伏兵
「敵騎、沈みますっ!」
オペレーターの明るい声に、艦橋が湧いた。
「よしっ!」
美夜は力強く頷いた。
「海域の離脱もあと少しだ!」
「和泉騎より通報!海底より上昇する物体有。質量―――空母クラスっ!」
「何っ!?」
驚愕の表情を浮かべる美夜の目の前。
スクリーン上に映し出された海面の色が変わった。
そして―――
「ルサカの件は」
艦橋に戻ったシュナー少佐に、艦長席の男が振り返りもせずに言った。
がっしりとした体格。長年の風雪に耐えたたたき上げ者特有の貫禄ある顔がそこにあった。
魔族軍巡航艦シナベール艦長、オイゲン大尉だ。
「残念―――そう言って良いですか?」
すでに艦橋は海面から出ようとしていた。
「そうだな」
シュナー少佐は艦長席の横に立つと、窓の外に視線を向けたまま頷いた。
「またしても、私は未熟者を制することが出来なかった」
「我々、ロートルは」
久しぶりに見た太陽光のまぶしさに顔をしかめつつ、艦長は言った。
「若手相手には後悔と不満ばかり―――そういうものですよ」
「艦長っ!」
砲術担当士官がその席から報告する。
「主砲射撃準備完了っ!照準はあの艦で!?」
「うむ―――仕留めろ」
「ひ、飛行艦だと!?」
美夜達の目の前。
静かなはずの海面に突如現れたのは、“鈴谷”より二周りは大きい巨大な飛行艦だ。
「全長380メートル、推定排水量10万トン―――」
“鈴谷”の“目”が捉えたデータを前に、美夜の出来ることは、それを音読する程度だ。
元来、輸送艦改造型の“鈴谷”に、この艦に対して対抗出来る兵器はない。
あるとしたら、メサイア達の持つビームランチャーが精一杯だ。
そんな美夜の目の前で、メサイア達が一斉に動いた。
「砲門は6門―――」
二宮が着眼したのはそこだ。
「長野、早瀬」
二宮は命じた。
「相互データリンク展開、敵A砲塔砲身の発射タイミングを狙って狙撃しろ。同様に柏、山崎はB砲塔。宗像、私と共にC砲塔を叩け。対消滅によるダメージで敵艦を仕留める」
「―――了解」
各MC達は一斉にFCSを精密射撃モードに切り替えた。
―――だが、
ズンッ!
艦を走る激震が、彼女たちを搭乗したメサイアごと襲ったのは、その直後だった。
その瞬間、美夜は自分がどんな声をあげたのかまるで覚えていない。
いや。
その瞬間、世界に音があったのかさえ、美夜は覚えていなかった。
覚えているのは、ただ、体をシェーカーに放り込まれたような衝撃が走ったことだけだ。
「被害報告っ!」
「艦橋より各部、被害報告を!」
「艦橋見張りより報告っ!右舷命中弾2、至近弾4、命中弾は艦を貫通しました!」
「―――ちぃっ!」
「ちぃっ!」
FGFを突き抜けた“鈴谷”への攻撃命中に関し、舌打ちしたのは美夜だけではなかった。
シナベールの砲術長もまた、自らの射撃結果に舌打ちしていた。
至近弾が4
命中弾はたったの2
せっかく命中した弾も、出力が高すぎて艦内で爆発することなく貫通してしまった。
「各砲塔誤差修正っ!ML出力を半分に下げろっ!―――ええいっ!オンボロの人類艦めっ!」
「一番砲塔修正完了」
「二番完了」
「エネルギー充填。出力40%でホールド。撃てますっ!」
「よしっ!」
砲術長が砲撃命令を下そうと、管制システムのアイピースに顔を押しつけた。
砲撃用カメラと連動するシステム上で、敵艦の様子が手に取るように分かる。
黒い煙を吐き出しながら飛ぶ敵艦。
その艦橋に並ぶメース達がこちらに武器を向けているのまでがわかる。
「敵艦からの砲撃―――来ますっ!」
船底から斜めに抜けた2発の攻撃は、幸いにして竜骨を傷つけずに済んだとはいえ、そのダメージははっきり大きい。
それだけは確かだ。
その“鈴谷”からの報復が果たされたのは、その直後だった。
「ぐうっ!?」
丁度、都築と共に、肉迫攻撃を試みていた美奈代は、突然発生した敵艦上の爆発の衝撃に吹き飛ばされた。
一度、海面に叩き付けられ、大きくバウンドした後、騎体の姿勢制御を取り戻した美奈代が見たものは、無惨に打ち壊され、空を浮かぶ残骸に成り下がった敵艦の無惨な姿だった。
「き……教官達がやったの?」
「ち、違います」
牧野中尉が強ばった声で答えた。
「“鈴谷”からの攻撃はすべてバリアに弾かれました」
「じ、じゃあ?」
驚く美奈代の目の前で、敵艦の舳先が南東を向いた。
「事故?砲塔が爆発した?」
「別なMLが命中したのは確認しています」
あと一歩で巻き込まれる所でした。
大きな安堵のため息と共に、牧野中尉はそう呟いた。
「友軍の攻撃ですか?」
「おそらく。ただし、レーダーに反応なし。推定射撃距離100キロ以上の射撃です」
「……飛行艦?」
「この海域に、近衛軍の飛行艦は存在しません」
黒煙を吐きながら遠ざかる敵艦を見送りながら、美奈代は都築騎に接触した。
「都築。大丈夫か?」
「ああ……ありゃ、放って置いても沈むだろう」
「……そうだな」
「誰だ?」
美夜は敵艦から逃れることが出来た安堵感より、そちらの方が気になっていた。
メサイア隊のML攻撃をはじき返した敵のバリアを貫通し、敵艦の砲塔を吹き飛ばした攻撃。
それは、“鈴谷”とは別な攻撃だ。
「一体、誰の攻撃だ?」
「恐ろしいほど高出力のML砲を装備した艦が展開しているのは間違いないです」
副長は言った。
「これはメサイアの攻撃ではあり得ません」
「……しかし」
美夜が気にするのは、レーダースクリーン上の反応だ。
数は3
飛行艦にしてはサイズが小さすぎる。
「艦長」
通信オペレーターが報告を上げた。
「通信です」
「通信?」




