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韓国皇帝の憂慮

 かなり、本気でマズい。

 そんな立場は、国土が戦場になった日本だけではない。

 中華帝国、そして大韓帝国まで含めて、極東三カ国がそろいも揃ってそれぞれ“マズい”立場に追い込まれていた。

 まず、最悪というか、シャレにならない状況の中華帝国は、東南アジアに侵攻し、一時的にアジア全域を手中にすることに成功したものの……。


 世界中を敵に回してしまった。

 とか、

 最強カードであるはずの米国、欧州、世界各国の国債が全て踏み倒された。

 とか、

 海外資産は世界各国に根こそぎ差し押さえられた。

 とか、

 英国のように送り込んだ輸出品は港で燃やされるとか、アメリカのように中華帝国製であることが判明次第、希望者に無料配布されてしまったとか。


 国家が統制経済を敷かなければ経済が国家規模で崩壊するレベルに達しているが、被害は経済だけではない。

 軍事的損失は、この段階で既に経済学者が匙を投げる程の額というか、普段から粉飾決済に慣れ親しんだ官僚達でさえ罪悪感を感じる数値に達していた。

 

 前線では、兵士達と貴重な兵器が湯水のように浪費され続けている。

 その損失の連鎖に歯止めが効かない。

 世界に冠たる海軍国の象徴として建造された虎の子の空母機動艦隊は、既に半分が海の藻屑と化している。 

 陸軍も7個師団、メサイアは保有数の4割を喪失している。

 陸海軍共にその穴埋めに予算の増額―――いや、倍額でさえ間に合わない額―――を要求して止むことはない。


 国土もガタガタだ。

 兵器生産が最優先されるため、合法・非合法を問わない地下資源の乱獲と工場の操業が横行するので、ただでさえ“地球外の環境”とさえ評価される国内の環境破壊問題は悪化どころか激化している。

 北京や大都市圏は高濃度のスモッグと化学物質に汚染された煤煙に覆われ、その酷さはマスクと防護グラスなしでの外出は生命活動に関わるところまで達している。

 地方も似たようなもの。

 こと、水質汚染と環境破壊に起因する水不足は深刻だ。

 水不足は、放っておけば、中華帝国は水資源を求めて海外への武力侵攻さえ余儀なくされていただろう程だ。

 それは国家として理解していることなのに、確保できる貴重な水を無計画に取水したり、あるいは河川の色が変わるほどに汚染するものだから、国家が把握している河川の割合のうち12%が枯渇。25%が農業用水としてさえ危険と断定されている。

 つまり、約4割近くの河川が人為的に使い物にされなくされているのだ。

 おかげで水不足に悩む国民は12億の国民のうち4億に達し、国土の3割が砂漠化、毎年“小さい”とバカにする日本本土と同じ規模の農地が耕作不能として放棄されている。

 このままなら農業輸出国として世界有数の中華帝国は、世界最大の農業輸入・消費国へ落ちぶれるだろう。

 そして今、世界各国で中華帝国を喰わせてやるだけの農業資産を持った国は全て中華帝国の敵だ。

 となれば、人為的の有無を問わずに確実に数億の民が餓死する危険水準で生きることになる。

 冗談ではない。

 本来、海外資本によって発展してきた中華帝国は間違っても世界各国を敵に回してよい国ではないのだ。

 だからこそ、戦争初期の段階では早期終戦、早期講話が「最低条件」と位置づけられていた。

 東南アジアを制圧し、国土編入を既成事実化することで世界に自らの行いを認めさせるつもりだった。


 ところが、全て台無しだ。 


 米国の参戦はないという見込みが破綻した時点で中華帝国は多少の損を被っても対米和平を結ぶべきだった。

 だが、ここで政府は総書記を火あぶりにしてしまったのだから、もう始末に負えない。

 政府中枢とつながった軍司令部は、自分達が起こした戦争であることを棚に上げて、世界中に堂々と「この戦争は対外侵略戦争ではない」と宣言し、戦争の本質は「国家防衛戦争である」と位置づけ、世界中の怒りと失笑と買う始末。

 その正当性のためだけに、政府は膨大な数の軍の予備役と物資の大量動員を決定した。

 そこで判明したのは、ありとあらゆる物資が行方不明になっている現実だ。

 戦闘機360機、戦車1,800両、小銃30万丁、軽油17000バレル、野戦ベッド20万床、軍靴・テント20万セット、その他大量の薬品など、被害がない物資カテゴリーが存在しないとさえ言われるほど、様々な物資が軍の施設から行方不明になっていた。

 東南アジア全土を戦場にする戦いは、こんな不始末を笑って済ませられる状況では無い。

 人口と経済力には勝るものの、これほどの多正面戦が国庫に与える負担は半端ではないと経済相に泣きつかれた総書記は、同盟国に対して即座に支援を求めた。

 真っ先に白羽の矢を立てられたのは、同盟国とは名ばかりの属国、大韓帝国だ。





 ●大韓帝国 首都漢城、徳寿宮。

「そんなこと……出来るのか?」

「不可能にございます」

 場所は大韓帝国首都漢城、徳寿宮。

 大韓帝国皇帝、光隆帝を前に首を横に振ったのは朴宮内府大臣だ。

 宮内府くないふは、大韓帝国の皇室《李王家》の家政を所掌する機関であり、それを所管するのが彼の役目である。

 疲れ切った顔の朴大臣は言った。

「中華帝国から要求された戦費の負担、兵力の派遣……我が国に耐えられる代物ではありません」

「……しかし」

「我が国は倭国により、一度は冊封国を脱し、国名を大韓帝国と改称、陛下も国王から皇帝になられた」

「……」

「それから約1世紀……途中、1945年に中華帝国から侵攻を受け、再度の朝貢を余儀なくされた」

 朴大臣は、皇帝の沈痛な顔から視線をそらせた。


 「大清皇帝功徳碑だいしんこうていこうとくひ」という石碑がある。

 清王朝に李氏朝鮮が降伏した丙子胡乱へいしこらんの記念碑である。

 その現代版が1945年に建立された「大西皇帝功徳碑だいせいこうていこうとくひ」。


 大韓帝国が西王朝《現在の中華帝国》の冊封さくほう体制下に入ったことを示す記念碑であり、韓国では先の「大清皇帝功徳碑だいしんこうていこうとくひ」と共に「恥辱二碑」と影で呼ばれている。


 その記述はほぼ共通している。

 「大西皇帝功徳碑だいせいこうていこうとくひ」の大凡の記述は次の通りである。

 

 ―――愚かな朝鮮王は皇帝を名乗り、偉大なる西国皇帝に逆らった。

 ―――西国皇帝は、愚かな朝鮮王をたしなめ、この大罪を諭してやった。

 ―――良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省した。

 ―――朝鮮王は、偉大な西国皇帝の臣下になることを誓った。

 ―――我が朝鮮は、この西国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また西国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。


 高さ45メートルに達する巨大な石碑は、韓国の首都・漢城のど真ん中。漢城駅の真っ正面にそびえており、駅を利用する人々はイヤでもその石碑を毎日見させられている。


 まさに恥辱だ。


 それだけではない。

 朴大臣の前にいるのは、大韓帝国皇帝。

 この国の所有者であるはずだ。

 だが、それは違う。

 対外的に、彼は自らを「大韓帝国国王」と名乗らねばならない。

 中華帝国への遠慮から「皇帝」さえ名乗ることが出来ないのだ。

 外交はすべて中華帝国に握られている上、皇帝自身が国内で皇帝を名乗れるのは、「西王朝皇帝の“お情け”による」と、国民は子供の頃が教えられている。

 それは制度的にも認められ、中華帝国の支配政党「王制党」の管理指導下にある「韓国王制党」が政府の実権を握っている。

 その理由を、国民は石碑に刻まれた言葉で教えられているのだ。


 皇帝は議会に呼ばれることさえない。

 伝統行事に引っ張られ、ただ座っているのが関の山の存在。


 何故?


 議会は中華帝国皇帝のものであり、韓国皇帝は中華帝国皇帝の臣下に過ぎない。

 第一、大韓帝国は中華帝国の領土だ。

 つまり、中華帝国皇帝の代理に過ぎない。


 そういうことになる。


 詰まるところ、朴大臣の目の前にいるのは、単なる飾りに過ぎない。

 彼が何をしようと、この国では紙一枚動かない。

 しかし、それを口にすることどころか、態度で示すことは、朴大臣の全てが拒絶する。

 彼は先祖代々、李氏朝鮮王族に仕え続けた伝統ある一族だ。

 その一族の血を引く身で、そんなことは微塵も許されることではないと、朴大臣は自負していた。


 ―――その朴大臣もまた、現状では政府の決定事項を皇帝に伝えるしかなかった。


「そして今再び……いえ、未曾有の規模での朝貢が求められている」

「朕は」

 それは絞り出すような声だった。

「朕は―――どこで間違えたのか。

 代々の中華帝国からの恩義に答えるべしという家訓を守り、いかなる屈辱にも耐え、国家繁栄を願い続けてきた……今度のことも、先の韓首相の言うとおり、倭国に刃を向けた……それが、中華帝国への忠誠の証だと言われ……」

「何も間違っていないのです―――陛下」

 朴大臣は言った。

「すべては、我ら臣民の過ちでございます」

「……朕の不徳……素直に言ったらどうか」

「王制党は陛下も国民も見ていません」

 朴大臣は言った。

「見ているのは、北京です」

「……」

「北京の王制党本部の機嫌を損ねたくない。彼らに認められれば、この国……いえ、王制党幹部の言葉を借りれば」

 朴大臣は思いきって言った。

「―――“半島部分”での利権を食い物に出来るのですから」

「……大臣」

「―――はっ」

「……日本と和議は結べないか?」

 皇帝は言った。

「日本へは何度か行ったことがある。天皇は皇帝とは違う。皇帝は朕をモノ扱いするが、天皇は暖かく迎えてくれた。日本は我が国を冊封さくほう体制から外してくれ、独立国としてくれた過去がある。我が国は少なくとも、日本から刃を向けられたことはない。つまり―――」

「無理です」

 朴大臣は断言した。

「王制党が黙っていません。それに」

「……」

 朴大臣は、皇帝の泣きそうな顔を見るのが辛かった。

「中華帝国は、我が国に対日戦線への参加を要求しているのです」

「朕は反対だ!」

 皇帝は玉座を叩き、立ち上がった。

「東南アジアへメサイアを送った!命じられた通り、対馬にミサイルを撃ち込んだ!すべて要求には従った!これ以上は無理だ!」

「……陛下」

「朕には、この国を、国民を守る義務がある!朕のなすべき事は、中華帝国へ尻尾を振ることではなく、国家国民の安寧を守ることだ!」

「……」

「朴大臣!朕は必要ならこの身で日本に向かう!直に話せば天皇も」

「……この徳寿宮から」

 朴大臣は身を切り刻まれる思いで言った。

「出ることが出来るとお考えですか?陛下」

「……っ!」

 そう。

 皇帝とはいえ、その動きは全て王制党に握られている。

 王制党の許しがなければ、皇帝は王宮から出ることさえ出来ない。

「よしんば、ここを抜け出して、陛下が日本に向かったとしましょう―――おそらく、王制党は陛下の命を奪うでしょう。そして、日本の仕業だと喧伝し……」

「……っ」

 朴大臣が何を言いたいか、皇帝にも分かる。

「私が動けば……天皇陛下にも迷惑がかかる……そう言いたいのだろう?」

「私の見る限り」

 朴は言った。

「天皇を陛下が憧憬の念を持って接するお気持ちはわかります。あれは大器……いえ、天子の器でございます」

「……そうだ」

 皇帝は頷いた。

「宮廷に押し込められ、家族の情も知らぬ朕を家族同然に接してくれた。家族と共に」

 キュッ……

 皇帝は拳を振るわせた。

 皇帝が思い出すのは、来日した時の宮中でのこと。

 皇族以外、誰もいない部屋で食べた皇后の手料理。

 興味津々で韓国のことを聞いてくる三人の娘達。

 あの時食べた料理の温かさ。

 それまで教え込まれた日本への差別意識はすべて吹き飛び、憎しみが憧憬に代わった。

 それまで口にしていた日本への差別的発言の全てを承知の上で、天皇とその家族は私を客人として認めてくれたのだ。

 並のことではない。

 その器の広さに、朕は心打たれた。


 あの皇女の微笑みと共に―――。


 帰国して以来、常に思うことは一つ。


 あの国には―――ここにはない全てがあった。


 そういうことだ。

 

「朕は、あの暖かみを未だ忘れることが―――出来ない」


「……和議を」

 しばらくの沈黙の後、朴大臣は言った。

 若い皇帝陛下の心の内を分からぬ程、朴は馬鹿ではない。

「和議をお望みでしたら、私めも何とか努力してみましょう」

「出来るのか?」

 皇帝の顔が明るくなった。

 それは、戦争開戦以来、朴が初めて見る表情だった。

「スイス経由で日本政府と接触してみましょう」

「頼むっ!」

 皇帝は壇上を降りて朴の手を握りしめた。

「朕は、それに全てを託すっ!」



 ●大韓帝国 漢城 景武台

「―――そうか」

 王制党当主、李首相は、情報機関からの報告にそう答えた。

 宮中の皇帝の会話は、独り言でさえすべて情報機関を経由して首相に伝えられる。

「朴大臣にも困ったものです」

 李首相の腰巾着と国民から嫌われる武部明内務大臣が言った。

「首相の温情で生きていることを忘れている。早速、大臣を拘束しましょう」

「……そうか?」 

 李首相は言った。

「私はむしろ、放っておくつもりだ」

「首相?」武は首を傾げた。

「どういう意味です?」

「倭国にとっても、中華帝国との間にいる我々が味方につくと言われれば、乗ってくるだろう。やつらの気が緩んだ隙をついて―――」

 李首相は、手刀で首を斬る仕草をした。

「成る程!」

 武は手を叩いた。

「さすがは首相!」

「―――北京の指示だ」

 李首相は言った。

「すでに北京はそういう事態も想定しているのだよ」

「……」

 そう。武はこの国全てが中華帝国の思惑通りに踊らされていることを、それで悟った。

「それにしても」

 李首相は窓際に立つと、外を見た。

「皇帝にも―――あの坊やにも困ったものだ。おとなしくしていれば、日本から憧れの皇女をもらってやったのに」

「ほう?」

 武は幇間特有のそつのなさで話しに食らいついた。

「確か、倭王には三人娘がいましたな」

「ああ。三女のハルナとかいうのがお気に入りらしい。同い年だからかもしれんが、写真を常に懐に忍ばせているし、夜は夜で……」

 クックックッ……。

 下世話な笑い声が響く中、李は続けた。

「皇帝陛下が続けておられる「練習」がムダにならないよう、見張っていればいい。動きがあったら教えてくれ。それより」

「はい」

「我々には、魔族とかいう連中より、遥かに優れた味方がいるのだ。北京さえ、我が国は恐れる必要がない程の後ろ盾がな」






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