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朴二等兵の戦争 第一話

 シュンッ


 空気が抜けたようなその音を聞く度に、寿命が縮む。


 ズンッ!


 近くに砲弾が落ちた音だ。


 恐ろしく近い。


 上官達は、“日本軍は満足に砲の操作もできない無能共だ”というが、どう考えても違う気がした。


 ズズゥゥゥンッ!


 揚陸艇の鉄箱の中から外を見ることは出来ない。

 東海の荒波にもまれる度に、誰かがヘドを吐く音と、酸っぱい臭いが箱中に立ちこめる。この箱に乗せられてから、何分、何十分―――いや。何年経ったかわからない。

 時計を見る気にもなれなかったし、外を見るのは恐すぎた。


 ズンッ!


 また音がした。


 シャアアアアアアッッッ


 シャワーのような音がして、上から雨のように海水が降りかかってくる。


 ただでさえ重い軍服の生地が水を吸ってまるで鉄のようだ。


 体が震えているのは恐怖のせいばかりではない。



 ズゥゥゥゥゥンンッ



 腹に響くのは、さっき聞こえたのとは別な音。

 音そのものの重さが違う。

 ズンなら砲弾が海に落ちた音。腹に響けば、砲弾が気の毒な船に命中している音だ。


 兵士達は、不安げに空を見上げた。


 シュンッ


 また、空気が抜けたような音がした。



 ズズゥゥゥムッ



「うわっ!?」

 船内に悲鳴が響く。


 ―――あんまりだ。


 朴は、恨めしげに空を仰いだ。

 隣を走っていた戦車揚陸艦に砲弾が命中、火柱が人間と鉄の破片を空へとまき散らした。


 艦の真ん中から盛大な炎を挙げる戦車揚陸艦がゆっくりと動きを弱める。

 もう沈没は避けられれないだろう。

 ゆっくりと船達の群れから脱落していった。


 ―――僕が何をしたと言うんだ?


 召集令状を受け取ったのが二週間前。

 兵営の門をくぐったのが一週間前。

 軍服と装備を渡された後、貨物列車に詰め込まれて釜山へ2日かけて運ばれた。

 モノのように貨物列車から引き出された後、こんな粗末な船に乗せられて日本海で漂っていた。

 鉄柵の上に帆布の覆いがかけられた船内は、プラスチックの座席が並ぶ質素な造り。

 士官に聞いたら元は観光船だという。


 そんな船で敵国に攻め込めだなんて、他になんて言えばいい?


「情けない悲鳴を上げるなっ!」

 メガホン片手の士官が怒鳴る。

「栄光有る韓国軍兵士がなんてザマだ!いいか!?貴様等は先祖がなしえなかった―――」

 ズンッ!

 ズンッ!

 海岸線が近くなるにつれて、砲撃が激しくなってくる。

 前方を航行する船が両舷を水柱に挟まれた。

「先祖がなしえなかった対日征伐に向かっているのだ!」

 船が針路を変えた。

 右へ左へとジグザグに動き出している。

 他の船もそうだ。

 よく接触しないものだと感心する余裕さえない。

 

 ズンッ!

 ズンッ!


 水柱が立ち上り、帆布の覆いがない場所にいた兵士達が頭から水を被る。

 本で読んだ三途の川だってもう少し穏やかだろうと、朴は思った。


「今日は、貴様等が生涯で最も誇れる日になるだろう!全力で日帝共を殺せるからだ!一人十人以上を殺せ!臆病者、敗北主義者は容赦しない!敵に背を向けた者は誰であろうと射殺するっ!」


 ズゥゥゥンッッ!

 巨大な水柱が立ち上り、船が木の葉のように揺れる。


「あたるわけないだろう!」

 士官は怒鳴るが、朴達は、恐怖のあまりその場にうずくまってしまう。

「水、食料、武器弾薬に至るまで、我が軍には十分な備えがある!日帝にどれほどの備えがあろうとも、それは我が軍には遠く及ばないだろう!貴様等は福岡市に上陸次第―――」


 キュイイイイイッッ―――



 ズズゥゥンッ!



 前方を航行していた魚船が、突然、炎に包まれた。

「機雷にでもぶつかったんだろうよ!」


 ―――そうかも知れないけど、でも砲撃音はした。


 朴はおっかなびっくり沈み行く船を見た。


「敵にあるのは脅えだけだ。まともな交戦手段を持っていない!我々は数で勝り、気迫で勝り、そして正義で勝っている!怖れる者など何もないっ!本来、この日本はわが中華帝国の領土であり―――」


 士官達が相変わらずメガホンで何かを怒鳴るが、もうと何を言ってるかさえ、朴達はわからなかった。


 ギィィィィィンッッ!!

 ゴォォォ……ッッ!!


 それまでとは違う、空気を切り裂くような甲高い音がしたのは、その時だ。


 

 士官が後ろを振り向いた。

「敵機だ!」

 誰かが叫んだ。

 朴の目に、濃緑色に染められた大きな飛行機が迫ってくる。


 A-10。


 朴はそんな名前は知らない。

 ただ、やたらと大きい。

 そうは思った。

 その敵機から無数の爆弾が雨のようにばらまかれ、獣が吠えたような音が辺りに響き渡る。


 密集しつつあった船団のあちこちに水柱が立ち上り、船が何隻もバラバラに引きちぎられた。

 30ミリガドリング砲を撃たれたことなんて、朴にはわからない。

 一瞬、翼に赤い日の丸が見えただけだ。

 士官達が小銃を空に向けて発砲した時には、敵はすでに明後日の方向に逃走していた。

 朴は帆布の覆いが邪魔で空を見ることは出来ないが、続いて来た音がエンジン音だということはわかった。

 今度はプロペラ機だ。

 執拗なまでに機銃掃射を繰り返してくる。

 朴が、自分の乗っている船が撃たれたのを知ったのは、周りから立ち上がる悲鳴だった。

 士官が倒れ、船にすし詰めにされる兵士達が逃げることも出来ず、船の間近に着弾し、破裂した機銃弾の破片で体を引きちぎられる。


 破片で体が引きちぎられたなら、直撃を受けたらどうなるか?


 朴はその光景も見ている。


 ―――何かの悪い冗談だ。


 朴には、そうとしか言い様がなかった。


 体を丸くしてうずくまった兵士。

 うずくまることさえ出来ず、立ったまま震えている兵士。


 彼らが、朴の目の前で“バッ”という音と、体の一部を残して“消え去った”のだ。


 20ミリ機銃弾の直撃が、兵士達の体を吹き飛ばした。

 航空砲弾の直撃は、ハリウッド映画のように、人体に小さな穴が開く程度では済まない。

 体が文字通り、一瞬で砕け散る。


 いや、


 血の煙を残して消える。


 ―――何の手品だ?


 朴は本気でそう思った。


 敵機が遠ざかっていく。





「軍医……軍医を……」

「腕が……俺の腕がぁぁぁ……」


 朴の周囲は、船の推進器の音に混じって、うめき声が満ちあふれる。

 鼻腔を刺激するのは、潮の香りと兵士達の体臭、そして血の臭い。

 水柱を浴びて船内は水浸しだが、その水が真っ赤に染まり、無数の肉片が浮いている。

 そこに半分沈みながら、あちこちに血まみれで藻掻く兵士達が転がっている。


 呆然と立つ朴は、船の揺れに思わず脚を踏ん張り直した。

 赤く染まった海水がバシャッと音を立てた。

 その途端―――

「……おい」

 足下の方から、低い声がした。

 口から血を吐いた若い兵士が、恨めしそうな眼で朴を睨んでいた。

「俺の……を……踏むな」

 朴は、とっさに脚をどかした。

 そして、自分が何を踏んでいたかを知った。

 ピンク色の管。

 違う―――

 その兵士のはらわただった。

 若い兵士が、必死に臓物を腹に戻そうと泣きながら腹を押さえている。


 敵機が戻ってきた。


 再び、機銃掃射が船を襲い、その若い兵士は頭を撃ち抜かれて動かなくなった。

 呆然とする朴の目の前で、その若い兵士の他にも、何人もの負傷した兵士達が今度こそ、“楽”になっていった。 


「静かにしろっ!」

「動くなっ!」

 士官が銃口を向けたのは朴達へだ。

 何人かが敵から―――いや、船から逃れようと船縁にしがみついて士官に引き戻された。

「敵前逃亡は銃殺だっ!」

「やだっ!」

 錯乱した兵士が何人も船縁を越えて海に飛び込んだ。

「糞がっ!」

 士官達は海面めがけて銃を発砲した。

 ギャッ!!

 泳ぎだした兵士が背中を撃たれ、のけぞるようにして海中に沈んでいった。

 海に飛び込んだまま、浮かんでこなかった兵士もいる。

「手間かけさせるなっ!」

 小銃のマガジンを交換しつつ、士官は怒鳴った。

「ここまでは戦死扱いだ!次から敵前逃亡罪で処刑だ!」

 士官は手近にいた兵士の頭を蹴りつけた。

「わが国で、敵前逃亡罪を犯した兵士の家族がどういう扱いをうけるかわかってるんだろうな!」

 

 ズゥゥゥン

 ズゥゥゥン


 それまでと違う音が響きだしたのは、その時だ。

 砲弾の爆発音が違う。

 船の針路に陸地が見えた。

 初めて見る日本だった。


「さぁ!栄光ある兵士諸君っ!」

 士官はポケットから取り出した紙を読み上げた。

「恐れ多くも中華帝国皇帝陛下は貴様等の活躍に期待している!」


 ―――何でだよ


 朴は内心でそう思う。


 ―――俺達は漢民族じゃない。朝鮮民族だ。

 ―――異民族の皇帝のために、何で地獄を見なければいけないんだ。


「上陸次第、銃を受け取れ!受け取った者から順次戦え!

 いいか!?

 学徒動員兵に過ぎない貴様等だ!

 正規軍が上陸するまでに、安全な上陸地点を確保するのがお前達の務めだからな!」




「敵上陸部隊、上陸開始」

 MCメサイア・コントローラーからの報告に、染谷は感心したように頷いた。

「よくたどり着いたものだ」

「我が海軍の潜水艦隊により」

 MCメサイア・コントローラーは戦況を報告した。

「上陸船団は4割が海上で脱落」

 今、染谷達が立つのはそこから数キロ下がった高祖山山麓。

 近衛部隊司令部が置かれた場所だ。

「メサイアの動きは?」

「韓国軍のメサイア揚陸艇の大半は、潜水艦の魚雷攻撃で沈んでいます」

「……出番、なさそうだね」

「だといいんですが―――早期警戒機からの情報に注意してください」




 朴は、海岸線を前に止まった船の中で不安げに周囲を見回した。

「何をしている!」

 士官は怒鳴った。

「海に飛び込めっ!」

 ―――冗談だろう?

「浅瀬だ!沈みはしないっ!」

 士官は再び、銃口を朴達に向けた。

「ここでサボタージュ容疑で殺されたいか!?」

 体格の良い士官の一人が、兵士の胸ぐらを掴むと船縁に引き上げ、海に放り込んだ。

「そいつに続けっ!」

 士官は怒鳴った。

「大学で無駄飯喰らっていた罪を、今こそ償えっ!」

 

 ほら行け行け行くんだよっ!


 士官達によって船から海に放り込まれる要領で、兵士達は次々と海に飛び込んだ。

 その中に朴もいた。


 大学で中華古典文学を研究していた朴の不健康な体に、冷たい海水が容赦なく襲いかかる。

 小学校どころか、中学校でようやく泳ぎを覚えた朴は、海水を吸って重くなった軍服に四苦八苦しながら犬かきの要領で海岸を目指すしかない。

 クロールなんて腕が重すぎて出来る話じゃない。

 途中、船の破片だろうか。手頃な木材を見つけた朴は、胸に抱きかかえるようにして浮き輪代わりにした。

 周囲に見つかれば絶対に奪われる。

 海岸まで50メートル足らずだが、この役得を無駄にしたくない。

 時折、後ろから悲鳴が聞こえた。

 後ろを振り返ると、さっきまで自分達が乗っていた船の上で、士官達が忙しげに動いていた。

 ―――助けてくださいっ!

 ―――殺さないで!

 泣き叫ぶ声は、そこからした。

 朴は確かに見た。

 士官達は、先程の機銃掃射で負傷した兵士達を海に放り込んでいた。

 一瞬、死体かと思った。

 だが違った。

 死体の腕が暴れていたのだ。

 ―――僕は死にたくないっ!

 彼は泣きながら叫んだ。

 ―――お母さんっ!助けて!

 士官達が振り子の要領で彼を海に放り投げた、その信じがたい光景を、朴は目を見開いて見つめた。


 確かに、彼には―――足がなかった。






 砲撃の水柱に翻弄され、浮かぶ死体を避け、死に物狂いで海岸にたどり着いた朴達を待っていたのは、奇跡的に上陸に成功していたトラックだった。

 トラックの上で、士官がメガホン片手に怒鳴っていた。

「並べっ!」

「並んで武器を受け取れっ!」

 軍隊に呼び出されて朴が習った最初のことは、士官の命令に逆らうな。ということだ。

 朴は他の兵士達と共に列に並んだ。

 海水を吸った軍服が無情に体温を奪い続ける。

 寒さと恐怖に体がガタガタ震える。

 負傷した兵士達が何人かは海岸に倒れたまま動かない。

 士官がそんな兵士の一人を軍靴で小突くが、ぴくりともしない。

 それを確かめた士官は、ホルスターから拳銃を抜くと、2発、その兵士めがけて撃ち込んだ。


 ―――僕達はモノか?


 血は流れているし、殴られれば痛い。

 士官と同じ人間じゃないのか?

 戦争とは無関係な学生を戦場に送り込んで、使えないと知るやこうも簡単に殺してしまうなんて!

 朴はそんな人間としての怒りに震えながら列に押されつづけた。



「なぁ―――知っているか?」

 突然の後ろからの声に、僕は思わず振り返った。

 ソバカスだらけの同い年くらいの男が引きつった顔で微笑んでいた。

「俺達がどうして、上陸開始前に武器を受け取れなかったか」

 朴は無言で首を横に振った。

「建前は反乱と脱走防止―――本音は」

「ほ……本音は?」

 前が詰まっているのに、後ろから士官達が兵士達を押し続けるため、兵士達は胸で前の兵士の背中を押すような格好を余儀なくされていた。

 おかげで息が苦しい。

「士官が武器を横流ししてるんだよ―――俺、武器コンテナを士官達が売り飛ばしているのを見たぜ?」

「ウソだろ?そんなこと」

「本当さ」

 二人は小銃と弾帯をうけとった。

 マガジンは2つだけ。

 心許ないこと甚だしい。

「敵を殺してこいっ!」

 士官に怒鳴られ、二人は他の兵士達と共に駆け出した。

「ど、どうするんだ!?」

 朴は目の前を走る兵士に尋ねた。

「君は一体!?」

「俺か?俺は―――」

 コンクリートの残骸に潜り込んだ彼は、はにかんだような顔で言った。

「……呉とでも呼んでくれ」

 それが偽名だとすぐにわかる。

 コンクリートの間に潜り込むようにして、朴はこっそりと周りを見回した。

 兵士達が海岸から市街地へと死に物狂いで殺到している。

 まだ日本軍の銃声はしないから、上陸は成功しつつあるんじゃないのか?

「じゃ、呉」

 シュン

 シュン

 シュン

 海上で聞き慣れた音に、朴は溜まらずうずくまった。

 ドンドンドンっ!

 激しい爆発音が連続して辺りに響き渡る。

「君―――どうするんだい?」

「知り合いが日本にいるんだ。この福岡さ」

 呉は言った。

「俺はこんな軍隊、おさらばして日本で暮らす。カネを貯めたらアメリカに行くんだ!」

 呉はそう言うと、コンクリートの残骸から飛び出し、煙の中へと消えていった。

 ―――どうしよう。

 朴はその背中を目の当たりにして、本気で迷った。

 このまま軍隊に残りたいか?

 否。

 生きていたいか?

 是。

 ―――なら、どうする?

 朴は懐に手を突っ込んだ。

 懐に隠されていたのは、白い布。

 死にたくない。

 たとえ日本人でも、白旗をあげてしまえば、無碍にはしないだろう。

 殺される前に降伏してしまえばいいんだ!

 朴は、手近に転がっていたパイプに白い布を括り付けた。

 立派な白旗。

 朴にとって銃より余程大事な“生き残るための武器”だ。

「よしっ」

 朴は、その“武器”を頼もしげに眺めた後、駆け出そうとしたが、

 ギィィィィィィィィンッ!

「わっ!?」

 その上空を、超低空で侵入した巨人達が通過。

 衝撃波で朴は吹き飛ばされた。



 濃緑色に塗装されたメサイア―――グレイファントムKAが地面を削りながら福岡に上陸した。


 上陸部隊の支援という司令部命令を受け取ったものの、どの部隊を支援するのか、どの戦域に展開するのか、その肝心な情報が全くなかったせいで、大韓帝国軍メサイア隊は肝心の上陸作戦支援に完全に失敗した。

 彼らの失態というより、むしろ適切な命令を出さなかった司令部の責任だ。


「中隊、上陸成功っ!」

 MCメサイアコントローラーからの報告を受けたイ大尉は頷いた。

「敵は、メサイアはどこだ!?」

「日本軍のメサイア部隊、10時方向、距離2千。騎数8騎」

「8騎?」

 イ大尉は呆れたような声をあげた。

「こっちは40騎だぞ?」

「間違い有りません」

「日本軍陣地は?」

「市街地に散開布陣。わが軍は海岸線より市街地へ向け移動中」


 ―――どうする?


 イ大尉は迷った。

 戦力を分散するか?

 10騎回して日本軍のメサイア部隊を叩かせる。

 その間に、残り30騎で日本軍を掃討するか?


 司令部とは通信が繋がらない。


 これほどの戦場で、たった8騎しかメサイアがいないなんてあり得ない。


 絶対、その数倍はいるはずだ。


 8騎はオトリではないのか?


「大尉」

 副官が指示を仰ぐために通信を送ってきた。

「指示を」

「―――メサイアを叩く」

 イ大尉は答えた。

「メサイアさえ叩けば、後はどうとでもなる!」 

 イ大尉は命じた。

「全騎、使用武器を戦斧へ!」

 グレイファントムが手にした速射砲を脚部固定装置に固定、武器を戦斧に切り替えた。

「抜刀っ!」 

 ジャカッ!

 戦斧が電磁固定装置から解放された叫び声をあげた。

「―――よしっ」

 指揮官にとってたまらないその音が心地よい。

 イ大尉は、満足げに頷くと、再び命じた。

「戦闘展開っ!全騎一丸となって敵メサイアに突撃っ!押しつぶすぞっ!」 



 メサイアは元来、それ単体で決戦兵器であり、相手がメサイアの場合、1対1の単独戦闘に陥りがちな性格を持つ兵器である。

 ラムリアース帝國騎士団が、それを集団戦に用いた場合の運用方法として採用した戦法こそが、メサイアを機動性に優れた騎兵としてではなく、重武装・重装甲を誇る重装歩兵として扱う密集陣形戦法ファランクスと呼ばれる戦法だ。


 密集陣形戦法ファランクス編成のために“レオニダス”に与えられた武装は、全身を覆える大楯と、重装甲貫通用の特殊魔法処理が施された槍。

 密集陣形戦法ファランクスの弱点である側面からの攻撃には、機動性に優れたベテランのメサイアで編成された部隊を防衛隊として配置することで対応する。


 かつての典型的戦法―――密集陣形戦法ファランクス

 それは別にラムリアース帝国騎士団だけに限定すべき戦法ではない。

 それを日本で採用し、この戦闘で導入したのが染谷率いる第303小隊だった。

 実戦経験もないまま戦場に送り込まれた彼らは、新米ばかりで戦法らしい戦法がとれない。

 個人戦に持ち込まれれば不利だ。

 そこで彼らが考え出したのが―――“袋だたき戦法”。

 一対一のケンカでは不利な相手でも、寄って集って袋だたきにすれば何とかなる。


 発案者は染谷だ。


 この時の染谷達の立場は、美奈代達と比較しても冗談抜きで最悪だった。

 指揮官は航空機事故で戦死。

 武装は通常装備のみ。

 送られてきた試作型斬艦刀は、刀身の故障で、まともに使えるのが切っ先だけという欠陥品。

 これで前線で戦えといわれたのだ。


 ―――俺達は敵じゃなくて身内に殺されるんだ!


 候補生の一人がそう泣き叫んだとしても無理はない。

 その中で、染谷は考えた。

 一人でも生き残るために。

 皆を―――死なさないために、何が出来るか。

 彼が産み出したのが、奇しくもラムリアース帝国騎士団と全く同じの密集集団戦法。

 

 人類相手に使用するのは、これが初めてだった。


「敵、海岸線上陸、騎数増大中、数40」

「騎種は?」

「グレイファントムKA―――エンジン反応からタイプGと思われます」

 福井市に布陣した染谷隊は、楯を並べて敵に備えている。

 敵は大隊規模のメサイア。

 8対40の勝負だ。

 普通なら逃げ出しても良い。

 だが―――


「準備は?」

 染谷の問いかけに、上田が答えた。

「OKです」

 上田の口調には、微塵の恐怖も感じられない。

 まるで当然のような平静さをにじませていた。

 上田騎は、軽く槍を振って見せた。

「染谷さん―――気合い入れてやってください」

「うん―――」

 こほん。

 染谷は大声を張り上げた。

「勇敢なる近衛騎士団諸君!」

 騎士達は、自分達をここまで引っ張ってきた“騎士団長”の声を聞く。

「祖国の土を、あの汚らわしき連中にこれ以上、踏みにじらせるワケにはいかん!身の程知らずの敵をこの場でくい止めろ!祖国の土を踏みにじった代償がどれほど高いか、思い知らせてやれっ!」

「応っ!」

 “征龍改”達が、鬨の声と共に、一斉に楯を突き上げた。

「―――血の代償を支払わせろ!」



「敵、こちらを見つけました!戦闘展開開始っ!」

「―――遅いな」

 染谷は戦況モニター上で敵の動きを見て舌打ちした。

「東―――敵は僕達より遅いぞ」

「そりゃ―――俺達ゃ滅茶苦茶練習しましたもん」

 東は苦笑した。

「そういうことに関しちゃ、俺達染谷騎士団は世界トップですよ」

 地響きの様な音。

 地震のような振動と共に、グレイファントム達が突撃を開始した。

 こちらを排除する意志は明白だ。


 何度見ても、メサイアの集団突撃は、相手をすくませる迫力がある。

 「ひるむな!」

 “征龍改”達は、楯を構え、槍を突きだした。


 迫り来るグレイファントム達の動きが、奇妙にスローに見える。


 染谷達は知っている。


 この瞬間が一番怖いのだ。


 感覚が恐怖に麻痺している証拠。


 冷静な判断を失いかけている証拠。


 死が最も近い場所にいる証拠。


 ビーッ!

 衝突警報が鳴り響く。


「備えろっ!」


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