米軍、阻止戦闘開始
●長野県小県郡日村跡付近
日村跡地に生じたいくつものクレーターは、日村を流れる河川の流入により、日村そのものを湖へと変貌させていた。
新たに生まれた湖を囲む山々も、門解放時のエネルギーで焼き払われた黒い肌を露出してる。
その黒々とした山の斜面は、アフリカや南米と接続された門を通って移動してきた魔族軍の軍勢によって半ば埋もれていた。
その一角、湖の袂には、魔族軍の軍旗がひるがえり、甲冑姿の将校達の前に兵士達が整列していた。
将校の筆頭はあのガムロ。
対する兵士達は、年端もいかない少年兵ばかりだ。
その数はかるく100名を越える。
突然、雲の上の人物の前に立たされた彼らは、気の毒なほど緊張していた。
「第二軍の所属と言ったな」
「は……はい」
少年兵達にとって、目の前のガムロという人物は、雲の上のさらに上の人物だ。
そんな人物に、直に声をかけられた少年兵の一人が、がくがくする膝をなんとか押さえながら答えた。
「じ、自分達は、第二軍第245重妖魔大隊であります」
「階級は」
「自分達は、全員二等兵であります」
「士官はどうした?」
「この門へ移動する際、士官や兵とは離されました」
「神族軍の指図か?」
「はい」
「……そうか」
ガムロは、その少年兵の肩に手を置き、その冷徹な顔からは想像も出来ないほど、優しげな声で言った。
「屈辱によく耐えてくれた。これよりその仇を返す。しっかりやってくれ」
「は、はいっ!」
少年兵は、顔を紅潮させ、瞳を輝かせながら心からの敬礼をした。
●日村跡地付近 ハイキングコース
「ほう?」
後を部下に任せ、副官兼愛人のアイリーンと共に、人間達が整備した道を歩くガムロが足を止めた。
「見ろ。藤が見事に咲いている」
「はい」
アイリーンもガムロが指さす方を向いた。
白と紫のコントラストが、荒れ果てた大地に見慣れた目を癒してくれる。
「綺麗な花ですね」
アイリーンは藤を見るのは初めてだった。
「ああ」
「……封印解放時に行われた中世協会の分析では、門のリンクは柏崎門に繋がっていたそうです」
「日本海側、か」
「現状、第二軍のユウラ司令官以下、幹部の所在もようとして知れません」
「解放された戦力は決して多くないが、高速型妖魔が主力だというのが有り難い」
「どうなさいます?」
「柏崎に軍を向かわせ、柏崎の門を確保してから決める」
ガムロは手にした藤の枝を弄びながら言った。
「しばらくは、イツミに翻弄されることになるだろうな」
●長野・新潟県境 米軍メサイア部隊
「もう一度、確認しておく」
ステラ・コールマンは無線から聞こえてくる司令部からの戦況説明に耳を傾けていた。
メサイアのコクピット内の戦況表示ディスプレーの地図に点滅するいくつかの点。
それが自分達と仲間の展開図。
それに向かってくる太い矢印。
それが、敵。
表示は、司令部の指揮機能とリンクしている。
ステラはそれを見つめる。
先日の夜、魔族軍がナガノシティまでかなりの距離、後退したと知らされている。
補給がつながらず、やむを得ない後退であることを期待するしかない。
「敵3個師団規模、ナガノ・シティから再び、長野・新潟県境に向かっている。目的は不明」
ニイガタという聞き慣れない地名が、自分達が上陸した方面の地名だと、ステラは地図で知った。
「斥候からの通信では、見慣れないタイプとのことだ。各員留意」
ステラはコントロールユニットを不安げに握りしめながら思った。
敵が何者かわからずに戦えと、正気で言ってるのか?
「敵情報の収集を最優先」
ほうっ。と、ステラの口から安堵のため息がこぼれた。
情報収集戦なら、それほどの交戦はしなくても済む。
MCのイルマにも危険な目にあわせずに済む。
それでいい。
「それと平行して、侵攻する敵を何としても阻止せよ」
やっぱり、司令部は狂っている。
ステラはそう感じた。
世界最強を謳うグレイファントムだが、この地で最初の交戦から一週間。
結果は前進ではなく後退している。
敵が後退してやっと今までよりも前進出来たとして、それを誇る者はいない。
「貴官等の不満はわかる」
通信の声は重い。
「だが―――わかってくれ」
それは、絞り出すような声。
「貴官等も見たろう。あの避難民を……見ただろう?都市に住む人々を。女子供までが命からがら住み慣れた土地を追われ続けている。我々は、彼らを救わねばならない。これ以上、悲劇を産んではならない。
騎士としての誇りにかけて、彼らを護れ―――幸運を祈る」
そうだ。
私達は騎士。
世界最強の合衆国大統領警護騎士団の騎士。
誇り高き騎士の名において、私達には弱き者を護る義務がある!
どこか、心の奥底で自分のことを単純だと嘲りながらも、ステラは覚悟を決めた。
それが命令なら、義務なら、やるまでだ。
「イルマ」
ステラはMCLにいるパートナー、イルマに声をかけた。
「敵の展開は?」
「現在、トヨノ・ステーション周辺に集結中……戦闘陣形を形成中と思われます」
『中隊本部より各騎』
その通信に弾かれたように、ステラは、自らの騎―――グレイファントムM16“フリーダム・ファイター”のコントロールユニットを掴み直した。
その独特な感触をステラが感じたのと同時に、愛騎の各所からそれまでとは違う音と振動が伝わってくる。
『斥候騎より、ムレ・ステーション付近に難民多数。
このままではトヨノ・ステーション付近にて戦闘準備中の敵に襲われる可能性大。
従って、中隊はこの避難民保護のため、トリイガワ・リバーを越える。
後続の機甲部隊も既に前進を開始。
各小隊展開ポイントは渡河地点より約300メートル先の工場。
これをランドマークにしろ。
現時点をもって各騎、フォーメーション・アルファ展開。
全武器使用自由』
「ステラ了解」
ガンッ
ガキン
カンッ
あちこちから伝わる小さい振動とモニター表示が、グレイファントムに搭載された武器の全安全装置の解除を告げる。
「ん?」
その間に、モニターの端をグレイ・ファントムが移動していった。
肩のマーキングはB小隊所属騎。
奴らがどう動くかはわからないが、恐らく我々同様のことなんだろう。と、ステラは思った。
B小隊の流れを追うステラの視線が止まった。
「……」
高原のリゾート地と言われても、何ら違和感のない土地。
のどかな田園風景が広がる緑豊かな土地。
モニター越しに映る世界は、平和の象徴ともいえる光景。
それなのに、その緑豊かな大地を踏みつけながら、破壊の象徴が歩いている。
皮肉だと、ステラはそう思う。
国では見ることの出来ない、オリエンタルな美しい風景。
神の恩寵。
それを破壊の神が踏みにじっている。
この地を護るために―――
それは、ステラにとって十分すぎる皮肉だ。
では、メサイアが似合う世界とは?
ステラにはその答えが出せそうもなかった。
『中尉』
イルマからの通信が入る。
『前方1200に避難民の列。留意してください』
「了解。―――避難民の列?車?」
『いえ。ほとんどが徒歩です』
「え?日本人って、車使わないの?トヨタとかアキュラとか、あんだけ輸出してるのに」
『車を使わないのではなく、使えないのです』
「?」
『原因は不明ですが、妖魔出現地点からかなりの範囲で電子機器が使用不能になる事態が発生しています。機甲部隊が後方展開を余儀なくされているのはそのためです』
「そうなの?」
『ステラ?』
イルマが中隊内通信を切った。
『これ、座学で何度も言われたこと』
「あっ……アハハッ!」
『笑って誤魔化さない……もうっ!』
「はいはい」
『……本当にわかってる?』
「分かってます―――多分」
『ステラっ!』
生きる術。
あればいい。
あるだけマシ。
そう、ステラが痛感させられたのは、それからすぐのこと。
指定ポイントに到着したステラ達を待ち受けていたのは、北国街道を徒歩で北上する避難民達の長い列、そして―――。
「Shit!」
ステラは舌打ちしながら、その光景を見た。
小型妖魔の群れに、避難民達は襲われていた。
まるで遊んでいるかのように妖魔達は避難民の列に突っ込み、気の毒な何人かを血祭りにあげ、離脱。喰らい、そして再び列に―――。
避難民にあるのはその身だけ。
自分のような力も、メサイアも、何もないのだ。
抵抗する術など、ない。
悲鳴を上げ、両手を振り回す男が、妖魔によって上半身を食いちぎられて絶命したのを、ステラ達は何もせずに見ているだけ。
世界最強を自負するグレイファントムを駆る自分達が、虐殺を指をくわえて見ている?
冗談じゃない!
ヘッドレシーバー越しの通信は、この光景を前にした中隊の混乱を如実に示していた。
『おいっ!小隊長!前進の許可を出せっ』
中隊で一番血の気の多い“アニマル・マザー”ことアダム・ボールドウィンの荒々しい怒鳴り声が響き渡った。
その判断は、ステラだって正しいと思う。
一人でも多くを救わなくては!
だが、アーリス・ホワイト小隊長は頑としてこれを認めなかった。
『ダメだッ!許可できない!各騎、現状から狙撃にて対応しろ!』
『目の前で難民が殺されている!マジックレーザーでチマチマやってたって!』
『あれは敵の戦術だ!しっかりしろっ!典型的な誘出だ!すでに前方ではB小隊が交戦中!俺達はその後衛に―――』
戦況モニターに映し出される妖魔の群れはモニターの一角を埋め尽くすばかりの数。
メサイアの眼で見た現実の世界は、その数に翻弄される哀れな避難民の末路を映し出す。
若い、母親だろう女性が、転んだ子供をかばって、妖魔の前に両手を広げた。
「やめっ―――っ!!」
ステラは悲鳴に近い叫び声をあげた。
母親が何をしたいのかわかる。
同じ女として痛いほどわかる。
女として世界で最も賞賛されるべきだろう振る舞いを、その女は見せた。
だが―――。
「やめろっ!貴様っ!」
届くはずはない。
それでも、ステラはシートから身を乗り出し、手を伸ばした。
「やめてぇぇぇぇっ!!」
コクピットにステラの絶叫が響く中、モニターは、女が子供ごと妖魔の爪に串刺しにされた光景を冷たく映し出す。
「―――っ!!」
母子の体が妖魔の顎により引きちぎられる中、ステラに出来たこと。
それは、ただ歯を食いしばって目をつむり、母子の冥福を祈るだけ。
『今の見たろうが!』
ボールドウィンの怒鳴り声がエスカレートしている。
『そうだぜ!小隊長!』
小隊の騎士達がボールドウィンの怒鳴り声に影響されて息巻いている。
『ここでやらなけりゃ、俺達ゃ何のためにここにいるんだよ!』
『司令部に許可を求めている!』
負けじとホワイトも反論するが、
『もういいっ!許可なんざクソ食らえだ!!見殺しのホワイトッ!!』
鼓膜がどうにかなったかと思うほどのボールドウィンの怒鳴り声が終わらないうちに、ステラの目の前を、グレイファントムが一騎、避難民達めがけて駆け出していく。
ボールドウィンの騎だ。
『クソッ!●●●野郎!くたばりやがれっ!』
斧を高々と振りかざしながらボールドウィンは突撃していった。
『畜生!いくぜっ!』
『了解っ!』
それに弾かれたように周囲の騎も駆け出し始める。
『戻れっ!―――くそっ!各騎、アニマルマザーに続けっ!』
ホワイトの騎がそれに続いた。
「了解っ!」
ステラは騎を駆り、避難民達へ向けて動き出した。
「このぉっ!」
ステラの駆るグレイファントムのマジックレーザーが小型妖魔を狙撃、その巨大な斧がそれを避けた妖魔を寸断する。
『各騎!避難民を避けろっ!』
「やってるわよっ!」
上官の指示に怒鳴り返すなんて、普通にやれば軍法会議モノだが、構っていられる状況ではない。
グシャッ!
妖魔を潰した鈍い感触がコントロールユニット越しに四肢に伝わってくる。
「今、踏みつぶしたので何匹め!?」
『10から先は覚えてません!―――まだ来るっ!』
妖魔達は、“エサ”を前に、どんなに蹴散らされても、そう易々とは引き下がらない。
ステラ達のスキを見つけてなんとか“エサ”へと躍りかかろうと必死だ。
「このおっ!」
脇を抜けようとした犬型の妖魔をひじのスパイクで地面にたたき落とし、一気に踏み殺す。
それを無視するように襲いかかる、表現の使用もない不気味な妖魔達を斧やシールドで叩き殺す。
「ったく!忙しいわね!」
突然現れた妖魔、そしてメサイアに混乱しつつ、難民は何とか逃げようとグレイファントムのわずか後方で右往左往している。




