1307:鑑定士になるための下準備
「さて、巽さん。あなたには【鑑定】を覚えてもらう前に記入していただく機密事項指定書類やその他色々の契約書があります。まずはそれらにサインをしてもらうことから始めましょうか」
多田野さんが淡々と書類を順番に用意し、目を通すよう促す。ちょっと横から書類について拝見。
九時五時で土日休みで確定しているが、それ以外には基本的に部署から移動せずに職務に対応することや、職務中に知りえた情報の第三者への提供の禁止、他省庁や他職業への転職を原則禁ずる等、労務規定においてアウトの内容が書かれていて、その内容について漏らすことも禁止。つまり転職できないということを口にすることも禁止するという傍から見ればメチャクチャな内容である。
しかし、世界でも数が少ない【鑑定】スキルの保持者であるが故にそれだけの機密事項が設けられている。代わりに、給与以外の報酬としてかなりの金額が国税庁に怒られないというお墨付きで振り込まれるということ。その給与以外の報酬に関しては非課税であること。これは中々いい報酬だな。一日椅子に座って鑑定して、暇ならお茶して休憩しててもいいし部署にさえいればトイレぐらいは行けるし、黙ってればいいだけの仕事で給与以外にこれだけもらえるのか。
「あの、いいんですか? こんな裏契約みたいな真似までして。バレたらタダじゃすまなくなりますよ? 」
「それがバレた場合の書類がこれだね。ここに記入してくれるとバレた場合の君への責任が問われることがなくなる」
「えっと……もしかして、かなりやばい話に首突っ込んじゃってませんか? 僕」
混乱している巽君を見て、俺が一人ニコニコ笑っている。翻って真中長官と多田野さんは真顔での応対。そりゃ国に二人しかいないスキル持ちだ、それだけ丁重な扱いにもなろうというもの。
「そりゃ、国内で二人目の観測可能なレアスキルの保持者になるからね。それを進んで受けてくれるっていうんだから色んなサービスをしようというものさ。君の身元は完全に保証されるよ。その分海外行ったりできなくなる可能性はあるけど」
「海外旅行はお預けかあ。まあ、旅行の趣味はないんでいいんですけどね……と、次の書類は何ですか? 」
「次はこちらになります」
多田野さんの書類攻勢に押され気味である。多分多田野さんも巽君から見れば随分上の上司であり、そんな多田野さんから丁寧に説明を受けながら書類をしたためる様子は入庁以来の出来事なのかもしれないな。
「そういえば今更なんですが、ダンジョン庁職員って全員探索者証は持ってるんですか? 」
ふと疑問が湧いたので聞いてみる。
「入庁時に作ってもらうことになっています。全員携帯を義務付けている訳ではないですが、最低でもFランクの探索者証は持っていることになっていますので【鑑定】スキルを使ってもらうことにも何ら問題はないかと」
「なるほど、疑問が解決しました」
多田野さんの説明で全て片付いてしまった。さすがの回答である。探索者証を持たないものにスキルは覚えさせない、という根底のルールはこういった非常時でも問題なく稼働するらしい。
「これも良し……と。これで終わりですか? 」
「これで最後です。お疲れ様でした。これで書類関連はすべて終了です」
契約に関することはこれで終わりらしい。色々とがんじがらめにされた巽君はこれから国認定の鑑定士として働いていくことになる。頑張るんだぞ、俺もたまには御厄介になるかもしれない。
「さて、安村さん。スキルオーブのほうを出してもらっていいですか? 」
「了解しました。少々お待ちを」
ポケットから出すふりをして保管庫から【鑑定】のスキルオーブを出す。そんな所に入ってたのか、と驚く巽君の反応が新鮮で面白い。真中長官と多田野さんはそんな小細工を……といった目で見ている。いつものボディバッグから出した方が面白かったかな。
巽君にスキルオーブを渡す。巽君は恐る恐る俺からスキルオーブを受け取ると、頭の中の音声に少し驚きその後しばらくして「イエス」と短く答えた。
スキルオーブが巽君の中に沈み込み、そして力強く発光する。俺がレアスキル拾った時もこんなに強く光っていたのかな。普通のスキルよりもちょっと光が強い気がする。しばらくして光が収まり、巽君の輪郭が元に戻ってくる。
「これで覚えたことになるんですかね……なんか頭の中に使い方が入ってきましたよ」
「じゃあ試しにこれを鑑定してもらっていいかな」
保管庫から適当な緑の魔結晶を取り出し、巽君に見せる。
「えーと、【鑑定】……これは口に出さなくてもいけるのか。どれどれ……これはスノーオウルの魔結晶らしいですね。あってますか? 」
「あってるね。それ以上の情報は今のところは解らない感じかな? 」
「そうですね、名称だけですね。でも、どのモンスターが落とした魔結晶かなんて解るものなんですね」
「それが鑑定の力ってことじゃないかな。次はこの指輪だ。何かわかるかい? 」
物理耐性の指輪を外して巽君に渡す。巽君はしばらく見つめた後、こっちに指輪を返してきた。
「物理耐性の指輪と出てきました。こっちも細かい説明まではわかりませんね。スキルを鍛えればもっと細かいところまでわかるようになるんでしょうか? 具体的な強度とかそういうものも」
「そこまではさすがに専門家に聞かないと具体的にどこまで、というのはまだ不明かな。知ろうとすれば段々細かいところまでわかっていくものなのかもしれないし、もしかしたら具体的な説明がないものもあるのかもしれない。それらを知るためにも色々訓練しなきゃいけないかもね」
南城さんにレインメールを送ってみる。「【鑑定】って使い込めばより詳細な情報が出てくるようになったりするんですかね? 」送信。
ダンジョンに潜ってたら結果が返ってくるのは今夜か明日の朝になるだろうが、素直に返ってきたらその時はたまたま地上にいたか、もしくは大梅田ダンジョンの最下層でもネットワークが使えるようになった時だろう。そこまで判断することはできないが、返事の内容については今後巽君の鑑定スキルの育成の参考になるだろう。
すると、比較的早く返事が返ってきた。「繰り返し使うことでより詳細な情報が入手できるようになります。その人物の持っているスキルなんかは鑑定スキルの成長の結果で見えるようになったわけですよ」
なるほど。やはり初期状態ではあんまり効果がないわけか。
「メールの相手は南城さんかな? 」
真中長官がスマホをいじってるのを見て目ざとく聞いてくる。
「そうです、先輩として何か参考になる話があるかどうかちょっと聞いてみました。巽君、次は俺に向かって鑑定をかけてみてくれるかな? 」
「安村さんにですか、わかりました……なんかスキルが見えますね。【保管庫】【雷魔法】【火魔法】【物理耐性】【魔法耐性】……一杯覚えてますね」
多重化されているかどうかまでは見えないわけか。再び南城さんにメール。「あの時、南城さんは俺が【雷魔法】多重化してたの見えてたんですか? 」送信。
すると、南城さんから直接電話がかかってきた。どうやら文面では説明が面倒くさいと感じたらしい。
「はい、安村です。南城さんご無沙汰です」
「なにやら【鑑定】について色々聞いてるけど、新しい鑑定スキルの保持者でも出たの? 」
「そこはちょっと真中長官と相談してもらったほうがいいかもしれませんね。今ダンジョン庁本庁にいるんですよ」
通話を真中長官に託して、南城さんへの説明と状況確認、鑑定についての軽いレクチャーを受けてもらうことにする。今後の巽君の育成計画にも参考になるだろう。真中長官は南城さんと議論の真っ最中。とにかく複数回いろんなものを鑑定させて鑑定の使い慣れをすることと、たまにはダンジョンに潜って自分を鍛え上げることも大事かもしれないという話が漏れ聞こえてくる。巽君もダンジョンに潜るようになるのかな。
会話が終わるまで暇なので、俺の手持ちのアイテムを次々と出してそれぞれを鑑定してもらう。俺の保管庫の中の簡易鑑定と巽君の鑑定結果が同じならそれでちゃんと鑑定が働いている、ということになる。
「あの、安村さんの【保管庫】ってたしかレアスキル指定されていたスキルでしたよね。もしかして、スキルオーブの保管もできるってことなんですか。たとえば時間を遅らせたりできるとか逆に早めることができるとか」
「そうだな、機密契約してることだし、話してもいいかもしれないな。俺が保管庫を持ってることは機密になってるからばらさないようによろしくね」
「また知らないほうがいい知識が一つ増えましたね……でもその分は訓練に付き合ってくれるってことでチャラにしてもらうことってできますか」
「チャラにはできないけど鑑定を早く覚えるために色々持ち物を試してもらうことは出来るかな」
転んでもただでは起きないその姿勢は評価できる。やはり事前の人選はかなり正確だったと言えるな。向上心があるのは良いことだ。是非そのまま純粋に実力をつけていってもらいたい。
とりあえず、ヒールポーションとキュアポーションを各種類並べてランダムに並べて、順番に当てて行ってもらう、等をして鑑定が正しいかどうかチェックをする。チェックの結果、全て問題なく鑑定が行われていることを確認。どうやら鑑定にミスというものはないらしい。
「安村さん、お話終わったよ。南城さんには色々教えてもらったから今後の鑑定の鍛え方や方針なんかを立てることにするから今日のところはここまでかな」
「そうですね、鑑定がきちんと機能したことは確認できましたし、後は巽君の頑張り次第で何処まで詳細な、そしてより詳しい鑑定が出来るようになるかを確かめるまでひたすら特訓ですね」
ダンジョン庁なりに考える鑑定の育成プランというものを立てて、今後【鑑定】所持者が現れた際にも応用できるような内容のカリキュラムを策定しておけば比較的軟着陸が出来る上に探索者に対しても一定の効果が見込めるのではないか、ということらしい。
「覚えてしまった以上どうしようもないのですが、しばらくは僕はどんな仕事をしてればいいんですかね? 」
「そうだね、とりあえずは現行部署に戻って通常業務。カリキュラムの骨子が出来たところで改めて品質管理課というものを立ち上げてそっちへ移ってもらうことになるかな。間違っても今のところは他の人にはばらさないでね。異動があるかも、という話ぐらいで留めておくのはありかな。私に呼び出されて何もなかった、ということはないと考えられるだろうし、そのあたりが一番説得力があると思うね。新しい部署を作るからその人員選別に呼ばれた。これかな」
「わかりました。しばらくはそうします。これからよろしくお願いします」
さて、そろそろお開きの時間かな。お腹も空いてきたし、何か近くで飯を食うところがあるはずだ。飯屋を適当に探して、そこで食ってお土産買って帰ることにするか。
「さて、そろそろお昼ですね。このまま食べに行きましょうか」
「私はいつものお弁当があるから三人で行ってくると良いよ……そうだ、安村さんも社食を使っていったらどうかな。ダンジョン庁の社食、結構おいしいよ? 」
社食を使わせてもらえるらしい。それは中々貴重な体験だ、ぜひともご相伴に与ろう。
「社員証がないと使えないとかはないですよね? 」
「一応お客様にも使ってもらえるように現金払いもできるようになっているから問題ないよ」
「じゃあせっかくなので使わせてもらうことにします。巽君も社食なのかな? 」
「僕も社食ですね。安いので美味しく使わせてもらっています」
「では、行ってきますね」
多田野さんと巽君と俺の三人は社食へ移動する。社食は三階にあるらしい。一階は探索者向けに一般開放されているし、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンで行われる取引は二階の会議室で行われる様子なので、三階に職員たち専用の施設として存在するのだろう。
どんなメニューがあるのか楽しみだな。ダンジョン庁の社食、おいしく安くカロリーも取れるとこれ以上ないぐらいに嬉しいことになるが、逆に考えるとギルド税を取っておいてそのギルド税がここにも使われている……ということを考えるとちょっともにょるところもあるが、その分しっかり使わせてもらうことにしよう。
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