バラバーク環礁にて 第二話
「どこからの攻撃だ!」
“鈴谷”艦橋に美夜の鋭い声が飛んだ。
「艦直下の海中です!深度不明!」
オペレーターの城下美芳中尉が答えた。
「先程の至近弾MLの照合―――ライブラリ該当なしっ!」
ほぼ全MLを網羅しているはずのライブラリに該当がない。
第一、水中から発射可能なMLなんて聞いたことがない。
水中から撃てば、水と大気でMLそのものが消滅してしまう。
じゃあ何が?
美夜は、たった一つだけ心当たりがあった。
「―――っ!」
自らが出した答えに、美夜は一瞬、言葉を失った。
美夜の出した答え。
それは―――魔族軍。
しかも、艦の真下だ。
「艦長?」
フェルミ博士は平然とした顔で訊ねた。
「この艦に対潜攻撃兵器は?」
「ありません」
美夜は顔を強ばらせたまま答えた。
「飛行艦に爆雷を搭載する馬鹿がいるものですか」
「―――ふむ」
フェルミ博士は思案げに顎を撫でた。
「では、どうするんです?」
「高度上げろっ!操舵、Z字航行開始。機関、出力最大、FGF戦闘展開。砲術、海面方向に対してジャミング散布―――トラックと通信出来るか!?」
「通信不能っ!短波、長波、レーザーまで、強力なジャミングを受けていますっ!」
「―――っ!」
艦橋の外では、甲板に待機してたメサイア達が巨大な砲を担ぎ上げて両舷に並ぼうとしている。
突発的な事態だというのに、艦全体の動きに無駄はない。
むしろ予定されていたことのように整然と事が運んでいく。
艦長としては当然だが、それでも美夜はそれが頼もしく、また嬉しい。
「成る程?適切な対応だ―――いい艦に乗れた」
矢継ぎ早に出される命令に、フェルミ博士は一々頷いた後、丁度、艦橋に入ってきた紅葉に命じた。
「偵察ポッドを全て出したまえ。戦闘データをとる」
舷側に立ち、海面を見渡すさつきの目の前を、海面から立ち上ったMLが飛び去った。
一瞬で装甲の表面温度が危険値に跳ね上がった。
「あ、危なぁっ!」
「海面を狙えっ!」
二宮からの命令が飛ぶ。
「ど、どこにいるかわかんないのに!?」
さつきはスクリーンのズームを繰り返しながら海面を見るが、敵の姿はどこにもない。
「海中に潜む敵を、この高度から見分けろというんですか!?」
美奈代が二宮に文句を言う気持ちが、さつきにはよくわかる。
「当てろとはいわないっ!」
二宮は怒鳴った。
「海面を叩いて連中の攻撃を散漫なものにすればいいっ!」
―――成る程。
さつきはそれで納得がいった。
二宮が求めているのは、敵の撃破じゃない。
敵の頭を押さえて、この海域から逃げ出すチャンスを作り出すことだ。
「春日中尉」
さつきはMCの春日春乃中尉に言った。
「敵の攻撃が反撃の合図です」
「その通りです」
春日中尉は頷いた。
「敵、MLの発射直前のエネルギー集束現象を狙って射撃します」
MC側のFCSを調整しながら、春日中尉は答えた。
「上手くすれば対消滅を―――」
ブンッ!
再び、艦をMLがかすった。
「……出来るかしら」
艦の下腹にMLが突き刺さったが―――。
「くそっ!」
その結果に、シュナー少佐は舌打ちした。
一瞬、命中カ所の空間が歪んだだけで、艦には何のダメージも与えていないのは明白だったからだ。
「中和フィールドか!?」
重力を中和するフィールドである重力力場なんてシュナー少佐が知るはずがない。
魔族軍も使用する浮揚システムであり、同時にバリアシステムも兼ねる優れものである中和フィールドとしてシュナー少佐の目には映った。
そのフィールドを破るには、高出力のMLがいる。
ただでさえ海水で出力を削られるカプラーヌのクロービーム程度をいくらぶち当てても意味はない。
「シナベールっ!」
シュナー少佐は覚悟を決めた。
敵艦をここでさっさと仕留めてしまうに限る。
下手な躊躇は命取りだ。
使えるものは何でも使わねば―――!!
「艦の主砲で敵艦を仕留めろっ!」
チカッ!
飛行艦の舷側で強い光が生まれたのは、その時だった。
海面で連続した爆発が発生、一斉に水柱が立ち上った。
「やった!?」
さつきのその期待を込めた言葉は、水中からのML攻撃によって否定された。
「ちっ―――くそっ!」
美奈代は海面を睨み付けながら舌打ちした。
敵が見えない上に、海水というバリアが邪魔して、ML攻撃が本来の性能を発揮出来ないのだ。
おそらく、MLが到達しているのは深度20メートル程度のはず。
敵に届かない。
「せめて―――敵さえ見えれば」
恨めしいのは、ビームランチャーにつながった出力ケーブルだ。
これがあるおかげで、甲板から離れることが出来ない。
「隊長っ!」
不意に、都築の声が通信機に入った。
「俺がオトリになりますっ!」
「何っ!?」
「“鳳龍”の飛行能力は戦闘機並みッス。海面でオトリをやるには十分な機動が」
「―――っ!」
二宮は唸るような声をあげ、言った。
「都築、海面で敵を誘い出せ。各騎は海面に出る敵に対し、精密射撃っ!」
「教官っ!」
美奈代が言った。
「自分も志願しますっ!」
「和泉っ!?」
「無茶だっ!」
宗像が言った。
「単騎でオトリになるなんて、死にに行くようなものだっ!」
「だけど!」
美奈代は怒鳴り返した。
「二騎ならまだ!」
「……わかった!」
二宮が言った。
「和泉―――そこまで言うには、策があるんだろうな」
「は、はいっ!」
美奈代は思わずそう答えてしまった。
目の前ではさくらがびっくりとした顔で自分を見ている。
「命令を変更する」
通信機に二宮の声が入る。
「和泉、都築両騎で敵を誘え。自殺志願者同士―――夫婦で行って来いっ!」
「絶対に違いますっ!」
「了解っ!」
通信機に美奈代と都築の声が重なった。
「くそぉっ!」
ルサカは狂ったようにカプラーヌのMLを乱射していた。
艦には命中するが、すべて無効化されている。
敵に位置がばれているのは、集中する反撃の砲火から明らかだ。
それにも関わらず、ルサカが乱射を止めないのは、
「このままじゃ、少佐達に殺されちまうっ!」
その恐怖心故だ。
「ルサカっ!」
アミラントの声に我に返ったルサカは、アミラント騎が自分の騎の背後から接触していることにようやく気づいた程だ。
「馬鹿野郎っ!なにやってやがるっ!」
罵声と同時に、ルサカ騎は海中に引きずり込まれた。
それと同時に、ルサカがいままでいた場所を、MLの爆発が駆け抜けた。
「海面に浮上してどうする!的になりたかったのか!?」
そう。
興奮したルサカは、自分が海面すれすれまで上昇していたことに全く気づかなかったのだ。
「す……すみ」
ルサカは謝ろうとして、やめた。
警戒システムが、敵艦から2騎のメースが発艦し、海面に降下してきたことを告げている。
「ですがっ!」
ルサカは陽光に輝く海上を睨み付けると、アミラント騎を振り切った。
「俺だってやれますっ!」
ルサカ騎のブースターに光が走った。
アミラントには、ルサカが何をしようとしているのか、すぐにわかった。
「ルサカっ!」
伸ばされたアミラント騎の手をすり抜けるようにして、ルサカ騎が海上めがけて飛翔を始めた。
「―――敵はどこだ!?」
都築が海面から数十メートルの高度を飛行する。
「十六夜。海面下でのエネルギー反応警戒―――“鳳龍”の戦闘エネルギーの半分をセンサーに回します。よろし?」
「―――任せます」
「水中から急速上昇する物体ありっ!」
突然、MCが警報をあげたのは、まさにその時だ。
「ちっ!?」
ブースターを吹かし、海面から距離を取ろうとする都築騎より、海面に上昇してきたカプラーヌの方が早かった。
ガッ!
海面に飛び出したカプラーヌの腕が、その左足を掴んだ。
「ぐっ!?」
垂直に海めがけて引っ張られる衝撃に、都築は舌を噛みそうになった。
ブースター出力を最大に引き上げ、海中に引きずり込まれまいと足掻いた。
「なめんじゃ……ねぇぞっ!」
都築騎が海中から出現したメサイアに海中へ引きずり込まれそうになっているのは、美奈代も目視出来た。
「都築っ!」
美奈代はとっさにさくらに命じた。
「さくらっ!シールドパージっ!」
「はいっ!」
左腕を大きく振るい、振り切る寸前にシールドをパージ。
遠心力をつけて敵に叩き付ける美奈代とさくらのオリジナル技。
さくら曰く「シールドどん」
シールドの質量が加わった攻撃は、実際かなりのダメージを与える技で、シールド喪失による始末書というオマケがつくある意味禁忌の技だ。
“征龍改”から放たれたシールドが激しく回転しながら、海中から伸ばされた腕の根元にめり込んだ。
衝撃で離れた手から逃れた都築騎が斬艦刀を抜刀、海中に沈み行く敵騎に剣を突き立てたのは、その直後だった。
アミラントの目の前で、ルサカ騎が、一瞬痙攣したようにビクッと動いたかと思うと、糸の切れた人形のように、力無く海中へと沈んでいった。
「ルサカ!」
ルサカ騎に接近したアミラントは、ルサカ騎のコクピット頭部―――コクピットブロックを貫通した破孔を確かに見た。
破孔から盛大に海水がコクピットへの流れ込んでいる。
それがどういう意味を持つか、考える必要さえない。
「くそっ!」
アミラントはコクピットのコンソールに頭を叩き付けた。
脳天から全身を走る痛み。
それが発狂しそうな程、アミラントの体内を駆け回る慚愧の念……いや、自暴自棄に近い報復の念を押さえてくれる。
額を走る生ぬるい液体を、アミラントは舌で拭った。
鉄の味がした。
「……少佐」
「ルサカは落とし前をつけただけだ」
シュナー少佐は冷たくそう言った。
「アミラント。シナベールに戻るぞ。カプラーヌではこれ以上はどうしようもない。艦隊戦になる前に収容してもらう」
「―――了解」
アミラントは、ルサカ騎が消えていった海底をちらりと見た。
光の届かない漆黒の闇が、底には広がっていた。
「……戦場で勝手なマネするヤツはそうなるんだよ……馬鹿野郎が」




