第十五話 ダブル関門
「では私達が居場所を探り当てている間に、もう一人仲間を増やしておいてください」
「これ以上無駄に頭数増やす必要はねぇっての」
「いえ、少なくとも貴方よりランクが高い方が一名、知り合いにいるはずです」
「……どこから知ったんだよ」
「これも私達の情報収集力ですよ。少しは信用していただけましたか? リュエルの居場所も、そのうち見つかりますよ」
などといった会話を交わした後に、穂村はそのあてになる方へと向かっていた。時刻は既に六時を回っている。夜間ルールが適応される今、Bランクの穂村にとっては危険ともいえる状況。だがそんな状況ですら動かなければならないほどに、あの『機械仕掛けの神』の異名を持つあの少女の力は凄まじい。
「チッ、こっちから頭を下げに行くのは癪だが、イノ達の為なら――」
「誰のために頭下げるワケ? もしかしてアタシ?」
「うわっ!? お前いたんなら言えよ!」
「いたからこうして声かけているんだけど?」
振り返ればそこには穂村の苦労など露ほども知らないといった様子の時田の姿があった。穂村は突然の遭遇に挙動不審になるも、探していた相手が向こうから来ている幸運を喜んだ。
「それは置いておいて、よかったぜ、今丁度お前を探していたところだからよ!」
「ええ、それはアタシの方も」
穂村はそれを聞いて即座に不信感を抱いた。普段穂村を軽くあしらうような少女が、わざわざこちらを探していたという事は、向こうは向こうで厄介ごとを持っているということを表している。
「なんでお前の方も探していたんだ?」
「知りたい?」
「知りたいってかどうでもいいなら俺のところまでこねぇだろ」
「まあそりゃそうなんだけど」
そういって時田は手元の端末を触り始めると、穂村としてはいら立ちを隠せなくなる。
「お前なんでわざわざ俺の前で携帯いじって――」
「これ、どういう事?」
時田が見せてきたのは均衡警備隊のホームページ。そしてそこからリンクで飛べる賞金首の一覧に映っているのは――
「――なんで俺が賞金首になってんだよ!」
「それはコッチのセリフよ! あんたなんか罪犯したワケ!?」
「何もしてねぇっての!」
「じゃあなんでこのSランクから賞金掛けられてんのよ!」
賞金首は均衡警備隊以外にも、民間で掛けることもできる。しかしその場合均衡警備隊の厳正な審査を通るためには、大将の確固たる犯罪の裏付けを持ち寄らなければならない。
更にその際賞金を掛けた相手は公に公表されるため、民間での賞金首は滅多に見ることが出来ない。
そして今回、穂村に賞金を掛けているのは民間側。そして公表されている名前は――
「――リュエル=マクシミリアム……」
「疑われている罪状は人さらい……アンタ、誰をさらったの?」
時田は憤っていた。まさか自分の知り合いが犯罪に手を染めるとは思っていなかった。しかもあれだけ少女を守るためにひたむきに突き進んでいた少年が堕ちてゆく姿など、見たくはなかったのだ。
「……お前、まだ秘密結社が残存しているってこと言ったよな?」
「ハァ? なんで今そんな事――って、まさか人さらいの対象って……そういう事なの?」
「そういうことだ。オマケにイノとオウギはそいつに直々に奪われた」
「あちゃー、そりゃドンマイ。当然、取り戻すんでしょ?」
「当たり前だ」
時田はそれまで穂村に向けていた猜疑の目からハッとした表情で全てを理解し、代わりに穂村と同じ側に立つことで味方をする意思を見せる。
「実はもう既にアンタの首狙っているヤツが結構来ているんだよねー」
「ってことは最初から俺を助け――」
「いや、なんとなくアンタと一緒にいたら面白そうだから追ってきただけ」
「……そうかよ。俺は全く面白くねぇけどな」
穂村と時田の眼前に広がっているのは、道路をジャックするほどの人数を揃えたDランクの面々。そして集団を仕切っているのは――
「穂村ァ! リベンジマッチといこうじゃねぇか!!」
「チッ、名前なんだっけかてめぇ!?」
「き・さ・い・ぜ・ん・と・だッ!! 今度こそツブしてやるから覚悟しろよ!!」
先頭に目を見やると、あの時穂村に一杯喰わせた少年が集団を仕切っている。
「塵も積もれば何とやらってやつ?」
「騎西め……俺も昔ああだったのか?」
「今もそうでしょ?」
「うるっせぇ!」
夜の襲撃を繰り返していた昔の痛々しい過去を思い出しつつも、穂村は両腕に紅蓮の炎を纏わせ始める。
「どっちが多く倒せるか競争する?」
「いや、やめておく」
「なんでよー、まさか自信ないワケ?」
「自信が無いとか以前に、お前が時間止めて全員ぶっ飛ばしたら終わっちまうだろうが」
「あはっ、バレてた?」
既に相手の戦闘準備は万端。ならば時田も穂村も迎え撃つ姿勢を見せるしかない。
「……あっ、でもこれだけ多勢に無勢だと少しは手分けして――」
「火炎拳ッ!!」
時田の提案をよそに、穂村は両手の炎で次々と殴り倒し始める。
「糞ッ! まさか『観測者』が寝返るとは思わなかったぞ!」
「あら? アタシは最初からアンタ達の味方をしていたつもりはなかったけど?」
状況が悪いと分かるや否や、騎西は即座に踵を返して一人その場を離れ始める。
「くそっ! 今度こそAランクに――」
「あら? Aランク以上になりたかったらアタシに戦い挑んでもいいのに」
「なっ――」
騎西の行く手に先回りをしていたのは、Sランクへと昇るための関門である時田マキナ。その挑発的な瞳で獲物を視界に捕らえて不敵に笑うその姿は、今の騎西にとっては不幸の象徴でしかない。
「ふ、ふざけるなッ! 俺は穂村に――」
「穂村の遊び相手に、アンタみたいな雑魚は不合格よ」
時田にとってはただのでこピン。だが騎西にとっては、一撃必殺の威力を携えたでこピンとなる。
「ぐぁっ――」
時田の時止めでこピンにより、騎西は再び集団の中へと追いやられていく。
――穂村によって倒された人の山の一部となって。




