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鬱陵島事件 第四話

「くそっ!」

 リミッターを解除した負荷稼働状態のグレイファントムKAを駆るペ中尉は、凄まじいスピードで襲いかかる敵の剣を何とか捌くだけで精一杯だ。

「装甲に意味がないっ!」


 かわし損ねた攻撃は、グレイファントムKAの装甲を確実に切断していく。

 すでに肩部装甲は半分ほどまで削れている。

 人類にとってはロシア製メサイア“スターリン”と並ぶ世界的スタンダードメサイア。

 それがグレイファントムだ。

 一概にその名を呼んでも、各国で全く形状が異なるケースがほとんどだ。

 理由は簡単。

 メサイアを導入する国の多くは、メサイアを単なる兵器としてだけでなく、その国の力を現す象徴を求める。

 故に、その国の伝統、文化、為政者の嗜好、その他様々な要素が加わることになる。

 そのほとんどが、戦闘装束に身を包んだ兵士のイメージだ。

 当然、韓国軍のグレイファントムKAもその中に入る。


 するとどうなるか?


 かつての兵士達の装束のイメージによって装甲の形状や厚さが変わってしまうのだ。


 元が厚い西洋甲冑をイメージ出来る欧州各国は、特殊任務のために機動性を重視した“機動型”と呼ばれる軽装甲タイプを除けば、ロシア軍のローマイヤに代表れさるように、基本が重装甲タイプとなる。

 加えて甲冑の伝統が薄い中東や米国もまた、これに対抗するため、グレイファントム|M64や|M16に代表されるように、やはり重装甲タイプになる。


 問題は、伝統的な甲冑が革張りなど、軽量だった場合。そして、このデザインに為政者が固執した場合だ。


 グレイファントムKAはまさにこの典型例だった。


 伝統的なイメージに一応こだわりつつ、それでも装甲厚に神経を注いだ中華帝国や日本とはワケが違う。

 その結果、グレイファントムKAはグレイファントムシリーズの中で最も装甲が薄いことで知られることとなった。

 敵の破壊力を差し引いても、これでは気休めにもならないだろうというのが、ペ中尉の偽りのない判断だ。


「くっ!」

 振り下ろされた剣をギリギリで受け止め、騎体をひねって背後をとろうとする。

 装甲が薄い分、機動性だけはいい。

 だが―――


 ガギィンッ!


「ぐっ!?」

 鈍い音と共に騎体に走った衝撃に、ペ中尉は一瞬、気絶しそうになった。

 衝撃の意味はすぐにわかった。

 背後に回られることを嫌った敵の蹴り技をモロに喰らったのだ。

「くそっ!」

「中尉!」

 MCメサイアコントローラーがペ中尉に告げた。

「空軍が攻撃を開始しますっ!」

「何っ!?」

「このまま敵をこの場で喰い止めてください!これは命令ですっ!」

「どこからだ!」

「軍総司令部からですっ!」

「無茶苦茶だぞ!」

 鋭い突き技を何度となくかわすペ中尉は、本人は気づいていないが確かにこのメサイアを喰い止めてはいた。

「やってるじゃないですかっ!」

 そのMCメサイアコントローラーの言葉は、彼にとって決して慰めにはなっていなかった。

「空軍はどれ位の戦力を持ってきたんだ!?」

「約80機。全機対地攻撃用に爆装しています」

「そりゃスゴい」

 ペ中尉は、F-4が80機で大編隊を組む光景を見てみたかった。

 残念ながら、今の状況ではとてもムリな話だが―――




●“天壇”司令部

「へえ?」

 接近しつつある見慣れぬ乗り物がスクリーンに映し出され、ダユーが感心したように言った。

「あれ、人間が乗っているのですよね?」

「……らしいな」

 グラドロンは大した感慨もない口調で頷く。

「おそらく、あの翼の下の黒い物体は、先程の白い筒と変わらないじゃろう」

「ドーンッって?」

 ダユーは握った手を大きく開き、クスクスと笑い出した。

 その可憐な少女さながらの仕草でさえ、グラドロンの感心を誘わない。

「まぁ―――あの程度、どうとでもなるが」

「どうなさいます?」

「アニエス達の現在位置は?」

「Sフィールド。ポイント25です」

「ふむ……なら大丈夫……か」

「グラドロン様?」

「防壁のよいテストじゃ。―――やれ」




●日本海上空 糖花島とうかじま付近

「狙いは15キロの大物だ!」

 糖花島とうかじまへ接近しつつあるF-4編隊長はE-737 からの誘導を確認しつつ、部下に怒鳴った。

「日本軍からの花火は上がっていない!一気に殺るぞ!」

「了解っ!」

 部下からの威勢の良い返答に満足した彼は、操縦桿を握り直した。

 憎悪する日帝が攻めてきたのだ。さすがに糖花島とうかじまを空に浮かせるなんて信じられないことをしでかすとは予想出来なかっただけだ。

「いつの間に糖花島とうかじまを占領していたか知らないが」

「許せませんね」

 F-4の後席に座るRIOがまるで編隊長の機嫌をとるかのように大仰に頷いた。

「落とし前はきっちりとってやる。距離は?」

「―――敵の電波妨害のようです。レーダー、レーザー使用不能。計器類にも被害が」

「ちっ!高度計が狂いだしてやがる!」


 狩野粒子の脅威を知らされていない彼ら韓国軍人は、目の前で狂う計器類を日本軍の電波妨害兵器によるものと切り捨てた。


 そして―――


「編隊長!」

 新米の李大尉が興奮気味に言った。

「第一波の攻撃指揮は是非、自分に!」

「……お前のオヤジさんは、確か王制党の」

「はいっ!首都圏第二区幹事を!」

「よし……オヤジさんによろしくな。第一波25機の指揮をとれ」

「はいっ!第一波参加機へ。李大尉だ!これより俺が指揮をとるっ!俺を先頭に編隊を組めっ!」

 李大尉機を中心に爆撃編隊が組まれる。

 無線のノイズがさっきからひどくなる一方だ。

「電波妨害にすぎない!全機、怯むなよ!?―――続けっ!」


 糖花島とうかじまの上面。かつて観測所のあった付近を爆撃ポイントとすることは、出撃前から決められた通りだ。


 李大尉は、当初の打ち合わせ通り、その爆撃ポイントめがけて機体をコースに乗せた。



 ドズゥゥゥゥゥム!!

 ズズンッ!


 粘っこい爆発が編隊長の耳を、その機体ごと打った。

 攻撃の直撃を受けたのか!?

 そう編隊長に誤解させるほど派手な衝撃だ。

 音の発信元は糖花島とうかじま方面。


「25機の爆撃による衝撃がこれほど強いとは思わなかったな……」

 編隊長はそう思ったが―――

「編隊長!」

 RIOが悲鳴を上げた。

「編隊長はご覧にならなかったんですか!?さっきの!」

「何?どういうことだ?」

「第一波は全滅です!」

「なっ!?」

「連中、見えないバリアみたいなモノに突っ込んでバラバラに―――」

「馬鹿な!」

「間違いありませんっ!」

 


●“天壇”司令部

「あらら……」

 ダユーが呆れた。という声で言った。

「たかが防御壁……凌げないにしても、避ければよいものを」

「気づけなかったんじゃろうよ……マヌケめが」

「気の毒に思われてます?」

「哀れんでおるわい」

「では―――残りは私のエモノで」

「フン……好きにせい」



●日本海上空 糖花島とうかじま付近

「しつこいんだよ!」

 グレイファントムKAでヴィーズ相手に渡り合うペ中尉だったが、騎体がもう限界だった。

 コクピットは警報とアラームがもうすこしで騎体を占領することを告げていた。

「空軍はかかったんだな!?」

「すでに全滅!」

「全滅!?」

「第一波が、あの島のFGFフリー・グラビティ・フィールドに激突して、残りは敵の攻撃で!」

FGFフリー・グラビティ・フィールドなんてわかりそうなものだろうが!」

「戦闘機にそれは酷です」

「無知は恐ろしい罪だな……」

 チラと見た計器類は半数以上が真っ赤かブラックアウトしている。

 いわばエンジンから無理矢理パワーを搾り取るリミッターカットの悪影響だ。

 関節系、推進系、すべてが危険域に達している。

「ええいっ!」

 ペ中尉は全てを振り切るように頭を激しく振った。

「残存するグレイファントムは!?」

「あと2騎……あと1騎!」

「そいつに通報してくれ!」

「この騎のことです!」

「……脱出するっ!攪乱幕、照明弾、構わないから、目つぶしになるもの全部叩き付けろっ!」

「はいっ!」

「あとはブースターが吹き飛ぶまで逃げるっ!海に落ちたら泳いででもな!」




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