2度目。ーー秘密を打ち明ける相手は選びたい。・4
「話すつもりは無かったけれど状況が変わったのも確かだわ。よりによってヴィジェスト殿下がイルヴィル殿下に話すとは思わなかったもの。ボレノー様の背後にイルヴィル殿下がいるなら、私一人で抱え込んでいても無意味。下手を打てば私がイルヴィル殿下の駒にされるわ」
私の懸念にデボラとクルスが背筋を伸ばす。イルヴィル殿下の駒。即ち王家の手駒に加えられるということ。セイスルート家の意思を無視してセイスルート家が王家に無理やり膝を屈するようなものになる。
それは私の本意ではない。
セイスルートの起源は現王家よりも古い。代々の王家に忠誠を誓わず民と国そのものを守るべき存在。
王家から一歩引く立場だからこそ、事と次第によっては王家に弓引く事も可能な存在。その立ち位置を守っているのに、私などの些細な事情で起源から続く我が家の根幹を揺るがすような事をさせられるものか。
……まぁ前回のケイトリンではその辺の考えが妙に偏ったものの考え方でしたから、私が犠牲になればセイスルート家は安泰的な思考でしたけど。
つくづく自分の視野の狭さを実感しますわね……。
「お嬢様」
「大丈夫よ。手駒を避けるためにあなた達に聞いてもらったのだから」
デボラの心配そうな表情に私は笑う。前回は私が犠牲になれば……という悲劇のヒロインぶった考え方で、お父様にすら頼らなかったけれど。今回はさっさと人を頼る事にする。だって結局私が出来ることなど少ないのだから。
「なんなりと。お嬢様の命は我が身に替えてもお守りいたします!」
「替えられても困るわね。クルスは1人しかいないのだから。……取り敢えず、ボレノー様がイルヴィル殿下の意向によって私に接触して来た以上、近いうちにイルヴィル殿下の真意を聞く事になりましょう。イルヴィル殿下の思い通りになる気はないけれど、場合によってはボレノー様……引いてはイルヴィル殿下と共に事を成し遂げるやもしれない。だから情報収集はこれまで以上に頼むわね」
クルスに命じれば「は」と応えて消えていった。つくづく前世で観た時代劇ものの忍者に思えるわよね、影って。
「お嬢様」
「ん?」
「1人でとても頑張っていたのですね」
デボラがそう言葉を落とすから、私は少しだけ涙を溢した。
それはきっと前回のケイトリンに対する励まし。良くやった、と認めてくれる者が周囲に居なかった“前回のケイトリン”に対する評価。本当はずっと言って欲しかった。“私”を知る誰か、に。
王子妃教育の教師陣は出来ないと叱るにしても、出来て褒めない。何故なら出来ることが当たり前だから。国王・王妃様だって会う事はあっても別に褒める事などしない。シュレン様の方が王太子妃教育で大変なのだから。
でも。そのシュレン様は、いつだってイルヴィル殿下が励まして褒めていた。
私には王家から付けられた侍女が居たけれど、今のデボラのように信頼関係なんか無かった。私も歩み寄らなかったけれど、やはり王家の侍女だから一歩引いていた。家族も居ない私には、頼れる人などヴィジェスト殿下だけのはずだった。
でも。
ヴィジェスト殿下は私を見てくれなかった。
段々誰かに認めてもらう事を諦めた私の前にようやく現れてくれたのが……ドミトラル様だった。彼だけが私を“ケイトリン”として見てくれた。あの日々の中で彼の前でだけ、私は“ケイトリン”になれた。
多分、デボラはそんな前回の“私”を全て理解してしまったのだろう。
だから今、私は甘やかされているのだ。だから精一杯甘えておくことにした。




