米軍、敗北
「Escape!」
通信を外部スピーカーに切り替えたステラが叫ぶが、それを避難民達は理解した様子はない。
「Why do not you escape! Do not you understand words!?(何で逃げないのよ!言葉わかんないの!?)」
『英語です!』
イルマが突っ込むように怒鳴った。
『帝国語……ううん!日本語で!』
「そんなもの知るもんですか!私は帝国語だって知らないわよ!」
『Nigeroでいいはずです!』
ステラは何度もそれを叫びながら妖魔を撃破する。
外部の状況を伝えるヘッドレシーバーの中に、Nigeroという声が何度となく入ってきた。
通じた!
「私、日本語教師出来るわ!」
『バカッ!』
『中隊司令部よりA小隊各騎』
ステラのレシーバーに司令部からの通信が入る。
『全騎、B小隊の救援に向かえ。現在交戦中の敵は別部隊を当てる』
「冗談!」
ステラは戦いながら毒づいた。
目先には敵。後方には避難民。
今の自分達は氾濫する川を護る堤防のようなもの。
その役目を放棄したら、人々はどうなる!?
『繰り返す。A小隊はB小隊の救援に向かえ』
戦況モニターに司令部からのデータが表示される。
ステラはそれを一瞥しただけ。
とてもではないが、他に視線を向けたらそれだけで妖魔の侵入を許してしまう。
『A小隊ホワイトだ!今はこっちも手一杯だ、他を当たってくれ!』
いつの間にかステラ騎の横で妖魔相手に戦っていたホワイト小隊長騎から罵声に近い怒鳴り声が聞こえてくる。
『A小隊はB小隊の救援に向かえ』
『避難民はどうなる!』
『A小隊はB小隊の救援に向かえ。これは命令だ』
『せめて後続のクリステル達を出せ!俺達が下がったら、一人残らず殺されるぞ!』
『C小隊は貴重な後詰めだ。投入できない。ホワイト、これは命令だ』
『クソ食らえ!クリステルが中隊長の愛人だからだろうが!危険な任務は俺達に、愛人は安全なところにか!?ふざけるんじゃねぇ!』
『ホワイト。CPO要員として、今のは聞かなかったことにしてやる。すでにB小隊は壊滅的な損害を被っている。避難民と味方と、どちらを選択する?』
『くっ!』
『砲兵隊が支援射撃を開始する。着弾を合図に動け』
『―――ちっ』
ホワイトが判断に迷っているのは分かる。
目の前の避難民。
先の仲間達。
共に自分達の支援を求めているのだ。
「小隊長!」
ステラはホワイトに言った。
「戦力を分散させましょう!後退支援なら小隊の半分で済みませんか?」
『―――目の前の敵を半分で倒せるか!?』
「避難民は一カ所に集中しつつあります。砲兵隊の支援が入るんでしょう?部隊は12騎、展開範囲を狭めれば8騎で何とかなります。だからまず先発で4騎出せば」
『よし!』
ホワイトは頷いた。
『ステラ、スノーボール、エイトボール、ジョーカー、行け!』
「了解!」
「B小隊の現在地は!?」
ステラはグレイファントムをホバリング移動させながら通信機越しにイルマに訊ねた。
「ここから約10キロ、ゼンコージ・テンプル付近」
「ナガノシティは敵に占領されているんでしょう!?そこまで突っ込んだの!?」
「データ入った―――敵が退却を始めたため、これを追撃、一時はナガノシティ中心部まで侵攻したものの、敵に包囲された模様」
「バカじゃないの!?」
ステラはあきれ顔で怒鳴った。
「わざと退いて敵を誘い出すなんて、戦術の基本じゃない!」
「正しくは、戦わされたのよ……ステラ」
イルマは沈んだ声で言った。
「B小隊だってその程度のことはわかっていたはず。B小隊のグッドヴォー大尉は無能ではないわ」
「命令に忠実すぎるのは無能の証拠よ」
ステラはモニター越しの光景を見ながら、騎体をB小隊の反応がある方角へ向けた。
モニター越しの光景は、先程から何も変わらない。
建物はあらかた破壊され、燃え残りが細く灰色の煙を上げている。
道路やあちこちに人間の屍の残骸が転がっている。―――しかも、ステラはまともな死体を一体も見ていない。
「B小隊は間違いなく、中隊……ううん。もっと上からの命令で動かされたのよ」
「何のために?」
「敵と戦ってみろ。敵はどんな装備をして、どんな攻撃を仕掛けてくるか。どんな装備が敵に有効なのか」
「実験のためだけに?」
「そう……ともいえる。ううん?その通りなのよ。多分……私達も」
MCL内部のイルマは、B小隊と通信を試みようと、通信装置の全チャンネルを開放しながら言った。
「だから、どんな状況でも、小隊は敵と戦う必要があった。それが敵に誘われていると知っていても」
「……バカっていいたいけど、言えないのよね」
ピピッ……
コクピットに短いデジタル音が響き、モニターの一角に情報が映し出される。
「IFF(敵味方識別装置)に反応!」
イルマの緊張した声に弾かれたようにステラはコントロールユニットを握りしめる。
「続いて敵!」
モニターに警告を告げる表示が出、戦況モニターにグレイファントムの周辺の状況が表示された。
前方2キロにグレイファントム3騎の反応。丁度、ステラ達の前方を横切るように移動している。
その後ろをグレイファントム以上のスピードで迫る大型の反応が約40。
「いたっ!」
ステラは隊内通信を開いた。
「こちらコールマン。各騎、戦闘態勢」
通信が通じない。
すさまじいノイズに顔をしかめたステラは、通信を通常電波のそれから魔法通信装置に切り替えた。
「ステラよ。応答して」
『エイトボールだ』
先程までのノイズが嘘のようにクリアな通信が実現した。
「B小隊と合流するわよ。このままB小隊と合流、同じ進路に変針する。いいわね?」
『俺は反対だ』
「はぁっ!?」
『B小隊と合流する際、スピードが落ちる。B小隊は』
「ステラっ!」
イルマが悲鳴のような声を上げるのと同時に、戦況ディスプレーに警告が出る。
「前方、大規模な魔法反応!」
『ステラっ!お前が分隊長だぞ!』
エイトボールが鋭い声を上げた。
「各騎減速、散開!」
戦闘機動をとりつつ、ステラは確かに見た。
―――大きい。
逃げるB小隊を追っているのは、“猛牛”と呼ばれるサイのバケモノ。メサイアより巨大な“それ”は、全身を灰色の分厚い装甲で包んでいるような錯覚すら覚えるほど逞しい体をしている。
問題は、その体格だけではない。
走る“そいつら”の角だ。
グレイファントムの“眼”と“脳”は、角の先端に集まる光が、高圧縮された魔法エネルギーであることをステラに教えていた。
エネルギー量は米軍の配備している戦略反応弾の爆発に匹敵する。
グレイファントムはステラに警告する。
逃げろ、と。
まさか―――。
あんなサイのバケモノが走り、最強のグレイファントムがそれに追われて逃げる。そんな目の前の光景が信じられないステラは、その光に引き寄せられるようにグレイファントムを直進させてしまう。
「ステラっ!」
イルマが怒鳴った。
「B小隊とアクセス出来た!」
「B小隊、応答して!こちらA小隊ステラ・コールマン―――っ!」
何の予兆もなかった。
あったとしたらせいぜいがあの光だけ。
それなのに―――
メサイアの眼は幾重にも防御されている。
そう知りつつ、それでもステラは思わず腕で目を覆うことを止められなかった。
突然の閃光。
それは間違いなく巨大なエネルギーの放出に他ならない。
「い、イルマ!」
ステラはグレイファントムを停止させつつ、イルマに叫んだ。
「なっ、何が起きたの!?」
「大規模なML攻撃です!」
イルマはパニック寸前の声で報告してきた。
「飛行戦艦の艦砲射撃なんてもんじゃありません!」
「B小隊は!?みんなは!?」
「B小隊、反応消滅。分隊は全騎無事!サイは反転、こっちに向かってくるっ!」
「エイトボール、みんな!後退する!逃げてっ!」
『ジョーカーだ!ステラ!後方をとられた!』
「なっ!?」
ステラは驚いて後方を確認した。
そこには、直径5メートルほどの黒い球が数十、宙に浮いていた。
「なによあれっ!」
『あれが“ボール”だ。ステラ、あのサイを相手にするか、あのボールを相手にするか。急いで決めろ!包囲されるぞ!』
「あのサイの上を飛び越えて逃げるっ!全騎続けっ!」
自分の判断が正しかった自信は全くない。
ステラがグレイファントムをサイめがけて前進させた直後、
「後方から熱源!」
イルマの報告が入り、
『サイが突撃し―――ブッ』
エイトボールからの通信が途絶えた。
何が起きたか?
後方のボールからの魔法攻撃により、周辺には気化爆弾で焼き払われたのと同じ被害が出た。その影響でメサイアのほとんどのセンサーが破壊された。
メサイアが感覚を奪われたのとほぼ同時にサイが音速突撃をかけたのだ。
熱こそ、グレイファントムに張られた特殊装甲で凌げたものの、サイの突撃まではどうしようもなかった。
激震
警告
何かが破断する悲鳴のような音
それがイルマが理解することの出来た感覚のすべて。
幾重にも施された耐Gシステムの上にシートベルトを締めていても凌ぎきれなかった衝撃で、イルマは肋骨が折れた痛みに気絶した。
一体、自分が何分、いや、何時間気絶していたか?
MCLは真っ暗になっていた。
「す、ステラ……」
MCLの全ての機能が停止、非常灯ですら点灯しない中、イルマはコクピットのステラの安否を確認しようと、騎内通信のスイッチを入れた。
反応はない。
「ハァ……ハァ……」
肋骨が気が遠くなりそうなほど痛い。
喉が渇いた。
水が飲みたい。
飲みたい。
水。
水。
イルマはMCL装備のエマージェンシーキットを探したが、暗闇の中、どこにあるかわからない。
「ハァ……ハァ……水、水が」
カチッ
バンッ!
痛みで混乱したイルマは、シートの下にある緊急用ハンドルをひねり、ハッチのロックを爆破した。
先程まで灼熱の地獄が支配する世界。
それは頭の中では理解してる。
だが、水を飲みたいという欲望と、肋骨の痛みが、イルマから普段の冷静さを奪い去っていた。
ガランッ!
ハッチがグレイファントムの肩から下へと落下する音を聞きながら、イルマはMCLの外へとはい出し、
「熱っ!」
慌てて腕を引っ込めた。
コクピットスーツが溶けていた。
「い、生きているってことね」
痛みの意味。それは生きているという証拠だと教官から言われた言葉を思い出した。
日の光に照らされたMCL内部。イルマはシート横からせり出していたエマージェンシーキットを見つけ、そこから水の入ったボトルを見つけだし、乱暴に飲み干した。
長期保存だけを考えた水。
冷たくも何ともない。
そんな水だが、今のイルマにはどんな美食にも勝る、まさに甘露に他ならなかった。
「……ンクッ……ンクッ……ハァッ」
乱暴にボトルを投げ捨てたイルマは、ガンタイプの無針注射器に痛み止めをセット。自分の脇腹に突き立て、トリガーを引いた。
「うっ!」
理性の上では、痛み止めが判断を鈍らせるのはイヤだったが、痛みから逃れたいという体の欲求はどうしようもない。
痛みが引くまでシートに横たわり、じっとしたイルマは、よろけながらMCLを出た。
騎体の熱が大夫引いたらしい。
未だ空気を熱くするほどだが、それでもブーツの底を溶かす程ではない。
「ステラっ!」
頭部にあるMCLからグレイファントムの肩に降り、イルマは下―――コクピットのあるグレイファントムの胸部をのぞき見た。
コクピットハッチは閉まったままだ。
「世話のかかる……」
イルマは精一杯毒づきながら、緊急用操作パネルを操作、ハッチを爆破開放。ロケットモーターでハッチが吹き飛ぶ衝撃を、マニュアル通りの動作で凌いだ。
「ステラ?生きてる?」
エマージェンシーキットから取り出したライトで照らされるコクピット内。
ステラはコントロールユニットの中で伸びていた。
死んではいない。
それは、長年のつきあいからわかる。
恋人は、一目見ただけで、相手が生きているか、死んでいるかわかるものだ。
ヒョイッ
イルマはステラの顔めがけて近くに転がっていたボルトを投げつけた。
ガンッ!
「痛っ!」
ステラが悲鳴と同時にコントロールユニットの中で飛び跳ねた。
「えっ!?えっ!?」
状況がわかっていないらしいステラは、驚いたようにあちこちを見回して驚いている。
「起きなさい。このネボスケ」
安堵しつつ、イルマはステラに言った。
「脱出するわよ?」
コクピットから身を起こし、イルマは周囲を見回した。
敵はすでに見えない。
もう、移動したのだろうか?
それに……。
イルマは、周囲の状況を確かめた。
グレイファントムが山の斜面にめり込む形で擱座していることはすぐにわかったが、問題はそれ以上に周囲にあった。
「こ……こんな」
一時呆然としても、どんな絶句したい光景が眼下に広がっていたとしても、それでもイルマはその“現実”を受け入れた。
そうやってイルマは生きてきたのだから。
「わ、私達、どうなっちゃったの?」
コクピットからようやくはい出してきたステラに、イルマは言った。
「さっきまで私達がいたのはあそこ」
指さす先は、黒こげになった大地。
もう、建物も土地も何もかもが焼けただれている。
「そして私達はここにいる」
イルマは指で足下を指さした。
「約1キロはある」
「つまり?」
「あのサイの突撃の時、私達はここまで吹き飛ばされた。そうでもなければ、今頃、ああなっていたわ」
その指の先にあったのは―――黒く焦げ、ようやく原型を留めるまでに破壊されたグレイファントムの残骸だった。
数時間後。
「よく無事で戻ってきた」
結局、民家からカブを“接収”、それに乗って命がけの逃避行を続けたステラ達は、A小隊の仲間によって救助された。
ステラ達より後方に配置されていた部隊に犠牲がなかったことは、ステラにとって少しは喜ぶべきことなのだが……。
「ナガノ・シティ方面に向かった連中で生き残ったのはお前達だけだ」
憔悴しきった顔のホワイト大尉は、そう言ってステラの肩を叩いた。
「イルマは?」
「肋骨が2本骨折している。治療中だ」
「避難民は?」
ステラにとって、それが気がかりだった。
回収してくれたメサイアは、ステラ達が最初に布陣していた場所を大きく迂回するルートをとったし、何より、そこから未だに盛大に立ち上る黒煙が何か、それを知りたかった。
「……聞くな」
ホワイト大尉は踵を返してステラの前から立ち去ろうとした。
「見殺しにしたんですか?」
「俺達は守ろうとした!」
ステラの問いかけに、ホワイト大尉は目を剥いた。
「文句を言うなら、砲兵のバカ野郎共に言え!」
「……砲撃支援とは名ばかりで、避難民をねらい打ちにしたんですね?」
ホワイト大尉は苦しそうな口調で頷いた。
「貴様等が移動を開始してすぐに砲兵から砲撃支援が来たのは事実だ。
弾は対地掃討用の散弾。最悪なことに、砲兵の連中、それを“俺達の頭上”にばらまきやがった。
……俺達はメサイアに乗っていたから被害なんてない。
あのバケモノ共はメサイアほどの装甲がないから、散弾で挽肉になった。
それはよかった。
それだけならよかったんだ!
だが……それは避難民も同じ。
俺の目の前で、俺の娘―――シンディと同じ年頃の子供が散弾に、その小さな体を砕かれたのを、俺は見たよ……。
砲撃が終わった頃には、避難民で生き延びていた奴なんていない。
……その後、俺達は撤収。
戦闘地域はハイパーナパームで焼き払われた。
建前は、モンスターの復活を妨げるため。
本音は、証拠隠滅のためだ。
それでたくさんだろう」
「……」
言葉が出ないステラの肩を、ホワイトはもう一度、力無く叩いた。
「なぁステラ……悪魔って、あっちか?それとも俺達か?」
救いに来たはずなのに……。
救うべき人々の頭上に砲弾の雨を降らせた。
今や私達は虐殺者だ。
悪魔。
それが人殺しなら、
私達は……
何者だろう。
ステラには、ホワイトにかけるべき言葉がなかった。




