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青い空の下で

 中華帝国軍中央軍事委員会が第四艦隊の命運の行く末を知ったのは、傍受した米軍の通信からだ。

「……」

 居並ぶ委員の視線を背に受け窓際に立つ江総書記は、報告を受けた後も、無言のまま身じろぎ一つしなかった。

「―――これが結果か?」

 総書記の口から出たのは、そんな言葉だった。

「梁君……これが、君の言った結果か?」

「……」

「答えろっ!」

「軍事的には勝っています」

 梁総参謀長は冷たく言い放った。

「すでに東南アジアのの8割が、我が軍の占領下にあります。少なくとも、全ては私の計画通りには進んでいます」

「計画通り……だと?」

 振り向いた江総書記が、血走った目で梁総参謀長をにらみつけた。

「米国債のすべてを踏み倒され、元対ドルレートは停止!

 いいか!?

 我が国の通貨は既にドルとの換金が出来ない有様だっ!

 対欧米輸出は全面停止に陥り―――」

「経済は軍事の問題とは別です」

 梁総参謀長は答えた。

「発言の内容について咎められるべきは経済部門です。私の担当は、あくまでも軍事部門に限定されています」

「貴様ぁっ!」

「軍が行動を起こした場合、経済政策責任者として、経済がどう動くかを予測し、対策をしておくのは当然のこと……つまり」

 梁総参謀長は、江総書記にむしろ哀れむような視線をむけた。

「経済部門の怠慢です」

「海軍は空母艦隊を失ったぞ。カネに沈められたとでも言うつもりか?」

「―――ああ」

 梁総参謀長は海軍司令員に気の毒そうな視線を送った。

「あれは第四艦隊内部でのクーデターによるものです。第四艦隊司令部を殺害し、艦隊を乗っ取ったのは、政治部に属する一派でしたな」

「政治部が誘導したというのか!?」

「だまれっ!」

 激高して席を立った軍政治部長を、江総書記が一喝した。

「今更、あんな艦隊の責任なんてどうでもいいっ!問題はこれからだ!」

「“死亡”した張艦長等は―――」

 少しは落ち着いたのか、朱軍政治部長が襟元をゆるめながら言った。

「米国に買収された結果、国家に対する致命的な反逆行為に及んだ―――国民と皇帝にはそう報告しましょう」

「―――紫禁城の軒先にぶら下がりたくなければな」

「“この戦争は貴様等のものだ”―――陛下はそう仰せでしたな」

 梁総参謀長は小さく鼻白んだ後、江総書記に言った。

「“そうです。全責任は私めが―――戦果は陛下がお取りになればよいのです”」

 それは、紫禁城で江総書記が切った大見得だ。

「少なくとも、その中に我々は入っていない。陛下も責任はすべて総書記にあるものと見ているでしょう」

「―――っ!」

 まるでゆであがったように顔を真っ赤にする江総書記を無視するように、梁総参謀長はタバコに手を伸ばした。

「閣下、ここまで来たのです。そのまま続ければよいのです」

「どうやってだ」

 江総書記は干涸らびて固まったような声を絞り出した。

「輸出を止められ、国内経済は実質上破綻することは確定した。町は物乞いと失業者、借金取りで溢れかえる。昨日まで栄華を誇った国内企業は軒並み倒産寸前になるだろう。そんな連中が反政府勢力と結びついて見ろ」

「ですから」

 喋るも煩わしい。

 そう言わんばかりの声を、梁総参謀長は紫煙と共に吐き出した。

「欧米とより有利な立場で和平を結ぶまで戦えばよいのです」

「―――出来るのか?」

「勝算はあります」

 梁総参謀長は灰皿にタバコをねじこんだ。

「隋第二砲兵司令員」

「はっ」

 梁総参謀長の声に、隅に座っていた小柄で陰湿な印象を受ける男が立ち上がった。

「例の件、江総書記にご報告しろ」

「はい」

 隋がファイルを広げた。

「欧米の軍事力は、我が軍より数段優れているとされますが、これはあくまで電子装備の話に過ぎず、逆に言えば、これさえなければ欧米と我が軍は肩を並べることが出来る―――いえ、数で勝る以上、我々に有利です」

「……」

「そして、欧米軍が魔族なる物共に敗北したのは、まさにこの電子装備が使えなかったからに他なりません」

 加納粒子のことだ。

「……」

「幸い、我が軍の兵器がその影響下でも動くことは、アフリカ各国軍の戦闘記録からも明らかです」

「要点だけを」

「つまり」

 隋はファイルをめくりながら答えた。

「人為的に、そんな状況を作り上げればよい―――そういうことです」

「―――馬鹿な」

 江総書記は、隋の言葉を一笑に付した。

「あれは未知の電波妨害兵器だと聞くぞ?そんなものをどうやって―――」

「戦場での運用テストは終了しています」

 梁総参謀長が隋に代わって答えた。

「……貴様?」

「すでに我々の手中にある―――そう言ったのです。閣下」

 ―――続けろ。

 梁総参謀長は隋にそう命じた。

「はっ。それを戦域に大規模に散布します。これにより、例えいかなる最新鋭兵器でも、連中は使用することが出来なくなります」

「……そ、そんなことが……梁総参謀長……き、君は一体?」




●セレベス海洋上 “鈴谷すずや”艦橋

「艦長」

 艦長席でうとうとしかけていた美夜は、その声に弾かれたように目を開いた。

 高木副長が手にしたコーヒーを美夜に近づけながら言った。

「スンダ海峡の制圧は完了したそうです」

「そうか」

 コーヒーを受け取った美夜は、不愉快そうに顔をしかめた。

「我々にとって、面白い話ではないな」


 スマトラ島とジャワ島の狭間―――スンダ海峡。


 マラッカ海峡以外、インド洋と太平洋を結ぶことが出来る唯一の海峡であるため、スマトラ島側で中華帝国軍、ジャワ島側でオーストラリア軍が海峡を通る船ににらみを利かせている。

 互いにとっての価値は、それほど高くない。

 共に米軍の次の狙いはマレー半島とスマトラ島の間、マラッカ海峡だと断じている。

 今のマラッカ海峡は、攻める米英軍にとっては兵站線確保のための重要拠点。

 守る中華帝国軍からすれば、ここを失えば全ての戦線が崩壊しかねない危険地帯だ。

 米英軍によるシンガポール方面への空爆や偵察機の飛来回数は、ボルネオで友軍が頑張っている間より確実に増えた。

 通信回数も鰻登りに増え、シンガポールやマラッカという単語がしきりに聞き取れる。

 フィリピンやボルネオ島周辺に展開した諜報部隊からも、マラッカに米軍が侵攻する“LD作戦”について情報が伝わっている。


 ―――米軍が次に攻めてくるのはここだ。


 中華帝国軍司令部はそう判断した上でスマトラ島侵攻部隊までかき集めて兵力を海峡付近に集中。

 対艦ミサイル部隊や、沿岸砲部隊は、拿捕した分まで全てをマラッカ防衛に回せという、他部隊からすれば反対したくなるような命令が出されたのも、米英との決戦に備えてのことだ。


 一方、中華帝国軍が現地住民を強制労働させてまでその防衛体勢を急速に整えていることは、米軍司令部も十分にわかっていた。

 だからこそ、米軍は、あえてそこを狙わなかった。

 ボルネオ島で島内の掃討作戦と平行してシンガポールを空爆し、欺瞞情報を友軍にまで流し続けていたのは、その意図を読ませないため。

 このおかげで、米軍上陸部隊がレイテ沖を出た後、セレベス海、マラッサル海峡を経由してジャワ海に入ったという報告を受けても、中華帝国軍司令部は、米軍の狙いはあくまでマラッカ海峡だと信じて疑わなかった。


 だが、深夜、ビリトン島沖合に達した米軍は、突然進路を変えた。


 ―――我、米軍の砲撃を受けつつあり


 スンダ海峡の鼻先。

 ジャカルタ港に置かれた現地部隊からの緊急電に司令部が接した時にはもう遅かった。

 米合衆国海軍がこのスンダ海峡を制圧するのに投入した兵力はかなりのものだ。

 本隊には、戦艦アイオワ級2、駆逐艦10、上陸用舟艇含む輸送艦45隻。

 そこに大日本帝国海軍から金剛級戦艦4、駆逐艦10。他にも別働隊が数隻加わっている。

 



 現代に生まれ直した戦艦達の砲撃をまともに喰らったスンダ海峡一帯の中華帝国軍防衛陣地は瞬く間に吹き飛ばされ、中華帝国軍は上陸部隊を阻止する力を奪われた。

 それはつまり、米軍の反抗を止める者はいない。

 そういうことなったことを意味する。



「海軍はこれで」

 全てを報告し終えた高木は、皮肉げに頬を歪めた。

「来年には、噂のイージスシステム搭載型戦艦の予算を要求してくると思います」

「“播磨”……か」

 カップに口を付けた美夜が顔をしかめた。

「ダンナがうらやましがっていたわね……55センチリニア砲搭載だっけ」

「建造費で通常動力型の“赤城”級空母2隻でしたか?」

「もう一隻追加して“信濃”を建造するほうを奨めるわよ」

 美夜はカップをアームレストに置いた。

 目の前の甲板では、騎体の修復を終えた二宮が部下の発艦訓練を行っている。

「それにしても」

 その光景を見ながら、高木が言った。

「今回は、新兵達に助けられましたな」

「新兵ばかりのメサイア部隊に用はない」

 戦線参加を求めた美夜が受けた米軍司令部からの返答を思いだし、美夜は顔をしかめた。

「“鈴谷すずや”は、南シナ海方面の警戒任務に就かれたし―――まぁ、楽な任務だけどねぇ」

「二宮中佐としては、面白くない様子ですがね」

「―――そうね」

 美夜は頷くと二宮から提出された訓練プログラムを見た。

 発艦に飛行訓練に、模擬戦―――

「……あの子達も気の毒に」

 美夜は視線を海に向けた。

 青い、青すぎる海が広がっていた。

 



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