第十二章 三十一話 All My Life
――全てをかけてそれを掴もうとした。
恐らくそれは今の自分にとっては絶対に手に入れたいもので、そこに全ての意味があった。
それさえ手に入れば満たされる。穂村正太郎に、己に近づける。自らを追い詰めて追い詰めて、その先にあるそれを掴める距離にまで近づく。
そうして再び日が昇ることを望んでいる。穂村正太郎として明日を迎えることを望んでいる。
しかしもう既に日は登りつつある。穂村正太郎がどちらなのか決まらないままに。目の前に立つもう一人の亡霊の様な、敵意に満ちた笑顔をした己を前にして――
「……ッ、ウォオオオオオオァアアアアーッ!!」
穂村正太郎は叫ぶ。全身に力を込めて。一切の焔が出ずとも、灰燼に帰した街の残骸の中心で彼は叫び声を上げ続ける。
太陽昇る地平線の上に、少年は再び立ち上がろうとしている。
「チィッ!! この期に及んで、まだくたばってねぇってかァッ!!」
それに呼応するかのように、灰色の少年もまた全身に力を入れる。もはや一片の能力すら発動できなくなっていたとしても、もはや『傲慢』に振る舞うことを忘れてしまっていたとしても、同じ格の敵を前にして戦わずにはいられない。
「オラァッ!!」
「くたばりなァッ!!」
「……結局男の子って皆こうなるんだね」
「クヒャハッ! どこまで行っても変わらねぇなぁ人間ってヤツはよぉ!!」
能力は使えない。しかし己が肉体はまだ動く。
ならばどうするか、答えは簡単。
殴るしかない。蹴るしかない。相手の顔面を。腹を。およそ有効打と思わしき部位に、打撃を加えるしかない。
結局のところはただの喧嘩に行きついてしまう。しかしそれがある意味、一番決着としてらしいものといえるのかもしれない。
「それにアイツ等をよく見てみろ」
「…………」
「ただの人間同士の殴り合いで、あそこまでの破壊力があるもんかよ」
一撃一撃、重い衝撃波を伴うような打撃。およそ普通の人間であればその一発で吹き飛ばされるであろう拳を、互いに立ったまま打ち合っている。
「ッラァッ!!」
相手の頭を両手でつかみ、顔面へ膝蹴りを喰らわせる。これだけでも悶絶ものだが、『傲慢』たる少年はそれを喰らってなお、身体をのけぞらせてもなお再び体勢を立て直す。
「っ、の野郎ッ!!」
「あぁん? ごっ!? ぶっ――」
ボディブローで体をくの字に曲げて、顔を伏せさせてからの顔面へのアッパーカット。今度は穂村の方が顔を思いっきりのけぞらせることになる。
「ぶぅっ……て、てめぇっ……!」
「ヒャハッ! 鼻でもへし折れたかよ!?」
「ぐっ、ぶっ殺す……!」
「上等だゴラァ! こちとら年単位でテメェを演じて来てんだ、テメェの相手なんざ余裕なんだよォ!!」
お互いノーガードでの殴り合い。しかし元来の『焔』としての骨格の強さもさながら、これまで培ってきた素手での喧嘩の経験において、穂村正太郎が負けるわけにはいかない。
「ぐっ、テメェ何を――」
「鼻を潰す時はなぁ……!」
今度は穂村が両手で頭を捕まえると、自ら頭部を後ろへ引いてのけぞらせる。
そして――
「こうやってやるんだよォッ!!」
『不良少年』穂村正太郎が得意とする、石頭を超えた大理石の額による強烈な頭突き。その一撃は『傲慢』たる少年の鼻っ柱をへし折るには十分な威力を誇っている。
「ぶふぅっ!?」
「んでもって、こうだァッ!!」
そのまま頭を持ったまま、ぶん回して放り投げる。そうして倒れ込んだところに駆け寄り、マウントを取った上でとことん顔面をぶん殴る。こうして穂村正太郎は、何人もの不良を病院送りにしてきた。
しかし今回ばかりは、ただの不良が相手じゃない。
「っ、調子に乗んじゃねェッ!!」
足を上手く引いて相手との間に入れ、そして胴を蹴り飛ばす。そうしてマウントを外したところで、お互いに仕切り直しといった様子で距離を取る。
「ハァッ、ハァッ……ッ!」
「っ……随分と、余裕がなくなってきてんじゃねぇか……なぁ、『傲慢』野郎!!」
「ぐっ……『穂村』の癖にふざけやがって……オレ様が……俺がいなかったらここまでこれてねぇ癖によぉ!!」
「はぁっ、はぁっ……っく……んなこと、分かってんだよ……!」
分かっているからこそ、ここで別れる必要がある。決別する必要がある。
もう自分を偽らなくていいと、『傲慢』にならなくていいと、この場に示す必要がある。
「だからこそ……てめぇを倒す必要があるんだろ……!」
「っ……認めねぇぞ、オレ様は……ッ! オレ様は、まだ、テメェに――」
――テメェに、必要とされている筈なんだ!!
「……悪ぃな」
――もう俺は、一人でも歩いていける。
「……ッ! ……だったら、最後に証明していけよ……」
その身に僅かに残された、小さな力。灰色の少年の右手に、僅かに灰燼が集約していく。
「……あぁ、やってやるよ」
穂村もまた、開いた右手に小さな灯火を宿らせ、力を集約させていく。
「……ケッ、オレ様がテメェになったあかつきには、やりてぇことがいっぱいあるってのによ」
「だったら今度は俺がてめぇの代わりにやってやるよ。だからもう――」
――寝てろ。
――共に大きく一歩を踏み込み、拳をまっすぐ前に突き出す。そうして拳は互いの頬をまっすぐにとらえ、見事なクロスカウンターを成し得ていた。
しかしその結果、どちらか一方が、倒れることになる。
「…………っ!」
「……へっ――」
――“オレ様が……勝ちを、譲るとは、な――”
「…………」
『傲慢』だった怪人が、ただの灰燼へと姿を変えていく。そして朝焼けの空、一陣の風に乗って、灰は空へと散っていく。
“アイツ”はどこかへと消えていく。それは今の穂村正太郎にとって、必要なものではなくなったから。
しかしそれもまた一時的なものなのかもしれないし、ともすれば二度と会うことはないかもしれない。
それでも穂村は、あえてこう口にする。
「今回“は”……俺の勝ち、だ――」




