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中華帝国海軍第四艦隊の最後 第一話

「航空隊の連中、怒り狂ってますよ」

 通信モニターの向こうからの声に、ステラはあきれ顔で言った。

「あの悪名高い“龍の巣”の間近だよ?戦う前に落ちたいとでもいうの?」

「そりゃそうなんですけどね」

 皮肉そうに笑って肩をすくめたのは、マーチン少尉だ。

 下士官からのたたき上げなだけに、微笑んでいるのか睨んでいるのか、長年のつきあいがなければわかったもんじゃない。

「“我が国の国民は決してやられっぱなしの国民ではない”んでしょ?」

「ったくさぁ」

 ステラは顔をしかめて周囲を見回した。

 周囲はトラック島から発進したグレイファントム達。

 目指すはカナンの大渦付近に展開する中華帝国艦隊。

「絶対、あの大統領、知っていたんだよ。中華帝国軍がこの辺にいたこと」

「っていうか」

 マーチン少尉はあきれ顔で答えた。

「俺達だって、昨日知ったでしょ?日本軍が中華帝国軍の機動部隊と交戦したって」

「言ったっけ?」

「……中尉、ブリーフィングの最中に居眠りするのやめましょうよ」




「そうだ!」

 張提督は通信機に怒鳴り続けていた。

「メサイアを送ってくれればいいっ!メサイアが必要なんだ!」

 その顔は真っ青になっている。先程までの戦勝に酔いしれる余裕はどこにもない。

 甲板上では、Su-30が次々と出撃体勢を整えつつあるのに、彼はCICに籠もったままで、部下達のそんな姿には感心すらない。

「―――何分後だ!?」

 通信機からの返答は、決して彼の希望にそったものではなかった。

「6時間後!?間に合うかっ!」

 彼は通信機にヘッドホンを叩き付けた。通信機を抱きかかえんばかりに突っ張った腕が、否、全身が震え、今にも崩れ落ちそうだった。

「張司令代行」

 CIC長が心配そうに張の顔を伺う。

「ご指示を」

「進路変更―――カナンの大渦の中に逃げる」

「し、しかしっ!」

「メサイアが来るんだぞ!」

 張は怒鳴った。

「なぶり者にされたくなければ、渦を越えろっ!」

「危険ですっ!」

「百も承知だ!だが、それをしなければ、我々は全滅するぞ!?」

 唖然とするCIC長を後目に、張は立ち上がって制帽を被り直した。

「幸い、今は潮の流れが緩い。このままなら越えられる!―――全艦に発令っ!機関最大、針路を“龍の巣”にとれっ!それから、空母搭載機は全機発艦、対空戦闘用意、近づく奴はすべて敵だっ!」

 張は言った。

「叩かれる前に、叩くぞっ!」



 ―――中華帝国軍史上、最も無謀な艦隊。


 後にそう呼ばれることとなる、張艦隊司令代行率いる中華帝国海軍第4機動艦隊は、カナンの大渦を越えた。

 潮の流れが一時的に弱まったまさにそのタイミングで全艦が渡りきれたことは、もしかしたら張の悪運のなせる技かもしれない。

 だが―――結果として、カナンの大渦の中に入り込んだことが、彼らの運命を決めてしまった。


「どうしたんだ!?」

 カタパルトに接続され、発進体勢が整っていたにもかかわらず、パイロットは発艦士官に首を横に振ると、手を十字に組み合わせた。

 ―――発艦出来ない。

 その宣言が出されたのだ。

 その場でキャノピーが開かれ、整備兵がコクピットによじ登る。

「レーダーの整備はどうなってるんだ!」

 パイロットは、その士官の首根っこを掴み上げて怒鳴った。

「レーダー?」

「見ろっ!」

 パイロットが指さすのは、Su-30のレーダースコープ。

 普段なら走査線が走っているのに、何故か真っ黒にブラックアウトしていた。

「ヒューズが飛んだんじゃないのか!?」

 整備兵はそう言われて、後ろに座る航法要員の顔を見た。

「こっちもダメだ!」

 彼はそう答えた。

「貴様等、ちゃんと整備していないのか!?」

「そんなはずはないっ!」

 彼は整備兵としてそう怒鳴り返した。

「少なくとも、上は承知のことだ!これで飛べってさ!」

「……はぁっ!?」



「こちらコールマン。編隊全騎に通達」

 グレイファントム隊を率いるステラは言った。

「“ポッド”が配置につき次第、攻撃を開始する。いい?まず、先に撃たせて」

「了解したけどよ―――ステラ?」

 ナッセ中尉が訊ねた。

「何だ、このレーダーノイズは。レーダーがまるで役に立たん。マジックレーダーだけが頼りだなんて―――ブリーフィングで聞いてはいたが、まるで」

「南米戦線以来じゃない。こういうの」

 軽い口調で応じたステラの首筋をイヤな汗が流れた。

「またもや私達ゃモルモットってワケさ」

「いずれ、ロクな死に方できないぜ……」

「ごもっとも」




 中華帝国軍第四艦隊旗艦である空母“天津”の艦橋は、蜂の巣をついたような騒ぎになっていた。

「敵、目視範囲に入りますっ!」

「何としても全機を発艦させろっ!今の発艦で何機目だ!?」

「―――今、全機上がりましたっ!」

「よしっ!金砲術長、対空戦闘任せるぞ!?」

「はいっ!左舷対空戦闘用意っ!CIC、情報どうした!?」

「CIC、情報入りませんっ!」

「CIC長は何をしているか!この期に及んでサボタージュか!?」

「違いますっ!艦隊データリンクどころか、艦のレーダーまで使えませんっ!」

「修理急がせろっ!」

「艦長っ!機関室他、各所で電子装備使用不能との通報多数っ!」

「ど―――どういうことだ!?ええいっ!ミサイルを何故撃たないっ!」




「―――あれ、か」

 ステラはモニターの端に中華帝国軍の艦隊を捉えた。

 モニターに映るというのに、ミサイルの一発も飛んでこない。

 いや―――今、撃った。

 派手な白煙を上げながら、艦隊から一斉にミサイルが打ち上げられた。

 こっちを狙っているのは間違いない。

 だが、

「な……何?あれっ!」

 ステラが驚いたのも無理はない。

 一斉に打ち上げられたミサイル達は、てんでに迷走を始め、酷いものになると友軍艦に命中して爆発するありさまだ。

 こちらに“飛んできた”ミサイルは一発もない。

 海に墜ちたのが8割、味方に命中したのが1割、発射と同時に爆発したのが1割。

 ステラの感覚ではそう見えた。

 ミサイルを盛大に発射した艦隊は、今や自損によって炎上している。

「―――ちょっ!?」

 いくら何でもありえない光景に、ステラは思わず敵艦に襲いかかるタイミングを失った。

「ち、中華の製品ってのは、こんなにタチが悪いの!?」

「違うわよ。ステラ」

「へ?」

「狩野粒子のせい」

 そう告げたのはイルマだ。

「今頃、学者センセ達が喜んでいるわ」

「え?で、でも―――あれって不良品じゃ?」

「中華帝国軍の対空ミサイルは、ロシアからのコピー品。電子基板は日本から盗み出したものよ―――これに低価格が加わって、“世界で最も使える対空ミサイル”の座についている」

「バケの皮がはげただけじゃないの!?」

「―――ステラ」

 イマラは窘めるように言った。

「狩野粒子は電子装備を破壊する。わが合衆国軍が南米を30年も救えなかった理由はまさにそこ―――いい?この光景は、下手すればウチの海軍でも起きうることなのよ?」

「……まさか」

 ステラは首を横に振った。

 世界最強無比の合衆国海軍。

 世界最精鋭の合衆国軍。

 それが、こんな無様な姿を晒す?

 ありえない。

 あってはならないことだ!

「うそよ!」

「現実だから、トラックで海軍は叩かれた。そして、その報復として、狩野粒子影響下でも戦える私達が、海軍の代わりにここにいる。答えはそういうことよ―――Su-30の編隊が接近中。機数約30。艦隊上空に25。ヘリも20近く確認されている」

「―――了解」

 ステラはコントロールユニットを握った。

「“あれ”が単に、中華連中の不良品のせいにすぎないことを教えてやるわ」

「……あなたが証明する必要ないのに」

 ステラは、部隊にSu-30部隊に対する攻撃を命じた。



「雑魚は無視しろっ!」

 ステラは怒鳴った。

 既に海には白いライン―――艦隊の航跡が見えている。

「艦隊上空にさえ到達出来れば―――」

 ステラはとっさに騎体をひねって機動速射砲を背後に向けて発射した。

 背後についたSu-30が1機、90ミリ砲弾の直撃を浴びて四散した。

 そして―――雲を抜けた。


 ついてるっ!


 ステラはそう思った。

 敵艦隊の姿がくっきりと眼下に見えたのだ。

「全騎、突撃っ!」




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