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米国、対中宣戦布告

●中華帝国海軍空母“天津”

 リュールカ・サトゥルン製AL-31Fターボファンが唸りを上げ、Su-30の着艦フックがワイヤーに噛みついた。

 着艦は成功だ。

 甲板要員達が一斉に駆け寄り所定の作業に入る。

 その光景を張艦長は艦橋で満足げに見守っていた。

「まずは目出度いですな」

 艦長にそう声をかけたのは、現・艦隊参謀長の毛中佐だ。

「うむ」

 張艦長は、ふりかえりもせずに頷いた。

「浮遊機雷にひっかかって沈没した連中の穴埋めを我々がしてやったのだ」

「まさに」

 毛中佐は、参謀としての能力ではなく、王制党と上官に媚びる“幇間”として政治的に出世してきた人材特有のそつのなさで言った。

「艦長の決断があったからでしょう」

「艦長」

 飛行甲板士官が一礼の後、報告した。

「攻撃隊の損害がまとまりました」

「どの程度だ?」

「参加60機、未帰還6。中破4、小破12―――小破機は24時間以内に前線に戻せます」

「12時間で終わらせろ」

「はっ」

「毛中佐。本国には報告したのか?」

「はい。撃沈10、大破15、基地滑走路を完全破壊」

「よろしい」

 張艦長は再び頷いた。

「対艦ミサイルが使用出来なかったのは返す返すも残念だな」

「地磁気の乱れによる障害かと思われます」

「厄介なことだが……」

 張艦長は思いだしたように言った。

「それと、こいつのおかげで米帝からの攻撃を怖れる必要もない」

 張艦長は、そう言って船窓の外を見た。

 遙か遠くに、天に立ち上る柱があった。




「一発ぶん殴って引き返す!?」

 “征龍改”のコクピットで、美奈代は思わず顔をしかめてしまった。

 すでに

「どういうことです!?」

「安心しろ」

 二宮は“幻龍改”のコクピットで美奈代に答えた。

「場所が場所だ。漂流させれば、勝手に沈む」

「―――ああ、成る程?」

 感心したような声をあげたのは都築だ。

「“アレ”に叩き込むと?」

「都築、そうだ―――和泉、地図を見ろ」

 美奈代は戦況モニターに映された周辺4千キロの地図を見た。

「中華帝国軍は、トラックから見て真南から攻撃を仕掛けてきた。真南に、なにがある?」

「えっと―――マーシャル諸島が」

「そうだ。1975年のビキニ環礁実検、通称“禁忌実検”によって魔力異常地帯化し、人が住めなくなったあの土地だが」

 二宮は続けた。

「近すぎる。Su-30の戦闘範囲は3,000キロだ」

 美奈代は戦況モニターを指でなぞった。

 その先にあるのは―――

「カナンの大渦?」

「そうだ。推定直径800キロの世界最大の渦潮―――大渦だ」

「はぁ」

「流れに巻き込まれれば10万トン級船舶でも逃げることは出来ない。

 渦の中は激しい嵐の巣。難破は避けられない。

 別名“死の海域”と呼ばれている。

 古来より船乗りに怖れられ、現在でも航行禁止海域に指定されているのはダテではない」

「どうして」

 さつきはあきれ顔で言った。

「“禁止”って言われると、あの国の連中はそれをやりたがるんでしょうね」

「そういうお国柄なんだろうよ―――連中はそんな海域にいる」

「海域にいても」

 美奈代は首を傾げるしかない。

「それが何なんですか?別に渦潮に乗っかっているわけでもない」

「カナンの大渦は」

 二宮は言った。

「かつて半径900キロと言われた。理由がわかるか?」

「環境の変化で縮んだ?」

「その範囲では、800キロの本流に向かって、100本近い支流が水面下を海流として走っている。しかも、周辺は常に無風に近いため、この海流に巻き込まれたら本流にまっしぐらというわけさ。帆船時代、ここに近づくだけで死を意味した。何しろ、風任せの航法では、逃れる術がない」

「……はぁ」

「要するに、空母を沈めるんじゃなくて、大渦に投げ込む方法をとる理由は何だ。そんな不確実な方法でいいのか?そう聞きたいのか?」

「そうです」

「教えてやろう」

 二宮は楽しげに言った。

「これは人体実検だ」

「人体実検?」

「ああ。現在、“鈴谷すずや”には米軍から提供されたものも加え、多数のMSF《魔力飛行偵察ポッド》が搭載され、同時に米軍の魔法科学スタッフも乗艦している」

「は?」

「―――カナンの大渦の奧にな?和泉」

 通信を聞いていた宗像が言った。

「“龍の巣”という巨大な積乱雲が存在する」

「……どこかで聞いたような」

「直径150キロ。例え飛行機で“カナンの大渦”を越えたとしても、この龍の巣には近づくことが出来ない。特に最近の飛行機はカナンの大渦の外でも危険だ」

「危険?」

「レーダーも通信も、満足に使えない。近づけば近づくほど、危険だ」

「……待って下さい」

 和泉はしばらく考えてから言った。

 そんな現象を引き起こす物体と、似たような場所に心当たりがあったからだ。

「それってまさか?」

「狩野粒子の発見者、狩野博士は、“龍の巣”研究の第一人者だ」

 二宮が答えた。

「狩野博士がわずか1週間で、アフリカ・南米戦線における電波障害の原因、狩野粒子の存在を明らかに出来たのは、長年の“龍の巣”に対する研究の成果にすぎない」

「じゃあっ!」

 美奈代はそれで青くなった。

「それって!」

「そうだ」

 二宮は頷いた。

「我々は、カナンの大渦の中に空母を追い込み、そこで連中に反撃させる。狩野粒子影響下で、最新の兵器がどれほどの効果を持つかを見極める絶好のチャンスだ」

「……」

 美奈代は通信モニター越しの二宮から視線を外した。

「任務は遂行します―――ただ」

「……」

「私の中の何かが、納得させてくれません」



 空母“天津”によるトラック基地襲撃。


 北京でそれを聞いた中華帝国軍と政府首脳は青くなった。

「誰が命令を下したか!」

 王制党党中央軍事委員会主席、江党総書記は緊急会議の席上、居並ぶ委員会の重鎮めがけて怒鳴った。

「今、ジュネーブで我が国と米国がどんな会議をしているかわかっていたのか!」

 中央軍事委員達は一様に黙った。

 江総書記の言わんとしていることはわかる。

 何しろ、現在、ジュネーブでは早期終戦を求める米国相手に我が国の外交官達が有利な交渉を進めている最中。

 実行支配地域であるラオス・タイ・ベトナム、そして長年の懸案であるチベットまでを含んだ地域の中華帝国支配を米国に承認させる一歩手前との報告をわずか3時間前に受けたばかりだ。

 あと数時間で、この戦闘の本願がついに成就するというこの土壇場で、会議の場にもたらされたのは―――


 トラック基地奇襲受ける。

 米艦隊の損害多数。


 これだ。

 この報告がジュネーブを駆け抜けた途端、米国とEUは、まるで事前に申し合わせていたかのように会議の席を蹴った。

 以降、中華帝国との一切の交渉に応じようとはしない。

 第四艦隊の空襲が打撃を与えたのは、米軍ではない。

 自国外交への致命的な打撃だ。


「現時点において」

 外交部代表の黄大臣は言った。

「欧米が我が国の要求を呑む可能性は限りなくゼロです」

「元からだろう」

 江総書記は自嘲気味に歯を見せて喉で笑った。

 笑い声が出てこない。

「元からゼロのことをやってのけようとした。それで成功しかかっていたんだ!千載一遇の、奇跡が起きようとしていたんだ!それを、どこぞのバカが愚かなことさえしなければ!!」

 どんっ!

 江総書記は机に拳を振り下ろした。


 江総書記にとって、状況は最悪だ。

 元来、アフリカで発生した未曾有の混乱に乗じ、かねてよりの悲願東南アジア征服に乗り出した時は、十分な勝算があった。

 スエズを失い、アフリカを越えることが出来ない欧州。

 世界最大の国債負担率を楯にすれば沈黙するしかない米国。

 共に怖れるに足らない。

 何より、目先のバケモノ共をどうにかするだけで手一杯のはずだ。


 つまり―――怖れる物がなにもなくなったのだ。


 そう判断した。

 だからこそ、彼は判断した。

 これは、代々の王朝がなしえなかったアジア全域を支配する一大帝国に発展させる絶好の機会だと。


 東南アジアに我が軍の攻撃を止めることが出来る兵力は存在しない。

 経済的に依存する国からの経済制裁は怖れるに足らない。

 もし、そんなことをすれば干上がるのは奴らだ。

 奪うだけ奪い、破壊するだけ破壊し、混乱が一段落した所で、占領を既成事実として欧米に認めさせるだけでよい。

 連中の世論が何と叫ぼうと、実際に占領している既成事実こそが全てだ。

 チベットでさえ我が国から奪えない欧米なぞ怖れるに足らない。

 後はどうとでもなる。


 東南アジア占領こそ全て。


 それさえ出来れば、我々の勝ちだ。


 彼はそう判断したからこそ、大博打に打って出たのだが―――。



「……総書記」

 顔を真っ赤にして怒りに肩を振るわせる総書記に、秘書官が耳打ちした。

「何っ!?」

 それを聞いた総書記は目を見開いた。

「テレビをつけろっ!」

 会議室にあるテレビに電源が入る。

 映し出されたのはスーツ姿の男女が並ぶ集会。

 ―――違う。

 江総書記にはイヤでも心当たりがあった。

 米国議会。

 その壇上に立つ大統領の演説が始まった。

「本日、アメリカ合衆国は何の予告もなく、計画的に空と海から中華帝国の攻撃を受けた。

 しかも、我がアメリカ合衆国が平和への熱意と希望を捨てずに、彼の政府を相手に誠意を持って交渉を続け、アジアに和平をもたらさんとする交渉の最中にである。

 中華帝国軍の航空部隊が大挙して、友好国にして、快く港の使用を許してくれた親愛なる同盟国、大日本帝国トラック基地にあった我が国の艦隊を爆撃した。

 そして、我が艦隊および大日本帝国軍に対して重大な打撃を与えた。現在にあってもなお、中華帝国政府からは、この事態に関して、満足のいく説明は何もない。

 既存の外交交渉を続けることは無用であった。

 また、中華帝国軍が南太平洋まで進出していたのは、まさに中華帝国とその支援国であるオーストラリア政府が、我が軍を狙い、以前よりこの海域に、軍事力を展開していた証拠にほかならない。

 今、ジュネーブにおいて行われている和平交渉に一縷の希望をつないだ我が国の努力は水泡に帰した。

 その期間中、中華帝国政府は、真相を隠し平和の継続への期待を表明して米国を欺き続け、友好国諸共、だまし討ちした。

 トラック基地への攻撃は、米国陸海軍に多大なる被害を与えた。

 残念ながら非常に多くのアメリカ人の命が失われたのだ。

 すでに中華帝国軍による残虐なる仕打ちにより、各国で米国の同胞が殺されたと報告されている。

 中華帝国軍は、インドを攻撃した。

 中華帝国軍は、ベトナムを攻撃した。

 中華帝国軍は、ビルマを攻撃した。

 中華帝国軍は、インドネシアを攻撃した。

 中華帝国軍は、シンガポールを攻撃した。

 中華帝国軍は、平和を願う国々を攻撃した。


 従って、中華帝国は、インド洋から太平洋にかけての全域にわたる奇襲攻撃をおこなったのである。

 過日より続く魔族軍の攻撃に乗じた卑劣なる攻撃は、中華帝国がみずからを語っている。

 アメリカ国民はすでに世論を形成しており、国家の安全にとってそれが何を意味するか十分に理解している。

 陸海軍の最高司令官として、私は軍に対しあらゆる防衛策を命じた。

 そして、我が国の国民は決して我々がやられっぱなしの国民ではないことを忘れてはならない。

 我々は、この計画的な侵略に打ち勝つのに、いかに長い期間がかかろうとも絶対的勝利を得るまで全力をもって戦い抜くであろう。

 私は、この卑劣な行為によって再び我が国が危険にさらされないために、議会と国民の意思の判断が下されんことを確信する。

 中華帝国の敵対行為は現実のものとなった。

 私は、わが国民、わが領土、そして我々の権益が重大な危機にさらされている事実を見て見ぬふりをすることはできない。

 私は国民と共に重大なる決意で立ち上がり、勝利への道を歩みます。

 神よ―――我らを守り賜え。

 私は議会に要請する。

 中華帝国は、卑怯にも一方的に攻撃を仕掛けてきた。

 よって、本日只今より、米中両国が戦争状態にあることを、議会は、ここに宣言していただきたい」


 大統領の演説が終わり、議会は割れんばかりの拍手がわき上がった。




「総書記っ!」

 椅子に崩れ落ちた江総書記を、側近の秘書官達が抱き起こす。

「……」

 口をパクパクと開くのが精一杯の江総書記の口に、秘書官が水を流し込んだ。

「―――ふ……ふざけたことを!」

 江総書記は怒鳴った。

「何だこの演説は!まるで―――まるで我が軍が攻撃することを知っていたような口振りではないかっ!」

「総書記っ!」

 部屋に駆け込んできた政府高官が泣きそうな顔で総書記に告げた事。

 それは、中華帝国の経済的な死を意味していた。

「……」

「ど、どうなさるんです?」

「ど……どうするって言われても」

 江総書記は呆然とした顔で、何度も弱々しく首を横に振った。

「こんなの……どうしようもあるものか」




「お見事でした大統領」

 議会での演説を終え、ホワイトハウスに戻る車内、ワーナー大統領特別補佐官が隣に座る大統領をねぎらった。

「これで……私も終わりだな」

 大統領は疲れ切った様子で車窓を眺めながら言った。

「せめてもの救いは……補佐官?中国人と、その支援者達の抱える米国債がいくらだったかな?」

「およそ6千億ドル―――因縁を付ければ8千億ドルは固いでしょう」

「……借金の棒引き位は、冥土のみやげになるか」

 クックッ……。

 大統領は楽しげに笑った。

「見たまえ」

 大統領が窓の外を指さした。

 ワーナーが窓の外を見ると、そこには着飾った東洋人の姿があった。

 体に合わないことが明白なスーツと時代遅れのヘアスタイル。そしてどう見ても慇懃な態度。

 この街でああいう連中がどこの出身か、ワーナーも知っていた。

「彼らが何か?」

「明日から、ああいう連中がこの街でどうなるかと思うとワクワクしてこないか?」

「はい」

「滅亡したアフリカ、南米各国に加え、今度は中華帝国とその支援国向けの発行済み国債を合法的に帳消し出来るんだ。我が国の経済建て直しにおいては、千載一遇のチャンスだ」

「……はっ」

 ワーナーは言った。

「ところで大統領」

「あの豚野郎はまた来るかな?」

「当然。そうなるでしょう」

「各地での中国人とその協力者の監視を強めろ。議会と政府関係からの排除を最優先に」

「世論の誘導を含め、お任せ下さい」

「ただし、南太平洋の司令官には念を押してくれ―――自重しろと」




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