70:三度、四層
入ダン手続きを済ませていつもの一層へ降り立つ。
……ここから自転車に乗る、というネタをやりたくなったが人に見られた時に怒られる可能性が高いのでグッと我慢する。道はそれなりに平坦なんだから自転車の持ち込みぐらいは……ってだめだな。その辺に置いとくとスライムに食われてしまうな。
やはり保管庫は偉大だ。毎日大量のドロップを重さを気にすることなく運べるのも、スペースを取らないのも、かっこよくパチンコ玉を飛ばせるのも、これらはすべて保管庫スキルのおかげで成り立っている。
それを一つとして他人……一名除いて見せられないのは残念だ。もっと世の中に保管庫スキル持ちが居てくれれば俺も安心してダンジョンライフが過ごせるというのに。
いつもの二層への道を散歩する。道中のスライムは丁寧に熊手で処理をしていく。四十分ほどかけて散歩は終わった。二層へさっさと潜ると、夕食用の食材の買い出しに出かけることにする。今日は焼肉のたれでシンプルに頂こう。
食材売り場は今日も閑散としている。小西ダンジョンはいつもモンスターだけで大入りだ。少し駆け足気味に細道を通り抜けながら、出会うグレイウルフを見かけるたびに特売に飛びつく世の中のお母さま達のように襲い掛かり、食材をわが手にせんと駆け寄り、グラディウスで厚切り肉にしていく。
十分な食材がそろうまでに一時間ほどかかったが、四パックもあればいいだろう。前の二倍だぞ、二倍。魔結晶も三十八個ほどあつまり、これで今日の目標は達成したようなものだ。さぁ、三層へ向かおう。
三層への階段へたどり着くと、見知った除かれた一名が優雅に槍をふるっていた。文月さんだ。
「あ、やっぱり居た」
「もしかして連絡くれてたりする? 」
「既読が付かなかったからもう潜ってるのかなと。ここで待ってればそのうち会うだろうと思って先に来てました」
「先に俺が三層潜ってたらどうするつもりだったの」
「その時はその時かな。まあ結果的に会えたのでそれでよしで」
割と自由な人だ。
「ちょっとお肉預って。たまたま一杯狩っちゃって嵩張る」
「俺も四つ持ってる。後で渡すわ」
「じゃあついでに魔結晶とご飯と水も」
「荷物持ちか」
「便利な荷物持ちでしょ? 」
まあ邪魔にはならないのでいいか。保管庫に入れる前に数をメモっておく。付箋紙でも貼って名前が書いてあれば管理が楽なんだが、その辺融通利くようになってくれませんかねぇ。
「そういえばあれから四層行きました? 」
「行った。倒した。多分、もう大丈夫」
「そっか。なんか落ち込んでる風だったからちょっと心配だったんですけど」
「人にも言われたけど、そんなにかなあ」
「う~ん、声のトーンが違ったかなあの時は」
そんなに表面に出やすいタイプだったのか俺は。考えたことは無かった。
「でも今日はなんか普通に戻った。だから四層で無事に戦えたのかなって」
「まぁ、大体そんな感じ。剣一本拾うまで頑張れたよ」
「おー、そんなに。一人でです? 」
「いや、臨時パーティー。前にお世話になった人」
「女の人ですか? 」
何の詮索だろう。
「男だよ。小寺さんって、前にスライムの山から這い出るときに一緒に飯食った人」
「色気ないなぁ」
「ダンジョンに色気を求めてどうする。食気は求めるけど」
ワイルドボア肉か。いつか食いたいな。
「そうだ、俺Dランクになったんだよ」
「おーおめでとー。これで十層まで潜れますね」
「そういえば聞いたことなかったけど、文月さんランクは?」
「まだEですよ? 先越されちゃいましたね」
あのギルマスが口を滑らせやすいのは本当だったようだ。
「判断基準なんなんだろうね」
「ダンジョン貢献度の話? 安村さんの場合、この間のスライムいっぱい倒した時の貢献が認められたんじゃないの? 」
あーあれかー。確かにあれは儲かったな。ポイント制なのかギルマスの機嫌次第なのかは解らないが、傍から見れば優良探索者に見えなくもないってか。
「ま、しばらくは十層まで潜りこむことは無いと思うよ。多分、時間的にだけど一泊二泊する準備が必要らしいし」
「へー」
「なんで行っても五層。四層はちょっと用事があるけど急ぎではない。なので今日は三層か五層へ行きまーす」
「はーい先生。五層の特徴理解してますか? 」
「一応ネットで見た」
「じゃぁ大丈夫か。私も一回行ってみたいのでついていきまーす。ソードゴブリン出たらよろしく」
「それは引き受けた」
結局いつもの調子でパーティーを組むことになった。出来高折半だ。
◇◆◇◆◇◆◇
三層へ降りる。三層にも人気は無い。いつもの事だ。もしここで人と出会ったらその時はきっといいことがあるでしょう。
ヒールポーションを予備含めて二個用意できるまでは三層にいるつもりだ。
「で、どのぐらい苦戦したの? 四層で」
「実際のところは苦戦無しかな。ただ、精神的に負けてただけかも? 後、数は多かったかな、もう一人いてくれなきゃ手数で負傷してたかも」
「二人以上のパーティーのほうが安全度は高い、と」
「まあ当たり前の事なんだけどね。同時に五匹相手にするのと二匹か三匹で済むのじゃ、動きも違ってくるし心理的負担も軽いし」
「最初の時私も居たんだけどなぁ」
「それはあれ、信じてた武器が破損してビビってしまったというか」
実際四層で盾が割れ、マチェットが曲がった。この装備のままダンジョンから出られるかどうかというのは怪しかったからだ。もし更に出会った時に折れてしまったらと思うと、俺の信じる武器は熊手とパチンコ玉と……あれ、結構余裕あったな?
「……やっぱりパニック起こしてたのかもな。周りに誰も居ないなら保管庫の中身ぶつければいいだけじゃん。なんで気づかなかったんだろう」
「玉もったいないって普段ぼやいてるの誰だっけ」
「返す言葉も無い」
ゴブリンを粒子に変えながら、今更四層の反省会をする。こういう時に使わなくていつ使うんだという話だ。もっとクールになれ、クールになるんだ。
「次はきっとメイビー大丈夫だから」
「期待してるわ」
脳のスイッチを入れて行動を加速化させる。人がいないことは確認済みなので、速いペースでのポーション調達だ。ざっと一時間で百匹たおしたところでポーションが三つ。これだけあれば十分だろう。
「四層行こうか」
「覚悟決まりましたか」
「ポーションの貯蔵は十分だ」
「では参りましょー」
四層への階段へ向かう。まだ内心はちょっとビビっているが、数をこなす間に慣れると信じたい。
◇◆◇◆◇◆◇
四層へ着いた。
人が通った跡のようなものがあるが、きっとそのまま五層へ潜った人が居るんだろう。おそらく小寺さんぐらいの実力がある人だな。あの人もDランク以上だと思う。こちらをフォローする余裕があったし。
「さぁ、第一村人を探しに行きますか」
「いつ出てくるかな」
まずは、四層から五層への階段へ向かってみる。道中出てきたのは四匹連れのゴブリンが三セットと、三匹連れのゴブリンが四セットだった。丁寧に下ごしらえをしておく。
「でませんねえ」
「でませんなぁ」
「内心、出なくてちょっとほっとしてたりしない?」
するかも。でもあの剣もう何本か欲しいんだよな。投擲するのにいい質量だし。
と、物欲センサーが逆探知したのか、ソードゴブリンとゴブリン三匹の団体様のエントリーがあった。
「まずは、先日のお返しからだ! 」
俺は保管庫からゴブリンソードを抜き身で取り出すとすぐさま保管庫に入れなおし、ソードゴブリンに向けて射出する。
ソードゴブリンの頭部は良い音をしてはじけた後、後ろの壁に叩きつけられた。
威力強すぎたかな……ゴブリンソード曲がってなけりゃ再利用できるんだけど。
とりあえずガッツポーズしとく。
「もしかして、これがやりたくて剣集めようとしてる? 」
「だって元値タダみたいなもんだし、ギルドも買い取ってくれないし」
「はぁ……なんかもっと深い理由があるのかと思ってましたよ」
「でも強いじゃんこれ、かっこいいじゃん。もっと複数本出せるようになったら」
「そんな強い敵と戦うご予定でも? 」
「予定は未定」
残るゴブリンを処理しながら思いっきり呆れられている。そういえば文月さんも素早く動くようになったなぁ。俺がガッツポーズを上げている間に二匹の処理を終えている。
「オヌシも強くなり申したなぁ」
「まぁ、私もあれだけ狩れば慣れるから」
こちらもゴブリンを処理し終え、ゴブリンソードを拾いに行く。非破壊オブジェクトである壁に刺さってはいなかったものの、ゆがみも見られない。刃先はちょっと欠けたか。まぁ切り刻むことよりも質量兵器という側面があるので、まだ十分使用に耐えるだろう。
「もう一本欲しいんだけど、ダメ?」
「一本だけですよ」
「はーい」
もう一本落とすまで四層で頑張ることになった。
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