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29:護り手

 明日には出発式か……。結局あいつは、聖騎士を選ばなかった。

 まったく、バカ野郎が。


「アディル君っ」


 ったく、このじーさんは……。

 身を隠していた寄宿舎の屋根から飛び降りると、いつになく慌てた様子のじーさんがいた。


「なんだ、じーさ「セシリアがひとりで出発してしまったっ」――は?」

「だから、あの子は今朝早く、ひとりで行ってしまったんだよっ」


 は?


「いつまでも起きてこないからと、アデリシアが部屋に行ったんだよ。そしたらこれが置いてあった」

「手紙?」

「ひとりで行くと書いていたんだよ」

「あんのバカ野郎がっ」


 じーさんは大袈裟にため息を吐くと、今度は俺に背を向けた。


「あぁ、心配だねぇ、心配だ」


 俺をチラりと見る。


「あの子はおっちょこちょいだし――」

「まぁな」

「無鉄砲だし」

「あぁ」

「さっそくやらかしているし」

「そうか……さっそく!?」


 じーさんは振り返ると、懐から巾着を取り出した。


「ベッドの枕元に置きっぱなしだったんだよ。財布を」

「……無一文で出て行ったのかあのバカ!」

「ねぇ、心配だろう? 廊下ですれ違ったっていう神官の話だと、出て行ってもう一時間は経っているんだよ」


 クソッ。行動力だけは無駄に高いからな。

 一時間だと一番近い町の近くまでは行っている頃か。

 いや、ふらふらと寄り道している可能性もある。


「こんな子なんだよ。誰かが傍にいてちゃんと見ててやらないと、浄化の旅どころかその辺で野垂れ死んでしまいそうだ」


 ……。


「なのに護り手本人は、ここでウジウジしているし」

「ウジウジしてねえよ!」

「しているじゃないか。なんであの子の前に出て行ってやらないんだね?」


 行ける訳ねぇだろ。


「俺は……俺のこの手は血で汚れてんだぞ。悪人も、そうでない奴も殺してきた。そんな俺が――」

「なら、これから救えばいいじゃないか。君の罪は確かに重たいものだ。だからこそ罪を償うために、人を救いなさい」

「罪を、償うため……だ、だが俺なんかより、聖騎士候補の連中の方が腕もいいだろうっ。俺は……あいつに護られてなきゃ、今頃石化していたんだから」


 あの時、カオスが投げた短剣には強力な呪いが掛かっていた。

 石化しなかったのはセシリアのおかげだ。

 護られるような奴が、聖女を護れるはずないだろう。


「何を言っているんだい。石化の呪いを防いだのは、君自身の実力だろう」

「え……お、俺が?」

「あのねぇ……。真の聖女を護るんだよ? いくら護るぞーって誓ったからと言って、護り手に選ばれたりはしないからね。ラフティーナ様がそんなことする訳ないだろう。そもそも誓うだけでいいなら、それこそ誰だって護り手になれるってもんだ」

「そ、それは……」

「君にはセシリアを護れるだけの力がある。そして護りたいという気持ちもある。だから女神ラフティリーナ様は選んだんだよ」


 俺が……女神に選ばれた?

 血で汚れた俺が……。


「はぁ……行くのかい、行かないのかい。早くしないとあの子、無銭飲食で捕まって奴隷市場行きになってしまうよ」

「ぐっ」

「それとも、聖騎士候補の誰かに行って貰おうかねぇ。みんな喜んでお金を届けてくれるだろうよ。それでそのままあの子に同行を願い出るだろうねぇ」

「くっ……」

「あの子が他の男と一緒に行くことを、君はなんとも思っていないようだしねぇ。さ、誰にお願いしようかなぁ」


 なんとも思わない訳ねえだろ!

 かわいい妹分を、どこの馬の骨とも分からねえ野郎に任せるなんて――


 妹、分……だからなのか?

 聖騎士候補の連中は身分もしっかりしているし、全員が誠実な野郎ばかりだ。気持ち悪いぐらいにな。

 だから別に、そんな野郎どもに妹を任せてもいいんじゃないのか?


 なのにこうもイライラするのはなんでだ。

 妹みたいなもんだろ、セシリアは。


 この六年でちょっとデカくなって、ちょっといい女になっただけじゃねえか。


 ちょっと……


「ああぁぁぁ、クソッ! 分かったよっ。行けばいいんだろ、行けば!」

「やっとその気になったかい?」

「……あいつを……他の野郎に任せるのは癪に障るだけだっ」


 じーさんの掌から巾着を奪い取ると、すぐに踵を返す。


「頼んだよ」

「……あぁ」

「ご飯を食べ過ぎないようにと伝えておくれ。あとお腹を出して寝ないようにとも。それから――」

「ったく。過保護だろ、じーさん」

「そうかもしれないねぇ」


 たった三カ月一緒にいただけのじーさんに、ここまでかわいがられるとは。

 あいつも嬉しかったんだろうよ。


「さ、早く追いかけておくれ」

「分かってるさ」

「君も気を付けてね。時々手紙を書いて寄越しておくれ」

「あいつに任せる」

「あの子ね、字が汚いんだよ。あと小さい。年寄りの目には辛くてねぇ」


 ……注文の多いじーさんだな!


「もう行くっ」

「あぁ、いっておいで。君の呪いも、じきに消えるだろう」


 その場から跳躍した俺の体は、何故か普段よりも軽かった。


 そういやあのじーさん……ウィリアン・ロゼス大神官のばーさんは……

 先代の聖女、だったな。


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