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●葉月市内 某喫茶店

「砲弾型の反応兵器?」

「そう」

 コーヒーを飲みかけた手を止めた二宮に、美夜はうんざりした声で新聞を手渡した。

「他にも毒ガスやら化学兵器やらが多数発見されている」


 砲弾型の反応兵器。

 我々のいうところの核砲弾だ。

 射程の短さと放射能汚染をもたらす禁忌の兵器であること、この二つの欠点を無視する神経があれば、皮肉な意味でかなり使える兵器ではある。


「東南アジアを放射能で汚染するつもりだったの?」

「さぁ?あくまで反応弾の破壊力が欲しかっただけじゃない?

 それで、輸送艦に乗り込んでいたのは中華帝国の特殊戦略軍の部隊―――連中もさすがに自爆はしたくなかったそうよ?」

「本気で使うつもりだったの?」

「使うつもりだったから、戦場に運ぼうとした―――違う?」

「……米国下院が中華帝国本土へ向け、予防的措置としての反応弾使用に関する法案を審議中。オーストラリアやニュージーランドがそれに抗議したら、英国がキャンベラに対する使用を検討していることが判明?」

「あっちには東南アジアから逃れてきた華僑がいるからね。連中のカネは大事だもの」

「……混乱する一方ってワケね」

 二宮は、天井を仰ぎ見ながらコーヒーに手を伸ばした。

「ホント、あんたもご苦労様ってか……お互い、せっかくの休暇だってのにねぇ」

「……まぁね。テレビ見てもロクな話題はないし、家に戻ったところでこのご時世、旦那も忙しくてね」

「離婚しちゃえ。思い切って」

「イヤよ。何で―――」

 美夜の言葉を遮るように、ビービーというノイズが二人の耳に襲いかかった。

「何?」

 耳を押さえ、窓を見る。

 窓の外に現れたのは、ハンドスピーカーを持った集団だ。


「大日本帝国、万歳っ!」

「大日本帝国―――ばんざぁぁいっ!」

 手に手に日の丸の大きな国旗を掲げ、時折、シュプレヒコールに答えるように拳を突き上げる。

「中国を―――許すなぁっ!」

「中国を、許すなぁっ!」


「……何あれ」

「……」

 若者がいる。

 年寄りがいる。

 子供連れの主婦がいる。

 様々な層の人々が、国旗を手に行進に参加している。

 その数は十や二十では足りないだろう。

 イベントの大名行列を連想させるその行列を呆然と眺めるしかない美夜を、二宮は指突くと、無言で壁に貼られた紙を指した。


“当店では、中韓の製品は使用していません”

“中国人・韓国人の入店お断り”


 そんなことが書かれていた。


「……こういうの、いいのかしらねぇ」

「店の本心かどうかはわからないわ」

 二宮はコーヒーに口をつけながらメニューを手に取った。

「でも、あんなのでも書かないと、商売にならないんでしょう?」

「……でも」

 美夜は納得できないという顔で窓の外を見た。

 行列が過ぎ去った後、美夜の目に道路を挟んだ向い側が飛び込んできた。

 店名がハングル文字で書かれた、韓国系の料理屋とおぼしき店。

 閉じられたシャッターはボコボコに凹んでいて、ショーケースは割られている。

 “売り物件”

 斜めに傾いた看板がむしろ哀れだ。

「あんなことするのが、正しいことなの?」

「やってる連中にとっては、そうじゃないの?」

「弱者を一方的に叩くのが正義だとでも?」

「やってる連中にとっては正義なんでしょうよ……私には関係ない」

「随分と薄情ねぇ……」

「それが、日本の大人の態度でしょ?」

「うわ……辛辣」

「どうせ、裏で政府の思想統制が働いてるのよ。最近のメディアの論調なんて戦争戦争よ?誰が行くと思ってんのかしら……テレビのニュース見てる?今まで散々、戦争反対叫んでた奴らが“祖国のために!”だってさ。おかしくて笑っちゃったわよ」

「どういう見方してんのよ……問題は、あんな連中でしょう?」

「北京やソウルじゃ、日本人を殺せって叫んでるわよ」

「だけど……同じことしていいわけじゃないと思うのよ」

「そりゃね?民度を同じレベルに下げるのは、私もどうかと思うし」

「よっぽど、嫌いなのね。韓国とか」

「美夜、好きなの?」

「全然」

「なら、いいじゃない。長いものに巻かれるのも、関係ないなら徹底して無関係を貫くのも、それぞれが日本の大人の姿勢よ」

「……イヤな処世術よね。それ」


 一方、

「あの子達の功績だな」

 宗像は新聞を畳むと美奈代に手渡した。

「大戦果だ。三騎で東南アジア戦線における戦線の半分近いスコアを担っていると聞く」

 美奈代はお茶の入った紙コップをテーブルに置くと、新聞を受け取った。

「すごいですねぇ」

 祷子が感心した声をあげた。

「金鵄章功五級受勲ですって」

「ああ。3人で戦線支えているようなものだ」

 祷子の横に座った宗像が、祷子の腰に手を伸ばした。

「我々も頑張らなくてはな」

 祷子の長く美しい黒髪に顔を埋める宗像に、祷子が笑いながら言った。

「やだ。美沙さんったらくすぐったい」

「ふふっ……首が弱いんだな」

「おいこら」

 周囲からの奇異の視線に耐えかねた美奈代があきれたように言った。

「ここは食堂だ。周りの目を考えろ」

「ムゥ……公開プレイになるところだった」

 残念そうに祷子から離れる宗像。

「だから、お前なぁ」

 そんな宗像に美奈代はかける言葉が思いつかない。

「そんなことより天儀」

「はい?」

「天儀が配属された部隊が解隊されたというのは本当か?」

「はい」

 祷子は頷いた。

「私が配属されたのは、元々、天皇護衛隊オールドガーズが前線に出る必要がないこともあって、β級次期主力騎“白龍”先行開発騎の実戦運用テストを兼ねた部隊でした。ところが」

 ピンッ。としなやかな人差し指を天井に向け、もったいぶった口調で話す祷子。

「“白龍”は開発延期。さらに、この状況下では、天皇護衛隊オールドガーズもそんな悠長なことを言ってる余裕はなくなった」

 宗像が祷子の言葉をつなげた。

 補足する言葉がどうしても思いつかない祷子は、そのまま固まった。

「ちょっと、待て」

 美奈代は、それまでの会話にひっかかるものがあった。

天皇護衛隊オールドガーズに余裕がない?」

「そうです」

 やっと解けた祷子が言った。

「私はそう聞きましたが?」

「陛下護衛を任務とする部隊に余裕が……ない」

 ふぅむ。と、しばらく考え込んだ美奈代は、祷子に訊ねた。

「祷子、それは公になっていることか?」

「いいえ?私達の部隊、つまり、八八特務隊は非公然部隊。つまりは公式記録に残らない部隊ですから」

「……」

「和泉さん?」

「我々の騎が完成するのが明日、祷子達の騎が本格的整備を受けている」

「あの?」

 首を傾げる祷子の前から美奈代は立ち上がった。

「ちょっと、教官の所に行って来る」



「本当に」

 丁度、美夜の部屋から私室へ戻っていた二宮は、美奈代からの質問を聞くなり、深いため息をついた。

「貴様は、情報関係に進むべき人材だな」

「当たっていましたか?」

「他言は無用だ。部隊の誰にも言うな」

「はい」

 美奈代は頷いた。

「今の戦況はわかっているな?」

 二宮はどこからか持ち込んだテーブルの上に地図を広げた。

 軍機の判子の押された書類はともかく、その間に見え隠れする、美少年達の書かれた薄いマンガについては見なかったことにしようと、美奈代はそう決めた。

「現状、各地の戦線は膠着状態。小競り合いが続いている。

 恐ろしいのは、この静けさだ」

 二宮の目、指揮官の目をちらと見た美奈代は、信ずべき上官の言葉を耳に地図に視線を落とした。

「これまでの進撃のパターンから考えて、この静かな時間の後には圧倒的な嵐が来ることは間違いない」

「進撃の再開が?というか、何故我々の方が反撃に転じないのですか?」

「余裕がないのだ」

 二宮は小さく笑ってみせた。

「前にも言ったろう?資源があまりに足りないのだ」

 二宮はちょっとだけ小首を傾げた。

 ―――この先、帝国がどういう動きをとるかわかるな?

 美奈代はそれがわかる。

 わかるから、答えた。

「防戦に徹することで消耗を抑え、余剰分を東南アジア戦線へ、資源輸送ルート確保のために送る」

「戦争が終わったら、情報局への紹介状を書いてやる」

 二宮は嬉しそうに言った。

「今度の作戦が終われば、順次、増員も入ることだし」

「増員?ちょっと待ってください」

 美奈代は目を丸くした。

「今頃?どこの誰が?」

「瀬音少佐、神谷中尉。この辺はベテランだ。あと二人、新入りが入る」

「……瀬音少佐、神谷中尉」

「そうだ……あいつらには気を付けろ」

 席を立った二宮は、壁に作りつけの棚に置かれたコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぎながら言った。

「危険だからな」

「は?」

 突然の二宮の言葉。

 美奈代にはその意味が分からない。

「元の所属はそれぞれ天皇護衛隊オールドガーズ内親王護衛隊レイナ・ガーズだ」

「それが?」

「共に政治色が恐ろしく強い部隊だ」

「政治色?」

「共に国家天下は関係ない。

 忠義を尽くすは主君のみ……しかも、天皇護衛隊オールドガーズはともかく、内親王護衛隊レイナ・ガーズは陛下ではなく、麗菜殿下に個人的忠誠を誓った立場だ。

 一般部隊とは、ここの中身が違う」

 二宮は自分の頭を指さした。

「それが―――我々の部隊へ?」

 美奈代は首を傾げた。

「教官が人員を手配したのでしょう?」

「馬鹿を言うな」

 二宮はコーヒーを手渡しながら言った。

「私なら、あんな所は係わろうとさえ思わない」

「……」

 コーヒーの香りを嗅ぎながら、美奈代の脳裏に浮かんだのは、新型メサイアと後藤の姿だ。

「二つ―――要因がありそうですね」

「……何だ?」

「新型メサイアの情報収集……可能な限りの実戦でのデータ収集―――違う」

 美奈代は、目をつむると首を横に振った。

 そして、しばらく考えた後―――

「……D-SEED」

 美奈代は目を開いた。

「D-SEEDの実戦データを欲しがっている?」

「理由は?」

「それこそ政治?天皇護衛隊オールドガーズ指揮下の―――」

 美奈代は自分の出した結論に驚いた。

「D-SEEDは天皇護衛隊オールドガーズの関与した開発騎だから、麗菜殿下が、そのデータを欲しがっている?」

「おしい。外れだ」

 二宮は残念そうに首を横に振った。

「お前がもし、天皇護衛隊オールドガーズか、内親王護衛隊レイナ・ガーズのどちらかに在籍したら違った答えが出たろう」

「では?」

「残念だが、これ以上は言えない」

 二宮は缶の中に入っていたチョコレートを美奈代に勧めながら、思い出したように訊ねた。

「それで?もう一つは?」

「後藤中佐です」

「後藤中佐?」

「はい―――その」

 美奈代は言いづらそうな顔で、チョコレートを受け取った。

「先程の言い分と矛盾するんですが」

「言ってみろ」

「後藤中佐と、その背後にある存在に、天皇護衛隊オールドガーズ内親王護衛隊レイナ・ガーズが共に危機感を抱いた―――二人はその対策として送り込まれてきた」

「……」

 二宮は突然、黙ったまま美奈代をじっと見つめたままになった。


 ―――言い過ぎた。


 美奈代は少し焦りながら詫びた。

「す、すみません。思い上がったことを」

「―――和泉」

「は、はい?」

「とりあえず、聞いておきたい」

「はい」

「貴様こそ―――ヘンな背後関係はないんだな?」

「は?」

「入営時点で両親は死亡、幼少時から近衛軍保護施設で育ったお前だ。どこかでヘンな機関と接点を持ったりしてないだろうな」

「へっ?」

 美奈代は、二宮が言いたいことが分からない。

「き、教官?」

「……和泉」

「は、はい?」

 あまりに思い詰めた様子の二宮の目に、美奈代は吸い込まれそうになった。

 頷くのがやっとだ。

「覚えておけ。軍隊や組織で長生きするためには、不要な才能がある」

「……」

「余計な詮索で真実を掴んでしまう―――そんな才能はその最右翼だ」

「……教官?」

 意味がわからない。

「忘れろ。その欠点をフォロー出来るのは、忘却だ」

「―――はい」

 美奈代は立ち上がった敬礼した。

「和泉は、只今の発言、全てを忘れます」

「よし」

 二宮は笑って頷いた。

 その笑顔は、まるで子供が言うことを聞いたことに満足する親のそれにそっくりだった。

「ただでさえ、あのカスが仲間になるだけで頭が痛いんだから、余計な心配させないでくれ」

 コーヒーが苦いのか、それとも別な何かか、二宮は顔をしかめた。

「か、カス?」

「……オンナ好きでセクハラばっかりで、少し甘い顔をしたらすぐに彼氏面して、人にあんなことしておきながら、さっさと他のオンナに乗り換えて」

「ち……ちょっと、教官?」

「あの……最低男が……」

「教官」

 美奈代が驚いて、ブツブツ言いだした二宮の顔をのぞき込んだ。

 自分の世界に入り込んでいた二宮は、突然、アップで視界に入ってきた教え子の顔に飛び上がって驚いた。

「なぁっ!?」

「きゃっ!?」

「い、和泉。いつからそこに!?」

「最初っからです!」

「そ―――そうか。……ああ、そうだったな」

「あの」

 美奈代は思いきって訊ねた。

「その、天儀と一緒に来る人って」

 上官に訊ねるべきことではないかもしれない。

 だが、女としての美奈代は訊ねずにいられなかった。

「そんなに問題のある人なんですか?」

「天儀に聞け」

「天儀の人物評価なんて信じられません」

 美奈代は言い切った。

「あいつはどこか常識のベクトルが人と正反対、下手するとあさってどころか、別次元を向いていますから」

「そこまでいうか?」

「入校以来、ずっと一緒にいたんです。それくらいはわかります」

「……ふむ」

「一体、どういう育ち方すればああなるのか、自分にはよくわかりませんが」

「葉月市内の」

 二宮はコーヒーを飲みながら言った。

「神社の娘だそうだ」

「ああ。天儀、ここが地元だったんですか」

「そうだが?」

「それにしても教官」

「何だ?」

「天儀のこと、何故?」

「―――気にならないか?」

「は?」

「“アレ”が、最初からβタイプのパイロットとして採用されたんだぞ?」

 教官もかなり口が悪いな。

 美奈代はそう思いつつ言った。

「それで、教官は……その」

「個人的にな―――個人として調べた。気になるからな」

「で?どうだったんです?満足しました?」

「気になることばかりだ」

「―――は?」

「天儀は個人データの全てを開発局に管理されている。教官の権限による照会には一切応じてもらえなかった」

「何かが裏に?」

「そう思うだろう?だから、個人で興信所まで雇った。あいつの出自から何かがわかるだろうと思ってな」

「結果は?」

「わからないことだらけだ」

 二宮はそういって肩をすくめた。

「ただ―――」

「ただ?」

「……和泉は聞いたことないか?騎士以上にメサイア乗りとして適した存在について」

「騎士……以上?」

「ああ」


 あり得ない。

 騎士の運動能力。

 反射能力。

 あらゆる条件からして、メサイア使いとして、騎士を越える存在なんて考えられない。


「そんな存在が」

「いるんだ」

 二宮は言った。

「生まれながらにして、騎士以上、いや。騎士を支配すべき存在が」

「……は?」

 美奈代は目を見張った。

「な……なんですか?そのバケモノみたいな存在は」

「―――まぁ、公にはほとんど出ない情報だからな」

 二宮はチラと時計を見た。

「私が話せる内容はここまでだ。和泉、就寝の時間だぞ?」

「いつか」

 美奈代は言った。

「話してくださいますね?その続きを」

「ああ―――戦争が終わって、生き延びていたらな」

「約束です」

「うむ。ゆっくり休んでおけ?」

「はい―――失礼いたしました」

 美奈代は敬礼の後、部屋を辞した。




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