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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―データ争奪内乱編 前編―
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第一章 第二話 執念深き男

 ほぼ同時刻、第十二区画内のとある研究所にて――


「――今は本格的に動かない方がいいわ。貴方も『全知ソシオリズム』程じゃ内にしてもそれなりにメンテナンスに気を使っているのだから」

「んなこと知ったことか。俺の体調は俺が一番分かっている。それに、いつも相手している機械ザコならこれくらい丁度いいハンデだ」

「機械化された時点で、その部分は貴方の身体じゃないわ。それと、今日の相手は特別だから貴方も本気で戦いなさい」


 鎖につながれた猛獣ごとく椅子に備え付けられた拘束具に両手足を縛られて、精密機械から伸びるいくつもの管に刺された身体を晒している金髪の少年。彼の風貌は、常人のそれとは風貌がかなり異なっていた。

 右目からこめかみにかけて、そして右腕と脊髄に当たる部位が、まるで蝕まれているかのように機械化マシナライズされている。

 全身の機械化を進行させるナノマシンに犯された少年、騎西きさい善人ぜんと。元は力帝都市においては無能力者の不良集団、Dランクの頭文字から俗に『ダスト』と呼ばれる集団の中の一人に過ぎなかった。肉体も一切機械化されておらず、耳と目の周りに金属のピアスを埋めていたくらいで、現在のような奇怪な姿にもなっていなかった。


 ――第十四区画で、『穂村正太郎』と出会うまでは。


「ちゃんと戦闘時以外はできる限りナノマシン進行の抑制をかけておかないと、これ以上無茶な機械化をすれば今の貴方が持っている意識なんて消えてしまうわよ?」

「その程度で消える意識なんざ持ち合わせていねぇよ。少なくとも、穂村をブチ殺すまではなぁ!」

「はぁ……最初は阿形あがたくんのところで良い拾いものをしたと思ったんだけど……まあ、鎮静プログラムをちゃんと読み込んでくれる分だけ他のダストよりはマシね」


 大口を叩く騎西であったが、それもまたいつものことだと言わんばかりに普段通りの作業を進めていく女性の研究員。彼女の名は数藤すどう真夜まよ。力帝都市外で改造人間サイボーグ計画を進めていた阿形あがた夢次郎ゆめじろうの元で助手という形で働いていた際、被験者である騎西の監察官という立場で彼と出会うこととなった。以降阿形の研究を引き継ぐという外聞で、彼を引き取って自分の研究を進めていく片手間に面倒を見ている。


「……またいつもの()()か?」

「今回は、少しばかり違うわ」


 椅子に縛り付けられ、身体にチューブを通された状態で移動式の床に乗せられる騎西。彼の言う食事とは、普通の人間が行うような経口摂取によるものではなく、別のものを示唆している。

 『Get Enemy’s Technology』――通称『G.E.T』と呼ばれる自己複製ナノマシン。それは彼の体内の隅々まで既に潜伏しており、今現在彼が半分機械の身体と化しているのもこれが原因となっている。元々は医療目的として義手義足の代わりとなる筈の研究が、今となっては彼の全身を蝕んでは殺人兵器へと自己改造させていくウイルスのようなものへと変貌をとげていた。

 そしてこのナノマシン、元々の特徴としては体細胞の代わりとなるだけの代物だったのであるが、今となっては積極的に体細胞を破壊しては成り代わっていずれは全身を機械と化すようにプログラムされている。それを抑制する為には、ナノマシンに既に機械化が完了していると“勘違い”させ続けることが必要となっている。

 騎西善人が言っていたのは、その為の食事であった。


「もう身体に機械取り込むのにも限度があるんじゃねぇの?」

「そこは大丈夫よ。低次元圧縮プレスデータを使って体内においてもまさにナノマシンレベルの小ささに――」

「俺がそんなこと理解できるくらい頭良いように見えるか? 大丈夫なら大丈夫の一言で十分だっての」

「……そうね。可哀相な頭に配慮できなかった私が悪かったわ」

「ケッ! ……それで、次の相手は何だ? 二足歩行の軍事兵器か? それとも戦車か?」

「いいえ、いずれとも違うわ。でも、少なくとも――」


 「貴方が楽しめる相手よ」という言葉を最後にして、騎西は椅子とチューブをつないだ機械とともにエレベーターに乗せられる。行き先はいつでも、同じ場所である。


「……テストルーム行きってことは、大がかりな相手じゃないってことは確かだな」


 予算軽減の為か、防護用の壁がない剥き出しのエレベーターに乗せられた状態で悪態をつく騎西。大抵の場合はこのエレベーターに乗せられている間に既に吸収している無線機越しに相手の情報を数藤から得られるが、今回は何もアナウンスがなく無言のままエレベーターが下へ下へと進んでいく。


「……結局、誰が相手だろうとぶっ壊せばいいんだろ」

「“もしそれができれば、自由に地上に出ることを許可するわ”」

「マジか!? だったら速攻で終わらせてやるよ!」


 エレベーターの停止とともに遠隔で拘束具が外されると、騎西は差し込まれていたチューブを自力で外して開いたエレベーターの扉からいつもの部屋へと足を踏み入れる。


「……今回はとくにひねりがねぇようだな」


 何も設置されていないだだっ広い空間。ここは本来ならば変異種スポアの能力開花に使われるこの部屋は、能力使用に敵した環境にいくらでも変化することができる。

 望みであれば全てを焼き尽くしかねない程の日によって照らされる砂漠のど真ん中に、望みであれば土砂降りの廃墟の最中に。それら全ての環境を満たすことができるこの空間が今回再現したのは――真っ白な空間、無の空間だった。


「――ってことは、純粋な殺し合いってことか」

「“それじゃ、今回の相手を紹介するわね”」


 いつもであれば、向かい側の大きな扉から現れるのはその扉にふさわしいだけの巨大な質量を持った兵器、あるいは機械だった。しかし今回姿を現したのは――中世ゴシック西洋ロリータドレスに身を包んだ一人の少女だった。


「あぁん……? ……人間、だと?」

「“その通り。だから言ったでしょ? 今回は食事じゃないって”」

「貴方が数藤が最近ご執心の人かしら? 確かに元ロボット工学のパイオニアのお気に入りになるのも分かる気がするわ」


 快適な室内とはいえ厚手の服を着こなすこの少女、よっぽどのゴスロリマニアでも無い限りは単に季節感のない人間とでも思ってしまうかも知れない。しかし事実ここまでは確実にドレス姿で来ているのだから、少なからず奇抜な人間だと想像ができるだろう。

 しかしそんなことよりも騎西にとって気に入らなかったのは、自分と同年代と思わしき少女に上から目線で口をきかれたという部分だった。


「なんだこの女、舐めてんのか?」


 舐めてるのはむしろ貴方の方よ、と数藤は思わずマイク越しに言ってしまいそうになるが、ここはあえて見物に徹しようという決意を込めて、必要最低限の情報を騎西に伝える。


「彼女の名前はアクア=ローゼズ。Sランクの能力者で、能力検体名は『アンサー』。身体強化フィジカルチューン型の――」

「御託はどうでもいい。やり合えば分かるだろ」


 少なくとも相手がSランクということだけでも頭に入れておくべきでは、と相手となっているアクアも少し呆れたような表情を見せたが、対する騎西はそんな余裕などすぐに潰してやるとでも言わんばかりに機械化した右腕をブンブンと回してウォーミングアップを始めている。


「まっ、お馬鹿さん相手に何時までも付き合うワタクシではないので、さっさと開始の合図を頂戴」

「“いいけど、故障させるようなことはしないでね”」

「大丈夫よ。見た感じ、いいとこBランクくらいでしょうし」


 安い値踏みをしては余裕綽々のアクアの様子を見て、騎西はまず最初に一泡吹かせることを決意する。


「開始の合図はまだかよ数藤」

「“貴方たち本当にせっかちね……いいわ。じゃ、実験開始”」


 最初とは違って取り組む姿勢にやる気を失ってしまった数藤の合図と同時に、騎西は即座に機械化した掌を前へと突き出し、そこに大砲を精製し始める。


「挨拶代わりに消し飛べッ!」

「あらあら、無粋な人ね――」


 次の瞬間には轟音とともに掌から相応の火薬を携えた砲弾が撃ち出され、真っ直ぐにアクアの方へと飛んでいく――筈だった。


「――無駄よ」

「なっ!?」


 砲弾は、アクアの人差し指たった一つで止められていた。否、正しくは人差し指の先に精製された巨大な水の塊によって勢いを殺されていた。


「そういえば数藤、この部屋の湿度はどれくらいに設定しているのかしら?」

「“水源がない分貴方に若干有利になるよう、七十パーセントくらいかしら”」

「もう少し欲しいくらいだけど……まあ、丁度いいハンデね」


 彼女アクアが何故湿度を聞いたのかはさておき、騎西は生まれて初めて戦う相手に対する格の違いというものを感じ取ることになる。


「……強いな……」

「あら? 猪突猛進に来るかと思ったら、それなりに考える頭を持ち得ているようね」


 それまで無能力者として、Dランクという立場で過ごしてきた騎西にとって、相手が圧倒的に強いという状況は何度も味わってきた経験である。しかし『G.E.T』によってそれなりの実力を身につけた今となって、それまでの経験とは違うものを感じ取ることができている。

 自分の中で基準となる力がある分、相手との力量を測ることができる。それまで無力(Dランク)だった騎西にとって、相手と自分との力の差を知ることは、とても大きな経験となり得た。


「“どうかしら? 以前穂村正太郎と戦った時とは違って、五分と五分じゃない戦いをするのは初めてじゃない?”」

「ケッ、んなもんダストの時からずっと味わってるっつーの!」


 遠距離攻撃は無効化――ならばと即座に接近戦を仕掛けようとする騎西は、背中の部分にジェットエンジンを精製させると、そのまま真っ直ぐに高速飛翔をして攻撃を仕掛けようとした。

 ――しかしそれもまた、アクアの力を前に不発に終わってしまう。


「ふぁわ……そろそろ物理攻撃は聞かないって学習できたかしら?」

「んだと――ッ!?」


 沼に杭――この場合は水に杭といった方が正しいであろうか。真っ直ぐに撃ち出した右ストレートは本来ならばアクアの動態に突き刺さり、そのまま吹き飛ばしていく筈だった。

 しかし結果は水によって透過されたアクアの身体を貫通するだけで、文字通り無力化されてしまっている。


「それにしても、いきなり女性の懐に入り込むだなんて、がっつく人は嫌われるわよっと!」

「くぅっ!」


 騎西が右腕を引くと同時に、今度はアクアの方からの攻撃が仕掛けられる。

 右手で拳銃を模れば、そこから放たれるは高水圧で圧縮された水の弾丸。それは騎西の生身の部分を易々と貫通していく。


「グハァッ!」

「あらごめんなさい、機械の部分を撃ち抜いた方が痛みを感じずにすんだかしら?」

「“ちょっとアクア、あまり生身の部分にダメージを与えないでくれるかしら。一応鎮静剤が効いているからいいけど、下手に機械化マシナライズされるのは御免よ”」

「そうなの? 気をつけるわ」


 戦っている最中であるにもかかわらず、相手は数藤と会話ができる程の余裕があり、かたや数カ所を弾丸で撃ち抜かれるという大きな負傷を背負った状況。まさに圧倒的な力の差が、二人の間にまざまざと現れている。

 しかし実力の差を見せつけられてなおも悪あがきをする元Dランクの少年が、今回の相手だということをアクアは知らない。


「……舐めやがって。俺を、誰だと思っていやがる……!」

「残念だけど、ご存じないわ。少なくとも私、Bランク以下の方々をいちいち覚えるつもりはないから」

「だったら今日この日から頭に刻み込めよ……諦めの悪い男の名前を、執念深い男の名前を……騎西善人って男の名前をよォ!!」

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