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間違いだらけの作品論  作者: ミン
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ブルーバード ~墜ちていくと、わかっていた~

いきものがかりの『ブルーバード』、ナルトの主題歌にもなったので知っている人は多いと思う。有名なのはやはりその最初のフレーズ「羽ばたいたら 戻らないと言って 目指したのは 蒼い蒼いあの空」。疾走感のある曲だが、注目したいのは曲の最後にいく前の歌詞である。

「墜ちていくと わかっていた それでも 光を追い続けていくよ」

「光を追い続ける」は、まぁ表現としてはありふれている。光は、希望とか夢などといった言葉に置き換えられたりもする。しかしその前、「墜ちていくとわかっていた」――この1フレーズは、そう出てくるものではない。


「墜ちていくと、わかっていた」これは、「墜ちるかも知れない」や「墜ちるだろう」とは違う。あるいは、「墜ちてもかまわない」とか「墜ちたっていい」ではない。ブルーバードは、今まさに、墜ちている最中なのだ。だから「墜ちていくと、わかっていた」という表現を使っている。「それでも光を、追い続けていくよ」と繋ぐ。これは、墜ちながらも雲の切れ間から見える太陽と蒼い空に手を伸ばしている、という心的情景を描写している。なんと熱い歌詞だろう。


現代ファンタジーはミーイズムに傾倒していると批判されたりしている。ミーイズムというのは要するに、自分本位主義というようなものである。ラノベでも確かに、「自分に害がないなら別に何してもいいんじゃないか」というような思想を是としているものが目立つ。そういう考え方ではきっと、この『ブルーバード』の歌詞の良さはわからないだろう。


墜ちていくとわかっていたのに、どうして飛ぶのだろうか。

合理主義者からすれば、あるいは、勝利至上主義者からすれば、そんなのは全く馬鹿な行為である。負ける喧嘩はやらない、というのは確かに合理的だ。しかしそうではない。人間には、「墜ちるとわかっていても、飛ばなければならないとき」があるものだ。それは責任からかも知れないし、義務からかも知れない。しかしどちらの場合でも、その根底には、人生の美学、生命の哲学がある。


少し前、NHKで、WHOの仕事でアフリカのどこだかの国に行っていた日本人女性医師のドキュメントがやっていた。仕事で他国に行くときには子供二人を日本に置いていくのだが、その女性医師は必ず出かける前に、「お母さん帰って来れないかも知れないからね。自分のことは自分でしっかりするんだよ」と言うようなことを子供に言っているという。パンデミックを防ぐため、病気の最前線で闘う人間のすさまじさを見た。生きるだけなら、そんな危険な場所に行く必要は無い。まして裕福な日本という国の医者である。でもその女性医師は、人生を賭けてそれをしている。そして、名も無いそういう人たちの魂で、この世界は回っている。


ブルーバードは、飛べるから飛んだのではない。あの蒼い空を見たかった、だから、飛んだのだ。そこに合理性はない。なにしろ、成功が約束されていない。保証なんてない。しかしブルーバードは、飛んだのだ。そして墜ちながらでさえ、光に手を伸ばしていた。


よく、「やっても無駄だからやらない」という言葉を聞く。その「無駄」というのは、「成果にならない」とか「状況が変わらない」ということを、ほとんどの場合さしている。そういった利口ぶった主人公が出てくる作品も多い。だが私は、それを「是」としている作品は、売れることはあっても、誰の心にも残らないと思っている。


異世界ファンタジーブームを支えた『ゼロの使い魔』で、主人公の才人は異世界に召喚され、特別な力を手に入れる。ただの高校生だったが、やがてその力で、ヒロインたちを助けていく。才人は、「助けられる力を手に入れちまったから、見て見ぬ振りが出来ないじゃないか」というようなことを言うシーンがある。しかし本当はそうではない。才人は、自分に特別な力があるのを知らないときにも、自分の信念のために無茶な戦いをしている。つまりこの主人公才人も、「助けられるから助ける」型の男ではなく、「助けなければならないから助けた」という哲学を持つ男なわけである。才人のセリフだけを真に受けた人は、きっと大きな思い違いをしているに違いない。


「どうして助けたの?」という問いに「理由はない」と答える、決まり文句のような問答だ。だが実際、この答えは真理なのではないかと思う。ぐだぐだ説明している作品もあるが、それこそそういうことは、読者に考えさせるべきではないだろうか。ブルーバードは、飛ぶ理由を教えてくれない。どうしてそこまで、蒼い空や光に憧れるのか、教えてくれない。ただ、飛び立った。だからそこに感動がある。感動は理屈ではなく実感だ。仏教の悟りと同じである。

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