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間違いだらけの作品論  作者: ミン
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脇目を振るから作家は迷子になる

アインシュタインが相対性理論について考えている時、野口英雄が黄熱病や梅毒の研究をしている時、チャップリンが新しい喜劇の形を生み出そうとしている時、世の中は彼らの存在には目もくれず、流行っている娯楽を、金を、欲望を、消費していたに違いない。表現者とは、世界の片隅でひっそりと、世の中を根底からひっくり返すような兵器を作っている存在だろうと思う。


どういうことかというと、例えばこの「なろう」内であったり、はたまた、最近の大量生産大量消費型の作品があふれかえっているこの日本という場所について、そのことを悲観的に、または、絶望的にとらえる向きがある。確かに、読み手や鑑賞者の側からすればそうかもしれない。既存の作品では全く満足できない人たちにとっては、まさにここは、地獄だ。


しかし、表現者ならば、話は違ってくる。くだらない作品が溢れていること、しかしそれは、真の表現者にとっては、どうでも良いことである。自分の作品で、既存の価値観を覆す、そういう一冊を作る――そういう気概があってこその小説家だろう。この世の中のルール、常識、くだらなさ、理解の無さ……そういうものに対する怒りと、こうあるべきだという強い信念が、良い作品を生む原動力になる。


そういう考えのもとに立つと、事は至極簡単である。近頃のライトノベル界隈、「なろう」界隈の問題点、とか何とか、そういう問題提起があるのは当然だが、はっきり言って、小説家を目指している者にとっては、全て蛇足だ。


良い作品を作ればいい――それに尽きる。

全てはそれで完結する。


昨今のライトノベル、ネット小説、日本のファンタジー作品が可笑しい方向に進んでいる、劣悪な作品が多い、真剣に読むほどのものがない、つまらない――そう思うなら、ただ書くことだ。面白いと思うものを、ただ書いて作品を作る、それだけだ。


なぜなんだ、なぜつまらない作品が、こんな作品が――なんてことを考える暇があったら、ファンタジーとは何か、ライトノベルとは何か、テーマをどう作品に落とし込むべきかとか、そういうことを考えた方が良い。当たり前じゃないか。なぜ悪いか、なんて理由ならいくらでもある。悪い状況においては、悪い要素なんていくらでも見つけられる。そんなことに時間を費やして何になるのか。


くだらない作品を作っている作者、金儲け主義に走る集団を相手にするな。本当に良いものは、必ず人の目に留まる。素人でも安酒と美酒の違いはわかるものだ。ダンスの知識がなくたって、上手いダンサーは一目見ればわかる。ラップも歌唱もデザインもそういうものだ。「これほしい」と思ったものが、価格を知って目の球が飛び出たという経験をした方も多いと思う。作品の「良さ」というものは、実は、誰にでも伝わるものだ。ロナウジーニョの上手さを説明する必要が無いのと同じように、セナのドライビングが素人をも楽しませたのと同じように。


――そして、無理だと思ったら辞めればいい。無理だと思わなかった者だけが生き残る世界だ。才能が無いと思うなら、辞めればいい。別に、世に出ていない一人の作家が作品作りをやめたって、世の中には何の影響もない。報われない人間が死屍累々といるのが、この世界だ。厳しい感想が来ました、傷つきました、だから? それで? 辞めるなら、辞めればいい。残酷なこの現実の中でどうするか、そこが勝負だ。中島みゆきの「宙船」は何と言っていたか。


それでも当たり前のように、ひっそりと力強く筆を進めた者だけが、この混沌とした業界、既存の価値観、常識に風穴を開けることができるのだ。私はどうかって?

――「やめないよ」。

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