第一章 第二話 初心
「ごめーん、待った?」
「別に待ってねぇよ……ったく」
時田の用事――それは夏休み最後の思い出という言い訳で引っ張り出した穂村との買い物の約束だった。
「それで、いつものアタシとは違うけど、どう?」
「どうって……別に普通だろ」
「ハァ……これに慣れないと、子乃坂さんには勝てないってコトかしら」
普通の男であれば、彼女がこの日のために一生懸命オシャレにしてきたことに対して褒め言葉の一つや二つは出てくるだろう。しかしこの男に関して、それに期待をしてはいけない。
「なんだよ、子乃坂に勝つって? 何か必要なことでもあるのか?」
「……何でも無いわ。アンタには関係あるけど、関係ないんだから」
「ハァ? 意味分かんねぇ」
「もういいから、早速買い物に行きましょ」
そう言って話を半ば乱暴に切り上げながら、時田は穂村の手を握ってまっすぐに目的の方へと歩き出す。
何故自分の手を握るのか、恥ずかしくなるだろ――と、穂村は一瞬手を振り払おうと思ったが、それを察した者が穂村の内側から注意を促す。
――“テメェ今手を振りほどこうとしただろ? 止めとけ”
「なんでだよ……」
――“ハァ、少しは女心ってヤツを理解しろよ。『俺』のようになるんだろ?”
「どうでもいいだろそんなもんよ……」
「何を一人でグチグチ喋ってんのよ! ほら、サッサと行くわよ!」
島に帰省した時とも違う積極性を持ちながら、時田は穂村の手を引っ張って街中を歩いて行く。
「一体どこに行くつもりだ? そもそもなんで俺だけなんだ?」
「ッ……アンタってホント、鈍いわね。それこそ入れ替わっていた時のアンタの方がまだ勘が良かったわよ」
穂村がまだ穂村であったとき、時田マキナは確かに穂村のことが気になっていた。近所の妙に噛みついてくるアホな犬程度の認識から、幼い少女を守るために巨悪へと立ち向かう存在へと、そして自分すらも守ろうとしてくれるような頼れる存在へと認識が変わっていく内に、時田の穂村に対する考え方も自然と変わっていった。
しかしそれら全ては、ある日突然虚構なって剥がれ落ちた。自分の身の回り以外の全てに「どうでもいい」と興味を見失った少年が、本来の姿として鎌首をもたげている。
だが時田は穂村の観察を諦めてはいなかった。以前とは違う横暴で乱暴な少年でもまた、同じように自分自身の手の届く範囲のところから少しずつ、何かをたぐり寄せようとしている。
以前のように、勇ましく立ち上がる訳でもないだろう。以前のように全てを守るために、両手を広げることもないだろう。
しかしそれでも穂村正太郎という少年はあの灰色の存在とは似て非なる別の道で、この力帝都市を歩んでいる。時田はそれに興味があって、そして彼の行く先に己の姿もあるのかも気になって、以前とは逆に時田の方から穂村につきまとうような形となっていた。
「ねえ、新しいカフェができてるんだけどよっていかない?」
「んだよ、今日はただ買い物に付き合うんじゃなかったのか?」
約束としては第八区画での買い物だけの筈だったが、時田はできる限り穂村との時間を延ばしたいのかあれこれと買い物以外の寄り道を提案する。しかし穂村はあくまで買い物だけを約束しているはずだと、自分の負担を軽くするために、“どうでもいい”ことをひたすら流そうとしている。
「いいじゃん別に、今日一日アタシについてくるって約束じゃん」
「それは買い物についてだけだろ。それ以外はナシだ」
「……ケチ」
以前の穂村であれば、自分のワガママに対して文句を言いながらも付き合ってくれていた。しかし今の穂村は“どうでもいい”ことに対しては酷く冷たい部分が存在していて、それはいくら時田であろうが対応が変わることは無い。
……一人だけ、子乃坂の時だけは対応が違ってくる時もあるようだが。
「じゃあさ、お腹空かない?」
「確かに腹は減ったな」
「でしょ!? カフェ以外にもオシャレなレストランが最近できてるらしいから、そこでお昼にしましょ! ね?」
「……まあ、それくらいならいいか」
◆ ◆ ◆
「――うーん、ちょっと甘過ぎって思わない?」
「どうでもいいだろケーキの味なんてよぉ。甘いものは嫌いなんだよ」
今までの穂村では決して見られなかった普段の態度の悪さ。今にも足をテーブルの上に放り出しそうな様子にも慣れつつ、あの少女のように言えるようにならなければ、今の穂村と対等(?)に渡り合うことは出来ない。
――そんな窓に映る穂村の横顔は、今までの穂村が見せるようなものではなく、やはり別人のように思える。
「……足癖悪いわよ」
「ケッ、知るかよ」
そんな今の穂村がそう簡単に時田の言葉にうんと言うはずもなく、悔しさからか時田は愚痴をこぼすようにポロリとひと言。
「……でもアンタ、同じことを子乃坂さんから言われたらなおすんでしょ」
「ハァ? 今あいつが関係あるかよ」
「べっつにぃー」
「……別に、子乃坂だけが特別って訳じゃねぇよ」
だったら何だ、自分もその特別に入っているのかと時田は気になった。穂村はというと、ごまかすかのようにそっぽを向いて肘をついており、自分が注文していたコーヒーが入っていた紙コップをぐしゃりと握ってしまっている。
「だったらあたしはどうなの? 特別じゃない感じ?」
「……分かんねぇよ」
何故だかは分からない。ただ一つ言えるのは、イノやオウギ、そして守矢の前では何かとそれっぽく以前の穂村を振る舞おうとしていたが、『観察者』である時田の前では無駄に思えて仕方がない。
だからこそ穂村は素のままで相手をして、時田はそれを不満に思っていた。
「いくら口調が変わっただけっぽくても、アタシそこまで酷い扱いされることした?」
「いや、そういう訳じゃねぇよ。ただお前の前だといくら取り繕うが、全部見透かされそうだからよ……」
「フーン……つまりアタシだけ特別本音で相手をしてるって感じ?」
「まあ……そうなるだろうよ」
それが本当に能力故なのかは分からない。しかし時田マキナという少女の前だと、子乃坂とはまた違った意味で本来の気質のままでいてしまう。
「そうなんだー……へぇー」
裏を返せば気兼ねなく接してくれているともとれたのであろうか、時田は周りとは違う穂村の態度に対し、少しだけ優越感を得ることができた。
「なんだよ急に」
「別にー」
全てに対してどうでもいいと突きつける自分自身に比べればなんとも喜怒哀楽の激しい女だ――と、穂村は急に上機嫌になった時田を不思議に思いながら、皿に残っていたケーキを一口で頬張ってコーヒーで胃へと流し込む。
「えっ、もう食べ終わったの? もう少しゆっくりしない?」
「別に用事なんざさっさと済ませるべきだろ」
しかしながらこうも自分といるのが面倒だと思われるのが癪に来たのか、時田は一瞬だけイラッとした表情を浮かべた後に、呆れたような演技をするとともに穂村に対して一つ喧嘩を売りつける。
「ハァ……だったらこういうのもお断りかしら!?」
時間停止によって予備動作が見えない机の蹴り上げ。ひっくり返された机は時間が再び動き出すとともに、穂村の眼前へと迫り寄る。
「ッ!」
しかし穂村もただでそれを受けるわけでは無かった。顔の前で両腕を構えてガードをし、自身の元々の強度でもってぶつかってきた机を迎え撃つ。
「痛ってぇな……何しやがる」
「何って、喧嘩売ってんだけど? あーあ! アタシもバカだった! アンタには喫茶店でお茶会よりもこっちの方が興味がある感じだっけ?」
「……よく分かってんじゃねぇか」
売られた喧嘩は買ってきた。それは穂村の時も、穂村の時も。そして今も変わらず、こうして戦いを挑んでこられたのなら真っ向から受けて立つのが穂村流。
「お前とは二回目だっけか? 勝負するのは」
「ハァ? 通算百八十七戦目でしょ、『焔』。……いいから、ゴチャゴチャ言わずにかかってきたら?」
「上等だ……まともにお前に勝つのは、これが初めてだろうからなァ!!」




