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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―ガラクタの王VS炎獄の王編―
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第五章 第十一話 愛憎

「――つぅかわざわざ着替える必要あったか?」

「何言ってんの? アンタは半そで半ズボンの頭悪そうな服装でもいいかもしれないけど、アタシは浴衣を着たかったから着てるの」

「なんだそりゃ」

「あなたは少しTPOというものを学んだ方がいいんじゃない?」

「うっせぇ……」

「しょうたろーにでりかしー? を聞くのは無駄だぞ。お姉ちゃんが言ってた」

「お前等後で説教な」


 イノとオウギが焦ってその場を取り繕うのを無視して穂村は先へと歩きだす。その後ろを時田と陽奈子、そしてイノとオウギが後を追って歩き始める。


「陽奈子はこの後イノちゃんとオウギちゃんとまわるのよね?」

「だってそうしないといけないんですよね?」

「まっ、アタシと『フレーム』が付き合ってるってアイツに周知できたら後はどうでもいいけどね」


 作戦としてはこうである。穂村と時田が二人で歩いているところを偶然を装って有栖川と接触し、恋人として仲がいいアピールをした後、挫ける有栖川を背に悠々と立ち去ると言ったなんともお粗末な作戦である。

 そんな作戦でも当の本人である時田は真面目であり、同じような浴衣で来なかった穂村に対して不満顔といった様子である。


「どうでもいいならどうして俺の服にケチつけたんだよ」

「だって、折角力帝都市でおそろいの浴衣を買ったのに」


 穂村はいつものごとく半袖の黒いどくろのシャツに、カーゴパンツをはいては気怠そうにしている。朝は意気込んでいた穂村であったが、日も暮れ始めていざ夏祭りで相対するとなると面倒くささの方が先に来てしまっている。


「おそろい!? どうして私とじゃなくこんな朴念仁とです!?」

「あんたじゃ恋人役できないでしょ」


 ある意味できそうな気がするとはいえないが、穂村は陽奈子の方を向いてため息をつくことでその場を濁した。


「じゃ、そういうことだ」

「ムキー! 後でマキナさんと一緒にまわらせていただきますから!」

「勝手にしろ」


 穂村はイノとオウギを連れてプンプンと怒った様子で別れる陽奈子の背中を見届け終えると、ふとした疑問を時田に投げかける。


「そもそもここにすら来なければ終わってた話じゃねぇか?」

「そうなったら、アタシ一生実家に帰れないワケなんだけど。アンタは実家とかに帰りたくないの?」


 時田の何気ない質問。それはあの時警官から投げかけられた時と同じ、穂村に対する虚しさだけを残す問いかけだ。


「……ならねぇよ」


 それまで萎えつつあった穂村のやる気がさらに意気消沈となっていく。穂村にとって故郷とはとっくの昔に捨てたものであり、両親とは決別していないものと考えていた。

 変異種の中でも、自分だけは違う――穂村は常に、そう考えていた。特に父親が特殊すぎる彼のケースでは尚更にその考えは固まっていく。


「……アンタのその表情、初めて見た」

「そうかよ」

「怒りとか、諦めとか、後悔とか……うーん、なんて言えばいいのかなー」

「勝手に人の感情を分析するんじゃねぇよ……」


 これが他の人間ならば、穂村はもっと怒りをあらわにしていたであろう。しかし時田には借りがあり、そして力帝都市に入ってからは伽賀に続く腐れ縁と言っても過言ではない。だからこそ少しばかり不機嫌になるだけで、警官相手の様な怒鳴り声まではあげずに済ませている。


「ケッ、下らねぇ」

「下らなくないでしょ。自分の両親のことでしょ?」

「母親が腹痛めている間にもどこか知らねぇ路頭をふらついていたクソったれの父親に、何の興味が湧くってんだ」


 怒りは炎となり、炎は右手から腕を伝って燃え上がっていく。


「今でも会ったらブチ殺してやりてぇくらいだ……!」

「ブチ殺すって……随分と物騒ね」


 しかしそれがその場の勢いで放った言葉でも脅しの言葉でもないことは、穂村の様子からすれば火を見るよりも明らかである。

 そんな穂村の気分を切り替えさせるためにも、時田はわざとのように周りに目を向けて祭りを楽しむ人々の方に注目を向けさせる。


「それはともかく、今は夏祭りを楽しみましょ」

「まっ、肝心の有栖川はいねぇみてぇだがな」


 見た所あの成金の姿は無いようだと、穂村は肩透かしをくらう。せっかく時田の祖父から許可を得たというのに、行使する機会が無ければ意味がない。

 そもそも許可を得たと言っても、傍目に見れば脅迫に近いものであったのだが――



          ◆◆◆



「ななな、なんじゃと!?」

「島の中にいる奴等が手を出せねぇってんなら、部外者がぶっ飛ばせばいい。そういうこった」


 島の住民にとっては有栖川に一泡吹かせることが出来て、穂村にとっては気に入らない奴をぶん殴れる。そんなWin‐Winな作戦だと穂村は自信を持って提案した――つもりであったが。


「ぶぁっかもん! そんなことすればお前を連れてきたわしまで――」

「だから爺さんに聞いてるじゃねぇか。この島を出ていく覚悟はあるかってよ」


 確かに一矢報いるにはある意味一番てきめんな方法なのかもしれない。が、そもそも暴力に頼った解決法で、しかも島に残った者と有栖川との間に禍根を残すとなってしまう可能性が捨てきれない状況で、時田の祖父が首を縦に触れるだろうか。


「……くそっ! まだ畑の収穫も完全に済んでおらんというのに……!」

「それは、覚悟ができたってことでいいよな?」

「ふんっ、勝手にせい。だがあくまでお前が全ての責任を負う事だな。八つ当たりならどうしようもないが、お前が受けるべきことは、お前が受けろ」

「最初からそのつもりだ」



 ――穂村はそうやって意気込んで、日が暮れてこの場所までやってきた。だが待ち構えていたのは縁日による金魚すくいや射的攻撃。そしてわたがしや焼きそばによる誘惑。力帝都市という近未来的な都市にはあまり無かったノスタルジックな夏祭りが穂村に襲い掛かるだけで、肝心の有栖川の姿は見えない。


「拍子抜けにもほどがある。つぅか勝手に書類作られて結婚させられるって言われた方がまだ信憑性が――」

「あっ――」


 穂村や時田と違って、有栖川は権力を持つ人間。端的に言えばこの島の役場情報もなんのそのとなりかねない男。

 つまり――


「えっ、アタシいつの間にか結婚させられてる可能性があるってこと!?」

「お前なんでその可能性に気が付かなかったんだよ!」

「アンタだって今適当いって気づいたじゃない!」

「んだとゴラ――」

「お二人とも、そんな喧嘩をしてどうしたんですか?」

「アァン!? ……テメェ、どのツラ下げてここに来てんだ」


 それまで喧嘩腰で時田とにらみ合っていた穂村の眉間に、更にしわが寄せられる。その瞳に映る姿が、殊更に穂村を不愉快にさせている。


「やあ、時田さん。久しぶりだね」


 有栖川はまるで時田に合わせるつもりであったかのように、私服の穂村とは違って浴衣姿で時田の前に現れる。


「こっちは会うつもりは無かったんだけどね」

「でも、こうして再び巡り合えたことは運命を――」

「感じないわね」

「ガクッ」


 時田の性分によりアプローチをバッサリと切られた有栖川であったが、それでもめげる様子など無く再び立ち上がる。しかし有栖川はこの時になってようやく時田の隣にいる穂村の姿を目にするとともに、それまでの爽やかな笑顔とはうって変わって下劣な俗物でも見るような目線で穂村を睨む。


「おや、誰かと思えば『余所者』さんではありませんか」

「余所者で何が悪い」

「いえいえ、何も」


 多くを語らずとも一触即発の雰囲気なのは誰の目にも明らかである。穂村と有栖川の周りには自然と人が寄り付かなくなり、ある意味では戦いの場を設けているかのようにも思える。


「……いいでしょう。君の名前は?」

「てめぇに名乗ってやる名前なんざねぇよ」


 穂村はそう言って首をゴキリと鳴らして有栖川を挑発するが、周りの視線は穂村に対して余所者が粋がっているという冷ややかな視線が向けられている。


「お、おい穂村! お前何をやっているんだ!?」


 そんな中たまたま巡回をしていた警官が穂村を発見し、そしてこの一触即発の状況に割って入る。


「別にいいだろ。つーかあんまり俺を庇う必要はねぇよ。あんたはまだこの島に住むつもりなんだろ?」

「そういう問題じゃない! この島でもめ事を起こすつもりなら、俺は警官としてお前をしょっぴく必要が出てくるんだよ」

「チッ、そういうことかよ」

「安心してください。……穂村君といったかな?」

「あぁん?」


 有栖川は経った今知った穂村の名を呼ぶと、一つの提案を穂村の前に提示した。


「君が時田さんの何かは知らないけど、ここは一つ――」

「俺は時田の彼氏だぞ」

「…………へぁっ!?」


 穂村の爆弾発言を前に一同絶句し、そしてその場の全員の言葉を代弁するかのように有栖川が大声をあげる。


「一体どういうことなんだい!? 時田さん!」

「……残念だけど、そういうこと~」


 時田はこれ見よがしと穂村の腕にわざとらしく抱きついては有栖川の方を見てにやりと笑う。


「っ、み、認めないぞ!」

「認めないも何も決めるのは時田だろ」

「そういうこと。アタシ、外に出てから好きな人がデキちゃって、その報告をおじいちゃんにしようと思って島に戻ってきたんだー」


 ここぞとばかりに追撃の言葉を浴びせる時田。そして彼女に口で勝てる者などこの島には誰一人としていない。


「そ、そんな……」

「そういうことでこの後陽奈子とも合流して遊ぶ予定だから、じゃーねー」


 ショックでその場に崩れ落ち、愕然とする有栖川。完全な勝利宣言をして立ち去る時田と、こんな性悪少女に惚れてしまったばかりにとほんの少しばかり有栖川があわれに思えてきた穂村。


「悪いが、そういうことだ」

「…………」


 しかし穂村の考えとは裏腹に、有栖川の内には沸々とした愛憎が渦巻き始めている。


「……穂村ァ……」


 既にその場を立ち去ってしまっていた穂村にこの憎しみのこもった呼びかけは届くことは無く、そして憎しみの先にある想像を絶する戦いの幕開けなど予知することはできなかった。

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