第8話 怪人降臨
「――マジっすか先輩すごいっすね!」
「そうッスよ! 先輩Bランク相手に立ち合えてましたもん!」
「おうよ! 俺ももう少しすればAランクになれるからよ――あぁ? 誰だお前?」
廃材置き場には、夜襲をかけるために集結した者達がたむろしている。それぞれが手に武器となり得る物や、そして各自の能力や杖を見せ合っている。
穂村はそれを一瞥して、特に相手することもなく通り過ぎようとする。しかし一人が穂村が関門だったことに気づき、通せんぼをする。
「これはこれは、Aランクの関門である穂村正太郎さんじゃないですかぁ」
「……」
穂村は行く手を阻まれるなりその場に立ち止まったが、黙ったままた。
抵抗する様子が無いのを見て、周りの者は穂村をゆっくりと取り囲みにかかる。
「お前を倒したら、一気にAランクになれるって話だもんなぁ……」
穂村はそれを聞いても動じることはない。今さら低ランクを相手にどうでも良い。
「だからよ、大人しくぶっ倒されてくんねぇかな!」
手のひらから電気を作り出し、それを充填させ雷の槍を作り出す。
「痛いのは一瞬だからよぉ!」
穂村はその槍に対し戦闘態勢をとることもなく、ただ突っ立っているだけであった。
しかし徐々に、何もしていない穂村の周りの気温が、熱されて上がり始める。
死んだような瞳に紅い焔が宿り、無感情な顔から口元が歪み始める。
「――鬼塵煉葬」
うっすらと笑みを浮かべ、そして全身にうっすらと粉塵が纏わりつく。そして周りの敵を焼くために、その熱が暴走を始める。
「――暴灼舞刃」
熱を帯びた剣が――見えない剣が、空間を熱で歪めて現前に現れる。辺りの者はそれに気づかず、ただ気温が上がったことぐらいにしか感じ取れない。
――剣が閃き、殺戮が開始される。
「ぐぁあぁ!?」
無差別な切り傷と、真っ黒な焦げた跡を作り出す。空を切る音と悲鳴が、裏路地に響き始める。
雷の槍などもはや子供の遊び道具として弄ばれるのみ。その腕ごと焼いて、相手の戦意など完全に消し去ってゆく。
「……ヒャハ、ヒャハハ、ヒャハハハハハハハハハァ!!」
怪人は笑う。やっと自由になれた。やっと穂村正太郎の手から、主導権を握った。
瞳を紅蓮に染め上げて、髪を熱気で逆立てて、怪人はとうとう解放されてしまった。
「キヒヒヒャ、やっとだ! やっとオレ様は自由になれた!! 十年! 十年掛かってオレ様はここに立っている! あのクソ野郎の相手ももうしなくていい! オレは、オレ様は、自由となったのだ!!」
下卑た笑いを轟かせ、穂村はその両手に火をともす。
その火は赤黒く燃えさかり、倒れる者を焼きつくさんと猛威を振るう。
「助けてくれ……!」
「キヒャヒャ、イヤに決まってんだろぉが!」
今まで内に潜んでいた怪人は絶望に笑みを浮かべ、命の灯火すらかき消さんとその勢いを上げる。
笑う怪人は地面に両手をつけ、その焔で辺り一面を焼きつくさんとしたが――
「――どういう事? アンタあの子はどうしたの!?」
路地裏のチンピラどもはいつの間にか消え去り、代わりに一人の少女がその場に立っている。
「……時田マキナァ! テメェ、何の用だ!?」
熱を上げ、怒声を響かせ威嚇する。
その場に炎は見当たらないものの、明らかにこの場ではありえない異様な熱気を前にして、時田もたじろいでいた。
そして普段彼女が知っている穂村とは違う、完全なる敵意、殺意、悪意を時田は向けられている。
「……アンタ……誰よ……?」
時田が言うのももっともであった。紅蓮の瞳に逆立つ髪の毛。そして何よりも重要なのは普段とは明らかに違っているその性格。
「……オレ様か? オレ様はテメェの知っての通り、穂村正太郎だぜ?」
「違うでしょ!? アイツはアンタみたい下衆野郎じゃないわよ!」
それを聞いた怪人は呆れたような表情となり、その場に吐き捨てるかのように時田を評価する。
「ケッ……半年間穂村と戦ってきて、オレ様と直で出会わなかったのは本当に奇跡だよなあ?」
時田の目の前にいる怪人は、時田本人が知らないところで何度も会っているような素振りである。
「テメェの能力をオレ様は知っている。『観測者』……時を操る力ってずりぃよなぁ。しかし今のオレ様の力を、テメェは一切知らねぇ」
穂村は不敵に笑うが、時田はそれが気に喰わずに食って掛かる。
「何言ってんの!? アンタの能力は『焔』で――」
「ザァンネン。赤点ぎりぎり回避位の点数をあげようか?」
時田の知らないうちに、羽織っていたコートに火が付き始めた。
時田はそれを見て瞬時にコートを脱ぎ捨てると、一瞬で焼け落ちる自分の服を見て動揺する。
「アンタの能力で、炎無しで焼くことは――」
「出来ちゃうんだよなぁコレが」
辺りに点々と火が付き始め、熱気が立ち昇りだす。炎はすぐに燃え広がり。焼け崩れた木材が熱気で灰と塵を巻き上げている。
すでに時田の周りは炎で取り囲まれ、まるで地獄の一丁目でも再現しているかのようである。
目の前の穂村は額に手を当て笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいる様であった。
「ククク、まぁオレ様のためにも、そして中でふてくされてる穂村くんのためにも死んでくれよ!」
「何ですって……!」
「ヤベッ、喋りすぎちゃった」
失言をしてしまった目の前の怪人は口を塞ぐと同時に、目の前の少女の口封じに取り掛かる。
「もうこれ以上詮索すんなっつぅことだ!」
炎は無くとも粉塵が舞い、それが通り過ぎた後には黒い焦げ跡ができている。
時田はそれを冷静に回避し、穂村の眼前まで近寄ってくる。
「目を――覚ましなさい!」
時間を極限まで遅くしてからの高速延髄切り。
穂村は無防備にその衝撃を受け、派手に燃えさかる廃材置き場へと蹴り飛ばされる。そして組まれた廃材は派手に吹き飛び、炎の中へと穂村の体は消えてゆく。
「……今のショックで元に戻ったかしら……?」
時田が体に着いたすすを払っている間にも、出てくる様子は一向にない。しかし廃材の中では、大きな怒りを持った魔人が生まれようとしていた。
「……ブッ殺す」
――憎い。
目の前の少女が自分より強いということが。
穂村正太郎は強くならねばいけない。
誰よりも、何よりもだ。
――燃えさかる炎の中から怒れる焔の魔人が現れる。魔人の上半身は五メートル以上に立ち昇り、その左手を大きく振りかぶっている。
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
その左腕が急激に膨れ上がり、辺りの熱を急激に吸い取り始める。
「灰拳――」
炎を纏った拳が、時田の頭上へと振り下ろされる。
「くっ……!」
時田は寸前のところで時間を停止。すぐさま遠くへと回避行動をとる。直撃コースを避け、すぐさま反撃に転じる事ができる様場所を変える。
――そして時は再び進み始める。
しかし時田の行動は塵と消えるようである。
「――爆砕!!」
拳が地面に接すると同時に、大きな地響きと、辺り一面を覆う赤黒い爆発が時田を襲った。
「カスが! 逃げても意味ねぇんだよ!!」
粉塵を伴った爆発は、都市のどこからでも見ることができた。
赤々とした火柱が立ち昇り、その場所だけ夕焼けのように赤く染まっている光景は、見る者に畏怖の心を植え付ける。
「ヒャハハハハァ! 死んじゃった!? ねぇ死んじゃった!? ヒャハハハハァ!!」
魔人の頭の上で、灼熱地獄に下品な笑い声を轟かせて、穂村正太郎は立っていた。その黒い髪は灰色に染まり始め、その目は更に紅くなってゆく。
――怪人は更に、その肉体の主導権を握ろうとしていた。
♦ ♦ ♦
地響きが病院内に響き渡る。天井の照明は点滅し、足元がふらふらとする初めての感覚にイノは混乱していた。
「な、何が起きたのだ!?」
「どっかでドンパチやってんでしょ? 私がいるんだから、安心しなさいよ。これでも一応Aランクなんだから」
ラシェルは先ほど牧野から包帯を巻きとってもらったことで傷は完治していた。元に戻った顔でふふんと自信ありげに言うものの、イノはそれに不満らしくラシェルの方を指さして反論をする。
「でもしょうたろーにボロボロにやられていたではないか!」
「うっ……トラウマになってんだから言うの止めてくれる?」
ラシェルは忘れようとしていた心の傷を掘り起こされ、再び頭を抱え始める。
「あれ本当に怖いんだから。あのことを考えると頭が痛くなるし……」
「ふん、わたしを捕まえようとした罰だ!」
イノが得意げに言っているが、実行したのは穂村だ。ラシェルが怯えているのは穂村の事だけであり、イノの事など怖くもなんともない。
「……でもあの時のしょうたろー、ちょっと怖かったぞ……」
しかしそのイノにとっても恐怖の対象でしかないのであろうか。あの時の穂村はまるで別人のような性格と、実力を持っていた。正直常にあのままでいられるのであれば、Sランクも夢ではないはずだ。
ただし、あの暴走する残忍性を除くことができればの話ではあろうが。
「……そういやさ、最初にあいつと何やってたわけ?」
「トランプ!」
そう言ってイノは得意げにトランプを切り始めるが、札は段々バラバラになってゆきシャッフルなどできなくなってくる始末だ。
「むぅ、しょうたろーはうまく混ぜていたが……」
「貸しなさいよ」
ラシェルはイノからバラバラになったトランプを受け取ると、まずはそれを綺麗に揃えなおし、トランプを綺麗に切り始める。
「懐かしいなー。最初の頃に札を使った魔法とかにも手を出してたっけ」
ラシェルはトランプを右から左へ綺麗に飛ばすなどして、イノの目を引き付けている。
「どうやったらそんなに上手くなるのだ?」
「練習すりゃこのくらい簡単にできるようになるよ」
そうはいっても既に人知を超えたレベルのシャッフルを始められてはラシェルの説得力もなくなってくるものだが。
「……ちょっとした手品してあげるよーん」
調子が戻ってきたのかその口調も調子づいたものとなり、昔習った手品を一つ見せてあげる事になった。
「てきとーにシャッフルするから、適当なところでストップって言ってね」
そう言って普通のシャッフルを始める。イノはその様子をじっと見つめた後、言われた通りにストップの合図を送る。
「ストップ!」
「じゃあ私に見えない様に一番上のカードを取って、そのカードを覚えといてねー」
イノはカードが見えない様にコソコソとした様子で確認をする。その姿がラシェルにとっては滑稽に見え、自然と笑いがでてくる。
「むぅ、なにを笑っているのだ!」
「ハイハイごめんごめん。そんなに必至だと笑えて来ちゃって」
イノは不服そうにカードを戻すと、ラシェルは再びカードをシャッフルし始める。
「でね、これからイノちゃんにもシャッフルしてもらうんだけどいいかな?」
「めちゃくちゃになってしまうがいいのか?」
「そうじゃないと、手品にならないじゃん」
イノはどうなっても知らないと言わんばかりにカードを切り始めるが、カードを切るたびに一枚、また一枚と飛んでいく姿を見ると、もはやこらえることなどできなくなる。
「くく……どうしてそんなに飛ぶのかなぁー? クスッ」
「うるさい! つべこべ言う暇があるなら拾ったらどうだ!」
拾うも何も最初から散らかさなければよいだけの話であるが。
「……もういーい?」
「あと十回……」
十枚トランプが飛び散ったところでイノはその束をラシェルへと渡す。
「じゃあ今からイノちゃんが引いたカードを当てま――」
「すみません! 誰かいらっしゃいませんか!?」
ラシェルが視線を向けた先には、銀髪の少年が両手を膝につけてたった今まで走ってきたという様な素振りで玄関に立っていた。
「すいません誰か――」
「どうしたのだ!?」
イノが相手をよく知らないまま飛び出していくのを見て、ラシェルもその後に続く。
「お前は、しょうたろーと戦った奴だ!」
イノの言った通りその少年の正体は之喜原涼、Bランクの能力者だった。しかしその表情に余裕など無く青ざめており、一行の猶予を争うような状態にも見える。
「ああ良かった! 誰か穂村さんを助けてやってください!」
穂村と聞いてラシェルが想像するのは一人しかいない。
「穂村って、穂村正太郎の事!?」
「その通りです! 彼が通りで全身から火を噴き出したまま倒れていて、近くの研究所に運んで応急手当てをしているところなんです!」
もしや彼が自暴自棄になって、自ら死を選び取るような行動を取ったというのか。そしてイノは研究所と言う単語を聞いて、無意識のうちに身構えてしまう。
「どこの研究所!?」
「第八研究所です!」
「……っ!」
イノはその言葉を聞いて、思わずラシェルの後ろに隠れてしまう。
――奇しくもそこは、イノが脱出を図った研究所だった。
「……イノちゃんどうしたの?」
「……」
之喜原はイノが震える様子を見て、すぐそばまで近寄ってどうかしたのかと容態を問う。
「大丈夫ですか? 顔色が優れない様で――」
「……だ……大丈夫だ……」
「では先に向かってあげてください! 僕は牧野さんと話をしてきますから!」
「分かった! イノちゃん、行ってあげなきゃ!」
「わ、分かったぞ……」
ラシェルとイノは病院の玄関を飛び出す。するとどこから飛んできたのか、細かい灰や塵が目の前を舞っている。
「……もしかして、これは……」
イノは宙に舞う灰を手に取る。
――まだ熱い。さっきまで火を纏っていたようだ。
「……いくぞ!」
イノは決心をする。今まで助けてくれた穂村のことを思えば、研究所など怖くもなんともない。
「イノちゃん! これに乗って!」
駐車場にてラシェルがまたがっているのは箒だ。既に魔法陣によって制御されており、いつでも飛びたてる準備ができている。
「どうするのだ!?」
「これでひとっ飛びするってわけ! しっかり捕まってなさいよ!」
「分かった!」
夜の闇に、魔女と少女が飛び立って行く。
之喜原はラシェルとイノが飛び立ったのを見送ると、小さく笑みを浮かべる。
「……ふぅ、これで全て準備が整いました。後は実験相手となる『焔』を呼び寄せるだけですね」
之喜原はそこで初めて心からの笑みを浮かべると、今度は診察室の方へと向かって行った。




