の敵を殲滅しました。現状、原発付近での魔族軍の動きは確認されていません」

「よくやった。さすが鈴木君だ」




●長野県小県郡日村跡 魔族軍幕営

「ブービートラップ?」

「はい」

 柏崎門ゲートで何が起きたかを調べていた技師が、ガムロの前で青い顔で頷いた。

ゲートトラップが仕掛けられていました」

「巻き込まれた者は」

「粉々で済むはずがありません」

 技師は答えた。

「現実に地形が変わりました」

「……」

「ヴォルトモード卿は」

「詳しく調べてみる必要はあります」

 技師は言った。

「このトラップで、卿が亡くなられたと誤認させること。それが最大の罠である可能性があります」

「……」

 腕組みをして、しばらく瞑目していたガムロは言った。

「マリーネ」

「はい」

 控えていたマリーネが一歩前へ出た。

「奴らに連絡をとれ。今回の事態に対し、どう責任をとってくれるのかとな」



●東京都 統合参謀本部

「柏崎が壊滅したという、この事態を」

 本部の一角。

 利用者が基本的にいない区画の喫煙室がタバコの煙で満たされる。

 入り口には、“清掃中”の立て看板がかけられている。

「誰が、どのように陛下にご報告申し上げるか、それが問題だ」

「そんなものぁ」

 タバコをくゆらせる作業着姿の男が答えた。

 あの後藤だ。

「お偉いさん達の仕事でしょう?」

 くわえタバコの後藤は、相変わらずのやる気のない目つきで、ヤニで汚れた天井を見上げた。

「それこそ総理大臣の仕事だ。あたしゃ、連中ほどの給料もらってないですからね」

「後藤君」

「首相に、普段通りに陛下の悪口雑言喋らせて、んで、それを宮内省のホームページなり、ウェブに流したらどうです?首相お得意の報道管制も、草の根レベルじゃザルだってご存じでしょう?」

「人の口に戸板は立てられんよ」

 男は太い鼻の穴から紫煙を吐き出した。

「……で?」

「蹂躙だけでも我慢できないのに、国土の一部を消滅させられたんです。あたしの“上司”連中ならね?“かなりヤバい”こと考えてますよ。それはもう」

「首相達は気づくだろうな」

「“上”は、“それ”を意図的に流すでしょうからねぇ」

 フゥッ。

 二人が同時にタバコの煙を吐き出した。

「流されたら、どうなると思う?」

「政府としては、世論操作に必死こいて政権維持したい所でしょう。何しろ、国民騙して選挙に勝って、それからまだ1年だ。連中にとって、国民の犠牲は考える必要さえないことでしょうし」

「各地の避難が相当遅れていると聞く」

「当然でしょう」

 後藤は笑った。

「世の中、そんなに上手く運ぶもんじゃありませんよ」

 後藤はタバコを灰皿でねじった。

「まぁ、あんたも大変ですな。反鈴木派は風前の灯火だというのに」

「内心では、皆がおかしいと思っているんだ」

 相手は懐から新しいタバコを取り出した。

「だからこそ、私がここにいる」

「……成る程?」

 後藤は頷くと喫煙室のドアをあけた。

「まぁ、こっちもこっちでいろいろあるんで?協力する所はさせていただきますよ?遠藤少佐」




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