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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
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第15話 The Pretender

 真っ白な空間であった。壁もなく、ただ永遠と無が続いているだけ。

 そしてそこに、穂村正太郎は立っていた。


「ここは……どこだ……まさか死後の世界ってか……?」

「しょうたろー!」


 遠くから少女が駆け寄ってくる。金色の髪を活発に揺らし、その瞳に喜びを携えて。


「イノ!」

「しょうたろー!」


 穂村は駆け寄ってくるイノをぎゅっと抱きしめた。しっかりとイノを引き寄せ、それが本物だという実感を受けると、涙を流して許しを請う。


「すまねぇ……! 許してもらえる訳がねぇが、俺はお前を……!」

「しょうたろー……大丈夫だぞ、今は一緒にいるでないか」


 気がつけば穂村はしっかりと抱き寄せ、イノの頭を撫でていた。イノはそれが嬉しくて、余計に穂村の方へと顔をうずめてくる。

 そしてこの時に、穂村は気づかされた。

 いつの間にかこの小さな少女が、自分にとって大きな存在になっていたことを。


「……俺にとって、お前はいつの間にか大切な存在になっていた……何もなかった俺に、意味を与えてくれた……」

「よく分からんが、しょうたろーにとってわたしは大切なのか?」

「ああ、そうだ」


 イノは更に上機嫌になってこちらにすり寄ってきたので穂村がその小さな背中を撫でていると、イノの後ろにもう一人の少女の姿がある事に気が付く。


「……誰かいるぞ」


 イノはその言葉を聞いて後ろを振り向くと、自分の姉に手を振って声を描ける。


「おねぇちゃん、この人がしょうたろ―だぞ!」


 銀髪の少女は黙ったままこちらへと近づき会釈をする。穂村ははしゃぐイノを抱き上げ、オウギの近くへとよる。


「お前がイノの姉か。あの科学者の言う通り、イノセンスはお前の見た目がベースなんだな」


 オウギはこくりと頷くだけで、一言も喋ることは無い。しかし一人で立つその姿はイノセンスのときとは違い、少しでも触れれば崩れてしまいそうなほどにか弱い存在となっている。

 穂村はそこから何かを察したのか、オウギも抱き寄せてしっかりと抱きしめる。


「……お前も、苦しかったんだな」


 オウギはそれに返事をすることは無かった。ただ大粒の涙を流して、穂村に引っ付くだけ。しかし少女は救われた。穂村によって救われたのだ。


「あぁー! おねぇちゃんずるいぞ!」

「ちょっ、危ねぇ!」


 二人から引っ付かれ、穂村も思う様には動けないどころかバランスを崩しそうになる。

 それもいいのだが、まずはここがどういう場所なのか知らなければならない。


「ここがどういう場所か分かるか?」

「知らん」

「そうか……」

「――いずれにせよクソッたれな場所だがな」


 遠くに立って腕を組んでいる少年は、まるで吐き捨てるかのようにこの場の感想を述べた。


「……しょうたろーがもう一人?」

「ちげぇよクソガキ。そこのお人よしと一緒にすんな」


 改めてみると、灰を被ったような髪の色に紅の目をしている。しかしそれ以外は全く穂村と一緒の見た目である。

 穂村は改めて、自分の中にいたアイツと向き合う。


「……お前か」

「チッ、シカトぶっこいてりゃ今頃クソガキだけでおっ死んでたのによ」

「俺がそれを許すわけねぇだろ。それよりどういう事だ? ここから出る方法はねぇのか?」

「出る方法があったらオレ様が先に出て、テメェの身体を乗っ取っているだろうよ」


 それはこの場所から脱出する手だてを、目の前の自分は全く知らないという事を意味している。


「恐らくガキの魂が分離するときにバカみてぇに突っ込んじまったせいで、オレ達も巻き込まれてどっかに飛ばされちまったんだろうよ」


 それを聞いたイノとオウギは、まるで怒られる時の子供のようにしょんぼりと小さくなってしまう。


「しょうたろー、わたしのせいで――」

「お前らのせいじゃねぇ。俺が引き起こした事だ。誰もお前らを責めはしない」

「アァそうだ。目の前のバカがやっちまったことだしよ」


 そういうと口が悪い方の穂村は再び歩き始める。それに当てがあるのかないのかわからないが、穂村もイノ達を連れて後を追う。


「仮にここから出られたとしても、テメェらの肉体が死んでりゃ意味ねぇからな」

「分かっているさ」

「少なくともオレ様の予想が正しいなら、オレらの肉体は既に死んでいるからな」


 今更そんなやり取りをしているわけにはいかない。だが今は目的もないままにただただ歩いているだけ。


「……なあ、どうすればいいんだ?」

「知るかよんなもん」


 道なき無の世界をただひたすらに歩いていると、遠くから何かこちらを呼びかける声が聞こえる。


「……何か聞こえねぇか」

「アァ良かったぜ。オレ様の耳がイカレちまったかと思ったからな」

「――『フ……ム』!」


 それは時田の声に思えた。その声にはいつもの彼女とは違う、心配と不安の声が入り混じっている。

 そしてまるで救いの手を差し伸べるかのように、その先から光が差し込み始める。


「……あっちに行けば帰れるかもしれねぇぞ!」

「行こう、しょうたろー!」


 イノとオウギは手を引っ張って声のする方へと走り出すが、それをもう一人の自分が制止する。


「先にガキ共を帰せ」

「何でだ?」


 拍子抜けした声を聞いて、目の前の自分は鼻で笑って状況を説明する。


「オイオイ、テメェ約束を忘れたのかよ。ガキ共を助けてやれば、テメェの意味はもう無くなる。そうなりゃオレ様がテメェの身体の正当な支配者のはずだぜ?」


 それを聞いた穂村は、イノとオウギの手を離して少年と改めて向きなおす。

 灰色の少年は期待していなかった答えを出そうが出すまいがお構いなしと言わんばかりに口元を歪め、右手に熱を集中させ始める。

 ――空間の温度が一度上がる。それはつまり完全なる敵対。

 目の前の穂村アイツと、己を賭けた戦い。


「しょうたろー……?」

「イノはオウギを連れて先に行け」

「で、でも、しょうたろーは――」


 泣きそうになる二人の少女の目線に合わせるように穂村はしゃがみ、二人をしっかりと見て約束をする。


「安心しろ。絶対に帰ってくるから」

「やくそくだぞ……?」

「ああ、絶対に守る」


 穂村は二人の頭をわしわしと撫でると、光に向かって走る二人の背中を見送る。

 二人が光に包まれる直前、イノは振り返って大声で叫ぶ。


「しょうたろー!! ぜったいに帰ってくるのだぞー!!」


 これ以上もない最高の声援を受けたところで、穂村は右手の炎を轟々と燃え盛らせる。

 そして目の前の自分はそれに応じるかのように、更に熱を纏って灰を舞わせている。


「……わりぃな。このように俺には新しい約束が、意味ができちまった」

「ケッ、テメェはここで終わりだ。オレ様がここでテメェをぶちのめして外に出りゃ、意味などどうにもなくなっちまう。テメェはここで終わり。それが運命きまりだ」

「ここか運命の分かれ道ってんなら、俺はお前ごとその運命をぶっ潰す」


 互いに応じ、化学反応でも起こるかのように灰と炎が巻き上がる。


「……俺とお前――」

「どっちが強ぇか――」




 ――勝負だ。

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