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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―アンリミテッド編―
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第一章 第一話 連戦

「――燗灼玉レッドボール!!」

「ぐぁあああっ!」

「チッ、結局はいつも通り戦って勝つだけじゃねぇか」


 試合開始から一時間が経過した頃――穂村の周りを大勢の囚人が取り囲んでおり、ここぞとばかりにランクを上げるために集団で襲い掛かってきていた。


(フィンガー)(フレア)(ファイブ)――龍ノ舞(ドラゴンダンス)ッ!!」


 文字通り空を舞う龍の如く、そして生贄に身を捧げる儀式を舞う巫女のごとく、穂村は両手の指先の炎から火の粉を舞わせて華麗に舞う。


「――終わりだ」


 舞を終えたころには周囲の壁に黒い焦げ跡と、足元には大勢の負傷者が転がっている。

 そしてその中心で穂村は、自分の右手をじっと見つめていた。


「……最近の火力の上がり方がおかしい」


 火力が上がるイコール自分の能力者としての力が強化されたとして、昔の穂村なら素直に喜んでいたのであろう。それもここ最近の指数関数的な成長があったとなれば、仲間内で自慢することまであったかもしれない。

 だが今の穂村にとっては、『衝動アイツ』の存在を知ってしまっている穂村にとっては、この成長は素直に喜べるものでは無かった。この前の原初の(マザー・オブ・)葬炎(オール・ブレイジング)も怒りに突き動かされてはなった技であり、穂村がギリギリにして騎西を握る手を緩めていなければ、騎西善人は穂村正太郎の目の前で文字通りの灰塵と化していたであろう。火力を直前にして弱めなければ、周囲一帯が本当の意味で火の海と化していたであろう。

 そんな力が、明らかに常軌を逸した力が、今の穂村には芽生え始めていた。


「俺は、制御できているのか……?」


 確かに周りを見渡せば穂村の思惑通り火傷により闘争心が折れた囚人がその場にいくらでも倒れているが、中には予想外の火力のせいか抉れたような爪痕が残された者がいくらか見受けられる。


「……考えていても仕方がない」


 今は考えることは一つだけ。

 ――生き残る。ただそれだけ。


「…………」


 穂村は再び歩き出す。今にも瓦解しそうなビルの間を。ひび割れ、穴が穿たれたアスファルトの道路を。歪んだ道をまっすぐと歩きだしていた。


「……チッ」

「――あっはぁ、まさか最初の餌食がAランクの関門とはラッキィ」

「ッ!?」


 突如として倒れ来るビルを前に、穂村はとっさに両足から炎を噴き出してブーストをかけて後退した。


「残念、外れたかぁ」


 眼前で倒壊するビルの土煙の中に、人影が一つ浮かび上がる。

 すらっとした長身に、腰元まで伸びる長い髪が風になびいている。穂村は一瞬『全能メガロマニア』かと思ったが、それにしては耳にした声に一切聞き覚えがない事に気がつく。


「……誰だ、てめぇ」

「あぁん? ったく、最近のガキは年上に対する口のきき方がなってねぇなぁ。まあそれはそれでそそるんだけどねぇ」


 病的なクマを抱えた目に、長い脚に長い手。そして宙をきらきらと光をわずかに反射させて舞っているのは――


「――糸使いか?」

「あぁん? ……クスッ、糸使いだってぇ」


 女性はハスキーボイスで笑いをこらえながら、そして穂村のことをまるで品定めするかのように足元から頭のてっぺんまで舐めまわすかのように視線を動かしてこう言った。


「いやぁ、普通にしててこの威圧感……この分だと速攻で『大罪』に汚染されていそうで、可哀そうで可哀そうでさぁ」

「『大罪』……だと?」


 穂村は聞きなれない言葉を前にして眉をひそめたが、目の前の女性はひたすらに笑いをこらえるかのように口元に手を当てる。


「っくく、あんたも可哀そうだねぇ。まっ、あたしには関係ないことだけどぉ」

「待て! まさか『衝動』について何か知ってるのか!?」

「『衝動』? あぁ、今はそう言われてんの? だとしたらどうしてあの子は昔の方の呼び方知ってるのかしらぁ」


 穂村は確信した。突如として現れたこの目の前の怪しげな女性であるが、確実に今自分が欲している答えを持っている可能性があると。『衝動』について、『大罪』について何かしらの情報を握っている、と。


「とにかく何でもいい! てめぇは『衝動アイツ』のことを知ってるのか!?」

「うーん、知っているっていうより……」


 女性は瓦礫をひとかけら拾い上げると、その場でバリボリと噛み砕いて飲み込みこう言った。


「あたしの知り合いがその手の力の研究を、過去にしていたからね」

「ッ! ……だったら意地でも聞かせて貰わねぇとな」


 その知り合いの話ってやつをよ……!



          ◆◆◆



 ――同時刻。うす暗闇の中、テレビから放たれる鮮烈な光に浮かび上がる少女の顔に、驚愕と笑みが入り混じったような作り物の表情が浮かび上がる。


「ぶはっ! まさか穂村が出るとは思わんかったでぇ! 最近力帝都市におらんかったからどこにいっとるんやろ思うとったけどまさか犯罪犯したんか!?」


 小さな個室でニヤニヤとした仮面の表情でテレビを見つめているのは他の誰でもない。

自称力帝都市一のバトルマニアと名乗る少女、伽賀かが師愛しあいである。


「ホンマ、この都市はウチを飽きさせんわなぁ」

「それはそうでしょう。上司にそっぽ向かれてはこちらとしても困りますし」


 テレビ以外の一切の明かりが無い部屋で、影に紛れて姿を現す一人の影。

 ハット帽に銀縁眼鏡。そしてパリッとしたスーツに袖を通しては伽賀以上のニコニコとした笑顔を浮かべる男。

 ――『メジャー』。この力帝都市の全ての力を持つ者の序列ランクを決める役割を持つ者の総称であり、その代表者として表舞台で働くこの男のことを指す言葉でもある。


「えっ、ほんならあんさんが仕組んだんか?」

「いえいえ、直接仕組んだのは市長メガロマニアの方ですよ」

「ほーん……」


 市長の仕業と知った途端に伽賀は口をとがらせて不満をあらわにした。そしてまるで自分の私物を勝手に扱われては困るといった雰囲気でもって『メジャー』に向けて皮肉を投げかけた。


「勝手にウチの『お気に入り』を取らんとってもらえんかいなって、市長は話聞いてはおらんのかいな」

「そうは言っても彼の成長には必要不可欠なものでして……」


 無理難癖をつける上司に対してへりくだる部下のように、『メジャー』はひたすらに営業スマイルで自分より年下の少女のご機嫌を取りに伺う。


「何寝ぼけたこと言うてんねん。成長やなくて覚醒、覚醒やなくて」


 ――ただの『暴走オーバードライブ』の予兆やで。



          ◆◆◆




「逃げてんじゃねぇぞ!!」

「はぁったく、あんたにちょっかい出したあたしが馬鹿だったみたいだね」


 ――戦いは一方的なものだった。といっても、実力ランクの差がそのままの原因ではなく、能力同士の相性が原因となっていた。


「さっきから糸で足止めばっかしやがってこの野郎!!」

「逆だ逆、糸で足止めしかできてねぇんだっての……まったく」


 『喰々(イートショック)』の第一能力プライマリである糸を操る力――あらゆる糸を射出し操作できるという力を持つ女の名は、名稗なびえ閖威科ゆりいか。ありとあらゆる場数を経験してきた彼女だからこそ理解ができる。

 ――今回の相手との相性の悪さを。

 通常の蜘蛛糸では炎の前に無力に焼き斬られ、頼みの綱の鋼鉄製ワイヤーも今の彼が放出する炎熱が高すぎるせいか、足止めはできても熱によってすぐに軟化し引き千切られていく。


「ピアノ線で直接喉を掻き切るか……? しかし失敗すれば確実に対策を打たれるのは目に見えているしぃ……」


 そうこう考えている間にも、相手は更に熱を上げてこちらへと向かってくる。もはや悠長に考える時間など、名稗には残されていない。


「だったらぁ……こういうのはどうかなぁん!?」

「ッ!?」


 名稗は事前に仕込んでおいた小型のフックを糸の先に括り付けたものを地面へと突き刺し、そしてそれを引っ張り上げる。


「糸が駄目なら岩はどうかなぁ!?」

「くっ!」


 地面をひっくり返すかのように、名稗は糸を引っ張って岩盤をめくり返して穂村の方へと叩きつける。しかし穂村の方も黙っているわけでは無く、同じく地面に向けて炎の拳を叩きつけてクレーターを作り上げ、中にこもるかのようにして岩盤の直撃を回避していた。


「んー? いまいち感触が薄いんだけどぉ?」


 通常であるならば派手に血が飛び散るか、あるいは肉が潰れる音か、もしくは感触が糸を伝って手にまで来るはずなのであるが、そのいずれも名稗の元まで届けられていない。

奇妙に思った名稗は穂村の安否を確認するべく、糸を収納して岩盤へと近づいたが――


「――噴炎爆竹ガイアクラッカーァ!!」

「いッ!?」


 燗灼玉レッドボールを地中で炸裂させることで、まるで火山の噴火の様に地面が吹き飛んでいく。


「おいおい、ビックリ人間コンテストじゃないんだからさぁ」

「ハッ! 冷や汗買いて言う台詞じゃねぇよなァ!!」


 既に右の手から肩まで真っ赤に燃え上がる少年を前に、名稗の顔を一筋の汗が流れる。


「残念ながら冷や汗じゃなくてこの場が暑いだけなんだよなぁ……」


 冷や汗だと指摘された後には言い訳にしか聞こえないのかもしれないが、事実穂村を中心としてその場にいるだけで茹だるような熱気が空気を支配している。


「どうでもいいがさっさとぶっ飛ばして聞かせてもらおうか!! その『大罪』ってやつをよぉ――熱っちぃ!?」

「ん?」


 その場にしばらくの沈黙が流れると共に、穂村は自分の頬を掠った光が飛んできた方向を見やる。


「……は? 俺が熱く感じるって相当な温度だよな?」


 まさにその一瞬の隙だった。名稗はニヤリと笑って穂村とは真反対にあるビルへと糸を引っ掛け、その場を去っていく。


「なっ!? 待て!!」

「慌てるなよ、またどこかで会えるさ。それよりてめぇの命を本気で狙っている奴を潰しに行った方がいいんじゃなぁーい?」


 ケタケタと笑いながら消えていく不気味な女性の後ろ姿を無言で睨みつけて見送ると、穂村はまさに今指摘を受けたことへの危機感を覚え始めた。


「まさか俺より上の炎熱系能力者がいるってことかよ、面倒くせぇな」


 穂村は首をゴキリと鳴らし、まっすぐと光線が飛んできた方向へと飛んでいく。しばらくもしないうちにすぐに光線を飛ばしてきたと思わしき人物二人と遭遇する。




「――まさかてめぇ等がやったってのか?」


 片や穂村と同年齢と思わしき少女。ピンク色の髪をそよ風になびかせながら佇む姿は普通にしていれば美少女の類だとなるであろうが、穂村のことを一目見るなり馬が合わないと悟ったのか、あるいは既に苦手な相手だと理解、あるいは知っているのか、燃え盛りながら飛来した穂村を見るなりひきつった表情を浮かべている。

 そしてもう片方。穂村よりも年齢は下の小柄な少年であるが、その余裕を持った笑みが上位ランカーだと思わせるような、狂気に満ちた雰囲気を纏っている。そしてそれを保証するかのように、両手には二挺拳銃という武装が備えられている。

 どうやら先ほどまでこの二人も戦っていたようで、穂村の方には単に流れ弾が飛んできただけなのかもしれない。しかしその流れ弾程度で暑いと感じてしまった穂村の怒りは更なる熱となって空気を暖め、そしてついに右手に火が付き始める。


「上等じゃねぇか……丁度たった今さっき糞女におちょくられたばかりで苛立っていたところだったんだからなァ!!」

「おーやっば。逃げよっと」

「ちょっと待った! あんただけ勝手に逃げてんじゃ――」

紅蓮拍動ヒートドライブッ!!」


 全身に炎を携えたAランクの関門は、逃走を測る少年を逃がすまいと今までで最高速の挙動でもって即座に少年の前へとまわり込む。


「逃がすかよッ!!」

「嘘マジ!? すっごい速い!」


 それもそのはずで、瓦礫をとびとびに移動していた少年とは対照的に、穂村は文字通り両足を発火バーストさせて急加速し、空を飛んで回り込んでいた。


「じゃあこれでもくらえ!!」


 ――少年は能力者であった。穂村の額には照準が定められ、その右手に握られた拳銃からレーザーが放たれる。

 光速に近い速度で放たれるレーザーに対し、穂村は回避をすることなくまるでそれを読んでいたかのように真っ向から炎の拳で迎え撃つ。


「ハッ! 火炎拳バーンナックル!!」


 光は炎に呑みこまれ、そして互いに打ち消し合って破裂する。


「うわっと!」

「……ッ!?」


 目の前で炸裂する閃光を前に、二人は思わず目を覆った。そして同時にこう思った。

 ――今こいつの相手をするのは得策ではない、と。

 そんな中で、この場から静かにフェードアウトしようとする者が一人。


「そろーり、そろり――」

「ッ! てめぇも逃がすかよッ! 暴火戦槍バーニングランス!!」


 穂村が両手を合わせて再び広げると、そこには燃えさかる炎の槍が顕現している。そして少女の逃げ道を防ぐかのように炎の槍を逃走先の地面へと投げて突き刺し、少女の目の前で炸裂した。


「うわっとぉ!?」


 穂村は以前にもこの技を放ったことがある。しかしその時はここまで火力が無かった。事実穂村も軽い牽制のつもりで投げたものの、少女の目の前には抉れた地面が広がっている。つまりあと一歩でも少女が足を前に出していたとすれば、その足は消し飛んでいたであろう事は想像に難くない。


「……ゴクリ」

「…………強くなりすぎている」


 穂村の呟きは、誰かの耳に届いたのであろうか。だがしかし確実に、着実に、穂村の力は膨張を、暴走を始めようとしている。それを自身が本当の意味で理解できているのかどうか、今の時点では何も分からない。


「だがまあいい。今の俺にケンカを売った事を後悔させてやる」


 そうして穂村は再び自身を炎に包みながら、次の攻撃を繰り出すために右手を後ろへと構え始める。


「……噴火ヴォルク――」


 右手の内には光が集約され、赤黒く輝くマグマの様なものがその手に握りしめられる。


「……あー、ちょっとヤバいかもね」


 と少女は口では言いつつも何の対策を打つ素振りも無く、ただぼおっと穂村の前に突っ立っている。相手が何もしかけてこないと考えた穂村は、そのままチャージされた右腕をまっすぐに振り抜いた。


「――バスターァ!!」


 次の瞬間、穂村自身の予想すらはるかに上回る極大の熱量を携えたマグマの奔流が、少女に向かって真っすぐに突き進んでいく。


「ッ!」


 しかしマグマの奔流は不思議な事に少女を飲み込むことはなく、そのまままるで進行方向が反転したかのように跳ね返り、穂村の方へと逆に襲い掛かる。


「なッ!?」

「自分の攻撃を喰らって少しは頭を冷やして――」

「チッ! 炎装脚レッグバーナー!!」


 穂村はとっさに両足に火をともし、縦の回転蹴りを繰り出すと共に炎の鎌をその場に叩きだした。炎の鎌に沿って奔流は真っ二つに分かれ、穂村のすぐそばを流れていく。その中で穂村は相対する少女が只者ではない事を悟り、改めてどのような力があるのかを問う。


「てめぇ、どんな能力だよ……」

「あんたこそ、随分と能力を使いこなしているみたいね――って、あれ?」


 少女が異変に気づくとほぼ同時に、穂村もまたこの状況における変化に気が付く。


「……あんにゃろー、逃げやがったなぁ!!」

「片方は逃がしたか……だがまだてめぇは残っているようだな」


 穂村に向けてレーザーを放ってきた少年の姿がそこにいない。となると二人を潰し合わせて再び奇襲を狙うつもりなのかと穂村は脳みそをフル回転させてこの状況の判断に勤め始める。

 対する少女はいたって単純なのか、あるいは自信満々なのか、まずは目の前の敵を倒すことへと意識をシフトさせていく。


「かなり不本意だけどね」

「…………」


 考えていても仕方がない。まずは目の前の敵を灰に帰すのみ。


「次に攻撃を仕掛けたら、水浸しにしてやるんだから……」


 そんな事を考えていた矢先の一言だった。炎熱系の能力者にとってある意味もっとも屈辱ともいえる一言を前に、ならばと穂村は一撃必殺の技を構える。

 ――先ほどと似たような構えだが、右手に集約されている巨大な火球がそれまでとは圧倒的に違う火力を表している。


灼拳デューク――」


 火球は灼熱の光を隙間から洩らしながら穂村の手の内へと握りしめられ圧縮してゆき、そして目がくらむような光を放ち始める。

 徐々に光度を増していくそのさまを前に、少女は今度こそ完全にあっけにとられていた。穂村のチャージに対してどうこうしようという考えがマヒをしているのか、ただひたすらに歩いてくるAランクへの関門の動作に対し、少女は何もせずに突っ立っていた。


「……やっべー」


 そして目の前でまるで小型の太陽が眩く輝く光景を見て、少女は直感的に理解した。これは()()()()()()()()だと。絶対に回避しなければならない技だ、と。


「――爆砕ブラストッ!!」


 穂村の右腕が振り抜かれる瞬間――全ての光が解き放たれ、荒れ果てた都市の隙間を統べて埋めるかのような眩い光が影を真っ白に塗り決していった。

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