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中華帝国海軍第四艦隊の最後 第二話

 空母“天津”の艦橋は最早混乱に陥っていた。

「攻撃隊、引き返しますっ!」

「畜生めがっ!艦隊上空を飛行中の直援《CAP》連中をどうにかしろっ!砲が撃てないっ!」

「敵メサイア隊、4隊に分離っ!」

「CAP、全く歯が立ちませんっ!」

 張の構えた双眼鏡の中で、炎上するSu-30が黒煙を引きながらまっすぐ海面に墜ちていった。

 艦隊の砲は上空を向いているのに、沈黙を守ったままだ。

 ―――下手に撃てば友軍機に当たる!

 艦隊上空で直援部隊が編隊を組んでいる最中に敵に踏み込まれればこんなものだ。

 世界最強レベルのSu-30をもってしてもどうしようもない。

 張の双眼鏡の中で、また1機、墜とされた。

「……馬鹿な」

 張は白昼夢を見る思いで双眼鏡から目を離した。

 双眼鏡から目を離せば、白昼夢から逃れられる―――そんな希望を持っていた。

 だが、現実は変わらなかった。

「馬鹿な」

 張はもう一度、そう呟いた。

 世界最強の中華帝国軍。

 ずっと、そう教わってきた。

 米軍も、メサイアも、怖れるに足らない。

 そう、教わってきた。

 信じてきた。

 それなのに―――

 一瞬、あの敗北主義者、李提督の顔が脳裏に浮かんだ。

 ―――小日本だなんだの、敵を舐めてかかると痛い目に遭うぞ中佐

 ―――軍人たる者、常に敵を侮るな

「うるさいっ!」

 張は怒鳴った。

「わ、私にそんな教訓を垂れるな!わ、私は海軍の党政治将校でもあるんだぞ!?」

「司令代行っ!」

 防空任務を委ねた参謀が、張の肩を掴むと、奇妙に顔を引きつらせながら言った。

「対空射撃を許可して下さいっ!このままでは全滅しますっ!」

  ――こいつは何を言ってるんだ?

 張は眉をひそめた。

 この場での指揮権はもう、目の前のこいつのモノだ。

 対空射撃なんて、当然ながらその権限の内だ。それを求めてくる?―――余程、混乱しているんだ―――張は参謀の横面を張った。

 「やれっ!何をぼさぼさしているかっ!」



「狙い通りだっ!」

 ステラ達は、あっさりと艦隊上空に飛び込むことが出来た。

 すでに眼下には空母がはっきりと見える。周囲は未だ敵の戦闘機が飛んでいるから、連中は弾幕は張れない。

 奇襲というワケにはいかないが、これはこれで絶妙なシチュエーションだ。

「まずは周囲のザコを叩けっ!」

 ステラは機動速射野砲を構えながら部下に命じた。空母の防空装備は大したことはない。ただ、防空担当艦は邪魔だ。

 だから、ステラはまず、艦隊内側の駆逐艦に狙いを定めた。

 ピンッ!

 速射野砲の照準がロックされた次の瞬間―――




 ステラ達の周囲に、黒い花火が上がった。



「ば、バカなっ!」


 その言葉を叫んだのは、ステラだけじゃない。

 米中両軍の騎士とパイロットが叫んだ言葉だ。


 何しろ、中華帝国海軍第四機動艦隊各艦は―――


 上空の友軍機を無視する形で、激烈な対空射撃を開始したのだ。




 それまで生き残ってSu-30隊を率いてきた呉大尉が艦隊上空にさしかかったのは、まさにそんな時だった。

 主翼に大穴を開けられ、錐もみ墜落する寸前の機体を立て直した挙げ句、ようやく艦隊上空に戻れたのだ。


 その彼のヘルメットのレシーバーに、母艦からの通信が入る。

「飛行中の各機は……ザザッ……ザザッ……」

 ジャムが酷く、はっきりとは聞こえない。聞き逃した所を推測で穴埋めすれば、きっとこういう意味だろう程度の通信だ。

 ――まだ母艦は生きている!

 呉は少しだけ安堵すると、周囲を見回した。

 30機近くで襲いかかって返り討ちにされた。

 今、自分と共に飛んでいるのはたった2機。共に損傷が酷く、飛べるのがやっとの有様だった。

 幸い、艦隊上空は敵味方入り乱れている。

 この隙に母艦に収容してもらおう。

 ―――だめか?

 ついにエンジンから煙を吐き出し始めたその内の1機を心配する呉大尉のレシーバーに、母艦から別の通信が入った。

「対空射撃警報、対空射撃警報、これより艦隊は対空射撃を開始する。秒読み開始―――10、9、8……」

「ちょっと待てっ!」

 呉大尉は真っ青になって叫んだ。

「まだ味方が―――」

 その叫びが終わる前に、彼の目の前で出来損ないの花火が咲いた。

 彼のレシーバを、逃げる間もなく味方によって撃ち落とされるパイロット達の悲鳴と叫びが満たす。

「大尉っ!」

 呉大尉と共にここまで来たSu-30のパイロットが叫び声を上げた。

 すでに航空燃料に火が回っている。

 脱出する以外に方法はない。

 だが、パイロットは被弾と火災のパニックでコクピットで叫ぶだけだ。

「助けて下さい大尉っ―――火、火がっ!

「脱出しろっ!」

「やだっ!やだぁっ!た、助けてっ!」

 ズンッ!

 そのSu-30に引導を渡したのは、友軍からの対空射撃。

 コクピットを貫通した一撃が、パイロットを一瞬にして殺傷してのけた。

「くそぉっ!」

 呉大尉はスロットルを開くと、手近にいたメサイアめがけて突撃した。

「貴様等がっ!」

 機関砲のトリガーを力の限り引き続けながら、彼はメサイアに襲いかかった。

「貴様等がいるからぁぁぁぁっっっ!」

 ―――消えろっ!

 ―――俺の目の前からっ!

 呉大尉は意味不明に近い叫びをあげ、機体を操作する。

 機関砲がメサイアの背中の装甲で弾けた。

 メサイアが振り返る。

 その醜悪な顔の中で光った目と、呉大尉は視線が合った気がした。

「―――っ!」

 呉大尉めがけてグレイファントムの戦斧が振り下ろされたのは、その直後だった。




「―――なんて事だ」

 眼前に広がる甲板は穴だらけにされた。

 艦内ではあちこちで火災が発生している。修理のため格納されていたSu-30の航空燃料に火がついて、格納庫は手が付けられない状態だ。

 運良く沈没が避けられても、自分の軍人としての経歴はこれで終わった。

 そう思った張は、その場に力無くへたり込んだ。

 あの時―――

 参謀は一々、対空射撃の許可を求めたんじゃない。

 対空射撃で友軍機を巻き添えにする許可を求めてきたんだ。

 今更、参謀を射殺した所でどうしようもない。

 いや。

 艦橋を真上から撃ち抜いた挙げ句、内部で爆発した砲弾で、あの参謀の上半身はどこにあるかさえわからない。

 他の参謀達も軒並み同様の有様だ。


 上空からメサイア達が放つ砲火の雨が、艦隊に降り注いだ。

 空母だけでも100発以上を被弾。

 その一発だ。


 海軍自慢のイージス艦は、VLS内部のミサイルが誘爆して粉々になった。

 他の駆逐艦も、煙突から飛び込んだ砲弾が機関の中で爆発し、単なる砲弾の爆発では考えられないほどの破壊を引き起こし、艦を内部から破壊してのけた。

 爆発の度に、艦の構造物が吹き飛び、破孔から、かつて艦を構成していた物体と、かつて乗組員だった肉片を吹き出した。

 こうなればもう、米帝から盗み出した軍事技術なんて何の意味もない。

「駆逐艦4号、沈没!」

「フリゲート8号、軸足止まったっ!」

 艦橋で見張りにつく水兵達も血まみれだ。

 せめて、そんな負傷を負いながらも任務を放棄しない水兵達を勇敢と賞賛すべきだろう。

 張は思った。


 ―――中華帝国海軍水兵は、世界最強だ。

 ―――故に、中華帝国海軍は、世界最強なのだ。


 不意に、電気が走ったような痛みに、張は顔をしかめた。

 腰が妙に痛い。

 そっと手を回してみると、ぬるっとしたなま暖かい感触がした。

「……」

 手が血で染まっていた。

 傷を見るのが恐くて、張は思わず上を見上げた。

「メサイア接近するっ!」

「フリゲート4号、横転っ!」

 水兵達からの報告は続く。

 ただ、段々と報告の声が遠くなっていく。

 ――いかん

 張は、艦長としての命令を出そうとした。

 ―――総員退艦、艦から離れよ。

 張は大声でそう命じたつもりだった。

 ―――逃げてくれ

 心から、張はそう願った。

 張の目の前が真っ暗になったのは、それからすぐのことだった。



 その張を、甲板に強行着艦したグレイファントムの影が覆い尽くそうとしていた。



 中華帝国海軍空母“天津”

 それは、中華帝国軍初の原子力空母として、同時に、世界上、メサイアによって初めて撃沈された空母として歴史に名を止めることになる。


 第四艦隊は全滅。

 艦隊乗組員は、戦闘後、すぐに再開されたカナンの大渦に巻き込まれ―――生きて祖国へ帰ることは出来なかったことを、ここに併記しておく。



    


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