第二章 第五話 だめんずでございます
「うおー! やっぱりくま五郎は可愛いのだ!」
「お前相変わらずそのよく分からねぇクマのぬいぐるみが好きなんだな」
綿の飛び出た不気味な熊の人形の前で足を止めるイノを見てため息をつく穂村だったが、どうやらこの日はもう一人釘づけにされている様子。
「…………」
「……何だよお前もか」
「えっ? だってこれ可愛くない?」
「俺の感性がおかしいってのかよ……?」
第三区画にある大型のショッピングモールにて、穂村は約束通り子乃坂の家具を揃えるべく、モール内にある店舗を見て回っていた。
「改めてだけど、この力帝都市って区画ごとに雰囲気が違うんだね」
「この辺は商業区画だからな。でけぇ建物もある」
「外の雰囲気は渋谷みたいだったし、ちょっとわくわくしちゃった」
「何度もくれば飽きるぞこんなもん」
「もー……折角のデートなんだから、そんなこと言わないの!」
「チッ、いつの間にかデートになってやがる……」
とは言いつつも、満更でもない気持ちが穂村の中に無い訳ではなかった。
戦いに次ぐ戦い。イノを拾ってからというもの、穂村が戦ってきた相手はとっくに両手に収まる数ではなかった。
之喜原涼を始めとして、ラシェル=ルシアンヌ、イノセンス、守矢四姉妹、リュエル=マクシミリアム、そして騎西善人――ギルティサバイバルでは思い出すのも忌々しいとある少年を消し飛ばし、自身と同じ『大罪』を背負う者とも戦った。同じ炎熱系で最強格の男、緋山励二とも戦い、『全能』たる市長には文句なしの一撃を喰らわせてやった。
力帝都市に住む多くの実力者と戦い、時に勝利し、時には敗北をした。そうして戦いを重ねる中で、未だに完全決着をつけることができていない者も、複数存在している。
その筆頭としているのが――
「ん? 誰かと思えば時田じゃねぇか」
「えっ……ちょっ、ハァーッ!? なんでアタシの時は退屈そうにしてたのに、子乃坂さんの時は満更でもなさそうなのよ!」
自慢のロングヘアーを大きく揺らし、普段であれば挑発的な瞳にも動揺を宿すSランクの関門たる少女、時田マキナが偶然にも二人と遭遇する。
「別にお前に付き合った時と変わんねぇよ」
「あっ、時田さん! 久しぶり! それと穂村君さ、それって一気に二人の女の子を敵に回す発言だからね?」
通算戦績は百八十八。しかし“穂村正太郎”として戦ったのはたったの二回。そしてその二回いずれもが引き分けとなっている、穂村にとって最高の好敵手。
「一人で何してんだよこんなとこで」
「女の子が一人で街をブラついちゃいけないワケ? そっ、それよりそっちこそ何よ! アタシを差し置いてデートってワケ!?」
(やっぱりこの人、ツンデレなだけで穂村君のこと好きなんだよね。でも当の本人はというと――)
「別に以前お前ともデートしたからいいだろ」
「ハァーッ!? アンタ頭おかしいんじゃないの!? 堂々と二股宣言ってワケ!?」
「別に二股とかそういうんじゃねぇんだけど……平等に(買い物に)付き合ってんだから別にいいじゃねぇか」
「ふたまたってなんだ? おねぇちゃんは知ってるのか? おしえてくれ! ……えっ? わたしにはまだ早い? なんでだ! 知りたいぞ!」
修羅場――この瞬間、姉であるオウギの脳内に浮かぶ一つの言葉。無垢なイノとは違って少しだけ偏った知識を持っているオウギだけが、事態がどう転んでしまうのか、あわあわと焦りを見せている。
「ゴメン子乃坂さん、コイツ一回ぶっ飛ばしていいかしら」
「うん、今のは私もぶっ飛ばしたい気分だったからいいと思う」
明らかに青筋を立てる時田と子乃坂に挟まれて、ようやくマズイことを口にしてしまったことに気づいた穂村だったが、時すでに遅し。
「こんの、浮気者がぁーッ!!」
「グハァッ!!」
モール内で勃発するバトル、しかし一瞬にして決着。
いつものゼロ秒デコピンではなく、ゼロ秒ビンタ。壁に叩き付けられた穂村の左頬にくっきりと浮かび上がる手形が、その威力を知らしめていた。
◆ ◆ ◆
「――まったく、お互いとんだダメ男に引っかかっちゃったわね」
モール内にある喫茶店の一角にて。原因となっているSランクの少年の奢りであるコーヒーを片手に、時田はため息とともに悪態をついていた。
そしてそんな時田に子乃坂は同調するも、それでもきっぱり別れるまではできない自分に複雑な思いを抱いている。
「でも放っておけないのも事実なんだよね……」
「分かるー……何というか、放っておくと危なっかしいのよねー」
「そうなんだよねー……中学校の時からまさにその通りだったもん」
「何なら力帝都市に来てからもそんな感じよ。最初にアタシに突っかかってきた時なんか、実力差を理解できてないレベルだったもん」
二人から同時に大きなため息をつかれたところで、同じテーブルに座れる雰囲気ではなかった為に別のテーブルに腰を下ろしていた穂村が不満を口にする。
「……なんか俺が最低の男みてぇじゃねぇか」
「みたい、じゃなくて現時点だと最低だから」
「ほんとにそう。マジでそう」
「…………」
現時点で穂村を尻に敷くことができるのは、この二人を除いてそういないだろう。後は守矢姉妹の長女次女に可能性があることぐらいであろうか。
「それで? 家具探ししてるんだっけ?」
「実は夏休み中に引っ越しちゃった。穂村君とも同じ学校に行くことになっているの」
「…………」
それまで二人同調していた雰囲気が一変、まるで互いに探りを入れ合うような妙な緊張感が漂う。
「へぇー、同じ学校ねぇ……でも子乃坂さんって『焔』と違って能力もないんだし、わざわざ能力者もいる危険な学校に行く必要は無いんじゃない? 普通の人が通う学校も近くにはあるはずだし」
「『焔』……ああ、穂村君の能力検体名だっけ? 私普段から穂村君って呼んでるから一瞬分からなかったなー」
「……別にアタシだって呼ぼうと思えば下の名前で呼べるし。何なら一緒に実家に帰ったこともあるし」
「あら? 私だってお父さんもお母さんも公認だよ?」
「……どうしたのだおねぇちゃん。きゅっとした顔にまたなってるぞ」
本日二度目の火花散る修羅場。そして穂村も今度は嫌な予感を感じ取ったのか、ひっそりと会計を済ませて逃げ出そうとするも――
「アンタはちゃんとこの場に残ってなさい!」
「はい」
そうして穂村が気まずい中で注文していたアイスコーヒーに口をつけていると、それまでピリついた空気を纏っていた時田が遂に緊張を切らしたのか、フッと息を漏らす。
「ったく……とりあえず、今度またアタシとデートしなさいよ」
「ハァ? 何で――」
「いいから! 約束よ!」
コーヒーを飲み終わった時田はテーブルを離れると、有無を言わさず穂村と次のデートの約束をする。そして子乃坂の方を再び向くと、にっこりと笑ってこう言った。
「ってことでアタシ、諦めないから。ヨロシク」
「望むところです。私だって、よりを戻してやるんだから」
「フフッ……じゃあね、ライバルさん!」
そうして穂村だけでなく子乃坂にとっても強敵と化した時田を見送ったところで、子乃坂は改めて穂村の方を向いてこう宣言した。
「ちゃんと私達のことを見ていてね、穂村君」
「あー……」
「見・て・い・て・ね?」
「……はい」




