鈴谷、葉月軍港へ帰港する
“鈴谷”は葉月湾に入った。
日本に帰ってきたのだ。
ただ、出迎えもなければ、式典もない、ひっそりとした入港だった。
「……日本だぁ」
美奈代達は、それでも満足だった。
見慣れた都市の景色。
日本語の看板。
そんな些細なモノを見ても、涙があふれて止まらない。
「私達……帰ってきたんだぁ」
感極まったさつきはその場にへたり込んで声を挙げて泣き出した。
「私達……帰ってきたんだ」
「うん……グスッ……うん……」
美奈代と美晴は、涙をこぼしながら何度もその背中をさすった。
都築も目に涙を一杯にため、山崎は男泣きに泣いている。
泣くだけ泣いた後、美奈代達は、富士学校へ戻ることになった。
“鈴谷”は修理のためドック入りする。
その間、美奈代達は自由の身だ。
時間までに行けばいい。
それまでは自由行動だ。
それは、二宮の親心というものだった。
あれ食べたい。
これ食べたい。
皆、艦から降りる前からさかんにそんなことを話題にしていた。
東京から電車とバスを乗り継げば、富士学校まで半日のコースだ。
その間、腹一杯に美味いモノを食べる!
皆が、それだけを楽しみに、艦を降りた。
ところが―――
「どうだった?」
「ダメだ」
駅前で、都築が肩をすくめた。
「セブンもローソンもみんな店閉めている」
「……そうか」
宗像は、自分が出てきたデパートを見上げた。
「店の中はからっぽだ」
「仕方ないみたいですよ」
すぐ目の前のタバコ屋で一礼して出てきた山崎が言った。
「海外からの輸入がほとんど止まったのが原因です。砂糖も小麦も……欧米と南米のルートが止まれば、全てが終わる―――タバコ屋さんはそんなこと言ってましたよ」
「……だろうな」
宗像は頷いた。
「このままじゃ―――マズい」
「ったくよぉ」
都築はため息をつくしかない。
「せめてマック位はあってほしいぜ」
「マクドだろう?」
「マックだよ」
「……私、モス」
「どっちでもいい。不毛な言い争いはやめろ」
宗像の一言に皆が黙った。
「バスに乗ろう。駅の立ち食いうどんが一杯800円は洒落にならん」
「富士学校前」
行く先にそう書かれたバスに揺られる美奈代達は無言だ。
艦を降りた時の希望の満ちた光はその顔にはない。
呆然とした顔。
それが表現として正しいだろう。
「何なんだよ」
都築はバスに揺られながら町の様子を眺めるしかない。
駅前から続く商店街は、外出許可が出るたびに入り浸った繁華街だ。
人々が盛んに行き交い、店からは激しい呼び込みが聞こえてきたものだ。
それが―――
「みんな、誰もいないじゃないか」
車窓から見る商店街は、皆、シャッターを閉め、商店街を歩く人もまばら。
人が集まっていると思えば、そこはハローワークだった。
「こんなことってあるかよ」
都築の愚痴に反論する者はいない。
「俺達、命がけで戦って帰ってきたのに、日本がこんなになったなんて……ありかよ」
富士学校に戻った美奈代達は、すぐに校長室に通された。
「よく帰った」
時代がかったプロペラ髭が似合う老将が、何度も頷きながら言った。
「これでお前達も一人前だ―――ゆっくり休め」
「はいっ!」
美奈代達は敬礼した後、校長室を辞そうとした。
「―――ああ、待て」
校長は、踵を返した美奈代達を呼び止めた。
「招魂社へ行け。先に逝った連中にも、帰国の挨拶はしておくんだ」
「……はい」
富士学校には、殉難者の魂を奉る社がある。
それが、招魂社だ。
社の周りには、殉難者の数だけ桜が植えられている。
その参道の途中。
新しい桜の苗木がたくさん植えられていた。
その苗木の群こそが、それまで同じ学舎で学んだ仲間の新しい姿だと思うと、美奈代は目頭が熱くなるのを押さえられない。
「それにしても」
社からの帰り道。
都築はぽつりと言った。
「校長も老けたな」
「もとから老けているだろうが」
「そうじゃねぇよ。宗像」
都築は苦笑いしながら言った。
「“伊吹”の件、校長も相当に響いたらしいな。そういうことだよ」
「よくわかるな」
宗像にとって、校長は相変わらず厳めしい面構えにしか見えなかった。
「ああ」
都築は頷いた。
「事ある事に呼び出して、散々、ぶん殴ってくれた相手だ。俺は、校長のツラ見ただけで、何で何発殴られるか察することが出来る」
「そんなこと出来るのはお前だけだ。なぁ、和泉?」
「……いや」
何故か、美奈代が首を横に振った。
「確かに校長、相当に響いたらしい」
「お前にもわかる……わけだな」
宗像は、納得した様子で言った。
「考えてみれば、殴られるのが都築なら、叱られるのはお前の専売だったな」
その日の夕方。
学校に到着した二宮は、生徒達を教室に集めた。
その場で美奈代達は辞令を渡された。
開発局第331兵器実験小隊への配属を命ず。
配属先ははっきりした。
だが、そのことに何の感慨もない。
二宮が、教え子の任官をまるでプリントを配るかのようにあっさりと終わらせたのも原因かもしれない。
「日本海での出来事は、魔族軍の仕業と断定された」
二宮の話題は、日本海で発生した鬱陵島事件のことへと移った。
「糖花島は、鬱陵島を壊滅に追いやり、その後再浮上。現在は日本へ向け移動している。国連は、この糖花島を、浮遊する城―――浮遊城と名付けた。以降、そのように扱え。それと、大韓帝国政府は、本件を我が帝国の仕業だと主張し、謝罪と賠償を要求しているが、その根拠すら示せない有様だ。
ただ、覚えておけ。韓国軍のグレイファントム部隊が、浮遊城から出現したメサイア部隊によって一方的に全滅させられたことを」
「でも、勝てますよね」
「やって見なければわからん。他人の評価があてになった試しはない」
「……」
「それと、明日は外出は許可できないが、休暇にしてやる。
宿舎でゆっくり休め。
食糧事情は最悪だし、物資もないから、何も出せないがな」




