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対馬沖海戦

●対馬沖

 対馬沖から動いた中韓合同軍の大艦隊は、船舶数数百隻を誇った。

 上はタンカーから下は漁船、遊覧船まで。


 上陸軍の第一陣は大韓帝国軍。

 その数約3万。

 韓国海軍は、この船団に艦艇の可動艦艇の8割を動員した。

 対日征討上陸軍先遣隊―――そう名はついているが、実際の所、本隊である中華帝国軍が安全に通行出来る海路を開く体の良い露払いに過ぎなかった。

 大船団は、対馬沖で中華帝国軍の指示により数日間に渡り謎の足止めを喰らった後にようやく出港を許された。

 その間、韓国兵達は一切の上陸を認められず、日射病や持病の悪化でかなりの死者を出している。

 王政党から派遣された政治委員がメガホンで精神論を唱えるが、焼け石に水で、兵士達の志気は極めて低い。

 艦隊旗艦であるイージス駆逐艦「世宗大王セジョンデワン」の艦橋に陣取る艦隊司令劉中将は、それが極めて面白くない。


 なお、彼は生粋の中国人だ。


 大韓帝国海軍。

 一独立国の艦隊を、他国の海軍将校が動かす。

 それは、彼が中華帝国海軍から出向しているから―――建前はそうなっているが、実質的には中華帝国軍の一部隊という韓国軍の立場を証明しているような話だ。

 つまり、独立国家の軍隊として扱われていない。

「日本本土まで何時間だ?」

「約2時間」

 「世宗大王セジョンデワン」の艦長が答える。

 その愛想のかけらもない答えさえ、劉には面白くない。

 劉は顔をしかめながら言った。

「船団護衛に抜かりはないな?」

「大韓帝国海軍は」

 艦長は言った。

「最善を尽くしています」

「当たり前だ。だが、その最善を尽くした挙げ句が失敗だったら、お慰みのしようもないな」

「貴国が」

 艦長は言った。

「適切な作戦命令さえ出していただければ、犠牲は少なくて済みます」

「我が軍の命令は常に適切だ」

 劉は艦隊司令席を蹴った。

「貴様、どういう意味だ?」

「期待しているのですよ」

 その眼は暗く沈んでいる。

「我々、愚かな朝鮮民族でも戦争に勝てるように、適切な指示をいただけるものと」

「ふん」

 愚かな朝鮮民族。

 その言葉に、少しだけ心証を良くした劉は、再び艦隊司令席に座り直し、脚を組んだ。

「私が立派に導いてやる―――従兵、酒はどうした?」

「作戦行動中ですが?」

 従兵―――それも若い女の酌で酒を飲み始めた劉に、艦長はそう問いかけたが―――。

「まず飲んでからだ」

 劉はにべもなく酒を飲み干すと女にグラスをつきつけた。

 軍服こそ着ているが、その沈んだ彫りの深い顔立ち、中華語を理解していないらしい素振りから、艦長は、彼女がどこの出身か大凡見当を付けていた。

「大体、貴様等も」

 劉は酒を飲み干すと言った。

「戦功を立てれば、運が良ければこういう」

 女の腰に手を回した劉が強引に女を抱き寄せた。

「“肉人形”が手に入るぞ?」

「……」

 艦長は愛想笑いさえせず、視線を外に向けた。

 横で行われている痴態には一切関与しようとさえしない。


 劉中将。


 その名は、ハノイ攻略時の住民虐殺と略奪を指導した人物として、国際的に有名な身だ。

 つまり―――戦争犯罪人として。

 “ハノイの虐殺者”

 欧米のマスコミからそう叩かれ、国際司法裁判所に訴えられたのは確かだ。

 欧米からの身柄引き渡し要求に応じないよう、王制党中央の幹部でもある彼は、その立場を活かし、各方面に略奪品をばらまいた。

 そして、政府は欧米に答えた。

「愛国故の行為であり、それ故に劉中将の振る舞いはむしろ賞賛されるべきである」

 ハノイでの民間人犠牲者推定10万人。

 奪われた資産、推定3億ドル以上。

 ハノイ陥落以降、中華帝国へ向けて出発する“特別鉄道便”には、宝石や美術品、そして、“女”が乗せられていたことを知らぬ者はいない。

 米軍がハノイの鉄道輸送部隊施設から押収した文書から、少なくともベトナム人女性5万人が性奴隷として鉄道で運ばれたことはわかっているのだ。


 それがすべて、愛国心故だというのだ。


 艦長は、中華帝国の愛国者を、虫ずの走る想いで艦に迎え入れた。

 軍人の恥さらしだと、艦長も思う。

 その元凶がこうして自分の艦に堂々と乗り込み、痴態を重ねている。


 ―――悪い夢だ。


 艦長はそう思うことにしていた。


 ―――栄光ある大韓帝国海軍が、このような者に動かされるなんて、悪い夢だ。


 だが、目の前の現実だ。

 悲しくさえなる。



 韓国艦隊が、日本軍からの洗礼を受けたのは、それから3時間後。

 「世宗大王セジョンデワン」の前方を航行していたのは、メサイア隊を輸送中の輸送艦だ。

 メサイアの飛行能力から考えると、半島から飛ばしても問題はないと思われがちだが、それは日本側にメサイアの襲来を予め知らせる愚策に過ぎない。

 メサイアは空中機動力の面で極めて鈍重で、大型爆撃機並の機動力しかない。

 海の上を飛べば的になるだけ。

 メサイアを輸送艦で運ぶのは、そういう理由からだ。


 ズズゥゥゥンッッ!!

 その輸送艦の脇腹のあたりで巨大な水柱が立ち上った。

 巨体が真っ二つに割れ、舳先とスクリューを見せた輸送艦は、文字通りあっという間に海底へと沈んだ。


「な、何だ!」

 劉が怒鳴る。

「艦長っ!」

「機雷と思われます」

 艦長は答えつつ、艦内通信を開いた。

「ソナー、警戒、どうなっていた!」

「ソナーに反応なし!」

 ソナー室から反応が返る。

「ソナーは機雷を認識していませんっ!」


 ズズゥゥ……ム


 鈍い音が再び轟き渡った。

 沈没した輸送艦の真横を航行していた大型輸送艦の後部で水柱が発生。艦の真下、スクリューが機雷をひっかけたらしい。艦後部の構造物が一瞬でえぐり取られたようになる。

 破孔から大量の水が艦に侵入している。


 ズズンッ!!


 再び、爆発が発生した。

 破孔から流れ込んだ海水が、機関室内で水蒸気爆発を引き起こしたのだ。

「やられたのはどの艦だ!」

「“オーキッド”と“ピア3世”です」

 副長が答えた。

 艦長は強く拳を握りしめると、劉に言った。

「司令、メサイア隊を発艦させて下さい」

「馬鹿なことをいうな!」

 さすがに目の前の爆発で酔いが醒めたのか、劉は怒鳴った。

「上からの指示がない!」

「ここでメサイアを失えば、責任は閣下に覆い被さりますが!?」

「うっ」

 劉は顔色を青くした。

「これ以上の喪失、譴責を」

 ズンッ―――ズズスンッ!

 船窓の外でまた爆発音が響き渡った。

「避けられますか?閣下」

 劉は首を横に振った。

 奇襲を受けたからだと言い逃れるにも限度がある。

 劉は上擦った声で言った。

「艦長、まかせる」

「はい」

 艦長は従兵達に不思議な目配せした後、言った。

「司令部は気付けに一杯どうぞ。従兵の方、お酒を」

「あ、ああ」

 劉は酒をあおると、司令部要員に命じた。

「お前達も呑めっ!」

「は、はぁ……」

 中華帝国から劉と共に派遣されてきた司令部要員は、どうしたものか。という顔で酒が満たされたグラスを受け取った。

「閣下の酒が飲めないのですか?」

 艦長にそう言われ、司令部要員は覚悟を決めたようにグラスをあおる。

 全員がグラスを飲み干したのを確認した艦長は大声で命じた。

「―――全艦停止!海面に対して掃海砲撃戦闘用意っ!」



 掃海作業は一時間で終了した。


「被害はどの程度だ?」

「船の数だけなら9隻」

 掃海作業の後、艦長の問いかけに副長は答えた。

 その手には、司令部要員から奪った拳銃が抱えられている。

「大型艦は軒並みやられました」

「一体、日本軍は何をしたんだ?ソナーは情報をつかんでいたのか?」

「衛星誘導機雷を使用したものと思われます。つまり、我が軍は何も知らずにのこのこと機雷原に入り込んだ。そして、日本軍は、衛星からの情報を元に我が軍の大型艦をねらい打ちにした」

「メサイアは」

「艦長の判断が功を奏しましたな。かなりの数が海の藻屑ですが、残りは上空待機には成功」

「喪失よりマシだろう……それにしても」

 艦長は艦橋の隅で固まっていた女性達に、ベトナム語で言った。

「君達の協力に感謝します」

 目の前で起きたことに思わず脅えていた彼女たちが、突然かけられた母国語に、びっくりした顔で艦長を見つめている。

 何しろ、劉以下艦隊司令部要員は、全員眠りこけているどころか、乗組員達によって縛り上げられている。

 艦長が手配した睡眠薬入りの酒のおかげだ。

 その酌をしたのが彼女たちなのだから、礼の一つも言っておくべきだろうと、艦長は思ったのだ。

「副長。ゾディアックを使える、一番若い者を選抜しろ」

「はっ」

「君達は船室にいなさい。これ以上、地獄を見る必要はないでしょう」

 艦長は女達に言った。

「すぐに解放します。大韓帝国の名誉にかけて」


 地獄。


 艦長の表現は、正解だった。


 機雷原を抜けた艦隊を待ちかまえていたのは、海底に潜んでいた日本軍潜水艦隊だった。


「水雷、来ますっ!」

「“赤鮫”はどうしたっ!」

「“クンサン”に魚雷、直撃っ!」

「“プサン”、沈みますっ!」

 日本沿岸にたどり着いた所で、臨時に艦隊司令となった艦長は、その後襲ってきた海面下からしつこく攻撃を繰り返す日本海軍潜水艦隊と刃を交えていた。

 海底に潜んで待ち伏せしていた潜水艦達を発見出来なかったのは、ソナーを無効化する日本軍潜水艦達の装備もあったが、雑多な艦が密集して航行することによるソナー使用制限の方が大きい。

 各艦の放つ雑多なまでの推進音がソナーをかき乱し、ソナーそのものの機能を制限しているのだ。

 対する日本軍は、撃てば何かに当たるのだから、容赦も何もない。海底から一斉に攻撃をかけ、次々と艦艇を食い散らかすだけだ。

「畜生っ!」

 艦長は目の前で転覆する最後の大型輸送艦を目に焼き付けた。

 貴重な最新鋭戦車が満載されていた輸送艦の中で弾薬が転がったのだろう。

 船腹の半ばから大爆発が発生。

 艦は乗組員や兵員を巻き込んで黒い煙に変わった。


 潜水艦は、デコイを散布しつつ、輸送艦だけを狙ってくる。

 理由は?

 潜水艦の目的は上陸作戦の阻止。

 護衛艦なんて何隻沈めても意味はない。

 むしろ、潜水艦は輸送艦を削るべきだと知っているのだ。


 ならば、護衛艦の相手は?


 その答えを知ったのは、潜水艦隊の奇襲から数分後のこと。

 船団は空襲を受けた。

 CICから告げられたミサイル警告。

 CIWSがうなり、対空ミサイルが盛大に撃ち出された。

 潜水艦達はその間に姿を消した。

 日本軍にとっての誤算。

 それは大韓帝国軍がメサイアを空中に展開していたこと。

 メサイアのML(マジックレーザー)が飛び来るミサイルを次々と撃墜する。

 空襲をそれで避けられたのが、船団の唯一の救いだった。


 ところが―――


「艦長。司令部からです」

 通信兵が通信文を持ってきた所で、艦長は絶望的に嫌な予感に襲われた。

「……」

 通信文を一読した艦長は、深いため息と共に瞼を閉じた。

 口からはため息しか出てこない。

「艦長」

 副長が信じられない。という顔で艦長の顔を覗き込んだ。

「司令部はまさか……メサイアを」

「福岡に上陸させろと言ってきた」

「この騒ぎから、船団をどう守れというんです!」

 すでに船団はメサイアという楯で守られているからこそ、空襲を避けられているようなものだ。

 その楯を失えば、船団は赤裸にされたのと同じだ。

「命令だ―――メサイア隊は前進する」

 艦長は首を横に振った。

「私の権限ではどうしようもない。メサイアを恐れて空襲を停止してくれることを祈るだけだ」


 メサイア達が船団上空を通過していった。


「艦長っ!」

 副長は叫ぶように言った。

「狩野粒子の対空使用許可を!」

「ダメだっ!」

 艦長は怒鳴り返した。

「ここで狩野粒子を散布すれば、逆にこちらが丸裸になるぞ!」

 世宗大王セジョンデワンのVSLに搭載されたミサイル―――その弾頭には、福岡一帯を狩野粒子で覆い尽くすだけの狩野粒子が詰め込まれている。

 だが、艦長が指揮するのはイージス艦。

 狩野粒子が無力化させる電子装備の塊なのだ。

 その艦が自艦を守るためとはいえ、艦の間近に狩野粒子をばらまけばどうなるかは火を見るより明らかだ。艦を預かる身として、そんなことは御免被る。

「メサイア隊が前に出れば、航空部隊は下がるしかない。そうすれば、あとはどうとでもなるっ!」


 艦長の言葉は正論だった。

 対馬司令部がそこまで考えていたとは到底考えられないが、それでもメサイアが前進したことで、ML(マジックレーザー)による狙撃被害を怖れた日本軍は、航空部隊を後退させた。

 ぱったりと空襲が途絶えた船団だったが、損傷を癒すヒマもなかった。

 上陸開始時間は目前だった。

「揚陸部隊司令部より入電。これより上陸準備を開始する」

「―――了解だ」

 生き残った船が自らに科せられた任務を果たすべく、満身創痍の中、動き出す。

 ボートが降ろされ、ロープを伝って兵達が乗り込んでいく。

 揚陸艇が揚陸に向け、機動を開始する。

「副長」

 その光景を見ながら、言った。

「ゾディアックの準備は出来ているか?」

「はい」

 副長は頷いた。

「一番若い水兵4名を選抜、2隻に分乗させています」

「海岸までの距離は?」

「約20キロ」

 副長は続けた。

「福岡まで直線では3キロですが、北九州に向かわせます」

「白旗は掲げさせろよ?」

「水兵を説得するのに苦労しましたよ」

「やむを得まい」

 艦長は肩をすくめた。

「まだ若いんだ。やり直しはいくらでも効くさ」

 艦長と副長は、ひとしきり笑った後、言った。

「さて―――対艦ミサイルは使えるか?」

「VLS管制装置被弾―――現在修復中」

「何だと?」



 揚陸艇に乗り移ったイ少将は、揚陸艇の中を満たす機関の推進音に負けないよう、参謀の肩を掴むと、耳元で怒鳴った。

「狩野粒子は散布出来てるんだろうな!」

「ダメですっ!」

 参謀は怒鳴り返した。

「何だと!?」

「ダメだって言ったんです!」

「何でだ!」

「空襲で、「世宗大王セジョンデワン」のミサイル発射装置が故障したんですよ!」

「俺達に死ねというのか!?」

 狩野粒子影響下であれば、中韓の旧式装備でも最新装備を誇る日本軍と互角以上で戦える。

 理由は、電子装備が使えないことで、日本軍は戦闘にかなりの支障を被る。狩野粒子が使える我が軍の勝ちだ。

 イ少将は、司令部からそう言われ、そう信じていたのだ。

 だが、狩野粒子が使えなければ、ミサイルや空襲から身を守る方法がないに等しい。

 中華帝国のお下がりを後生大事に使用する韓国軍の装備は60年代のそれ。

 彼が持つ武器も、中華帝国軍がすでに第二線装備に指定する56式自動小銃だ。

 装備があまりに古すぎる。

 勝てる自信が一気に崩れ去ったのを、イ少将自身が確かに感じた。

「仕方ありませんよ―――時間ですっ!」

 参謀は時計を指さした。

「くそっ!」

 イ少将が毒づく中、参謀が信号弾を打ち上げた。

 上陸作戦の開始だ。



 船団の周りに無数の砲弾が降り注ぎ始めたのは、その時だった。

 



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