第三章 第十三話 ラストライブ
夏休みも終わりに近いこともあってか、夏の最後の思い出として野外ライブの会場は賑わっていた。
「それで? ちゃんとあの人達を誘うことができたの?」
「えっ? 彼……って?」
「何言ってるの? あの時助けてくれた……穂村君だっけ?」
「えっ!? あっ、あぁー……」
控え室内にてメイク担当から化粧の下地を塗られながらも、水河七海はコンビである千宝院暁から投げかけられた質問に深い溜息でもって答えを返していた。
「暇さえあれば後をついて行っていたのに……その調子だと、フラれちゃった?」
「そっ、そんなことないし! ――って、そういう訳でもないから!」
とは言いつつも顔を真っ赤にされて否定されてしまっては余計怪しむのが人の性。千宝院はフフッとうっすらと笑みを浮かべたまま、必死で否定しようとする水河の方を見つめている。
「別に、あの人じゃなくても子乃坂さんとか来てくれるし!」
「なに意地張ってるの……」
千宝院はあくまで自分と同じように彼女もフラれたのだと思うばかりだったが、当の本人はまた別の意味で物憂げな表情を浮かべていた――
「――それで? 朝一で何しに来てんだよ」
「まあまあ。折角だし朝ご飯一緒に食べる?」
「なんか、すいません…………まさか、一緒に住んでいたなんて」
「何か言ったか?」
「い、いやなんでも!」
力帝都市探訪最後の日のラストライブ、そのチケットを渡す為に水河は朝早くにこっそりと穂村の家を訪れた――筈だった。
玄関を開けて出迎えたのが子乃坂だというところから混乱は始まり、そしてなんだかんだで一緒に朝食の席に着くことになった水河は色々と良からぬ想像を働かせていた。
「イノちゃんとオウギちゃん……それに子乃坂さん……ハッ! これって余所のマネージャーさんから聞いたことがある! 確か内縁の妻っていう――」
「あの、そんなんじゃないから! ……同棲しているだけだし」
「どっちも違ぇだろバカかてめぇ等」
そうして穂村は自分の分の目玉焼きに手を伸ばしながら、中断された朝食を再開している。
「そんな言い方ないでしょ。全くもう……あっ、水河さん冷たい麦茶でも大丈夫? 今からだとお湯を沸かさないといけないから――」
「あっ、大丈夫ですよ。朝食にお邪魔するのにわがままなんて言えませんから」
「とか言いながらちゃっかり座ってんじゃねぇよ」
流石に五人分ともなればちゃぶ台も少し狭苦しくなってくるが、穂村は言いたいことだけを言い終えると再び黙々と朝食をとり続ける。
「しょうたろー、よく噛んで食べないとお腹が痛くなるぞ」
「そりゃ飯食った直後に動いたらの話だろうが。中途半端に覚えやがってよ」
しかしそれ以外にも穂村は食事中のマナー違反を皆の前で堂々としていることに気がついていない。
「……いつまで携帯触ってるの」
「アァン? いいだろ別に」
「駄目だってば! お客さんもいるのにみっともない!」
そうして半ば無理矢理に穂村から端末を取り上げた子乃坂は、ついでに何を見ていたのかと画面を覗き込んで確認を始める。
「……何よこれ」
「何って、どう見ても宣戦布告だろ」
「しかも今週末って、どういうこと!?」
「えっ、ちょっと待って今週末って土曜!? 日曜!?」
何故か水河までもが気になるのか画面を覗き込もうとしたが――
「あっ、ちょっと!」
「そもそも人の携帯勝手に見てんじゃねぇよ」
そうして穂村は携帯をポケットにしまい込むと、ご飯茶碗の中にある残りを急いでかきこんで食事を終えてしまう。
「ごちそうさま」
「まったくもう、戦うことしか頭にないんだから……」
朝食を終えた穂村は返信を返すべく再び携帯を手に持つが、水河はそわそわとした様子でそれをジッと見つめている。
「……ん? なんだよ」
「い、いやー、べっつにー?」
「ん? ポケットからなんか出てるぞ?」
「えっ? あっ、それは!?」
穂村に続いて朝食を終えたイノがめざとく見つけたのは、水河が尻にしいていたポケットからはみ出た一枚の紙切れだった。
「らいぶ、ちけっと?」
「それは!」
「もしかして、穂村君に渡すつもりだった?」
「うっ……」
子乃坂からピタリと当てられた水河は、観念したかのようにガックシと肩を落としてここに来た本当の目的を語り始める。
「はぁ……実は今週末のラストライブで、私達は力帝都市を離れることになっているの」
「それは、寂しくなるね……」
「…………」
「それで、最後にまたライブを見に来てくれたらなって思って――」
「悪ぃが今週末は無理だ」
水河の話を最後まで聞くまでもなく、穂村は自分の都合でもってその言葉を遮る。
「ちょっと穂村君! どうせさっきのを見る限り戦うってだけでしょ!? だったら日時をずらして貰ってさ――」
「ダメだ。向こうが言ってきた日にやる」
子乃坂が言って聞かせようとするも穂村は頑として聞く耳を持たず、両腕を組んでその意思の硬さを示している。
「何よ! そんなに戦う事って大事なの!?」
「そうだぞしょうたろー!」
「うるせぇ! これは普通の喧嘩じゃねぇんだよッ!!」
――“まっ、確かに普通じゃねぇわな”
宣戦布告の差出人があいつだからこそ、この戦いからは決して背を向けてはいけない。
「……とにかく、行くんだったらお前等だけでいってこいよ。俺はこれの差出人を……今度こそブチのめさなくちゃいけねぇんだからな」
焔を身に纏っていなくとも、その熱意は尋常ではないと理解できる。それはただの憎しみだけではなく、何度も立ち上がってくるあの男と遂に決着をつけられるという高揚感が入り混じっている。
決して知り合いのライブなどでは得ることができない興奮に支配された少年を揺り動かすものなど、最早この場においては存在しない。
「……分かったわ。この話は聞かなかったことにして」
「えっ、水河さん――」
「多分私のライブなんかよりも、よっぽど彼を強く惹きつけるものがあるのよね。だったらそれに匹敵する程アイドルとしての魅力を持つことができなかった私が悪いってだけ」
意外にもあっさりと身を引く水河に対して、子乃坂は当人でないにも関わらず申し訳なさから謝罪の言葉が出てしまう。
「ほんっとうにごめんなさい。穂村君ってばたまにスイッチ入ったみたいに言うこと聞かない時があるから――」
「――でも子乃坂さんは、そんな穂村君でも好きなんですよね?」
「えっ? ……うん、好きだよ」
ふとした会話の中から生まれた、水河の問い。それを子乃坂は本心でもって返す。
「……うん、やっぱりもっと人気のアイドルになって、穂村君にあの時見に行っておけば良かったって後悔させた方がいいかもね」
「それってどういう――」
「それじゃ、一応気が変わったりしたときの為にチケット四枚、おいていくから!」
何か吹っ切れることができた水河は、ライブの時にファンに見せる笑顔よりも輝かしい笑みを携えて、穂村達に別れを告げる。
「それじゃ、また明日! ……あなたがどこにいようとも、私はあなたの耳に届けられるように……ううん、届けてみせるから」
そうして最後までまともに顔を向けることをしなかった穂村にも、水河は応援の歌を送ることを誓う。
それを聞いてもなお、穂村は水河の方を振り向くことは無かった。
しかしその代わりに、たった一言。
「……BGM代わりに聞いておいてやるよ――」




