ダンジョンの誕生
よろしくお願いします。
目が覚めると、俺は固い地面に倒れていた。
ここは…
どこかに閉じ込められたのだろうか、一筋も光が入ってこない。
暗闇に目は慣れているようで、周りが岩肌に囲まれているということはわかった。
うっ…あたまが…、どこか打ったのか?
体を起こそうとすると、頭がずきりと傷んだ、何かにぶつけたのだろうか、ここに倒れる以前、何をしていたかすら思い出せない。
薄暗い洞穴のような場所でなぜ自分がここにいるのかを考えるが、答えは出ない。自分で来た記憶がないということは誰かがここに連れてきたのだろうか。暗がりの中で膝を抱えて考えてみるもわからない。
「だれか、誰かいないのか…」
声を出して助けを求めてみる。
しかし、返事はない。
閉じ込めたとすれば、見張りはいないのだろうか。いないとすれば、俺はなぜここにいるのか。
理由も、動機も、経緯も謎。わからないことだらけで、出られもしないので自分の中に何か黒い感情が芽生えてくる。さみしいだとか、つらいだとかそんなマイナスな感情が。
だからだろうか。
それにあらがおうと、何とか他のことを考えようと出てきた言葉はあまりにも現実的な言葉だった。
「腹減ったな…」
生理的な欲求。
人間として当たり前の欲求を口にした瞬間。いきなり白飛びしたように視界が開けた。
「っ!!」
目に入ってきたのは森。そして空。
緑色の、まるで映像作品の中で見るかのように青々とした木々とよく晴れた青い空。こんな日は外でピクニックでもしたら最高だろう。そう思わせる綺麗な空だった。
な、なんだこの光景は…、俺が見てるのか・・・?いや、違う。これは俺の視界じゃない…だって俺は…
暗がりに俺にとってはあまりにも情景的で、素敵な光景だったが、それが自分の目の前にないことは感覚的にわかっていた。
そしてそのことを示すかのように、自分の目を使うような感覚を持ってあたりを見回すと、先ほどまでは暗かったこの岩肌のどこかがほんのりと明るく居心地がよさそうな空間になっていることに気が付いた。
これは…
昼時の鍾乳洞とでも言おうか。木漏れ日とでも言おうか。なんだかあったかな光が降り注ぐようになった天井は確かに蓋がされているのだがそれでも明るかった。
自分が単純なのだろうか、部屋が明るくなったおかげでなんだか気分も明るくなってきた。
気付けば腹の虫も収まっているじゃないか。
しかし、なぜ部屋がこのように変わったのだろう。そして、先ほどの景色は…
俺はもう一度、先ほど空と森を見たような感覚で意識をそちらに向けた。
そうすると今度もしっかりと森と空がきれいに見えた。
これは、どういうことなのだろう。外の景色なのか?どうして外が見えるというのに俺はこの部屋にいるのだろうか。どこからか外に出れる?というかなぜ見える。いや、…なぜ…
「ン?」
ふと違和感に気づく。
外に…行きたいと思わない…
暗がりに閉じ込められていたからだろうか。最初に外(?)を見た時にはあこがれを抱いたというのに今はそんな感情はひとかけらも浮かんでこなかった。
比喩でも強がりでもない。本当にかけらも浮かんでこなかった。
自分の中で瞬間何かが変わったような感覚を味わったことはあるだろうか。俺はない。だから、俺はこの時、自分の変化に目を向けず、気のせいだと思っていた。しかし、その直後、俺は自分が決定的に変わったと理解する瞬間が、自分の中で何かが変わった感覚を味わうこととなった。
森に三人の人間が歩いている。
剣を持った男が一人、弓を背負った女が一人、フードを被っていて性別がわからない人間が一人。
餌がやってきた。
栄養が、食料が、食事が、糧が、命が、生きがいが、生命が、料理が、力が、グルメがやってきた。
決定的に変わってしまったこの感情を、変わってしまったことを理解することができたこの感情を俺は「気持ちが悪い」などとは微塵にも思わなかった。
そうか、俺はもう人間でないのだ。
腹が減らなくなったのも、まばゆい外の景色にあこがれを覚えないのも、閉鎖的な空間に苦しみを覚えないのも、人に温もりを覚えないのも俺が人間ではなくなったからだ。
フードを被っていた人間がその顔をさらす。あぁ、素晴らしい。エルフだったのか、彼らはとても濃厚な魔力を持っている。私の初めての食事にはもったいないぐらいだ。
三人は私に触れ、何やらぶつぶつと話し合っている。あーでもない、こーでもない。どうやら私から発せられている妙な雰囲気を感じ取ってここに来たようだ。
もっと、近づけ、もっと触れて、もっと触って………
自分自身に魔力が流れ込んでくるのがわかる。三人分の、初めての魔力。
それが何よりもうれしく感じた。
食欲も、性欲も、睡眠もいらないこの体に、魔力が流れ込む。
ダンジョンにとってそれが一番うれしかった。




