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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第七章 第十二話 Execute

「――これだけあればしばらく買い出しは必要ないわね」

「ああ、そうだな……」


 いつか見た光景。それは上機嫌に先頭を歩く時田と、両手に重々しい紙袋を抱えた穂村という光景。ただ違っているのはイノとオウギ、守矢四姉妹画素の後を追っているということ。彼女達もまた、穂村正太郎と一緒にいることに少なからず笑みをこぼしている。

 そして――子乃坂ちとせが一番後ろを歩いている。しかし彼女は決して笑みを浮かべず、沈んだ表情のままで穂村の背中を見つめていた。


「…………」


 あれは私が知っている穂村くんとは違う――今目の前を歩く少年は、確かにあのときとは違っている。自分を含めて全てがどうでもいいなんて、見下したような言葉を吐くことをしない。

 ――なによりも自分が化け物だということを、変異種だということを受け入れるような人間じゃない。


「……穂村くん。貴方に一体何が起きたの……?」

「一体何が起きたか知りたいかぁ? クヒヒッ」

「っ!?」


 一番最後尾。誰も子乃坂のために振り返る者などいない。何故なら彼女達の中心は穂村正太郎だから。


「いいよなぁあのクソガキは。あの時テメェを見捨てて、今度はまた新しい女をはべらせてよぉ……」


 いつの間に背後をとられていたのか、見当もつかない。もしくは子乃坂自身もまた穂村正太郎を想っていたからこそ、気がつかなかったのかもしれない。

 スーツ越しでも分かる細身の体型――蛇塚恒雄が、子乃坂のすぐそばに立っていた。


「貴方は……!」

「おぉーっと、大人しくしろよ。せっかくテメェだけが気づいたってのによぉ」


 あのときと変わらず四十五口径の拳銃マグナムを何の躊躇もなく引き抜き、子乃坂のこめかみにあてがって強制的に閉口させる。蛇塚はそうして子乃坂だけを足止めし、そっとその場から子乃坂だけを引き抜こうとしている。


「あ……」


 そうこうしている間も誰も気がつかないのか、全員が子乃坂に背を向け、そして周囲の人間もまた、子乃坂と蛇塚が見えていないかのように振る舞っている――否、市長直々の無法地帯宣言を知っているから、元より力帝都市にいるDランクの人間は余計なトラブルに巻き込まれないように見て見ぬフリをしている。

 誰も助けてくれない――あのときとは違う、真の絶望を前に口をパクパクと動かし、ほおに一筋の涙が流れる。


「いいねぇいいねぇ、クヒャハッ! そんな面の女を犯すときが、オレ様は一番興奮するんだよ……」


 蛇塚の背後に、巨大な空洞が開く。それはかの市長が移動する際に使用するものと同様のものである。しかし子乃坂にはそんなことなど知る由もない。ただただその背後の空洞が、穂村との今生の別れを示しているのだと、あの空洞に飲み込まれれば最後、二度床の世界には返ってこられないのだと直感的に理解した。


「……助けて――」


 蛇塚に肩を捕まれた子乃坂。

 ならば、殺されてもいい。もう二度と、絶対に会えないのならば、愛しき人の名を叫んでさよならを告げよう。


「――穂村くん!!」

「ッ!?」

「テメェ! 最後の最後に――」


 ――蛇塚が異変に気がつき、そして蛇塚のバックにつく者が空洞を閉じようとするその瞬間――穂村はその身に『焔』を纏う。


「――子乃坂ァッ!!」


 振り返りの一瞬の切り取られた場面。しかしそれだけで穂村の沸点を易々と突き抜けるには十分な光景であった。

 いるはずのない蛇塚が、またしても子乃坂を連れ去ろうとしている。それだけで穂村をブチ切れさせるに至るまでは十分すぎていた。


「オオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 両手の紙袋が燃え落ちようが関係なんと言わんばかりに、それまでにない膨張をする炎の拳。子乃坂ちとせ以外などもはや目に入っていないという意味をもたらすかのように、あたりを気にせず爆風にも近しい暴風をまき散らして、穂村はまっすぐに飛び立ち、流星のように空洞へと突き進んでいく。


「おっと、じゃここからお願いしますよ、『市長』」

「言われるまでもなく!」


 ――しかしそんな二人の間を引き裂くように、隕石のような突進を片手で押しとどめる最強の存在が穂村の前に立ち塞がる。


「なっ――」

「まったく、いくら無法地帯とはいえ我が招致した力帝都市の外部の人間に手を出すとはな……」


 無論、これは市長が都合よく言い出した大義名分に過ぎない。しかしそれにより『全能』たる市長が、わざわざAランクの関門ごときに手を出すことの意味付けを行うことができる。


「客人に手を出す前に、貴様の相手は我だということを知れ」

「ケッ! だったらテメェから先にブチ殺して――」

「ちょっと冷静になりなさい『フレーム』!」


 状況の整理もつかないまま、この場において最も冷静な判断を下すことが出来ていたのは時田マキナただ一人だった。全能たる相手を前にしても恐れを知らず突っ込もうとする少年を、相手の力量を観ることができる少女は必死に止めようとしている。


「確かに今アンタの前であの子が連れ去られたかも知れないけど、その前にアンタの前に立っているのは『全能メガロマニア』よ! これまでの敵とは訳が違う――」

「相手が誰だろうと“オレ”にはどうでもいいんだよ!! オレはただ、“二度と”子乃坂に――」


 ――“二度と”? 違う。俺はあの時寸前で子乃坂を助けた筈………………記憶に、矛盾が生じている? 違う。オレは俺だ。


「――俺は子乃坂を守るって、ずっと前から決めてんだよ!!」


 拳を止められたというのであれば、足がある。穂村は即座にその場で両足に紅蓮の炎を纏い、そしてブーストをかけてその場で高速回転、踵落としを繰り出す。


「フフフ、記憶の矛盾か……面白い。どれが正しく、どれがうつろか、分かるはずもあるまい」


 意味深長な言葉を吐きながらも踵落としを軽くいなすと、今度はお返しにと市長はカウンターのアッパーカットで穂村の顎を打ち抜く。


「ガハァッ!!」


 穂村の進行方向は九十度変わり、一回二回と宙を舞って地面に身体を叩きつけられる。


「フハハ! やはり、“弱い”な」

「――ッ!」


 市長の挑発ととれる言葉は、穂村に深くつき刺さった。

 オレが――弱い? 子乃坂を守れない程に、弱いとでも言いたいのか……?


「――あのクソったれの噴火野郎と、一緒の言葉を吐いてんじゃねぇッ!!」


 更に速度を上げて今度は後ろへと下がって空を飛び、遠距離からの攻撃を仕掛ける。


フィンガーフレアファイブ――緋弾乱舞バレットダンス!!」


 右、左と交互に振るい、両の手から放たれる十の火球。それを市長は鼻で笑うとともに、片手を突き出してそこから十を超え千に至る程の連続の火球で技を返す。


「がっ、ごっ!!」

「フハハハ! 弱者程ほざくものよ! 自らの弱さを包み隠したいが故に、キャンキャンと子犬のように!!」


 圧倒的と言える地力の差だった。片や全力で力を振るい、片や手を抜くという意味で片手で軽くあしらい、そして相手には致命傷を与えるほどの実力差。それまで空を飛んでいた穂村も、まるで蚊蜻蛉のように煙を上げて地面へと再び墜落する。


「市長! これは一体どういうことです!」

「守矢四姉妹……貴様等まで手を出すなら、我もまた貴様等を滅さなければならなくなるぞ」


 小晴の乱入をたった一言でねじ伏せるとともに、いつでも殺すと言わんばかりの鋭い視線で時田を牽制する。

 誰しもが分かっている。この力帝都市で市長に逆らうことが、市長に戦いを挑むことが、どれほど無謀だということなのかを。

 しかしそれを意に介することなく、堂々と時田達の先頭に立って、この戦いに異議を唱える者がいる。


「しょうたろーに酷いことをするな! お姉ちゃんもそう言っているぞ!」

「貴様等は……ああ、アダムの作った『出来損ない』共か」


 本物の『全能』を語る者にとって、まがい物など不愉快。ましてや今から戦う相手の見方となれば排除する以外に何もない。


「光栄に思え。本物の『究極の力』というものを、貴様に見せてやる――」

「イノとオウギにまで、手を出してんじゃねぇええええええええええええええええ!!」


 紅蓮から蒼へ。それまでよりも更に苛烈に、そして鮮やかな焔を巻き上げて、穂村正太郎は再び市長へと立ち向かう。


「ハァ……芸のないことだ」


 二年前、『全知』はこの焔を前にして驚愕の表情を浮かべた。しかし今、目の前に立つ『全能』は失望と呆れが混じったかのようなため息を漏らしている。


「無駄だというのが分からないのか」


 再び繰り出される拳を片手で受け止める『全能』。しかし先ほどとは違ってその表面ではジリジリと焦げ付くような音が発せられている。


「その割には焦げ臭ぇよなぁ市長さんよォ!」


 しかしこの挑発こそが、『全能』をほんの少しだけであるが本気へとさせてしまう。


「ッ!? ……Bランクの分際で、舐めるなァ!!」


 不可視の連撃。音速を超えた拳が奏でる肉を打つ音が、いくつにも重なって穂村へと襲いかかる。


「がっ――」


 もはや悲鳴や苦しむ声を上げる暇もない程に、穂村の身体を暴力的なラッシュが通り過ぎていく。打撃で打ち飛ばされれば、即座に市長もまた距離を詰めて更に追撃を加える。


「雑魚は大人しく寝ていろ!!」


 仕上げの回し蹴りがきれいに穂村の腹部に突き刺さり、そのまま無傷だった第三区画の建物へと人体を叩きつける。この時点でようやくというべきか、区画封鎖が始まり、周囲に避難放送が響き渡り始める。


「『全知』め、対応が遅いぞ」


 同僚に悪態をつきながら『全能』は一歩一歩と足を進め、瓦礫が巻き上げる土煙の中で伸びているであろうBランクの少年の元へと向かっていく。


「さて、このまま始末をして――何ッ!?」


 少年はただ土煙の中倒れ伏していたのではない。じっと力を溜めて、機会を待ちわびていた。

 ――最強の一撃を、確実に当てるために。


蒼炎砲ブルーバスターァッ!!」

「くっ!」


 全身を覆い尽くすかのような巨大な焔の渦が、まっすぐに市長の身体を飲み込んでいく。その熱量を前にして守矢四姉妹や時田、イノやオウギまでもがその場から離脱する。


「ちょっとこの場はまずいかも! イノちゃんもオウギちゃんも逃げるわよ!」

「でもしょうたろーが――」

「アイツなら大丈夫だから!」


 時田はこのとき、嫌な空気を感じ取っていた。まるでどこかで味わったことがあるかのような、真っ黒な闇を思い出させるような感覚。しかし今までにそんなものを穂村から味わった記憶はない。しかしそれでも、この原因が穂村にあるような、この場において一番危険なのは市長ではなく穂村だということが直感的に感じ取れる。

 そしてそれは、そのまま小晴にも当てはまっていた。


「和美、要。ほのかをつれてこの場を逃げて」

「姉さんはどうするんですか!」

「私は……このまま、正太郎さんの戦いを見届けます」

「いくぜぇ――――――――ッッッ!!」


 再び闘志に火がついた少年による、圧倒的な暴力ほのおの嵐。蒼き焔が渦を巻き、戦場を色鮮やかに染め上げていく。Aランクの関門と最強の市長との真っ向からの接近戦、しかし相手がBランクであろうとAランクであろうと、高速の打撃のラッシュを全て回避されては等しく意味をなくしてしまう。


「ッッラァッ!」


 両手足を使ったラッシュの締めとして弾丸のようにまっすぐに突き出す焔の蹴りを、市長は軽く交わしては攻守交代を仕掛ける。


「今度はこっちから行くぞ!!」


 焔の少年のラッシュなど児戯だとでもいわんばかりの、明らかに数段上のスピードでもって繰り出される連撃。全てがクリーンヒットとなって穂村の身体を蝕み、再びとどめとして壁に叩きつけられる。


「ゴハァッ!!」

「下らん……ちょうどいい。余興の準備も出来たようだ」

「ぐっ……」


 そうして穂村がみあげた先にあるのは、ビルの壁面に備え付けてある、普段であれば巨大な広告が延々と流れ続けている巨大なモニターであった。今回はそこに、穂村の逆鱗に触れた原因が明らかにこちらを挑発するかのようなふざけた笑みを浮かべて映っている。


「あーあー、マイクテストマイクテスト。聞こえるかクソガキィ。オレだ、蛇塚恒雄様だ!クヒャハッ!」

「蛇塚……」


 そうして蛇塚は恐らく見ているであろう穂村に向かって、大声で嘲り笑う。既に血にまみれて壁にもたれかかる穂村は、ただ一言憎むべき相手の名を呟くばかり。

 そして一人だけ映っているかと思われた映像に、それまで蛇塚の背後に隠れることで映っていなかった一人の少女が、椅子に縛り付けられた姿で映し出される。


「ところで……ジャジャーン!! ちゃんと映ってるぅ?」

「…………」


 猿轡を噛まされ、目隠しをされた少女。彼女は穂村が最も知る少女の姿であり、そして守るべき存在だった少女である。


「ッ、子乃坂!?」

「以前にも言ったよな? オレ様は優しいから、このガキが大人の世界でも一人で生きていけるように仕込んでやるってよ……テメェはそこで指でも咥えて見てろよ! オレ様による公開レ――」


 ――それ以上、穂村の耳に情報は入ってこなかった。というよりも、穂村正太郎への情報が強制的に遮断された。

 それはモニターが突然消えたから、というわけではない。相変わらず蛇塚の下卑た笑い声は響き渡り、少女は声にならない悲鳴を挙げている。

 ――しかしもう、穂村正太郎の耳には何も入ってこない。

 それはもう、彼が『穂村正太郎』ではなく、別の何かになってしまっていたからに過ぎない。


「……もう、どうでもいい」


 守るべきものなどないのであれば――俺は、オレは。こうなるくらいならいっそ、ただの『焔』であればよかった。しがらみも何もかも消し飛ばし、俺がオレではなくなり、たった一つの焔でいられれば幸せだった。


「……結局、俺は“オレ”でしかなかったのか……クククッ」


 こんな思いをするくらないなら……子乃坂も、己自身も、そして世界も――




 ――全て、真っ黒に焼け落ちてしまえばいい。


「何ッ!?」


 突然としてホムラの身に纏われる、深淵のごとき深い闇。蒼色の熱など軽く凌駕するような、真の地獄の炎。彼の中に渦巻くドス黒い憤怒を表しているかのように、ゆらゆらと揺らめいている。

 ――揺らめく黒。かつて穂村正太郎と呼ばれていた焔が、静かに立ち上がる。


「ヒャハッ……“どうでもいいから”…………“皆殺しにしてやる”…………」


 それまでの熱い少年の熱い想いを通り越し、灰のように枯れ果てた静かな声色が、初めて市長に恐怖というものを覚えさせた――


 読んでいただければおわかりかも知れませんが、一つ前のお話であった穂村の過去のお話。あれには嘘と真実が入り交じってしまっています。なので矛盾が生じているかもしれませんが、それで正しいと思っていてください。彼の都合のいいように書き換えられた偽物と、悲劇的な本物とが混ざっているお話という風に思っていただければ幸いです。

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