第四話 どうでもいい
「――あーあ、負けた負けた。まさか真っ向から全部破られるなんて」
完全に崩壊しきった第八区画を背景に、時田マキナは呆れるように笑っていた。その顔には清々しさすら見えるが、穗村はそれが気に入らないのか、眉間にしわを寄せ続けている。
「……テメェ、本当にそれでいいのか?」
「えっ? どうして?」
「今まで負けてこなかった相手に、こうもあっさり勝利を譲っちまいやがって」
「うわ、面倒くさ! 勝ったのなら素直に喜びなさいよ」
あのまま戦ったとしても、時田としては決定打を打つことができない。そして穗村はというとまだ余力を残している様子。時間はかかれどいずれは穗村がどこかで時田に一撃を加えることができる。そうなれば元の身体能力を考慮すれば、一発で勝負が決まるであろう。時田はそこまで詰め将棋のように予測を立て、そしてケガをする前に負けを認めたということになる。
「あのまま戦ってたとしても、アンタがいずれ一発当てて勝ってたわよ」
「そうは思えねぇけどな」
「ていうか、最後の時点で結構息切れしてたから無理。それにアンタにぶん殴られたらアザどころじゃなさそうだし」
時田の言う通り、素手の喧嘩を長年続けてきた穗村のパンチともなれば、そんじょそこらの輩とは一線を画すものになるだろう。
「……それで? 関門に勝った感想は?」
「…………」
「……何とか言いなさいよ」
「……ぶっちゃけ実感がねぇ」
それは今までの戦いとは違う、という意味であろうか。時田は何か不満でもあるのかと穗村を問い詰めるが、穗村は首を横に振るばかりでそうじゃないと言い張っている。
「なんつーか、よく分かんねぇ」
「……あっそ。でも良かったじゃん。アンタこの後あのサイボーグ野郎と戦うんでしょ? 少なくともアンタはSランク級の力を持ってるって自信もって言えるんだし」
力を持つものであれば誰しもがうらやむであろう最高階級――そのSランクに片足を突っ込むことができているというのに、穗村としては湧いてくるような何かが全く無かった。
「……まっ、なんつーか、時田なりに発破をかけてくれたんだよな」
「っ! べ、別にそういう訳じゃ――」
時田がそこまで言いかけたところで、まるでエンジンが切れたかのようにその場にプツリと倒れ込もうとしている。
「――ってちょっと!? 大丈夫!?」
流石に地面に激突させるのはまずいと思ったのか、時田は僅かに残った力を振り絞って穗村の頭に滑り込み、そして膝枕の要領でその場に座り込んでしまう。
「何なのよアンタ!? 燃料切れ!?」
「みてぇだな……」
市長の時とは違う、理性の残った戦い。火事場の馬鹿力と人はよくいうものだが、この時の穗村には一切働いていなかったことは間違いないだろう。
「まったく、アンタ本当にそれで市長に一発喰らわせたの?」
「嘘じゃねぇ。本当だ」
「いや、そこを疑うつもりはないんだけど……ハァ」
やはり、どこまでいってもこの男が大きく変わることはない。それは自然と『アイツ』が『穗村』として振る舞う時のベースとして、この穂村正太郎があったからなのだろう。
「守るために誰よりも強く、か……」
「ッ!? それは、とっさに口にでただけで――」
「んーん、アンタはやっぱり、アタシの知ってる『焔』と指して変わらないわ」
本人はまだまだ届いていないと思っているかもしれないが、それは意外と間近にまでたぐり寄せることができていると、時田は戦いを通して確信していた。
そう思っていると、今度はランクとして遠のいていってしまわれるとさみしくなるのが乙女心というのだろうか。時田は再度先程のバトルをシミュレーションして、いざ突っ込まれた時の良い訳を沢山用意した上で、穗村にこう提案した。
「……やっぱアタシの勝ちで良い?」
「ケッ、散々好き勝手言いやがって……好きにしろ」
この場における勝ち負けなんざ、どうでもいい――
◆◆◆
――戦いの時は、刻々と近づいている。しかし穗村の手元にはまだ詳しい情報が届けられていなかった。
「ったく、何時になったらブチのめせるんだ……」
「はいはい、そんなことより朝ご飯できたよ」
何か情報かメッセージでも来ていないかと端末を触る穗村をよそにして、子乃坂はちゃぶ台の上に四人分の朝食を並べ始める。
「わーい! ご飯に卵焼きにおみそ汁! ちとせの料理はいつも豪華だぞ!」
「ん……!」
「おねえちゃんも喜んでるぞ!」
「ケッ、料理が雑で悪かったな」
「前に一回だけ見てみたけど、穂村君ってば能力で焼いただけじゃない」
それも『アイツ』が料理している様を裏で見ていたものを見様見真似で作っているものの、火加減の調整がイマイチなのか毎回焦がしてしまうのが今の穗村である。
「全く、一人で外に出したら浮気相手と勝手に逢引き始めちゃうし、お目付役としてオウギちゃんを連れていこうがお構いなしに戦ってきて……」
「っ、だからそれに関しては――」
「でも――」
穗村の言葉は子乃坂の一声によって遮られ、反論するための考えは子乃坂の笑みによってかき消される――
「――そういうところが昔っから何も変わっていないし、キミらしくていいんじゃないかな?」
「…………」
『最強』を目指すために戦ってきた。幼い少女を“守る”為に戦ってきた。守るべきもののために戦ってきた。自分の我が儘を通すために戦ってきた。自分の思い通りにするために戦ってきた――
――俺と『アイツ』……一体何が違っていたんだ?
「…………」
穗村はずっと考えていた。自分自身は、理想を演じていた『アイツ』とは違うと思っていた。しかし周囲との事実は違っていて、『アイツ』と似ている、変わらないと言われた。
「…………」
「どうしたの? 考え事?」
「……いや、何でもねぇよ」
「……何をどう悩んでいるのか知らないけど、そういう時こそキミの普段の口癖がでるものじゃない?」
「何が言いてぇ?」
「――“どうでもいい”。そうでしょ?」
子乃坂の言いたいことの意味を、穗村はすぐには理解できなかった。しかし真っ直ぐと見つめる視線とその瞳の奥に映る真意は、すぐに読み取ることができた。
「……そうだな。確かに……“どうでもいい”」
過去がどうした。『アイツ』がどうした。俺は俺だ。周りからどう思われようが、どうでもいい。それが本来の穂村正太郎だったはず。
子乃坂によって変えられた少年が、子乃坂によってまた元に戻される。しかしその奥底には、確かに過去とは違う何かがある。
「……ありがとうな」
「どうでもいいのに、お礼は言うんだね」
「ケッ、相変わらず揚げ足だけは取りやがる……ん?」
そうしてふと端末に目線を落としたところで目の当たりにする、一つのメッセージ。
そして――
「あら? 朝早くから何だろうね? 私がでるよ」
「ああ」
玄関のドアに子乃坂の手がかかり、そして開いた先に立っていたのは――
「――えぇっ!? 水河さん!?」
「おはようございま――って、あれ!? 部屋番間違えた!?」
「……しょうたろー、おねぇちゃんがしゅらばって言ってるけど、しゅらばって何?」
「お前ら……絶対分かってて聞いてるだろ」




