第六章 第十六話 変化の兆し
「リハビリにしては上出来だろ?」
「そうね。まずまずといったところかしら」
生身の人間対自律型の特殊工作兵器。対ゲリラ戦を想定して製造されたそれは、人間を相手取るにあたって徹底的な対策が積まれているという、対人戦では最高峰の兵器だった。
――だった、とここで表現したのは、金髪の少年の前に積み重なった屑鉄の山が、その兵器であったからだ。
「それにしても一戦目から最新型の対人兵器ぶつけてくるとはよ。あんたが言うには一度身体がリセットされたってことで、俺は今生身の人間の筈なんだが」
「追加で説明もしたでしょ。血液はおろか、体細胞を模した有機ナノマシンで全身が構成されている。常人離れの回復力は、さっきの戦いで実感できたでしょ」
「…………」
閉鎖された無地の白い空間。しかしその広さはアリーナと言っても過言ではない広さ。
科学の街、第十二区画の地下に作られたその広々とした空間にて、上半身裸となった金髪の少年に向かって、白衣を纏ったポニーテールの女性科学者が今回の戦いについての説明を繰り返している。
「貴方は穂村正太郎の手で一度死んだ。そして何の因果か、肉体全てが有機素材に置き換わった貴方は、人間でもなければ、ロボットでもない。かといってサイボーグでもない。何者でもない、完全に新しい存在。いうなれば――」
「完全究極生命体、騎西善人様ってことかぁ?」
「……まあ、そういう風に言うこともできるかもね」
人間の様にありながら、機械のごとき強さを秘めた少年。それが今の騎西善人を現すにあたって一番近い表現だった。
「確認したいのだけれど、貴方の今の右腕は?」
「あぁん? 腕は腕だろ」
騎西は改めて自分の右腕を見つめ、手を広げたり閉じたりを繰り返す。いたって何の変哲もない生身の人間の腕であったが、数藤が録画していた映像には、全く違うものが映し出されている。
「その右腕だけど、貴方が戦っている間には無意識の変化が起きていたわ」
それは騎西が兵器を破壊するべく、素手で装甲板を引き剝がそうと鋼鉄プレートに手を伸ばした瞬間の映像だった。
「…………」
「貴方がどこまで意識していたのかはしらないけど、見ての通り、一瞬でかつての貴方に生えていた鋼鉄の右腕に――」
「意識はしてねぇけど、こいつをぶっ壊すって決めて手を伸ばしたらこうなっていたのには気づいていた。その後こいつを吸収も試みたけど、それは無理だった」
「うーん……新たに吸収することはできないけど、既存の変形は可能ってところかしら?」
「だったとしても、このランクは納得いかねぇけどな」
そう言って騎西は不満を露わにポケットから赤いランクカードを取り出す。そこにははっきりとランクAと示されており、力帝都市において上から“二”番目に持つ者の強さを示すランクが記載されている。
「でも上々じゃない? 元がDランクだと考えれば――」
「俺はあの穂村と戦って、不本意だが引き分けになった男だ。それをあいつがSで、俺がAってのが気に入らねぇんだよ」
穂村との壮絶なバトル――結論からすれば、今の騎西善人に与えられた評価はAランク止まりとなっている。そして当然ながら本人はそれを納得していないようで、引き分けなのにどうしてかたやSランクで、かたやAランクなのかと未だに不満を抱えている。
「病院で殴り合いまでしたってのによぉ」
「それは単なる蛇足よ。無駄に入院期間を伸ばしただけ。あとは上層部が戦いを見ての判断なんだから、私にはどうしようもないわ」
Sランクのような最上位クラスともなれば市長による裁定も含まれてくるが、それを踏まえてもなおAランクでしかないという事実に、騎西は不満を募らせる。
「ちっくしょー…………次こそは勝ってやるからな」
「その意気よ。私もその為に最大限バックアップするつもりだから」
(というより今の私にとって、貴方を支える事とアクアの世話ぐらいしかやることがないんだから、精いっぱいやらせて貰うわ)
過去のしがらみに別れを告げた数藤にとって、数少ない繋がりの一つである騎西のメンテナンス。それは以前の興味本位だけとは違って、今は少しだけ別の意味を持ちつつもあった。
そして、そんな二人の前に降り立つ第三者が。
「やあやあ。ぼくもわたしもその手伝いをするつもりだよ」
「ケッ! てめぇについては俺はまだ信用できたわけじゃねえんだけどな」
白い空間においてなお、更に白いと感じさせる三対の純白の翼。何をせずとも神聖さを醸し出している少女とも少年とも取れる姿。
一言で表すならば天使――そんな高等な存在を前にしても、騎西は動じることなく悪態をつく。
「そもそもてめぇが割り込まなければ完全決着だったってのによぉ」
「完全決着? いいや、違うね。あれは泥仕合さ。ぼくときどきわたしにとって、あれは人間同士の争いとは言えない」
「いつも思うけど、貴方の発言って既存の研究者にとっては垂涎ものの情報ばっかりね」
「別に隠す必要もないさ。もうすぐこの世界の位相も変わる」
魔人から熾天使と呼ばれ、それに倣って騎西達からも同じ呼び名で呼ばれる天使は、にこやかにこう口にする。
「AランクだのSランクだの、そんな人間の小さな定規で測ることなんてできない、本物の力を持つ者達が、この世界を嗅ぎつけつつあるんだから――」
八月頭と言いつつ遅れが出てしまい申し訳ないです(´・ω・`)。更新再開です。




