第八話 守矢四姉妹
「全部片づけたけどよ……肝心の『人さらい屋』がいねぇじゃねぇか」
屋上で倒れる二人の男をしり目に、穂村は辺りを見回す。そして改めてオウギにどこにいるのかを聞くが、ここにいる筈だと言わんばかりに足元周辺を指さしする。
「ったく、どこにいるのやら……」
「呼んだか? 『焔』もとい……穂村正太郎」
「ッ!」
声のする方を振り向くと同時に、穂村は急いで声の元からジェットスピードで離れていく。
「チッ! やっぱ話しかけんほうがよかったか」
「危ねぇ危ねぇ。確か対象を消す能力を持っているんだっけか?」
穂村がいたはずのところには、右手を伸ばしてへらへらと笑う男の姿。穂村は絶対に向かって来られないであろうマンション上空へと退避し、いつでも迎撃できるように両手に炎をともし始める。
「今は使えんけどな……なあ『焔』」
「あぁん?」
「一つ取引せんか?」
人を小ばかにする人さらい屋からの提案。それに穂村がおいそれと乗るはずがない。
「嫌に決まってんだろ」
「まあまあ、これを見た後の返事でよかけんが」
人さらい屋はマンション屋上で両腕を広げると、両脇に穂村のよく知る人物二人をそこに呼び出し始める。
「――なッ!? イノ!? ラシェルまで!?」
「あっ、しょうたろー! 何をしている――ってここはどこだ!?」
「痛ったたた……なっ!? あんた人さらい――」
「二人とも黙らんと、もう一度しまい込むぞ」
人さらい屋は文字通り、何もない所からイノとラシェルの二人をこの場に呼び出した。
「どういうことだ……!」
「そんなん簡単な話やん。俺の能力『縦横無人』の第二能力……自分の前後左右におる人間を異空間にしまい込む能力」
人さらい屋はニヤニヤと笑い、穂村を嘲り笑う。
穂村は突然の動揺を隠せず、思わず手を伸ばしそうになってしまった。しかしそうは問屋が卸すはずがない。
「おっと、感動の再開はそこまでやからな」
「ッ!」
人さらい屋はイノの前に立ち、穂村の歩みをさえぎる。穂村は下手に刺激してもまずいと考え、マンションに降りたたずに空中に留まる。
「ッ、イノ、落ち着いてそこにいろよ……」
「? しょうたろーがそういうなら……」
「さて、どうする? 俺の能力で異空間に保管できるのは二人まで。まあ、片方消せば話は別やけどな」
人さらい屋がさらに追い打ちをかけるかのように脅し文句をつけると、穂村の心にも揺らぎが生じてくる。
イノ、ラシェル、どちらかが消える。穂村にもはや選択肢は残されていない。
「……ん」
「オウギ……」
穂村の心を読むかのように、オウギは決意を秘めた瞳で穂村と目を合わせる。
「……駄目だ。お前が行っても意味がない」
「…………っ!」
穂村の制止を無視して、オウギは空中に浮かぶ穂村からむりやり降りようとする。
「おい! 危ないから暴れるな! 落ちるぞ!!」
「ったく、面倒な事にするのはやめろよー。依頼主に潰れた死体送りつけるなんざ人さらい屋の恥でしかならんからな」
「では自分の死体を送りつけてみるか? 人さらい屋の鷺倉十一」
「ッ!? なんで俺の本名を――」
穂村ですら気が付かなかった。聞き覚えのない声が聞こえたと思えば、人さらい屋――鷺倉と呼ばれた男の喉元につきつけられるは鋭い刃。
「余所者を旧居住区域まで引き込んでおいて、随分と遊んでいるじゃないか」
「も、守矢四姉妹の……次女か……!」
「……一体どういう事だ?」
「余所見をしている暇はないですよっと」
「ッ! 何だ!? うわっ――」
気が付けば穂村の両足には巨大な石塊が二つ取りついていた。穂村はその重さに耐えられず、徐々に徐々にと落ちていく――
「ふざけんじゃ――ガァッ!?」
落ちていく穂村の視界の端にうつったのは、中学生と思われる小さな少女。棒付きキャンディを口に含んだ状態で、穂村に右の手のひらを向けている。
そして――
「――はい石塊追加。ってかよくその重さで飛べますね。一つ当たり百キログラムの大岩なのに、四つもつけて落下しないとか、とんでもねぇやつです」
オウギを背負うことで空いていた両腕に、それぞれ更に巨大な岩が取り付けられる。反撃する間も無く、穂村は力を失った羽虫の様にフラフラと地に落ちていく。
「ぐっ、クソッ! 一体なんだってんだ!?」
「何も知る必要はないですよ、『焔』。とりあえずうちらのホームで暴れている奴がいるから取り押さえに来ただけなんで」
「ホームを、荒らしただと……?」
突然の事態に直面した今、せめてこいつだけでもと思った穂村は、オウギをこっそりと逃がそうとした。だがその前に、穂村の頭上に小さな影が落とされる。
「――あたち守矢ほのか! ねえねえ、あなたはだぁれ?」
◆◆◆
「クッソ! なんだってんだ!」
「あーもう、面倒なことになってきちょるわ……」
旧居住区格にある、とある古びたマンションの一室。穂村はそこに連れてこられた。
両手両足には相変わらず百キロを超す石の塊がつけられたままであり、下手に抵抗できるようすでもない。
そして人さらい屋――鷺倉もまた、後ろ手に縄を括りつけられた状態で座らされている。
オウギはというと……守矢ほのかと自己紹介をした少女と一緒に、ボロのソファに座っている。
「チッ……状況が全く掴めねぇ」
「簡単な話だ穂村正太郎。人の家に見知らぬ人間が土足で入りこんできたら、何かしらの対処を行うのが当たり前のこと」
ポニーテールを小刻みに揺らしつつ手元の銃剣の手入れを行う少女が、穂村の問いを淡々と片づける。
「どういう意味だ。それに何故俺の名前を知っている?」
「フッ、この都市で関門を張っている人間など、知らない方がおかしな話だ」
そう言って少女は磨き上げた刃を満足げに見つめ、そして切っ先を穂村と鷺倉の喉元へと向ける。
「では本題に入らせてもらうとしよう。あのマンションで暴れていた理由を聞かせてもらおうか」
「そんなもん、人さらい屋が人と戦っとる時点で分かるやん」
「こいつがそこにいるオウギの妹と、魔導師を一人連れさらいやがったから追ってきた。それだけだ」
「ふむ、戦う理由としては至極当然だな」
二人の言い分を鼻で笑うと、少女は次の質問に移りだす。
「では、質問を変えようか。どうしてここで暴れている? なぁ鷺倉。外での争いごとをここに持ち込むのは厳禁だと小晴姉さんから最初に言われなかったか?」
「そんなもん知っとるに決まっちょるわ! ただこいつがここまで嗅ぎつけてくるとは――」
「言い訳を聞くために質問をした訳じゃない!」
鷺倉が最後まで答えを返す前に、ポニーテールの少女は怒りを交えた声で容赦なく鷺倉の太ももに銃剣を突き立てる。
「ぐあぁあっ!!」
「私はここに、騒動を持ち込むのは厳禁だと言われなかったかと聞いているのだ!!」
「あぁあああ聞いています聞いていますぅううう!!」
突き立てられた銃剣がグリッと回転するたびに、鷺倉の悲鳴が響き渡る。
「全く、愚かな奴だ。これでしばらく仕事はできまい」
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
引き抜かれた銃剣には赤い液体がしっかりの塗りたくられており、それが穂村に対して細やかな恐怖心を与えることになった。
「……さて、穂村正太郎。Aランクへの関門。お前にも質問させてもらおうか」
ボロボロになったキッチンの戸棚から、新品同然の銃剣が取り出される。
「お前はどんな目的を持って、ここまで来た?」
「……俺は、そいつに捕らえられたオウギの妹と、一人の魔法師を連れ戻しに来た。それだけだ」
「ほう。ではここで二人を撮りかえしさえすれば大人しく出ていく、と」
「あぁ」
穂村は何も、この場所自体を襲いに来たわけではない。ただ自分にとって大切な存在をとりかえしに来ただけである。
「……おい、人さらい屋」
「っ……何だ」
「さっさと二人を出せ」
「なっ!? 俺に仕事を放棄しろ言うちょるんか!?」
太ももから大量の血を流しながらも、鷺倉のプライドは折れることはない。
「俺に死ね言うんか! んなこつするわけ無いやろ!」
「そうか……ならばここで死ぬか」
今まで穂村に向けられていた銃剣の切っ先が、再び鷺倉の方へと向けられる。
「俺が死んだら二度と二人は帰ってこれんぞ!」
「騒動を最小限にするには、多少の犠牲も致し方ない」
容赦なく銃剣を振り上げる少女に対し、今度は穂村が吼える。
「オイ! ふざけんじゃねぇぞ! イノを助けてやらねぇと――」
「黙れ! 貴様等は我々の居場所を荒らしておいて、何を抜けぬけと――」
「ふぁぁ……何を騒いでいるのかしら?」
突如聞きなれない声が、穂村の耳に届く。しかしそれは、穂村とオウギを除くその場の全員が知っている声でもある。
「和美ー? もしかしてまた要と喧嘩しているのー?」
口元に手を当て欠伸をしつつ、別室から少女が姿を現す。
ツインテールにおっとりとした顔つき。そして服の上からでも主張が激しい胸。たった今起きたばかりなのか、半目開きの目元を擦りつつ、守矢ほのかの隣に座ってはこくりこくりと首を前後に揺らしている。
「小晴姉さん……まさか、今起きました?」
「うぅん……もう少し寝ていたいところだけど、なんか騒がしいから……あら?」
少女はようやくそこで、穂村達と目を合わせることになる。
「もしかして、初めまして……? 私の名前は守矢小晴。旧居住区でお姉さんをやっています」
守矢四姉妹最後の一人にして長女、守矢小晴。してそのランクは――
「能力名は『投影』。一応、Sランクをやらせてもらっています」




