第一章 第三話 残像と実像
「――ということで、暫くの間は私のところに泊まって貰うことになるから」
「それでもって俺のところでイノとオウギを預かるって事か」
力帝都市に移住してからは何かと幼い二人を預かってきた子乃坂だったが、今日この日からはその二人よりもある意味では注視しなければならない存在と同居することになる。
(本人は話せないって言っていたけど……)
日常生活のほんの小さな癖や習慣から母親の正体が誰なのか、子乃坂はこの短い同居生活で見抜くつもりだった。
「私は別にパパと一緒で問題ないけど――」
「そのお父さん疑惑の穂村君と変なフラグを立てられても困るの」
「お前……俺がそんなに信用ならねぇってかよ」
「これまで積み上げてきた結果を見れば火を見るよりも明らかでしょ」
子乃坂を筆頭に時田、ラシェル、守矢に伽賀(?)と、穂村に惹かれる女性は決して少なくない。そして穂村の娘を名乗る少女であるが、彼女もまた娘というのが真実と断言できない以上、いつ穂村に惚れて転ぶか分からない。
「とにかくジュンさんは私の部屋で過ごしてもらいます!」
「残念。昔のパパの話とかいっぱい聞きたかったのに」
「それなら私が教えてあげるから大丈夫」
「お、おい子乃坂、全部教える事ねぇからな」
穂村としては特に娘を名乗る存在に疑いを持ってはいないが、持っていないからこそ中学時代の子乃坂との関係などを容易に教えて欲しくない部分があったりもしていた。
それを子乃坂は見抜いている訳ではなかったが、ジュンが娘だという確信が持てない以上、二人だけの秘密を話すつもりなどない。
「それじゃまた明日ね、おやすみ穂村君」
「おやすみパパ」
「お、おう……」
(俺はそのパパ発言にどう返事を返せばいいんだよ……)
二人が階段を上っていくまで見送ったところで、穂村はようやく自分の部屋と戻って現状を整理しようとしたが――
「久しぶりのしょうたろーの部屋だ! やっぱりわたしはここが好きだ! おねぇちゃんもそう言ってるぞ!」
ふんふん鼻を鳴らして興奮した様子で玄関に立つオウギの背中を押しながら、穂村は確かにと久しぶりに三人でいることの実感を得ていた。
「やっぱりこのベッドが落ち着くのだ!」
そうしていつも穂村が寝ているベッドの上に飛び乗って占拠するイノであったが、穂村は速攻でイノを抱えてベッドの下へと下ろす。
「そこは俺が寝るんだっての」
「床のお布団は固いからいや! って、おねぇちゃんまでしょうたろーの味方なのか!?」
どうやら姉妹で意見が分かれいるようで、“今”の穂村を知っているオウギだからこそ穂村の機嫌を損ねたくないといった意味もあって床で寝ようとしていた。
しかし――
「しょうがねぇな……床で寝ればいいんだろ床で」
『傲慢』がいなくなった今、イノたちが本当の意味で頼れるのは自分しかいない。そしてこれまで穂村の代わりをしてきた“アイツ”の代わりになれるのも自分だけ。
(穂村が拾ってきたとはいえ、面倒を見るのは穂村だからな……)
それにしても何故あの時にあの男は拾ったのか。理想を演じる為とはいえ、面倒事を増やすようなタイプだとも思えない。
(消えちまった今となっては、何も聞けねぇけどよ――)
――あの時、てめぇは一体どんな気持ちだったんだ?
◆ ◆ ◆
「…………」
――一体いつからだった? あの“塔”が見え始めたのは。
「ねぇ、どこ見てるの?」
「……別に、何でもねぇよ」
上等学院高校――通称、上学。この学校における能力者の最高ランク保持者、つまるところSランクの能力者は二人存在している。
一人はかつてDランクから飛躍した突然変異ともいえる存在、『反転』。
そしてもう一人、それが――
「――励二ってば最近窓の外ばっかり見て、ちゃんとノートを取って勉強しないと!」
「分かってる分かってる、いざとなったら詩乃のノートを見て――」
「私のノートに頼らない! ちゃんと授業受けて!」
「はいはい……」
授業と授業の合間にある休み時間、物思いに耽る二年生。この緋山礼二という少年こそ、検体名を『粉化』と名付けられた、炎熱系最強のSランクの少年だった。
そして緋山の隣に立っているのは、今となっては後見人公認(?)の下で緋山の彼女として振る舞う少女、澄田詩乃の姿があった。
彼女もまた能力者で、『晴れ女』という検体名を所持している。しかし彼女は自身の都合でランク制度から降りており、今は一般人と同じでDランクとして振る舞っていた。
「それにしても、窓の外に一体何があるの? あっちの方角は、確か――」
「力帝都市の中心部。第一区画がある」
Aランクを上回る者の中でさらなる力を求めて戦いに身を投じる場所、第一区画。力帝都市すべての区画を合わせてもそれを上回る広さを誇る区画であるが、それも空間圧縮によって他の区画と変わらない面積へと縮められている。
「……なあ詩乃」
「んー?」
「お前にはあれ、見えるか?」
「あれって……?」
緋山が指差す先を見やるが、澄田の視界には青い空しか広がっていない。
「何か飛んでたの? ハッ! もしかしてUFOとか!?」
「んなもん飛んでねぇって……つーか、そういう様子だと見えてるのは俺だけってことか……」
「なになに? 一体どうしたの?」
自分の彼氏が眼の病気にかかっているのでは、と心配になる澄田であったが、緋山の次の言葉を聞いた途端にその考えが変わってしまう。
「実はあそこに空高くまで伸びる巨大な塔が建っているように見えているんだがよ」
「えっ……励二もしかして、頭でも打った?」
「やっぱりそういう反応になるよな……でもマジで見えるんだよ」
空高くどこまでも、まるで天にまで続いているかのように錯覚しかねない程に真っ直ぐに聳え立つ塔。それが力帝都市の第一区画、つまりは都市の中心にいつの間にか建てられている。
突如としてそこに現れたのか、あるいは元からあったものなのか。その真相を知るのは、恐らく一握りの存在だけ。
「……俺の頭がおかしくなっていないことを祈って、あいつに聞いてみるとするか」
この超常現象に理解を示し、かつ話に適応できる桁外れの存在――魔人という存在に。




