第三章 第七話 罪の定義
「おいおい、最初の実験体をもうおしゃかにしたのか」
「ふぇえええ、私のダーリン一号機がぁーっ!」
研究所内に担架で運ばれたクローンの穂村正太郎だったが、その有り様は近くで見れば見るほどひどいものだった。
「頭蓋が完璧に破壊されている。それに壁に叩き付けられたことで全身の骨がズタボロだ」
「なっ、なんでだよぅ……『観測者』だって、ダーリンのことが好きなはずなのに――」
「向こうは観察の天才だ。紛い物だと分かれば容赦もするまい」
冷静に状況を推測する眼鏡の男、阿形夢次郎。またの名を、アダム。かつてはイノとオウギという『究極の力』を宿す人工生命体を生み出した天才科学者だったが、穂村正太郎と関わることになってから、かつての主任研究者がよく分からないクローン技術の研究所の助手にまで成り下がるといった、転がるような転落の人生を送っている。
「ちっ、それにしても忌々しいガキだ……」
どこまでこの男は自分に関わってくるのか。関わる度に自分の立ち位置がどんどん下がっている気がしてならない。
「でっ、でも、ダーリンを知っているお陰で私に拾ってもらえただろぉ?」
そしてそんな阿形を雇用することを決めたのは、穂村正太郎に対して異様なまでの執着心を見せる女性研究者。研究に没頭するあまり容姿にこだわりを持たなくなったのか、ボサボサのまま癖のついた髪の合間から病的なくまを携えた瞳が覗き見える。
「ふんっ……確かに短期間でしくじり過ぎた私にも失態があるかもしれないが、それだけこいつの力を甘く見ないことだ」
「わ、分かっているってば! ……だからこそ、こうして、ほ、穂村正太郎を知る者から経験値を貰ってるところだ」
「経験値……?」
「そ、そうさ」
そして女性研究員はダーリンとして慕っている筈の穂村正太郎のクローンの頭蓋に手を伸ばすと、その奥にある脳みそを躊躇なく取り出して宙に掲げる。
「あははぁ……こっ、これさえあれば、記憶と経験さえ重ねれば、私は穂村正太郎を一から作り上げることができる……!」
「確かに既に、能力者としての可能性は開花し始めている……」
穂村正太郎の遺伝子情報を元に培養して作った人工脳。赤子のようにありとあらゆる経験を吸収し、穂村正太郎としてその経験が処理される。
その結果として今回の成果が――
「うひょひょっ! もう発火能力が発現してる!」
取り出した脳を解析機械に入れ、この度繋げられた脳のシナプスを計測する。するとそこには確かに、発火能力が顕現した際によく見られるような、脳の変化を確認することができる。
「だが記録動画で見る限り、火力の程度で言えば精々Cランクが妥当といったところ」
「それでも構わない! この炎が”焔”と化した時、私は穂村正太郎に一歩近づけるぅ!」
そうして取り出した解析データを新たに作った人工脳に刻み込むことで、クローンはその続きからの学習を行うことが可能となる。
「フヒヒヒ……あ、あとは回数を重ねればぁ、あの美しき青い炎も確認できるようになる!」
「そしてその先にある、おぞましき黒の炎もな」
阿形夢次郎が求める『究極の力』――その一端となりえるもの、それが穂村正太郎の抱える『衝動』。
「少し古い文献だと『大罪』とも呼ばれていたようだが――」
「あぁー、『大罪』と『衝動』は厳密には異なるぞぉ?」
「何だと?」
唐突に語られる新たな知見。それは今まで阿形が聞いたことのない、全く別の考え。
「一体どういうことだ!? 既存の理論として『衝動』を知っているからこそ、私は感情を発現するユニットとそれを制御するユニットとを分けて製作し、そして一体化を試みたというのに!」
「ふっふっふー、その考えは最先端科学においてはもう古い。やっぱり、落ちぶれるべくして落ちぶれたなぁ、阿形クン」
「くっ、だったら教えて貰おうか! “自称”現代脳医学のパイオニア、天木座理那の知見における、『大罪』の定義というものを!」
天木と呼ばれた研究者は、それまで夢中だった脳波データを写すモニターから視線を外し、そして阿形の方を振り向いて改めてこう述べた。
「……き、君は悪魔の王、サタンというものを知っているかね?」
「サタン? ……神学に登場する魔王という認識はしているが」
ヘブライ語における“敵対者”としての意味合いを持つ、悪魔の中の悪魔。しかしその正体は諸説存在している。
「そ、そうだ。かつて『明けの明星』と呼ばれていた堕天使ルシフェルを指す言葉だとも言われていて、に、人間を堕落させようとする存在とされているが……一部の人間は、このサタンという概念を、なんと、別解釈で捉えている」
かつての最初の人間が神に背いたことで生まれた、最初の罪。『原罪』とも呼ばれるそれは、全ての人類が今も背負うものだとされている。その中で悪魔の王サタンが最初の罪を背負う手引きをした蛇と同一視する考えも存在する。
「サタニストと呼ばれる中でも一部の者は、サタンというものをこう解釈している。人間内部にある本来持っているものを奮い立たせる、力のような“何か”……それがサタンだと」
つまりサタンとは、実態を持った魔王ではなく概念。それは人間の奥深くにある、激情そのものだという解釈。
「なっ……! ……読めてきたぞ。『大罪』というのはとどのつまり、純然たる秘められた“力”そのもの!」
「ふひひっ! そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だがいずれも激情に支配されて、その中でもごく一部の人間だけが、その力へと辿り着く」
全てに憎しみを向ける『憤怒』。自尊心を超えた『傲慢』。欲するものは絶対手に入れるという『強欲』――いずれもが何らかのきっかけを持って、顕現をしている。
「お、面白い考え方だろう? そして穂村正太郎は珍しくも、その『大罪』というものを二つも抱えている。ゆえに私にとっては最も魅力的な研究対象という訳だ」
天木座理那の推論は現時点で最も正解に近いものに思える程、阿形の頭にすんなりと入ってきた。
今までの理論を更に先鋭化させたような理論。しかしまだ証明されていない以上、机上の空論でしかない。
「つまりはそれを証明する為に、穂村正太郎のクローンを……」
「ぐひひっ、そういうことだ!」
最初の実験結果はまずまずといったところ。
この実験の最終目的はひとつ。穂村正太郎が持つ『大罪』の完全再現。すなわち、『究極の力』へと辿り着く道の一つの完全踏破だった。
「ひひっ、そ、その為にももう一つの可能性も追っておくとしよう……」
そうして天木は円柱形の水槽から解放された、黒髪ロングの少女を見やる。
「ふひひっ、お、お前には、既に穂村正太郎の能力と同等のものが発現されている。存分に暴れてこい……」
――検体番号〇八〇〇三、フェロニちゃぁん。




