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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―アンリミテッド編―
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第四話 自由を手に入れた怪物

「……流石におもろいことになってきとるやん」


 一人テレビの前で、伽賀は情報クリアランスの規制のかかっていない映像を存分に堪能していた。


「まさかウチを一辺ぶち殺がしよった化けモンを表に引き出しよるとは、流石は『暴君の心(ブロークンハート)』、認識しよるもん全てに不快感をぶちまけてくれる奴やな」


 表情は笑みを崩さずにいるが、伽賀の手に握られていた一枚のポテトチップスは見事に砕け散っている所から、その見えない苛立ちが露わになっている。

「……殺したれ、灰の旦那。あの時ウチを焼きつくした時のように、消し炭にすればええねん」


 笑みで細くなった瞳の奥の怒りが表に現れるかのように、伽賀の後ろにはうっすらとした九本の狐の尻尾が見え隠れしている。


「――そしてあの時のように、後悔したらええねん……クヒヒッ」



          ◆◆◆



「ククククク、ヒャハハハハ……ヒャーッハハハハハハァ!!」

 画面の向こう側――第一区画、その戦場は熱と灰、そして破壊に支配されていた。

 連鎖的な炎熱による自然発火が次々と発生し、寂れた一画を火の海へと変えていく。その光景はまさに終末を予感させるかのように思える。

 そしてその引き金を引いてしまった愚かな少年と、撃鉄によって表に弾き出された灰燼だんがんによる戦いは更なる戦火を巻き起こしていく。


「くっ、どうして!? お願いだから“やめて”よ!」

「だぁーれがテメェの言うこと聞くかよ! つーか、オレ様に“指図”してんじゃねぇよブチ殺すぞ!! アァ!?」


 こめかみに青筋を立てながら、灰の怪人は落ちてくるビルの残骸を片手で砕き振り払う。

 怪人の言うことが尤もだった。どこの世界に他人の指図を受ける『暴君』がいるというのであろうか。


「むしろテメェがオレ様の命令に従ってそのままくたばれやァッ!!」


 地面を強く踏めば、不可視の熱が一直線に暴君の元へと突き進んでいく。


「ッ、“守って”!!」


 誰に対してではなく暴君は最後の抵抗を行うかのように叫ぶ。そしてそれに呼応するかのように地面は隆起し暴君と怪人との間に立ち、熱を全て受け止める。隆起した地面が焦げてドス黒く染め上げられるが、怪人の猛攻は止まらない。


「調子こいてんじゃねぇぞクソガキが!!」


 自分も穂村の肉体を使っている事を棚に上げて、怪人は次なる攻撃へと打って出る。


「塵は塵に、灰は灰に――」


 熱源が、広げた右手に集約される。そして――


「――消し炭にしてやるよ!! 塵装煉成崩壊じんそうれんせいほうかい!!」


 不可視の炸裂ナパーム弾が一直線に突き進み、熱風という名の暴風が一面を溶かし蹴散らしていく。無論地面を隆起させた壁ですら、その連鎖する爆風を前に消し飛ばされていく。


「ヒャーハハハハハハッ!! 穂村ァ! テメェの考えた技をアレンジしてみたが、中々おもしれぇじゃねぇか!!」


 怪人は叫ぶが、返事をする声は無い。外からでも内側からも、何も聞こえない。


「……マジで消えやがったのかよ、あの野郎……」


 怪人は一瞬だけであったが張り合える相手がいない虚しさを感じた。しかしそれよりもすぐに目の前の不愉快な相手が虫の息でいることの方に意識が向けられる。


「……キヒャハ、もうくたばりかけてんのかよ」


 熱によって抉れた地面を一歩一歩と歩きだし、アスファルトの焦げるにおいに鼻の奥をくすぐられながらも怪人はまっすぐに暴君の元へと進みだす。


「あぁ……ぐ……」


 服以外は無傷同然の灰塵とは対照的に、肉体的にもボロ雑巾となった暴君。何とか這いつくばって壁の残骸から体を引き抜くが、そこで目の前に絶望の影が落ちてくる。


「――まだ生きてんのかよ、クズが」


 地面を這いつくばる暴君の髪を引っ張り上げ、灰燼はあの時と同様に尋問を始める。


「ナァ、テメェは確かこの都市で最強なんだよなァ?」

「あぅ……」


 既に熱風による火傷のせいでボロボロとなった顔のせいか、表情が読み取れず言葉が聞き取れない。しかし怪人はそれを意にも介さず更に話を続ける。


「だったらここでテメェの息の根を止めちまえば、オレ様が最強ってことでいいんだよなァ!?」


 ――本来であれば、どんな人間であれ死刑宣告を受ければ絶望に表情を歪めるであろう。どんなに強い心を持っていたとしても、絶対的な死を避けられない状況において平静を保てるであろうか。


 ――ましてや、笑えるだろうか。


「――ッ!?」


 しかし怪人は目にしてしまった。目の前の人間が、死ぬことを喜ぶ瞬間を。

 ――完全に狂いきった人間の感情を、目の当たりにしてしまった。


「……ヒャハハ、ヒャハハハハハハハハッ!!」

「これでやっと死ねる……はは、あははははははッ!」


 怪人は嗤った。暴君も嗤った。

 最強の息の根を止められることに。最強に息を止められることに。


「死にやがれぇ!!」


 ――怪人はそのまま暴君の顔を鷲掴みにし、文字通り少年を灰に還した。


「ヒャーハハハハハハハハッ!!」


 怪人はひたすらに高笑いし、己もまた塵芥となってその場から消えていった。



          ◆◆◆



「――アァ? さっきからオレ様を差し置いて楽しそうな事やってる雰囲気がしてるじゃねぇか」


 遠くで交差する巨大な刃に興味を引かれながら、怪人は足元に転がる数多の負傷者のうちの一人を踏みつける。


「ぐはぁっ!」

「ったく、なぁんでオレ様の相手はこんな雑魚ばっかりなんだよ。ナァ!?」


 踏みつけるたびに黒い足跡スタンプが焼きつけられ、瀕死の人間に対して更なる追い討ちがかけられる。


「あづういぁああああ!?」

「うるっせぇんだよゴミが!!」


 怪人は喚く人間の脇腹を蹴り飛ばしては廃ビルへと叩きつける。そしてその様子を物陰からうかがう人影が二つ。先ほど撤退を計っていた二人の処刑人エクスキューショナーズが、怪人の死角へとまわり込んでいた。


「おっ、いたいた!」

「ちょっと待ってエム、何かおかしいよ……」


 フードの奥でエスはいつものようなへらへらとした笑みではなく、どこか違和感を覚えるような、どこから湧き出しているのかもわからない畏怖の感情に支配されていた。


「姉さんってば心配し過ぎだって」

「相手は気づいてる?」

「気づいていないけど、そのままスルーした方が――」

「だったら後ろから!!」

「ッ、ちょっと待って!」


 エスの制止を振り切って、フードの奥の蛍光が妖しく揺らめかせて、怪人の背後から処刑人エムが両手に拳銃を携えて狩りの為に飛びかかる。

 一斉に放たれる弾丸の軌道は、相手の頭部心臓を確実にとらえている。そして――


「あっ! やば! いつもの癖で本当に殺しちゃった!?」


 怪人の頭部は弾け、心臓には風穴が開けられる。常人なら致命傷を通り越し、即死に至るには十分な攻撃であった。

 しかしそれもほんの一瞬のことだった。


「――今、何かしたかァ?」

「ッ!?」


 ――一切の負傷ダメージ無し(ゼロ)。これはそれまで戦ってきた者とは格が違うという現実を叩きつけるには十二分すぎるほどの事実であった。


「どういうこと!? 確かに頭を撃ち抜いたはずなのに――」

「そうかそうか、テメェ如きが許可も無くオレ様のドタマをぶち抜きやがったクソ野郎か……」


 さっきまで戦っていた穂村と似ているようでまったく異なる、異質な存在。黒の髪は灰を被ったかのようなくすんだ色に染め上げられ、そして瞳の色は内に潜む臙脂の焔を示すかのように紅に輝いている。


「……とりあえず、ブチ殺す」

「ッ!?」


 余裕は動揺へ、動揺は恐怖へ。エムの表情はあれよあれよと絶望への道を転々と進んでいく。


「ッ、助けに行かなきゃ!」


 数瞬遅れてエスが割って入ろうとしたが、その前に怪人は行動を開始し終えていた。


「がっ!?」

「つーかーまーえーたぁー、キヒャハハハハッ!!」


 怪人は右腕を灰と変貌させ、そして遠距離にいるはずのエムの首を一瞬にして締め上げ持ち上げる。


「かっ、はっ……!」

「キヒャハハハハッ!! ……テメェも同じように、弾けッッちまいなァ!!」


 右手は高熱を帯びて紅く染まると、エムの首元でそのまま閃光を放って炸裂した。


「ヒャーハハハハハハハハァ!!」


 空中で巻き起こる硝煙から、あえなく落下する一つの人間。それは眼前での爆撃を受けた焼死体一歩手前の存在だった。


「……ッ! エムッ!!」

「アァ? ……まーだ虫ケラがいたのかよ」


 唐突として弟を襲った悲劇を前に、姉は物陰から飛び出さずにはいられなかった。


「良かった、生きてる……」

「生きてる、だと……? チッ、いなくなったからその分能力も差し引かれたってかァ?」


 殺すつもりで炸裂させた爆弾が、致命傷に至ることが無かった事に怪人は不満げである様子だった。


「まぁいい。もう一匹暇つぶしの相手ができたからなァ」


 怪人は再び右手を復元させると、今度は陽炎のように右手の中の空間を歪めていく。


「ッ……!」


 姉であるエスにとっての絶体絶命。そしてそれはそのまま怪人にとっては愉快な光景であった。


「ヒャハハハッ!! このままテメェだけでも逃げて生きながらえるか、そこでくたばりかけてるボロ雑巾ごと灰に還るか、テメェが選べやァ!!」


 怪人は穂村の奥で、この姉弟の様子をずっと見ていた。そして一つの予測を立てていた。

 ――目の前の姉は、強大な力を前にして逃げのびる方を選ぶだろうと。


「くっ!」


 しかしエスが取った行動は、怪人の予想とはま反対の行動を行っていた。


「……ククククク、そうなるかァヒャーハハハハ!」


 姉は弟を庇うために、怪人の目の前で両手を広げる。そしてその当たり前ともいえる光景を前にして、怪人は笑いをこらえられずにはいられなかった。


「さぁて、テメェをぶっ殺し――ッ!?」


 怪人は突如として動きを停止した。それは殺人機械(マシーン)が突如電源を落とされたかのような、急激な停止だった。


「……んだァ? オレ様以外にもいるだとォ?」


 いる。何かがいる。自分と同格の何かが。己と同じ格の存在が。


「……気に入らねぇ。気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ!!」


 怪人は苛立つ余りに、本来ならばエスにぶつけるはずだった熱源を、近くのビルへと向けて放った。ビルは燃え上がることすらなく不可視の熱線により溶け、大穴を開けている。


「……この場にいるのはオレ様だ! オレ様だけで十分なんだよぉ!!」


 怪人は突如として攻撃対象を改めると、その方へと灰燼となって跳び去っていった。

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