第十六話 孤独
「――さてと、雑魚は粗方倒したか」
「それにしても、本当にアレが残っているなんてねぇ。イノちゃんとオウギちゃんが諦めきれないなんて、よっぽどのロリコンよね。ね、『焔』」
「その言い方だとまるで俺がロリコンみてぇじゃねぇか」
「アレ? 違ったかしら?」
相変わらずの茶化しっぷりに、それまで焦っていた穂村の心も少しだけ落ち着きを取り戻すことができていた。
そうして落ち着きを取り戻したところで穂村は改めて辺りを見回すが、やはり目の前の少女がここまで壮絶な戦いの跡を残しているということに改めて畏怖の心を抱かざるを得なかった。
「……それにしても、本当に強ぇんだな」
「ハァ? 当たり前でしょ? まさかアンタ、今更気づいたとでも言いたいワケ?」
「いやそうじゃねぇけどよ」
ただのでこピンが迫撃砲真っ青の破壊力を持ち、一度彼女を目で捕らえようが次の瞬間には視界が地に臥せっている。
それがSランクへと上り詰めるための関門、時田マキナが成し得る実力。その実力を裏付けている能力とは、時を操るという規格外の力。これならあのリュエルとも対等に戦えるかもしれないと、穂村は期待を持ち始める。
「頼みってのは他でもねぇ。イノとオウギのことについて……そして、ラシェルのことについてだ」
「ラシェルって……アンタ、アイツの何処がいいワケ?」
「チッ! 今はどこがいいとか、そういうことを言っている場合じゃねぇんだよ! あの糞ッたれ魔導王をブチのめさねぇと、俺は俺を許せなくなっちまう!!」
「だから何だってのよ! 何でそんなキレてるワケ!? ワケ分かんないんだけど!!」
よりにもよって自分ではなく依頼をした少女の話をする穂村に対して更なる苛立ちをぶつけ返す時田であったが、穂村の方はそこから冷めたようにガクリと肩を落として、息を大きく吐いてから一言だけ呟く。
「……だから、ラシェルは……そのリュエルに殺されたんだよ……」
「ッ!? ……ウソ……じゃないわよね。その雰囲気だと」
「ああ。だからこれは、弔い合戦にもなる。ついて来ないならついて来なくてもいい……俺と守矢四姉妹で、ブッ潰しにいく」
「ちょっと待って。ラシェルはこの際置いておくとして、アンタまた他の女とつるんでいるワケ? しかもよりにもよって旧居住地区の裏のヤツらだなんて、アンタ一体どんな友人関係を――」
「んだよ、今はそんなことどうでもいいだろ。それよりも――」
「それよりもって……ハァ、アンタのそういう中途半端な鈍感ぶりには頭が痛くなってくるわ……」
時田の反応ももっともである。だが当の本人にとっては時田が参戦してくれるのか、くれないのか、それが一番重要であった。
穂村の方は既に飛ぶ準備ができているようで、両足を既に燃え上がらせている。そして戦いに加わってくれると信じているのか、時田の方へと手を差し伸べている。
「……で、手伝ってくれるのか?」
あの時のように、穂村は時田と共に飛ぼうとしている。行き先はもちろん、イノとオウギの元へ。
その相変わらずの重なる姿に苦笑しつつも、時田は穂村の手を取って参戦の意思表示を伝える。
「……ったく、仕方ないわね。……勝手に横からかっさらわれるのも癪だし」
「何か言ったか?」
「っ、何でもないわよ! ホラ! サッサと行くわよ!」
引き受けてくれたのはいいが、どうして不機嫌になっているのか。今の穂村に分かるはずがなかった。
◆◆◆
「――そう、アンタ達が守矢四姉妹ってワケ?」
「『観測者』さんですね? 噂はかねがね聞いています」
集合場所は旧居住区画の守矢の根城。広い筈の部屋でありながらも、穂村はこの時何故か、肩身の狭い思いをしなければならなかった。
「別にアンタ程度のSランクなら、アタシと『焔』だけでも十分じゃない?」
「貴方の能力には調べがついています。正太郎さんとの協力は難しくても、単独なら自由に戦えると思い、今回恐らく出てくるであろうリュエルの取り巻きの相手をしていただこうと思いまして。後は私と正太郎さんが協力して、リュエルを倒しますのでその支援をお願いしようと思っています」
何故単独と協力という言葉を強めに言っているのか穂村には分からなかったが、それが時田にとっては酷い挑発の言葉だと取ることができたようだ。
「ハァ!? アンタと『焔』で即興コンビみたいなことできるワケ無いじゃない! 長年戦ってきたアタシの方が息合わせられるし、アンタの方こそ後方支援に向いているんじゃないの!?」
「貴様ッ! 姉さんに向かってなんて口のきき方だ!!」
「うっさいわね引きこもり女! アンタなんて自分の両ちないじゃないと実力発揮できない時点で論外なのよ!!」
「なっ!? 何だと貴様ァ!」
これが本当に決死の戦いの前の作戦会議なのであろうかと、穂村は頭を抱えざるを得なかった。だが逆にそれまであのリュエルと戦うのだと、片肘を張って緊張していた穂村をほぐすにはちょうど良かった。
「どうでもいいが、リュエルの居場所は分かったのかよ」
「あ、その件であれば判明しましたよ」
小晴はそれまで時田と言い合いをしていたのをサラリとかわして穂村が座っているソファのすぐ隣に座り込んで地図を開き始める。
「灯台下暗しというべきでしょうか、意外と近くにありました」
「ちょっとアタシにも見せなさいよ」
小晴が広げている地図を見ようと、時田もまた小晴の反対側に、穂村のすぐ隣に座り込む。
「……なぁ、狭いんだが」
「うっさい。このオンボロソファが小さいのが悪いのよ」
「でしたら、向こうのソファを使われては? 反対側からでも見ることが出来ると思いますけど――」
「別にここが嫌とは言っていないわ」
またも肩身が狭い穂村は両端の圧迫感にさいなまれながらも、地図上のバツ印に目を見やる。
「ここって……」
「そうです。旧居住区画、その地下に施設を造っていたんです」
「へぇー、誰も見向きもしない場所の、更に地下となれば誰も気づくはずはないわね」
「また地下かよ……」
穂村は以前イノを救い出すために地下へと潜った事を思い出しつつ、今度はどうなるのかと思案を巡らせている。
「……トラップって可能性はないのか? 地下だったら下手すれば俺達をまとめて生き埋めにできるぞ」
「その時は急いで脱出するしかないわね。まっ、アタシの能力を使えば余裕で脱出はできるはずよ」
「そういえばそうだな」
「それに正太郎さん、斥候によれば相手はかなり大規模な施設を造っているようで、そう簡単に取り潰しはしないかと思われます」
「それもそうか……」
穂村自身は何の案も出せずにいるが、時田と小晴は穂村の目の前でまるで張り合うかのように次々と攻略の案を出していく。
「アンタの能力って確か武器とかなんでも投影できるんでしょ? だったら偵察機とかできないの?」
「出来ないことはありませんが……私より遠くに離れすぎてしまいますと、自動的に消えてしまいます」
「自動的に消えてしまうならむしろ好都合よ。ギリギリまで見回った上で勝手に消えてくれる。それで先に進んでいけるはずよ」
「でしたら複数の見張りがいた場合は時田さんにお任せしますね。流石に複数を静かに確実に黙らせる手段を持っているのは貴方の方でしょうし」
「ええ、いいわ。その代わりバックアップはしっかりとお願いね」
「……もう俺要らねぇんじゃねぇかな」
「何言ってんのよ! アンタはイノちゃんとオウギちゃんを助けるっていう大切な役割があるじゃないの!!」
「それに、リュエルにリベンジを仕掛けると言い出したのは貴方でしょう?」
「そりゃそうだけどよ……俺だけ何も案が出せねぇままで――」
「アンタはゴチャゴチャと考えるより、ぶっ飛ばした方が性に合うでしょ?」
「……それもそうだな」
時田の言葉に納得しつつも穂村は地図上のバツ印に目線を移し、そして右手に宿っていた炎の痕跡を目にしてこんな野暮なことを考えていた。
――『アイツ』の力を借りれば、リュエルに勝てるのだろうか、と。
「……いや、それは無しだな」
「ん? 今何か言った?」
「何も言ってねぇよ。ちょっと外の空気を吸ってくる」
「そう言って勝手に行かないでくださいよ?」
「分かってるっての」
適当なことを言ってその場をごまかし、穂村は誰も立ってないベランダへと一人よりかかる。
割れた窓から室内を見渡せば時田と小晴が作戦会議をしている姿が見え、和美が戦うにあたっての銃剣の手入れを念入りに行っている姿も目に写る。要は緊張しているのか呼吸が少し浅くなっており、逆にほのかはいつも通りのほほんとしている。
「……俺は、こんなに奴等を巻き込んで闘おうとしているのか」
今更一人で行くなどというつもりなど毛頭ない。しかし穂村にとってはこの戦いには、ラシェルとイノ以外の理由でも負けられなくなってくる。
「……俺は一人じゃない、か」
今まで誰かと共に戦ったことはあるが、あくまでここの利益の追求のためにたまたま同じ戦場で戦っているだけで、こうして互いのことを思いながら戦った事など無かった。本当の意味で共闘するということをした事など無かったのである。
「……チッ、尚更負けられなくなっちまったじゃねぇか」
――俺、緊張すると力がでねぇタイプなんだよなぁ。




