38:潮干狩りと変人と
七十五万PVありがとうございます。
朝だ。今日はいつもの朝食にベーコンと豆腐をつけよう。トースト二枚にベーコンをフライパンで焼き、焼いた油を使って目玉焼き卵二つ。それに豆腐を四分の一丁。
豆腐は生姜醤油よりめんつゆ派だ。そばつゆも悪くないがめんつゆでツルっと頂くのだ。
胃袋を御機嫌に満たすと、昨日買い物した「いろんなもの」を全部保管庫に放り込んでいく。
……買った記憶にないものがかなりある。食料水排泄用品はともかく、こんなん買ったっけ?と思えるようなものまでリストに表示されている。
棒手裏剣が二十本。マキビシ百個。パチンコ玉大の鉄球が三百個。何に使おうとしていたんだ昨日の俺は。頑張って思い出そうとするがサッパリ記憶が無い。
返品するのもさすがにアレだ。きっといつか使うと信じてそのまま放り込んでおこう。いつか使おう。いつか……いつだ。
◇◆◇◆◇◆◇
電車とバスの間暇だったのでネットを見る。ダンジョン内で見ながら使えれば便利なんだがなぁ。
小西ダンジョンで試しに検索してみると、☆一つ評価が多すぎる。
具体的には駐車場が無くて探索用品が持ち込みにくいとか、二十四時間営業じゃないので出入りに難があるとか、バスの本数が少ないとか。
受付嬢の評価はそこそこのようだ、良かったね。
それに比べ、より交通アクセスの良い清州ダンジョンは千台分の駐車場スペースがあったり二十四時間営業だったり、ここと比べて抜群に評価が高い。
そもそも利用人数が多いので内部情報の共有も早く広がりやすい傾向があり、リアルタイムで出入りする人の情報が把握しやすいと☆三つから☆四つの評価が多い。
清州ダンジョンですらこの評価なら、国内最大級の高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンではどれだけ評価が高いのかとみてみると、ちょうど☆三つだった。
☆一つが付けられていることが非常に多い。その理由はたった一つだった。
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンは名前が長すぎて検索するのも一苦労」
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンって呼ぶことを強制されている」
「電話受付の女性が高輪ゲートウェイきゃん民総合利用ダンジョンって噛んでた」
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョン、名前以外は☆五つ」
名前って大事だな。小西ダンジョンも人のことは全然言えないけど。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョンに着くと受付で声を掛けられる。なんだろう?
「安村さん、ダンジョン探索者の規定ラインを越えられましたので、Eランクに認定されました。支払いカウンターで新しい探索者証を受け取ってください」
そういえば探索者はランク制だったんだな。すっかり忘れていた。
早速支払いカウンターでランクアップについて質問する。
「ちなみにEランクになった特典って何かあるんですか?」
「ここのダンジョンで言えば、五層までの探索が認められますー。今までは三層までの活動に制限されていたんですが、活動範囲を広げて頂くことが可能になりますねー」
忘れてた。良かった、四層にうっかり突っ込んでいたら違反になるところだったのか。
「ちなみに七層はセーフエリアになってますので、ここにはモンスターは出現しませんー。もっともソロで日帰りだと七層まで行かれる方はこのダンジョンだと二、三人ぐらいでしょうかねー」
「あんまりランクの高い方は居ない、と?」
「まぁ、過疎ですからー」
あまりうれしそうではないが、それでもEランク昇格を祝ってくれたのは純粋にうれしい。
ありがたくEランクに認定されることにしよう。
支払いカウンターに探索者証を提出すると、しばらくして新しい探索者証を出してくれた。
他人に見せびらかすようなランクではないが、それでもちょっとだけ偉くなった気がする。
「Eランクってどのぐらいいるんでしょうかね」
「一応その辺は個人情報になりますのでー、私のほうから言えることはないですねー」
「そうですか、まぁいつも通りの活動でも良いってことですかね」
「そうですねー、ランクが上がっても三層ぐらいでエンジョイしてる人は多いみたいですねー。何にせよランクアップおめでとうございますー」
「ありがとうございます」
◇◆◇◆◇◆◇
出入口で探索者証を提出すると、受付嬢に言われる。
「ちゃんと更新されましたね。新しい層へ向かってケガして帰ってくる人偶に居ますので、注意してくださいね。ランクが上がった直後がケガする確率高いんですよ」
「今日はスライム退治に勤しむ予定ですよ。それにソロで行ったことないところへ行くのはリスクが高いので」
「解ってらっしゃるなら何よりです。ご安全に」
「ご安全に」
一層に入る前に装備の確認をする。最近やってなかったな。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
食料水、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。
さて今日もスライムとの対話を楽しむか。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの一層だ。スライムはそこそこの数がいるようで、二層への道筋にも結構溜まっている。
まずは二層までの道筋から狩りを始めるか。人の為にもなるし俺もスライムを相手にできて楽しい。スライムも俺に狩られてうれしいはずだ。win-winの関係だな。
俺より先にスライムを退治している人は余りいないらしく、いわゆるメインストリートにも拘らずスライムは視界内に三十匹ほど散見される。とりあえずこれで三百円ぐらいにはなるか。
そう思いながらプルプルとしているスライムを手早くプツプツと潰し始める。この熊手で引っ掻く感触もだんだん癖になってきた。素早く近寄って相手が反応する前に核を掻き出す。そして踏みつぶす。
落ち着くなぁ。スライムの悲鳴が聞こえることはないんだが、一方的な虐殺というのはココロオドル。
そうして二時間が経過したころ、人の気配を感じた。
どうやらスライムを倒すわけでもなく、餌をやったりしてスライムを観察する人がいるようだ。
「あの、失礼ですけど何やってらっしゃいます?」
とりあえず声をかけてみる。
「あぁ、私一応ダンジョン探索者兼研究者でして。スライムを増殖させる方法について色々実験をしているんですよ」
「スライム増やしてどうするんです?」
やってる意味がよくわからない。過疎ダンジョンなんだから無理に増やさなくても好きなだけスライムを選べるだろうに。
「いやね、人口密度が多いダンジョンだと、スライムもポップしきれずに枯れてしまう事があるんですよ。スライムのドロップであるスライムゼリーの需要って結構多いんですよね。もしスライムの増殖法が確立できたら、探索者が食いっぱぐれることなく安定したドロップ供給が出来ると思いまして」
「なるほど。だからわざわざこんなところでやってるんですね」
「えぇ、人が多いところだとゆっくり実験も出来ませんから。その点ここは研究対象が多くてとてもはかどりますね」
不可思議な人だ。だが言ってる事にはそれなりに筋が通っている。とりあえず彼の邪魔をしないように場所を離れてもう少し密度の高いところへ移動する。
すると、壁一面と言わんばかりにスライムが密集しているところを見つけた。やった、これは全部俺のものにするぞ。テンションと血圧が上がっていくのを感じる。おれは熊手に力を籠めるとスライムの壁に突撃した。
◇◆◇◆◇◆◇
結果から言えば大収穫だった。二時間ほどひたすらスライムを処理し続けて、なんと二百匹近くのスライムを倒すことが出来た。この二時間だけで言えば時給千八百円ぐらいの収入になるだろう。
これは昼飯にちょっとおいしい携帯食を見繕ってもいいだろう。何喰おうかな。昨日いろいろ仕入れたからな。食い物を選べるというのは買ってみて初めて分かったがモチベーションが上がる。美味しいもので腹を満たしてさらに探索に戻る。
この流れをうまく利用していこう。
そして、レトルトパウチを家で温めてそのまま保管庫に放り込めば温かいまま食えるんじゃないか?という事に気づいたのも今である。
保管庫に頼りすぎてもいけないとは思うんだが、温かい飯を食えるというのは大事だ。冷えたゼリー飲料と粉ジュースを飲みながらそうごちる。とりあえず腹は膨れた。腹八分目にしておいたので今すぐ動いても何ら問題はない。
さぁ今からも張り切ってスライムを駆除していくぞ。腹ごなしにまた一層から二層への道を処理していこう。さっきより実入りは少ないが他の人の手伝いになるならやっておいて恨まれることはないだろう。
一層でスライムで稼いでいるのは俺の知る限り俺だけであり、みんな二層三層へ行きたがるのだ。
ならば俺がうろうろしていても文句は出ないだろう。
一層と二層の間を往復する。さっきほどの大繁殖は見当たらなかったが、それでも少なくないポップ数を確認することが出来たので、ボランティアの意識を含めて大いに活躍しよう。
鼻歌を歌いながらスライムを処理していく。
「スライムの~頭を熊手で掻いて~、スライムの~核を靴底で踏んで~、スライムの~ドロップをバッグに放り込めば~イェ~イ、やっぱり美味しい、狩場さ~」
途中歌を聴いたのかドン引きしたような表情で俺の横を通過していく人を見かけた。いい歌じゃないか。最弱モンスターの哀愁を感じさせる。
世の中にはダンジョン探索をテーマにした曲なんかも出ているらしいが、ラップ調で「俺は地元で最強、ダンジョン探索、宝も見つけたトッププレイヤー。強そうな奴は大体友達」みたいなやつを聞いた覚えがある。どこのダンジョン潜ってるんだろうな。
◇◆◇◆◇◆◇
二層の階段まで大回りをして、一層を一周分回り終わった。ゼリー百四十七個、魔結晶二十八個。上々の成果だ。もう一周回ればゼリーは二百個の大台に乗るかもしれない。
しかし、ふとウルフ肉食いたいなぁという欲求を思い出したので、一人分だけ確保しに二層へ行くことにした。今日は一層を回ると宣言したものの、一層だけ回る誓いを立てて破ったら何か呪いを受けるわけでもないのだ。お肉が手に入るまで二層へ行こう。手に入れ次第帰ってくれば、そのころにはスライムもリポップしてるはずだ。
二層は今日の人出はそこそこあるらしく、数分歩かされた。本日第一ウルフは三匹連れの団体さんだ。よろしくお願いしま~す。
◇◆◇◆◇◆◇
三十分ほど二層を歩いてウルフ肉を無事二パック手に入れる。これだけあれば今夜は肉を食えるぞ。一層に戻るか。魔結晶も六つほど出たし、明らかに効率が上がっている。
戦闘への慣れや効率的な動き方の理解もそうだろうが、きっとステータスの恩恵もあるのだろう。測ることが出来ないから一体どれだけのことが出来るのか、は検証のしようがない。
今度リンゴを持ち込んで握りつぶしてみたりすれば解るんだろうか。そんなことを考えながら一層へ戻ると、戻ったすぐのところに先ほどの自称研究者が居た。今はここで何やら怪しいことをやってるらしい。
「また会いましたね」
「あぁ、先ほどはどうも。今ね、餌付けできないかどうか実験してるんですよ」
「餌付けは良いんですけど、モンスターの持ち出しは厳禁なのでは?」
「えぇ、ですので、餌付けしてなついてくれるかどうかの実験をしてるんです。餌付けに成功して分裂をお願いしたら分裂してくれるんじゃないかなって」
餌付けは俺もやろうとしたな、すぐやめたけど。
「腹一杯食わせてみたら分裂するんじゃないですか?」
「そう思って僕の昼ご飯をあげてみたんですけどあまり興味を示さなかったみたいで」
「ご飯って何食わせたんです?」
「おにぎりとか漬物とか色々ですね。どれもいまいち反応に変化が無くって」
「同じゼリーなんだからゼリー飲料でも飲ませてみては?」
「お、それいいですね。ちょっと外で都合してきてみましょう」
「私一つ持ってますのでそれで良ければお譲りしますよ」
「ほんとですか?ありがとうございます」
「いえ、まぁ頑張ってください。では」
あまり深くかかわらないでおこう、うん。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





