第二章 第三話 対称
――穂村正太郎、十四歳。
東京都のとある中学校にて、絶賛不良活動中。
「ハッ! 弱すぎんだよ!」
校内にて腕っぷし最強と言われている少年は、今日も元気に校庭にまできて喧嘩をふっかけて来る他所の学校の不良をぶちのめしていた。黒ではなく銀色に漂白された髪を風に揺らし、第一ボタンどころか前開き全開の制服の下に髑髏がプリントされたTシャツを着て、その手に返り血をこびりつけたまま穂村正太郎は嗤っていた。
「ぐ、つ、つええ……」
「第二中最強の俺に敵う訳ねぇだろ雑魚が」
校庭に野積みにされた不良の山に唾を吐きつけ、再び受ける気も無い授業を受けるべく教室へと戻っていく。
校内違反項目、多数(特に髪の漂白を染め直す様子など無し)。
成績、悪し(ただし体育を除く)。
注釈、問題児扱い。生徒界隈では『歩く核弾頭』と揶揄されるほどにキレやすく、暴力的と評判。
「あーあ、かったりぃなぁ……よっと!」
教室に戻った瞬間、椅子の上に足をのせてふんぞり返る。そしてそれを注意する度胸は、黒板の前に立つ大人でさえ持つことはできなかった。
――ただ一人を除いては。
「穂村君! また授業中に抜け出して! 授業妨害になるじゃない!」
「ハァ? 妨害していたのは俺じゃなくて外で単車フカシこいてた隣の校区のバカどもだろうが。むしろ俺は止めてやった方だ感謝しろ」
「違うでしょ! そもそも穂村君が先に喧嘩を売ったって言う話を聞いているんだから!」
眼鏡の奥に確かな決意。それは自分と同年代の不良少年を強制するという使命を抱いた、学級委員長の怒りの声だった。
「あ、あのー、子乃坂さん? あまり穂村君を刺激しては――」
「先生もそうやってすぐに特別扱いするから調子に乗るんですよ!」
そうはいっても仕方がない。事実『歩く核弾頭』というものは教師相手であろうと適用され、指導だと拳骨を下した体育教師を病院へと返り討ちにしていることが尚更に彼をアンタッチャブルなものにしている。
「ケッ! ゴミ掃除をしてやったのにこの言い草はねぇだろうが!!」
「何ですか! 元々穂村君がそんな格好をしなかったらいいんですよ!」
「んだとゴラァ!!」
この時穂村はまだ、自分の本当の力に気が付いておらず、またまともに扱えてもいない。故に相手を脅す時も炎を使わず、両手の指をパキパキと鳴らして威嚇していた。
「上等じゃねぇか! 表でろやオラァ!!」
「嫌です! 授業に集中したいので!」
「ンだとぉ~……!」
真正面から向き合う少年少女。それを止められるものなどもはや教室内には誰にもいない。にらみ合いが続く中、教室内の空気が悪化し、そして不思議な事に嫌な汗をかかせるような、妙な熱気が漂っている。
それも今考えれば穂村の能力のせいであったのかもしれないが、その妙な熱気も二人の衝突を見て感じているだけだというのがその場の通説であった。
「……チッ!」
そして女子に手をあげる気はないのかにらみ合いの末にいつも穂村の方が拗ねて教室を出ていくことで、一難が去っていくことがお約束となっているのであった。
◆◆◆
「――で、だ。今更になって何でオレんとこに来てんだよ」
「別に……ただ、会いたくなっただけかな。理由としてそれじゃ、ダメ?」
「ケッ、お疲れさんなこった」
パンに肉と野菜を挟んだだけのジャンクフードをかじりながら、穂村は中学校時代の穂村と同じ、ぶっきらぼうな返事を返していた。そして対面のソファに腰を深く降ろしているのは中学校のころとはまるっきり正反対の人格となってしまった、大人しい姿の子乃坂が静かにフライドポテトを頬張っている。
「……あの時からオレは加害者で、テメェは被害者で決定しちまったんだ。何を今更このオレに求める」
「クス、穂村君ってば相変わらずだね。確かに性格は変わっちゃったけど、私にとってはどっちも同じ穂村君だと思うな」
「ケッ……」
力帝都市の外ではたった一人だけ、目の前の少女だけがこの穂村が穂村ではないことを知っている。しかしそれでも同じ穂村正太郎の名前で呼び、そして怪人はというとそれを認めている。他の者とは違う、目の前の少女だけが許される呼び方だった。
「ハッ、それで? 改めて土下座して死んで詫びろってか」
「私がそう言う筈がないって知ってるのに、そういう酷い言い方をするんだね」
そう言って子乃坂は挑発するかのように穂村の目の前にポテトを突き出すが、穂村はそれを逆に一口で奪い取り、肘をついて呆れるような荒い息を漏らす。
「フフッ、餌付けされてるみたい」
「うるっせぇ。テメェが目の前に突き出すからだ」
普段の傍若無人な穂村とは違う、少しだけ普通の人間のような、傍目に見ればカップルの会話のような、言葉に棘があってもその本質としては単なるじゃれ合いのような空間が広がっている。
「ったく、どうするんだよマジで。聞いてる限りだと泊まるところも決めてねぇとかほざきやがって」
「だって泊めてくれるでしょ? 遊びに来たら」
「いや、だから……チッ」
子乃坂に弱みでも握られているかのように、穂村はそれ以上何も言えず、静かに席を立ってその場を去っていく。
「あっ、ちょっとお金払わないと――」
「アァ? ……金ならコイツ等にでも払わせとけばいいだろ」
穂村は引き返してテーブルの上から伝票を手に取ると、適当な近くの他の客のテーブルの上にドンと叩きつけて脅しつける。
「ナァ? 払ってくれるよなぁ快く」
気さくに笑って話しかけるが、決して見知った人間ではない。ただ己が力を知っていることを確認させるかのように、わざと相手の面を見て言葉を発しているだけである。
「クヒヒッ、クソ不味い飯だったが金を払わずに済むんなら旨い飯だ」
「ちょっと、穂村君! ……ごめんなさい。私が代わりに支払いますので、穏便に済ませて貰えますか?」
そう言って子乃坂はテーブルに乱暴におかれた伝票に手を伸ばそうとすると――
「いいよいいよ。その代わり彼女が俺らと付き合ってくれるならさ」
そう言って伸ばした腕を、テーブルに座っていた男四人のうちの一人が握って離そうとしない。
「ちょっと、やめてください!」
「いいじゃねぇか。ファミレス代も払えねぇ彼氏より俺らと付き合っちゃおうぜ」
「忘れられない一晩にしてやるからさ、な?」
子乃坂は知らなかった。普通の服装をしていながらも、不良と呼ばれる者がこの都市に存在していることを。そして相手が不良の類だと分かった瞬間、子乃坂は発作を起こしたかのように身体を震わせ始める。
「……っ、離してください!」
「嫌に決まってんだろ? それにあの彼氏、どうせCランクとかそこらだろうしげぼぁっ!?」
それまで黙って背を向けていたはずの穂村から、燃える足が突き出される。当然ながら子乃坂の腕を握っていた男の顔には靴の裏のような火傷の痕がきっかりとつけられ、ダウンしてしまう。
「オイオイオイ、確認したはずだよなぁ? このオレ様が、誰かってことをよぉ!?」
賞金首の話など、ましてやSランク級の賞金首の情報などがDランクに流れるはずがない。そこを抜かしていた穂村と、情報を得られなかった愚かな不良との間に生まれるのはただ一つ。
「クズが……消し飛べッ!!」
炙装煉成崩壊。穂村正太郎が編み出した多重爆破の技を簡易版にして目の前に撃ち出せば、壁に見事な穴が開き、そして爆風が外にまで衝撃を伝えて真っ直ぐに進んでいく。
「えっ、もしかして今穂村君、人を殺したんじゃ――」
「あのくらいでこの都市の人間が死ぬかよ。それより掴まれ。さっさと出るぞ」
都合よく壁に空いたクレーターから、穂村は子乃坂を抱き上げて空を飛ぶ。
「流石に人を運ぶなら、コッチの力の方がいいな」
そうして穂村は両足からバーナーのように火を噴いて、高速でその場を跳び経っていった。
――その姿を、とある人物に見られていることを知らずに。
「……ん? あれは……あぁー、またあの時と同じことを繰り返そうっていうのかヒーッハハハハハハ! 傑作じゃないか……」
今度こそ、お前が絶望する番だ。穂村正太郎――




