第六話 クローン
「とは言ったものの、次のデートで何処に行こうかしら……」
力を持つ者が上に立つ都市、それが力帝都市。そして時田マキナはその都市における最強ランクの一歩手前、Sランクへと続く関門として立ち塞がっている。
(というかやっぱりだけど、あいつはとうとうSランクになっちゃったんだな……)
それまでは何かと穂村の前に立ちふさがる関門として、自然と絡む機会は増えていた。まるでこっちから相手しなくてもじゃれついてくる犬のように、必死な姿にいつしか興味を惹かれるようになり、そして恋心を抱くようになっていた。
しかしSランクとなった今、穂村の方から時田に突っかかる理由など無くなってしまった。そしてBランクの頃と、今の穂村は確かに何かが違っている。本人もそれを言うのだから間違いない。
しかし『観測者』として長い時間穂村を見ていた時田だからこそ、湧き上がってくる疑問も存在する。
「…………」
――『傲慢』の『大罪』、アッシュ=ジ=エンバー。現在の力帝都市において『衝動』と例えられるそれらを、時田も知らないわけではなかった。
(力を欲するが為に戦いを重ね、そうして強くなったその先にある何か……確か騎西善人ってヤツもそうだったわね)
まるで戦いに感応するかのように、力を欲する中で取り込まれてゆき、形成されていくようなそれらを、内に秘めている者は他にもいる。
「ん? 誰かと思えば、『ダストクイーン』に第十四区画の“番犬”じゃない」
「あら、偶然ね」
「誰が番犬だ、誰が」
旧居住区画を根城とするDランクの無能力者集団、通称ダスト。それらを束ねている守矢四姉妹の長女、守矢小晴。そして次女であり時田と同じAランクの実力を持つ守矢和美。この日偶然にして第三区画に姿を現していたところを、時田とばったり遭遇する。
「一体何をしに来たのかしら」
「何って、第三区画に来る理由って買い物以外にあるかしら?」
「小晴姉さんの言う通りだ」
異名から感じる物騒な雰囲気とは真逆の、ツインテールでたぬき顔の長女。そしてそんなおっとりした雰囲気の姉を支えるように、常ににらみを利かせているように鋭い視線を周囲に向ける次女。一見すれば次女の方が強いように思われがちだが、その実力差は天と地ほどの差があった。
「そっちの方こそ、一人で何をしている? 今日は穂村正太郎とは遭遇していないのか?」
「『焔』ならいま別の女の子とデート中だけど」
「なっ……! 小晴姉さん、やっぱりあいつはどう考えても小晴姉さんとはつり合わな――」
「あら、別にいいじゃない」
小晴が穂村に好意を持っていることなど、二人にとっては周知の事実。時田もまた敢えて挑発の意味を込めて放った言葉だったが、意外な反応に目を丸くする。
「いいって、何が――」
「だってあの人の力は人並外れたものなのですから、付き合う女性も一人や二人で収まるような器ではないことぐらい想像できるでしょう? 最後に私達のところに帰ってくるのなら別に構わないわ」
「さ、流石は小晴姉さん……」
「何という大物感……」
とはいえ力帝都市も下地にあるのは日本であり、特別に都市で指定されたルールを除けば、常識のベースは日本の文化に寄り添うものになる。一夫多妻制などありはしない。
「と、とにかくアタシはそろそろ帰るところだから、『焔』に会いにいくなら、日を改めた方が――」
「あら? 正太郎さん?」
「えっ……?」
時田が振り返った先――そこには確かに、穂村正太郎の姿があった。はぐれでもしたのか、近くに子乃坂たちの姿は見えず、当の本人は辺りをキョロキョロと見回している。
「正太郎さーん!」
「おかしい……いくらあのがさつになった『焔』でも、おいていくなんてことはあり得ない――」
穂村と思わしき少年の姿が近づくにつれ、その細部を時田は目にすることができた。しかしどれだけ観察しても、外見上の違いは見つからない。服装も目つきの悪さも、何一つ穂村と異なる部分はない。
しかし時田が結論として出したのは――
「――アンタ、誰」
「…………」
遂には四、五歩も歩けば間近に迫るといったところで、時田は穂村と瓜二つの少年に対して冷たい言葉を投げかけた。
「正太郎さんじゃ、ない……?」
「この力帝都市で穂村正太郎と一番付き合いが長いのはアタシよ? それにこれはここ最近の別人格の件とも違う」
まるで空っぽ――時田が評した一言は、まさにこの目の前に立つ少年を表現するにふさわしい一言だった。
「…………」
「ちょっとは喋ったらどうなの? それとも喋ることもできない」
「……あ、あー……ぅあ?」
まるで今初めて言葉というものを理解したかのような、赤子のような返事に時田はますます首を傾げる。
「どういうこと? もしかして子乃坂さんを怒らせすぎて記憶喪失レベルのビンタでも喰らった?」
「どうやらそういう訳ではなさそうよ」
そう断言する守矢小晴の手に投影されたのは拳銃。当然ながら実弾入りのもので、小晴は一切の躊躇もなくその引き金に手をかける。
「ぎっ、いぃいああああっ!?」
唐突に撃ち放たれる弾丸は、穂村と思わしき少年の膝を貫いていく。当然ながら激痛に顔を歪ませる穂村だったが、その悲鳴はまるで人間というより言語を持たぬ獣のよう。
「ちょっ、何してるの!?」
「何って……貴方、まだこの人が正太郎さんだとでも思っているの?」
「そうじゃないけど!」
「ふぅっ、ふぅっ……! ……あぁっ!!」
先ほどとは違う、明確な敵意を持った穂村の右手が、拳銃を模った形に握られる。
そして――
「バンッ!!」
「っ!?」
人差し指から、炎の弾丸が放たれる。その向かう先は、守矢小晴の顔面。しかし小晴は既に対策を打っている。
「防弾ガラス、目の前に投影しておいて正解だったわ」
「小晴姉さん! 一体どういうことなのです!?」
この場で唯一、目の前の少年が穂村ではないと確信づいていた小晴。時田もまた99.9%違うと思っていながらも、その姿を前に躊躇をしてしまっていた。しかし小晴だけは、最初から敵対する者としてこの少年を見ていたのだ。
「どうも何も……クローンかしら?」
「クローン!?」
「……流石は何でもアリの力帝都市。元々Bランクの人間なら、それまでの情報クリアランスも高くなかったものよね」
小晴の言葉で得た確信。目の前の穂村正太郎は、穂村正太郎であって穂村正太郎ではない。全く瓜二つだがオリジナルではない、クローン体であると時田は断定した。
「確かに、BからいきなりSランクとなれば、研究したくなる輩も出てくるわよね……っと!」
相手が穂村でないのであれば、何の躊躇も必要ない。
再起不能になるまで、徹底的に叩きのめす。
「それじゃまず、軽くデコピンから行こうかしら――」
僅かな違和感を覚えたかと思えば、時田マキナは既に穂村の眼前にいる。そして人差し指を親指に引っ掛け、クローンの眼前に差し出すと――
「――ハイ、おしまい」
次の瞬間には時田の眼前からクローンは消え、代わりに遠くで全身から血を噴出して建物の壁に深く叩きつけられた姿を小晴は目にすることになる。
「どうしましょう。完全に始末した方が良いような気がしますか」
そう言って小晴は興奮した様子で小型のミサイルポッドの投影を始めようとしたが、焦った様子の和美がそれを阻止にかかる。
「小晴姉さん落ち着いてください! 確かに穂村正太郎の姿をしたクローンの存在は気に入りませんが、すでに決着はついています!」
「ウフフフフ……でも正太郎さんを騙ろうとするなんて、殺してしまった方がスッキリするでしょう?」
(へぇ、あれが守矢小晴が持っているって噂の『殺人衝動』ね……でも多分性格が乗っ取られているだけで、本人がパワーアップした訳ではない様子ね)
一般的に『衝動』に駆られた場合、通常では行わないような攻撃的な戦法を取ることもあり、本人の残虐性も上がる。しかし穂村正太郎が持っている『大罪』は訳が違う。
それまでの焔を主体としていた攻撃が一変、“灰燼”を使ったより熱量の高い不可視の攻撃を繰り出してくる。そしてここは『衝動』とも共通するところだが、相手をいたぶるような残虐的な性格が首をもたげてくる。
何よりまるで多重人格であるかのように、本人が別の名を名乗ってくる始末。それから比べれば守矢小晴のような『衝動』など、可愛いものといえる。
「ひとまず片付いたんだしいいじゃない。逆にここで止めを刺さない方が良いかも」
「あら? それはどうして?」
小晴の問いに対し、時田は周りを見やるような形で視線移動を促す。それに従うように小晴が辺りを見回すと、既に多くの人の注目を集めてしまっているようで、中には均衡警備隊に通報をしている者まで出てきている。
「……均衡警備隊まで出張ってきそうな予感がします」
「確かに和美や時田さんの言う通りみたいね。それじゃ、この場から離脱しようかしら」
小晴はその場でサイドカー付きのバイクを投影すると、運転を和美に任せて自身はサイドカーの方へと腰を下ろし始める。
「運転はお願いね、和美」
「了解!」
その場で何度か空ぶかしをしてエンジンを温め終えたところで、和美は挨拶も半ばにその場を走り去っていく。
「また会おう時田マキナ! このことを本人に伝えるかどうかは貴様に任せる!」
「ええ、分かったわ! アンタ達こそ、均衡警備隊に捕まるんじゃないわよー!」
荒っぽい運転でその場を去っていく二人を見送った後に、時田は改めて穂村がめり込んでいる筈の方角を見やった。
「さーて、改めて観察を――っ!?」
しかしそこには既に穂村の姿などなく、ただ人一人分程度のクレーターしか時田の目には映っていなかった。




