86:他でもできるのか?
四層は一層から続く洞窟風フィールドの最終エリアだ。若干の息苦しさはあるが、このフィールドの良いところは明かりが要らない点である。
壁一面にヒカリゴケのようなものが住み着いており、強めの明かりを放っている。眩しいというほどでもなく、ほの暗いというあたりで、ちょうどよい照明になってくれている。
おかげで両手を開けたまま戦闘に没入できるし、暗がりから奇襲される心配も無い。見落とすことはあるかもしれないが、なんとも便利な演出じゃぁないか。
これから相手にするのはソードゴブリンとそのお連れ様ご一行か、ソードゴブリン抜きのご一行様の二パターンに分けられる。数も三から五とまちまちだが、そこそこの密度で存在してくれる。
念のため保管庫から小盾を取り出して装備しておく。まず使うことはないのだが、念のためである。
連戦による連戦と言うほども無く、探して彷徨い歩くほどでもなく。小休止を入れてドロップを拾いつつ、少し歩くと次の集団が現れる。同じところをぐるぐる回る上では上々の狩場である。
また、ソードゴブリンも毎回出るわけではなく三回に一回ぐらいのペースで、程よく狩りに引き締まりを与えてくれる。よくできてるなここ。
「ふと思ったんですけど」
文月さんが狩りをしながら俺に訊ねる。
「ここ、一人で回れますよね? 」
「まぁ、全力で戦えばだけどね」
「まだ縛りプレイを続けるおつもりです? 」
「自分達以外の人が居る時、果たして自分がどのくらい役に立つかは体に染みつけておきたいんだよね。保管庫ありきで戦って、いざ何かって時に役立たずでは申し訳ないし、スキルがばれる事になる」
「そんな仰々しい事そうそう起きるとは思わないんですけど」
「備えあれば憂いなし。尤も……」
そう言って俺の保管庫から音速をギリギリ越えない速さで打ち出されたパチンコ玉は、最後尾のゴブリンの頭を吹き飛ばす。
「楽が出来るときは楽をしようとは思ってるけどね」
「まぁ、いいんですけどね。邪魔な荷物は持ってくれてるし、ドロップ一々集めて管理しなくてもいいし、それだけでも十分お世話になってますから」
確かに、ドロップが増えれば増えるほど利益も増えるが帰り道の膝へのダメージも増える。その点保管庫をフルに利用しているので、ズルといえばズルであるが、そこまで縛りプレイをしようとは思わない。
「今はとっても楽が出来るよ。一人当たりのモンスターの圧も低くなってくれてるし、なんなら関係ないことを考えながらでもモンスター狩りに勤しめるし」
「はいはい、解りましたーっと。おっ、ヒールポーションげっとー。これで五千円」
「正確には四千五百円かな」
「安村さん計算速いよね」
「昔はソロバン少年だった。自動車のナンバープレートの四桁を上二、三桁で割って答えを延々と考えたりして鍛えたものだ」
「それ面白いの?」
真面目な顔して問いかけてくる。
「割と面白いぞ。循環小数になるか、小数点以下何桁で割り切ることが出来るかとか。すれ違う車で計算して、次の車が来るまでに答えを出せるかとか」
「ふ~ん」
興味無さそうだ。やってみると己の限界にチャレンジしているような気がして楽しいのに。
そんな会話の余裕が生まれる程度には、四層にも体が慣れてきた。ソードゴブリンの剣さばきも何度か相手してみればわかる通り、がむしゃらに振り回すだけで太刀筋も何もない。当たらなければそれでいいのだ。
しかし、うっかり当たるかもしれない。その為の小盾だ。ぶっちゃけソードゴブリンのそのうっかりを受けないための小盾であり、新しくしたタクティカルヘルムだ。
用心には越したことはない。かといって、全身プレートアーマーで動くようなことはしない。基本的には避けて当てる。消耗をできるだけしないのが今のベストだと思っている。
「そういえば、こいつらもなんか喰ってる途中に殴り倒したら確定ドロップになったりしないかね? 」
「それは難易度が高いのでは」
「ん~、例えばこんな感じで」
俺は保管庫からカロリーバーココア風味を取り出すと素早くゴブリンの背後に回りゴブリンを羽交い絞めにする。
じたばたと嫌がるゴブリンだが、こっちが完全にキメているため身動きは取れない。
羽交い絞めにしたまま、口の中にカロリーバーをねじ込む。
嫌がっていたようだが、口の中に広がるフレーバーは嫌だとは言っていないらしい。どうやらカロリーバーを味わい始めた。
その間に羽交い絞めからゴブリンを解き放ち、すぐさま首を落とす。黒い粒子になってきたゴブリンは魔結晶を落とした。
「……まさか確定ではないよな」
「偶然でしょう。っていうか、絵面が悪すぎて誰もやりませんよこんなの」
「やっぱり効率が悪いかなぁ」
「効率以前に……あ、あらかじめ剥いておいたカロリーバーを保管庫に入れて、保管庫から口の中にシュートするのはどうでしょう」
「よし、とりあえず六種類やってみるか。安全のため最後の一匹で試してみるということで」
「まぁ、付き合いましょう」
段々目的がずれてきた気がしないでもないが、ゴブリンでも同じ確定作業をしてみることになった。が、絵面は確かに最悪であった。
好き嫌いが激しい子供の口に無理やり嫌いなものを食べさせるが如き所業である。更に、無理やりもぐもぐさせられているところを首の骨を折ったり首を刎ね飛ばしたり、ゴブリンにとっては踏んだり蹴ったりであろう。
もし俺や文月さんやゴブリンが同級生なら間違いなくいじめや虐待の現場として通報されているに違いない。これも検証のためだ、許せ。
そして結果だが……
「ダメでしたね」
「あぁ、ダメだったな」
目に見える成果なし。量が足りない可能性を考えて一本丸ごと与えていたんだが、どうも別のトリガーがあるか、もっと別の食物を用意しなければならないだろう。
「諦めるか。面倒くさすぎる」
「素直に引きますね。もっと食って掛るかと思いましたが」
「だって、スライムのドロップ確定はぶっちゃけ気まぐれの産物で見つけただろう? 同じようにゴブリンにできないかどうかは検証する余地はあるが、何をどれだけ食わせてみたら解るかなんてのは俺の手に余る。もっと他の人がやるべきだ」
俺が一から十まで検証する必要が無いことをアピールする。
「おっしゃる通りですね」
「というわけで通常運航に戻ろう。このままでは効率が悪すぎる」
「ですね。毎ドロップヒールポーションは夢のまた夢ですか」
「そうそううまくいかない物さ、人生なんてのは」
そこから三十分ほどかけた後、漸くゴブリンソードのドロップを得ることが出来た。思ったより時間がかかったが、それでもレアドロップには違いない。これで三本目だ。どんどん攻撃手段が溜まっていく。
「ふぅ……五層行く? 三層戻る? それとも、お、や、つ? 」
「おやつで。小休止しましょう。ここからだと……三層側の階段のほうが近いですね」
三層側の階段へ戻り、小休止する。若干体にゴブリンの臭いが付いている気がする。多分羽交い絞めにしたときにうつったんだな。
タオルを取り出し水を垂らすと、ツナギの中を軽く拭いた後、体の表面を軽くふいておく。
「あ、私もー、私もー」
「はいはい」
もう一枚タオルを出すと同じように水を垂らし文月さんに渡す。一応目線は外し、後ろを向いておく。女性が体を拭いているのを観察するのはマナー違反だ。
「はー……なんかこの水、カルキ臭くない?」
「そりゃ水道水だからな」
「ミネラルウォーターと水道水、保管庫の中で区別つくんですか? 」
「何か区別付くようになったらしい。使ってるうちにスキルが成長したとでも思っておく」
「中身が数ミリリットル単位で判別されるようになったりは」
止めてくれ。想像したら本当にそうなってしまいそうだ。
「しないように願ってる」
「保管庫も一方的に便利って訳ではないんですねぇ」
「このタオルだって、その白いタオルとこっちのピンクのタオル、色が違うから別々のものとして認識されてる。同じタオルと言うひとくくりにはできないらしい」
「同じ色の同じ大きさならタオル とだけ表示されるんですかねぇ」
「多分そう。実際そうなっている」
身体を拭き終えたのか、タオルをこっちに寄越してくる。二人分のタオル保管庫に放り込む。
タオル (水濡れ・汗濡れ・ゴブ臭) x一
タオル (水濡れ・汗濡れ) x一
「なんか俺のタオルだけゴブ臭という謎のパラメータが増えている」
「実際ゴブリンの臭いがうつったんでしょう」
「嬉しくないというか、二度と取り出したくないというか、入れたくなかったというか」
「帰ったらちゃんと洗っておいてくださいね」
「間違いなく。俺も保管庫の中はきれいにしておきたい」
ふと、洗剤の香りは別扱いになるのかどうか気になったが、気にしたら負けのような気がしてきた。
気にすれば気にするだけ参照されるパラメータが増える。そんな思いが脳裏をよぎった。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





