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ヴォルトモード軍、侵攻開始

 ●東京都 葉月市 近衛軍葉月実験センター ブリーフィングルーム

 

 ―――長野県で、何か大変なことが起きたらしい。


 美奈代達が、日村の事件を知ったのは、食堂のテレビでだ。

 “長野県東信地域で大規模な爆発”

 テロップはそう流れていたが、後に映し出されるのはアナウンサーと地図だけだ。

 長野県に通じる鉄道と道路は、ほぼ全てが警察と陸軍により閉鎖され、報道ヘリは戦闘機や戦闘ヘリによって引き替えさせられている。

 各地で電話が不通。アナウンサーは長野への電話を自粛するように呼びかけ続けている。


 一体、そこまでする理由は何だ?


 訝る美奈代達がブリーフィングルームに呼び出されたのは、翌日の朝食後のことだった。

「ようやく、お前達にも説明しろという指示が出たんだ」

 二宮は開口一番、そう言った。

「完全な事はわかっていないが、軍事衛星のデータを見る限り、事件の中心地は長野県の小県郡ちいさがたぐん日村だ」

「日村?」

「お前達は思い出深いだろう?あれだけメサイア壊せば」

「あの演習地ですか?」

「そうだ」

 二宮は頷いた。

「今では、“日村跡”だがな」

「……は?」

「昨日、人の住む集落としての、長野県小県郡日村は消滅した」

 二宮が長野に命じてプロジェクターをつけた。

 軍事衛星の撮影だろう。写真が二枚、並んでいた。

「こっちが1ヶ月前に撮影されたもので」

 指示棒の先にある右側の写真は、雲に隠れている所はあるが、何の変哲もない写真。

 緑の中を走るのが道だろう。と、美奈代は見当をつけた。

「こちらが昨日15時の撮影だ」

 左側の写真は、真ん中が真っ黒で、いくつもの窪みが見える。

「わかりづらいだろうが、この丸いのは、すべてクレーターだ」

 二宮は言った。

「クレーターが集中しているのが、かつての日村集落。クレーターに河川の水が流れこんでいる。あと数日で日村は、水の中に沈む」

「……」

「問題は―――これだ」

 二宮の指示棒が突いた場所がズームアップされる。

 荒いドットの集まりに画像処理が施されると、ぼんやりとしたものが恐ろしいほどはっきりと見える。

「推定45メートル。国連軍呼称“ライノサロス級”だ」

 それは、大型妖魔の背だった。

「集団突撃であらゆる物をなぎ倒すバケモノだ。シミュレーターでイヤというほど戦った相手だな」

「……」

「……教官」

 感情のない声で、美晴が訊ねた。

「つまり……日本に妖魔が出た、と?」

「そうだ」

 強ばった顔で、二宮は頷いた。

「南米にアフリカ……人類が失った土地のリストに、日本が加わるか否かは、すべて我々にかかっている。我々が如何に足掻くか……だな」

 二宮はプロジェクターを消すと、黒板に貼り付けた地図を指示棒で突いた。

 長野県の地図だ。

「日村跡から動きを見せたバケモノ達は、新興住宅街が広がる猫平ねこたいらを経由して、上田市に侵攻。上田市周辺を徹底的に破壊した後、夜明けと同時に、千曲川の北上を開始した」

「……」

「現状、新潟から派遣された陸軍機甲師団が千曲市に展開。阻止作戦を試みているが」

「……」

「状況は芳しくない」

「質問」

 都築が手を挙げた。

「近衛は、どこへ出ているんです?」

「出ていない」

「はっ?」

「出ていない。そう言ったんだ」

「な……何故?」

「決まっているだろう?」

 二宮は肩をすくめた。

「政府から出動要請が出ていない」






●東京都永田町首相官邸

「敵、犀川を突破します」

 長野県県庁所在地である長野市を目前にした犀川。

 長野市から見て、川向こうにあるのが、川中島だ。

 平地が多いことから戦闘車両の運用に適しているとして、陸軍は川中島に機甲部隊を展開。

 県庁所在地である長野市の絶対防衛線をこの地に構えた。

 理由は一つ。

 県庁機能を無事に新潟県へ脱出させるまでの時間稼ぎ。

 戦闘の詳細は、首相官邸に設けられた災害対策本部にリアルタイムで告げられる。

「陸軍はどうしている」

 いらついた声でバンバンとテーブルを叩く70過ぎの男。

 それが、内閣総理大臣岡山一郎だ。

 経済政策を筆頭にした、かつての与党、憲政党の失政を逆手にとった選挙戦で圧倒的勝利を収め、組閣と同時に選挙公約全てを放棄するという信じがたいマネをした。

 現在、国家財政を破綻寸前に追い込むバラマキ施策で人気をとろうとして、組閣からわずか半年で国民から「さっさと辞めろ」の大合唱を受けている人物。

 苦労知らずの三代目らしく、他人からの批判は大嫌いで、権力闘争を生き甲斐とするような人物であることは、その一癖ある捻くれた目つきでわかる。

「千曲市展開の部隊は壊滅」

 陸軍参謀が報告した。

「戦車及び砲兵隊では、敵を阻止出来ません」

「―――首相」

 岡山首相に、顔面蒼白の閣僚の一人が言った。

「近衛にメサイアを出させては」

「ダメだ!」

 岡山首相は怒鳴った。

「何を考えてるんだ!ここで出したら陸軍のメンツは潰れるだろうが!」

 閣僚の視線が、陸軍大臣に集まる。

 陸軍大臣鈴木廉也が無言で頷いた。

「メンツと国民のどっちが大切なんです!?」

 たまりかねた閣僚の一人が席を立った。

「中華帝国にも、これ以上、メサイアは出さないと、メサイアの活動は控えると伝えたばかりなんだ!ここで反古にしてみろ、私の首相就任時、訪中した時の共同宣言が無駄になる!」

「他国との約束で、国民を殺すんですか!?」

「私が殺すわけではない!」

 不愉快そうに岡山首相はそっぽをむいた。

「殺すのはあのバケモノ共だ。ったく、俺を人殺しみたいに言うな」

「―――首相、それでは」

 菅野官房長官が訊ねた。

「再三に渡る近衛からの申し出は断る―――と?」

「当然だ」

 首相が視線を向けた先にいる陸軍大臣は、満足そうに頷いた。

「私は民主主義者だ。天皇なんて“システム”は不要だと、そう思っている」

「……」

「……公には、言うな?」

「……はっ」



 ●東京都 統合参謀本部

 本来、軍事的意味合いで国家に危険が生じた場合、陸海軍、そして近衛軍の三軍の参謀は統合参謀本部に集結し、善後策を協議する決まりになっている。

 明治政府発足以来、帝国を幾度となく守ったシステムだ。

 ところが、民州党政権になった途端、国家が軍事的危機に曝されていないという、信じがたいことを理由に、統合参謀本部はマスコミによって“税金の無駄遣い”のレッテルを貼られ、実質的機能を首相官邸の災害対策本部へと奪われた。

 わずかに残された権限を楯に、東南アジアへ派兵出来た事自体、奇跡というか、野党が意地になって、“気に入らない採決=欠席”の野党根性が抜けない民州党を出し抜いたおかげだ。


 そこまで制度を変更させた元凶は誰か?


 鈴木陸軍大臣。


 陸軍大臣になる前から“岡山首相の男妾おとこめかけ”と揶揄されるほどの幇間たいこもち

 その緊密さは、海外のマスコミから、岡山首相の同性愛疑惑が出るほどだ。

 それを良いことに、海軍や近衛との協議が面倒くさい彼は、統合参謀本部の機能を首相権限で剥奪させ、軍の権限を自分の思い通りになる災害対策本部へと移した。


 それが全ての元凶だ。


 陸軍が一国の軍事のほぼ全てを決定するシステム。

 海軍と近衛はその蚊帳の外にされた格好だ。

 それでも国防を担う者としてのメンツがある海軍と近衛は、「抗議ばかりするより現実的だ」と、独自に協議の場を設けた。

 それが統合参謀本部を生き残らせることに繋がった。

 統合参謀本部があるからこそ、国内内部では海軍の航空兵力と近衛のメサイアによる立体作戦を展開出来るのだ。


 ……しかし。


「岡山首相は、あくまで我々に出るな―――と?」

「そうです」

 陸軍から派遣されている参謀が答えた。

 遠藤少佐。

 もう退役寸前で、鈴木大臣とは対立する派閥に属する上に、階級は恐ろしく低い。

 災害対策本部付きが大佐以上で、鈴木のお眼鏡にかなったエリート達を大量に送り込んでいるのとは雲泥の差だ。

「―――まぁ、理由は想像出来るでしょう」

「ホモ野郎に踊らされているとも知らず」

 海軍参謀の一人が吐き捨てるように言った。

「あの野郎なら、今頃、20万人以上の犠牲を他人事のように片づける原稿、官僚共に書かせてる頃だろうさ」

「不本意だが、国土を徹底的に叩かれて、その座から引きずり降ろされるまで、如何ともしがたいな」

「それでは死んでも責任を感じまい」

「元から感じる神経なんてもってないんだよ。あの三代目殿は」

「売国と唐様で書く三代目……か?」

 苦笑が場に響く。

「―――して?」

「魔族の狙いは?」

「このままのルートだと、新潟へ出る」

「東京方面は?」

「何故かわからないが、連中は佐久、軽井沢の辺りで停止している。松本市方面への侵攻も見られない」

「ん?」

「……戦力を、新潟へ急行させている?」

「そう、考えるのが妥当でしょうな」

「ウラジオストックに停泊中の米艦隊の支援を仰いではどうか」

「無駄だ。中国べったりの岡山首相が認めるはずがない」

「中国からの賄賂にべったり―――の間違いだろう」

 バンッ!

 そこに飛び込んできたのは、海軍側の士官。

 真っ青になった上に、かなり走ってきたと見え、肩で息をしていた。

「し……失礼致しますっ!」

「バカもんっ!ここをどこだと!」

「米軍が!」

「米軍がどうしたっ!」

「新潟へ上陸を開始っ!」

「何っ!?」



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