第四章 第十話 資格
「さーて、『焔』も念願のSランクになったようだし、今回は買い物も遠慮なく楽しめそう!」
「今までも遠慮なくタカってただろ」
「アタシのカード割を利用してね」
「ぐっ……何も言い返せねぇ」
子乃坂と買い物をした時とは違って、時田本人も目的としているデートにうってつけの区画、それが第八区画。男性向けの施設が揃う第七区画とは対照的に、女性を対象とした店舗が多く、おすすめのデートスポットとしても力帝都市内で真っ先に上がる区画でもあった。
「何から買ってもらおうかなー? やっぱり流行りの服とか選んじゃおっかなー?」
「何でもいいだろ。どうせ無料になるんだし好きなの選べよ」
「そうなんだけどさー、どうせなら『焔』も気にいるようなのがいいじゃん」
「俺が? ……別に何を着ようが、それはお前の勝手だろ」
早々に穂村の無神経発言が飛び出したところで、時田の足が早速ストップする。
「ハァー……分かってるんだけど、この位でキレても負けなのよねぇー」
「あぁ? っ、いって!?」
いつの間に時間を止められたのか、そしてデコピンをされたのか。穂村の額に赤いあざが出来たところで、時田は今回の買い物の目的ができたとばかりにニヤリと笑う。
「そうだ! こうしましょ!」
「ってぇ……なんなんだよ」
「朴念仁のアンタでも綺麗って言ってくれるような、そんな服を探してみせるわ!」
気持ちを切り替えて張り切った様子を見せる時田だったが、穂村は相変わらずハァ、と息を漏らすばかり。
(……別に何を着ても変わらねぇっての。時田は時田だ。お前なんざ――)
――何を着ても似合うってくらい、俺でもわかるっつーの。
◆ ◆ ◆
「コレとかどう!?」
更衣室のカーテンが勢い良く開き、中から試着を済ませた時田が姿を現す。島に行った時以来の夏らしく涼しげな服装は新鮮味を感じるはずなのだが、当の穂村の反応はというと、至って鈍いものだった。
「んー……いいんじゃねぇの?」
「いいんじゃねぇの? ……じゃなくて、具体的な感想を寄こしなさいよ!」
「そう言われてもよ……」
「……まあ、別にいいけどさ」
更衣室のカーテンが音を立てて閉められると、穂村は何か機嫌を損ねてしまったかと首を傾げる。
穂村としてはこれでもじゅうぶん似合っていると言っているつもりだったが、それが時田に伝わっているのかと言われれば……実は伝わっている。
(……なるほどね、今のは結構イイ線いってるってことかしら)
時田の能力検体名といえば『観測者』。時間を自在に停止させるというインパクトの強い能力にばかり注目が集まることが多いが、実はもう一つ能力を持っている事については意外と知られていない。
普通だったら気が付かない、僅かな感情の揺らぎすら全て読み取れるほどの鋭い観察力。それが時田の持つもう一つの能力だった。
「だったら……これはどうかしら!?」
「っ! ……まあ、似合ってんじゃねぇの?」
「よし!」
先ほどとはまた違った服装を見た穂村の反応は相変わらず薄いものの、明らかに言葉が違う。服を着ている姿を見せて“似合っている”などという言葉を穂村から引き出せたのは、現時点では時田だけとなるだろう。
「ふっふっふー、段々とアンタの好きな服装が分かってきたわよー!」
「チッ、別にそういうんじゃねぇんだけどよ……」
しかし事実として穂村の頬が照れで薄っすらと赤くなっているのを、時田は見逃さなかった。
(やっぱり……コイツが好きなのはスカート系! アタシとしてはデニムパンツとかの方が気にせず動けて好きなんだけど、やっぱり男ってスカートが好きなのかしら)
学生服で指定されているぐらいで、時田は普段あまりスカートを身に着けようとはしなかった。その理由も単純で、戦う時にスカートが捲れる心配など、無駄な意識を割くことを嫌うからだった。
しかし今回穂村が望むというのであれば、そのスカートを穿くこともいとわない。
「ねぇ、これどう?」
「ん? …………」
「……何か言いなさいよ」
薄手の白いワンピース。それはSランクの関門としての力を持つ時田とはかけ離れた、一人の女の子として彼女を演出するにふさわしいものだった。
「…………」
「ちょっとー? 何か言いなさいってば」
「ああ、いや……まあ、いいんじゃねぇの?」
いいんじゃねぇの? という言葉は似合っているよりも好みの距離が離れた言葉。しかし時田の耳に聞こえていたのは、普段の戦うライバルとしての時田というより、穂村とデートをしている彼女としての時田を意識させるような、照れを隠すような声色だった。
「ふーん……? 流石の正太郎も、ちょっとドキドキしてる感じかしら」
「ばっ、そういうんじゃねぇって!」
「ハイハイ、そーですか」
再びカーテンが閉められたところで、穂村はふと気づく。
(……あいつ今、俺のことを検体名じゃなくて名前で呼んだよな?)
これを機に呼び方でも変えるのか、と軽く考えていた程度の穂村だったが、時田の方はその名前呼びですら大きな緊張が伴っていた。
(初めてこの観察力を有効活用できてるって感じ。それにしても子乃坂さんもそうだったけど、意外とアイツって真っ向から女の子って感じの方がグッとくるようね。それにしても……つ、つい名前で呼んじゃったけど、変って思われてないかな……?)
確かに今までのように力を振るい、ワガママを通していたならば、穂村もそうした意識をしてこなかっただろう。しかしこうして真っ向から好意を向け、そして自分自身を女の子としてアピールしたからこそ、穂村もライバルとしての認識から改めざるを得なくなったのかもしれない。
(……どうせならちょっとくらい、からかってみようかしら)
以前穂村だった時期に背負われた時にもそうだったが、時田は同年代の女性と比べてバストサイズにはそれなりの自信があった。そして今回もまた穂村に対して変に意識をさせてやろうと、時田は至高を巡らせる。
「――一時停止」
着替えを済ませて時間を止めれば、そのまま世界が止められる。その中で自由に動けるのは、時田マキナただ一人。
「さぁて、確かコスプレコーナーにバニー衣装とかあったっけ」
素早く、そして手早く目に付いた衣装をかっさらってきたところで、再び世界は動き出す。
「……それにしても暇だな」
――“そういうのを待つってのもデートの醍醐味ってもんだろ”
「てめぇが知った口叩くんじゃねぇブチのめすぞ」
――“アァン? そもそもテメェの方こそ普通に気づいている筈なのに、何時までもしらばっくれてんじゃねぇぞ。目の前の女も、子乃坂ちとせも、テメェのことをどう思ってるのか――”
「チッ、燃えカス野郎は黙ってろ」
――“……ケッ、テメェの方こそ、そうやって何時までもメソメソ引きずってろ”
外では穂村がボソボソと独り言を呟きながら着替えを静かに待っている中、試着室内にいる時田はというと、時間停止の前と後とで表情が大きく変わっていた。
「…………」
折りたたまれた布地を広げるが、明らかに面積が少ない。ジョークグッズにしても対象年齢が高い大人向けに思えてくる。
「急いだせいでとんでもないもの取ってきちゃったみたいだけど……いっそこれでっ、アイツをドキドキさせちゃったりとか……!」
自身も恥ずかしいが、これを見た穂村の方がもっとドキドキする筈――そう思って時田は意を決してその衣装を身に着け、そして穂村に対していつも以上にわざとらしく明るい声で、カーテンを開けて身を曝け出す。
「じゃーん! これどう!?」
「いっ!?」
食い込みの激しい下半身のラインと、今にも服がめくれてこぼれそうな胸を前にして、穂村はまるで顔に火が付いたように真っ赤になり、そして顔をそらし始める。
「ばっ、馬鹿じゃねぇのかてめぇ!?」
「なっ!? 可愛いじゃんバニー! ほら! もっとよく見て!?」
顔を逸らしている為その表情は穂村には見えていないが、時田の方もそれなりの羞恥心を抱いており、同じように顔を赤くして穂村に詰め寄っている。
「ほらほら、『大罪』の時に意識していたかもしれないけどさ、アンタだってアタシの胸が――」
「っ、馬鹿野郎!!」
唐突に浴びせられた、穂村からの罵声。それは半分興奮状態だった時田ですら、一瞬でストップする程のものだった。
「てめぇ、もっと自分の体を大事にしやがれ!!」
「……ハァー?」
唐突な説教。しかもまるで父親辺りが言いそうな、ありがちな言葉。これを機に一気に時田は冷めた様子で、試着室へと戻っていく。
「……アンタ、流石にビビり過ぎ」
「っ……何がだよ!」
「ハァ、アタシだって恥ずかしいのを我慢してここまでやったってのに……もういいわ」
次の瞬間には試着室から姿を消し、そして一人、遥か遠くへと立ち去っていく時田の背中が穂村の目に映る。
「なんか、前にバトルした時とはまた違って、今度こそバカバカしくなってきちゃった。まっ、今日はこれくらいにしておくわ。またね、『焔』」
恐らく何か大きく機嫌を損ねることをしてしまったのだろうと、鈍感な穂村でも気づくことができた。
しかし穂村はそれでも時田の後を追うこともせず、ただただその場に立ち尽くしている。
――“これがテメェにとっての正解か?”
「うるせぇな……そもそも俺みてぇなクズ野郎に、時田と付き合う資格なんざ元からねぇんだよ」
――“それは子乃坂ちとせを相手にしても言えんのかよ”
「……それこそあいつとは付き合わねぇし、付き合えねぇ。いくら向こうが好きだと言って、寄ってきてくれていたとしてもな」
――穂村正太郎には、『大罪』とは全く異なる意味として、罪の意識というものがある。
それは穂村正太郎の人格が裏に引っ込んでいた間も、そして『高慢』を偽って表に出てきた時ですらも、ずっとその一線だけは超えないようにしている。
「……俺が誰かを好きになる資格なんて、微塵もある訳ねぇんだよ」




