鬱陵島事件 第五話
●東京都千代田区
「外務省に対する韓国政府からの抗議は以上です」
「聞くが」
野党第一党、憲政党党首の都築源一郎は、目の前の外務官僚に訊ねた。
「あの連中は正気か?」
「速記、今の発言から速記を止めてくれ。これはオフレコで頼む。それはつまり、狂っている―――そう言いたいのですな?自分がマトモだと自覚する限り」
「意外か?」
「自分も心底同意見です」
「何だ?糖花島は韓国領だろう?その韓国領に魔族が出現して?糖花島を空に浮かせたから?日本政府として何とかしろだと?」
憲政党の定例会合の席上、参加者の顔に浮かぶのは呆れであり、困惑であり……いずれにしても、韓国が正しいという顔はない。
「何でそれで我が国に謝罪と賠償を?」
「要するに、韓国の言い分はこうです……えっと」
外務官僚は、仲間が翻訳した書類をめくりながら答える。
「ああ……これだ。“魔族なる存在は、日本軍国主義者が作り上げた妄想であり、魔族として活動する者はすべて日本軍である。故に、糖花島の一件も、韓国に対する、日本軍国主義者の陰謀であることは明白であり”……要するに、日本のこの現状でさえ、連中に言わせれば、日本人の妄想というか、陰謀だと」。
「いっそ、韓国大使館を閉鎖して、国交を断絶しては?」
「いや、在日を全部本国に強制送還しては?」
「それはちょっと……」
「連中の特例扱いが消えて清々するのは君の選挙区だろうが」
「―――で?」
黙って聞いていた源一郎は、再び外務官僚に訊ねた。
「外務省は何と返答を?」
「寝言は寝て言え」
●“天壇”司令部
「“エサ”の捕獲は順調です。抵抗は散発的」
コランタンは事務的な顔を崩さずにグラドロンに報告する。
「上陸時点でのエサの数は推定2万5千。エサとしては十分です」
「他の物資は?」
「現在、陸戦隊が調査中です。調査完了には今しばらく」
「急げ」
「はっ」
●韓国軍鬱陵島防衛隊司令部
「な、何なんだあれは!?」
突如現れた巨大な岩塊。
そこから舞い降りたのは―――
「撃ちまくれっ!」
司令部の前にバリゲートを築いたパク大尉が自動小銃を手に怒鳴る。
「他の部隊との連絡は!」
「無線、有線、共に通信不能!他部隊との連絡、一切つきませんっ!」
「―――くそっ!」
司令部へと通じる通路。
その向こうから迫り来るのは、生きた人間ではない。
TACらしき飛行物体が大量に着陸したのが市街ブロックの市場のど真ん中。
それ以来、命令系統は寸断され、他の情報はすべて伝令に頼り切っている。
そして、その伝令さえ、今ではつながらない。
何しろ相手は―――
「銃弾を喰らっても死なないなんて!」
自動小銃のマガジンを交換しつつ、部下の一人が悲鳴に近い声をあげた。
「日本軍は一体、どんなヤバいクスリ使ってやがるんだ!?」
「イ、手榴弾貸せ。通路を吹き飛ばす。その後は……」
「その後は!?どうするんです!大尉!」
「救援を待つ。ダメなら、そん時ゃ覚悟決めろっ!」
●“天壇”司令部
「屍鬼達のエサに新しい仲間……と」
ダユーはコランタンの報告にそこそこの満足感を示した。
「後は、2、300体、半島のあちこちに放り込んであげれば完璧ね♪」
「そういうわけにもいかんぞ?ダユー」
「えっ?」
「何故、我々がこんな島に来たか……そして、我々が、何故にこんな海にて降伏するハメになったかは、一々言わんでもわかるだろうな?」
「……ハァッ……ほとんど忘れかけてましたわ?」
「“バイパイス”の状況はわかった。取り込み口周辺の土砂を吹き飛ばし、バイパスとの接続を可能に―――」
ドォォォォォォォォォォォン!!
鬱陵島が揺れたのは、その瞬間だった。
そのままだったら確実に鼓膜をやられるような派手な音を伴い、ダユー達の目の前で巨大な土煙が立ち上った。
「何!?」
土煙の中、パラパラと落下する土砂が“天壇”にも容赦なく降りかかる。
「何が起きたの?」
「“天壇”に被害なし!謎の飛行物体1飛来、鬱陵島に命中!」
「飛行物体?」
「人類側の「大砲」なる物による攻撃かと思われます」
「―――ふむ?」
「警戒が不十分でした。砲弾なるものは、撃ち落とすことは可能です」
「そうか……いや?」
グラドロンは思いついた。という顔で言った。
「コランタン」




