第十九話 乱入者
――暗雲が晴れ、光が差し込む。空から降り注ぐ本物の太陽の光が、とある荒れ果てた区画を照らし出す。
「…………」
その中で太陽の光に抗うかのように、真っ直ぐに空に向けて伸びていく金属の腕。
そして――
「……ガハッ、ゲホッ……オエェ……」
ゆっくりと、しかし着実に立ち上がる一人の少年。
太陽の元、ただ一人立ち上がる少年。
「……ってぇ……ゴホッ!」
止めどなく込み上げてくる血をその度に吐きながら、引き抜いた矢をその場に投げ捨てながら。この場で唯一船上に立つことができる者がただ一人、立ち上がる。
「……ハァ……クソッ……」
少年にはもはや敵に対する怒りなどなく、むしろ賞賛の感情の方が打ち勝っていた。
「……ケッ、ザマァねぇぜ」
皮肉を吐く少年の目に映っているのは、全身全てが金属と化した宿敵の成れの果てだった。その右目からは既に赤い光が失われているが、晴れ晴れとした空を不敵に睨みつけているかのように見える。
「……今度こそ、俺の……勝ちだ……」
穂村正太郎は、騎西善人に勝利した。穂村は勝利を宣言すると共に、高らかに右手を天に掲げた。
「ハァ……ハァ……」
「…………」
「ッ……クソッ、マジで心臓ギリギリ外してたみてぇだが……超、痛ぇ……」
「…………ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!」
――まるで目覚ましが鳴っているかのような、断続的な電子音が第一区画に響き渡る。
「……………………今の、音……なんだよ……!?」
もう十分に戦った。これ以上はもう何も無い。互いに十分出し切った。命まで賭けて戦った。
それなのにあいつは立ち上がってくる。執念だけでもぎ取ってくる。穂村正太郎の手に握られていたはずの勝利という二文字を、『強欲』にも奪い取ってこようと這い上がってくる。
「……ピーガガッ、ガガピピピピ――」
――完全なる機械と化した騎西善人が、再起動される。失われていた右目の光が、今度は両の目に宿って立ち上がろうとしている。
全身一つ残さず機械化されたその姿。そこに騎西の意識などあるはずがない。しかしその身に宿った執念が――『衝動』が彼を突き動かしている。
「……おいおい、地獄からのリベンジマッチは受け付けてねぇぞ……」
最早あきれ果てて乾いた笑いしか出てこない。だからといって戦闘を放棄するなど、力帝都市に生きる者として、穂村正太郎として有り得ない。
「……上等だ。もう一回地獄に――」
戦いの火蓋は切られたまま。そこによーいドンなど存在しない。
「ガハァッ!!」
――つまり今までの人体では有り得なかった超スピードで騎西が突っ込んでこようが、対応できなかった穂村の失態となる。
「ぐっ、がっ、ごっ――」
胸部の傷口に躊躇なく鋼鉄の右腕が突き刺さる。そしてそのまま有無を言わさず、騎西は真っ直ぐに腕を振り抜く。
ほぼ真横に殴り飛ばされ、地面を二回、三回とバウンドして最後、瓦礫の山へと激突してようやく勢いが止まる。
「……ってぇ……」
しかしそれがある意味気付けとなったのか、穂村の身体に再び闘争心という名の炎が宿り出す。
「……よし分かった、ブッ殺す」
穂村の身体を、再び黒い炎が這い回る。両の目の色が、鮮やかな蒼に変わっていく。ゆっくりと指を折りたたんで作られる拳が、真っ黒に燃え盛る。
それに呼応するかのように、騎西善人もまた、右手の拳を握り直す。それまで見えなかった腕の中には仕込まれていたシリンダーが回転しており、拳の威力を再び爆発的なまでに引き上げようとしている。
「なるほどな……殴った瞬間炸裂させやがったから、さっきは死ぬ程吹っ飛ばされたって訳か」
しかしながらどれだけ高度な技術を用いようが、最後は拳と拳で殴り合いたいというのが、若干十五の少年同士の共通の意思といったところだろうか。
科学対能力。どこまでいこうと最後に到達するのは、己の拳なのかもしれない。
「…………」
「…………」
互いに黙りこくったまま、戦う姿勢は崩さない。そしてジリジリと間合いを詰める必要も無い。
互いに懐に入り込めるだけの力があることを知っているからこそ、今の間合いでも十分に殺傷領域として機能している。
「…………」
互いに睨み合う中、遠くで瓦礫の山が崩れ落ちる音が響き渡る。
そして――
「――ッ!」
互いにタイミングは今しかなかった。同時に同じ距離を詰め、同時に右腕を振り被り、同時に拳を突き出す。
焔の拳対鋼鉄の拳。二度と起き上がらぬようにと『憤怒』に燃える右手と、相手の勝利すら奪い取ろうとする『強欲』な右手。互いの想いが、『衝動』が、真っ直ぐにぶつかり合う――
「うおおおおおッ!!」
「ガァアアアアアアアッ!!」
互いに吠えながらの拳のぶつかり合い。一撃一撃が血や破片をまき散らし、互いを磨り減らしていく。
「バァァウッ!!」
「ゲハァッ!?」
それまで騎西の声とは違う合成音声。それと共に豪腕が穂村の腹部を下から突き抜けていく。
「……なぁめんじゃねェッ!!」
一瞬攻撃の手が緩んだものの、即座に穂村は騎西の顔面を真っ直ぐと殴りつける。
「ッ!?」
しかし騎西善人に、痛覚というものは存在しない。機械化した身体に、最早それは必要ないと切り捨てられたからだ。
顔面に右の拳を受けたまま、ヒビの入ったままの顔面で再び穂村の顔を真っ直ぐと捉える。
「……だったらもう一発だァッ!!」
何度も何度も、顔面を殴り抜く。右に左に、幾度となく撃ち抜かれようと、騎西はすぐに真っ正面をむき直す。
「そんなに正面向きたきゃ、向かせてやるよォッ!!」
渾身の力で、両手の拳で相手の頭を挟み打ち。同時に来る衝撃を逃す術などなく、騎西の頭部に巨大なヒビが入る。
「ガ、ガガピ……ッ!?」
「今度こそお終い――ガハァッ!!」
騎西善人も、ただのその間何の反撃も考えていない訳では無かった。両手を使ったことにより穂村の腹部はがら空きとなり、そこに再度容赦なく騎西の右腕が炸裂する。
「ぐっ、がはっ、ごっ!!」
腹部で炸裂する薬莢。再びバウンドしながら穂村の身体は遠くに飛ばされ、またしても瓦礫にその身を埋める。
「――こんなもんで、終ってたまるかァアアアアアアアアッ!!」
一度は焔で吹き飛ばしてやった。二度目は自ら海に落ちていった。三度目は相打ちになりながらも、黒い太陽で焼き尽くしてやった。
なのにあいつは立ち上がってくる。ただひたすらに勝利欲しさに、執念だけに鳴っても立ち上がってくる。
「ブッッッッッッ殺してやるよォッ!!!」
全身に纏っていた黒い焔を集中、穂村の背中に巨大な翼となって顕現する。
そして騎西善人もまた、背中に戦闘機のような翼を精製して最後の攻撃を仕掛けようとする。
「……灼拳――」
黒い焔をその手に握る。火山が噴火する直前のような、地鳴りを携えて焔が膨れ上がっていく。
「…………」
対する騎西善人も右手を作り替え、シリンダーに再装填した薬莢全てをたった一撃に乗せられるようにしている。
互いに大きく振り被り、最後の一撃を繰り出す――
「――爆砕ォッ!!」
最後の一撃。それは力帝都市を大きく揺るがせるには、十分すぎる一撃。
そして――
「――はーい、そこまでにして貰おっかな」
「ッ!? 誰だ!?」
その一撃と一撃を、両手の人差し指一本でそれぞれ抑えてみせる者が割り込んでくる。
「誰? 誰って言われても――」
――ぼくときどきわたしは、ただの熾天使でしかないよ?




