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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―データ争奪内乱編 後編―
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第二章 第五話 夢

 ――数藤真夜には秘密がある。誰にも言えない秘密がある。

 これだけは知られてはいけない。墓までもっていくつもりだ。


「…………」


 彼女のお気に入りの改造人間の面倒を見るために特別に建てていた研究所から離しておいて正解だったと、髪をポニーテールに結んだロボット工学者は一人溜息をついた。


「騎西君ってば、知識は乏しいけど知恵は回るからこういうものを見せたら絶対に食いつくわね」


 別の研究所の研究データベースの保管庫にて、数藤は切れかけの蛍光灯を気にかけながら、保管された幾つものバインダーに手を滑らせていく。

 そうした中で一つのひときわ分厚いバインダーのところで指を止めると、数藤は背表紙の部分に手をかけてそのままずるりとバインダーを抜き出す。


「異能力移植計画……思えばこれが私と貴方の間違いだったわね」


 まるで思い出のアルバムを手に感傷に浸るかのような心持ちで、数藤は分厚いバインダーに挟まれたいくつもの書類やレポート類を眺め見ていた。


「……あら。随分と若い時の写真じゃない」


 ――それは数藤がまだ二十代になる前の、研究者として飛び級で大学に入ってきた時の写真が挟まっていた。

 周りには同僚らしき人物が数名、白衣を着たまま互いに仲良く組んで笑顔を浮かべている。そして若かりし数藤の隣に立つ一人の男――


「――オズワルド……」


 数藤は誰にも聞かれないと知っておきながら、ともに変異種スポアについて研究をしていたとある研究者の名をポツリと呟いたのだった。



          ◆◆◆



「――なぁ、こんなに念入りにメンテナンスする必要あるのか?」

「あら? あのAランクの関門だった子に勝つんでしょ? だったら少しでも不安因子を取り除いた方が建設的じゃない?」

「ハッ! いざという時は直接拳で語り合ってやるよ!!」

「その時だって左手よりも右手で殴った方が良いでしょ? その為に調整をするんだから」


 ここ最近の数藤のささやかな楽しみは、メンテナンス中の騎西とのこうした中身も無くとりとめのない雑談だった。


「それにしても、どうして貴方はあのAランクの関門の子にそこまで入れ込んでいるのかしら? もしかしてそっちの気があるの?」

「ハァ!? んな訳ねぇだろ! この騎西善人様がいつまでも負けっぱなしで納得するような人間じゃねぇってだけの話だ!」


 単純な負けず嫌い。年頃の少年にはよくある虚栄心の一つでもあった。数藤はそれを知っているが、あえてとぼけて見せていた。その方が騎西との会話が続く上、ここでロボット工学の専門的な話をしたところで、ベッドに座ったまま幾つものコードに繋がれた少年が寝息を立てるのは目に見えているからだ。


「ハイハイ、負けず嫌いな男の子同士の戦いだものね。それとまだ場所を押さえられてないから、もう少しだけ戦いは先の話になるわよ」

「ハッ! その分だけ奴の寿命が延びた。それだけだ」


 騎西は自分の勝利を信じて疑わなかった。市長に一発当てたという情報を数藤から聞いた時でも、騎西は驚くどころかそれでこそ戦い甲斐があると更に闘争心を燃やしていた。


「相手は貴方より遙かに強くなっているわよ。勝つのなら余裕なんて持たずに――」

「でもこの前喰った要塞みたいなやつ、あれ相当強えんだろ?」

「まあ、マシンスペック的に言えばあれ一つで小さな国なら滅ぼすのにお釣りが帰ってくるレベルね」


 第一区画――かつてギルティサバイバルが行われた場所で、数日前に騎西善人は一人で最強最悪の大量破壊兵器と相対していた。

 その名もシンプルに『超弩級大量破壊兵器ギガンティックデストロイヤー』と呼ばれる空中要塞は、まさに敵国に送り込むだけで後はAIと数十名の人間の手動操作で国を延々と爆撃し続けられる非人道的兵器だった。

 戦闘機で迎え撃とうにも全て対処され、遠距離からミサイルを撃ち込もうものならアンチ大陸間弾道ミサイル(ICBM)システムにより迎撃、更に反撃としてカウンターミサイルが飛んでいくという恐ろしい代物。

 ならば地上から上空に向けて対空砲を――と思うところであろうが、その前に熱線なりナパーム弾なりが地上を火の海に仕立て上げる。まさに最強最悪の名にふさわしい機械だった。

 そして今、騎西善人は生きている。これが一体何を意味するのか、語るにも及ばないだろう。


「この身体からアレを展開したときの穂村のツラを早く見てぇぜ」

「でも気をつけないと、貴方の調整一つでナノマシンが生身の肉体を置き換えてしまったら最後、貴方の意識は文字通り失われてしまうのよ」

「ヘッ、そうならねぇようにやってくれるんだろ? 腕利きの研究員さんよぉ」

「褒めてもメンテナンスは短縮されないわよ。それと、次は脳波の検査をするから眠ってて貰えるかしら」


 コンピュータに映し出された幾つもの数値データを確認しつつ、数藤はキーボードから次の段階へと移行するための命令を打ち込む。


「後五分程度で終了するから、いつものようにコードを外して来て頂戴」

「いつものようにねぇ……」

「丁寧に、という意味よ」

「へっ、そういう意味かよ」


 数藤から釘を刺され、騎西はひと言皮肉るような声を漏らして目を閉じる。


「後いつものことだけど、脳波を見て調整をするから、変な夢を見るかも知れないけど気にしないで」

「分かってるって」

「そうよね。分かってる筈よね。この前アクアの裸が夢に出てきたことで変な意識をするなんて事無いわよね――」

「なぁっ!? な、んなもん見たことねぇよ!!」


 脊髄反射で否定する騎西だったが、今でも戦った時の最後に見たアクアの液状化の瞬間の方はしっかりと目に焼き付いている。


「クスッ、でも向こうはそうじゃないかもしれないわよ?」

「ッ!?」

「それじゃ」


 結果として悔しがる騎西を残して、数藤は調整室から姿を消していく。


「……あんなガキっぽい体型のどこがいいってんだよ」


 言い訳をするように悪態をつきながら、騎西は静かに目を閉じていった――




 ――純粋過ぎる心は、罪の意識を感じない。

 例えそれが大罪に至る冒涜だったとしても。

 ならば誰がそれを救うのだろうか――


 ――“ぼく”ときどき“わたし”が、微力ながら救ってあげるよ。




「――ハッ!?」


 騎西が目を覚ますと同時に、検査終了の電子音が部屋に鳴り響く。


「……何だったんだよ、今のは」


 数藤真夜は言っていた。脳波を見ながらの調整のため、奇妙な夢を見ることがあると。

 そしてそれが現実に何かしらの影響を与えることはない、ただの夢だということを。


「一体何だったんだ……」


 人が睡眠時に見る夢――それはいまだに全てが解明された訳ではない。数藤の専門はあくまでロボット工学であり、人体の取り扱いにはそこまでの専門性を持っている訳ではない。事実として騎西の調整は数藤が主導しているとはいえ、細かい部分については別の研究者の手を借りることも多々ある。

 ――そして今回見た夢のような何かに対して、騎西は数藤の言っていたことが間違っていると本能で感じ取っていた。


「……羽が、生えていた……」


 形容するとすれば、天使といえば良いのだろうか。少年とも少女ともとれるような、優しい声の持ち主が、騎西善人に語りかけていた。


「……分かんねぇ」


 それ以上は思い出せない。一対の純白な翼と、中性的というよりは少しばかり少女寄りの耳に心地よい声。その全てがそれまで昂ぶっていた騎西の闘争心を一瞬にして鎮めている。


「……まっ、いいか」


 しかし一度目が覚めてしまえば騎西の頭にはすぐに戦いのためのありとあらゆる策が浮かび上がる。


「以前の戦いじゃ熱線関連も駄目だったな……逆に物量で押しつぶすのもありか……? だったらあれとは別に数藤にまた喰わせて貰わねぇと……」


 一人ブツブツと呟きながら、そして数藤の忠告を無視して身体に繋げられたコードを乱暴にブチブチと引き抜きながら、騎西善人は検査室から姿を消していった――

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