第十二話 生きる意味
「……そういうことだったのね」
音声データの再生を終えた数藤の手に握られていたのは、万が一の事態に備えた護身用の小さな拳銃だった。
「名稗……貴方の言うとおり、全部私のせいってことで正解みたいよ」
カチリ、という音とともに安全装置を外し、自らの頭に銃口を押しつける。それはこの世界との別れの決意を意味している。
「オズワルド教授……貴方を最も苦しめていた者が、たった今この世界から消えます。それが貴方の願いなのだから――」
――研究室に響き渡る薬莢の炸裂音。ただしそれは、数藤の頭を打ち抜くはずの弾丸が発した音ではなかった。
「何やってんだ馬鹿野郎!」
それは数藤にとって不幸だっただろうか。偶然にも次回の調整について確認をしようとしていた騎西がとっさに放った一発が、数藤の手に握られていた拳銃を弾き飛ばしていた。
「っ、騎西君……!」
「おまっ、俺が撃たなかったらどうなったと思ってんだ!?」
「どうもこうも、死んでいたでしょうね」
「ふっ、フザケんじゃねぇぞ!?」
騎西は機械化した右手で力なく地面に座り込んでいた数藤の襟首を掴みあげ、目の前で吠えた。
「てめぇにはまだやることがあるだろうが!! 俺と穂村の野郎との戦いはどうなんだよ!?」
「心配しないで。死ぬ前に場所と日程は抑えてあるし、連絡も終えているわ……そうね、確かに貴方には連絡し損ねていたから、それが終わったら改めて――」
「何言ってんだ! 連絡を終えてもまだ調整があるだろ!?」
「調整なら大丈夫よ。私の部下だけでも十分――」
「試合の後はどうするんだよ!? ……勝つのは俺だって決まってるが、無傷で終わるとは思ってねぇ! 数藤がいなけりゃこのナノマシンは――」
「それも大丈夫よ。何とかなるから――」
それ以上の言い訳はもう十分だと、騎西は有無を言わさずに数藤の頬を平手打ちした。
「っ……貴方左利きだったかしら……?」
「アァ? 右でぶっ叩いた方が目が覚めるならそうしてやるよ」
頬にじんとくる痛み。しかしそれは何故か数藤のざわめき立っていた感情を紛らわせるには丁度良かった。
「……ごめんなさい」
「謝ってんじゃねぇ。たまたま俺がいなかったら、アクアが止めていただろうよ」
騎西の言葉に確信はない。ただその代わりに蛇口から水滴が一滴落ちる音だけが、研究室に響き渡る。
「…………」
「何で自殺なんざしようと思ったんだよ」
「…………」
「分かった。答えなくてもいい、どうせ興味もねぇしな……だが言っておくぞ。俺も、アクアも、お前のバックアップありきで動いてんだ」
「別に私の代わりくらい、いくらでも――」
「いねぇよ!! 数藤真夜はてめぇ一人だろうが! 二度の敗北により水底に沈んだクソ野郎に勝手に救いの手を差し伸べておいて、そこから引きずりあげた責任を放棄してんじゃねぇ!!」
「もう無理なのよ! 私は……自分の研究の為に犠牲を重ねすぎた! その結果、自分が最も敬愛していた科学者すらも実験台に登らせたのよ!」
無能力者への能力後付け実験――後に『究極の力』を引き出す実験にも繋がっていくような、今ある能力者に関する実験全ての礎となった実験。その被験者として自らモルモットとなった男、それがオズワルド=ツィートリヒだった。
「脳手術に加えて事後経過に外的要因のストレスを与えることで、後天的な変異種を生み出す理論……まだ完璧とはいえなかった理論を、未だに完成されていない未熟な理論に固執してしまったせいで、私は……!」
これ以上情けない姿を見ていられないと思った騎西が目をそらしたその先――そこには数藤が先程まで見ていたであろうパソコン上のデータの数々が、デスクトップ上に映し出されていた。
「……俺は数藤の事なんざそんなに知らねぇ。誰かを死に追いやって後悔してるとか、それで死にてぇなんて、そんなの分かんねぇよ。だがよ、てめぇの目の前に立ってる奴に力をくれてやった結果感謝されてるってことも覚えとけ」
「えっ……?」
「二度も言うかよ、こんなくっせぇこと」
慕っていた相手を殺した一人の研究者は、同じその手で一人の少年の力となって慕われている。
「言っておくが、俺は俺のやりてぇことが終わるまで死なせるつもりはねぇからな。其所だけ覚悟しとけ」
それはかなり遠回しな、騎西なりの感謝の言葉のつもりだったのだろう。そしてそれは、数藤の心に確かに届いている。
「……分かったわよ。それが私の、新しい存在意義なら」
「けっ、いちいち生きる意味を考えて生きるなんて面倒な事考えてられっか。俺は穂村をブッ殺せればいいんだよ」




